第6話 捜索
「よし、これで聞き取りは終わりです。引き止めて申し訳ない」
「いえいえ、朝からお役目ご苦労さまです」
「もしまた何か揉め事などがあれば、この通りの入り口の詰め所まで来てもらえれば誰か居るはずなので」
「ええ、そのときは頼らせていただきます」
衛兵からの聞き取りが終わりお互い礼を言って分かれた。
会話の中で
しかし、アルフはあの少し話しただけの子供に、これ以上関わるべきなのか決めあぐねていた。
自己満足で相手のことを何も知らずに説教ぶって傷つけてしまった。
相手は少しばかり目端の利くだけの路上孤児であり、社会的な立場で言えばこの街の人間ではないとはいえ魔導士であり、行商人の護衛もしているアルフとでは大きな隔たりがある。
だが、自分自身も孤児だったアルフとしては、あの妙に賢い孤児のことがどうしても気になってしまっていた。
しかし、これから探して見つけたとして……どうする?
謝るのか?謝ったとして、それだけ?
それこそ自己満足ではないか――
『どうしたアルフ、やるかどうかで悩んでいるのかい?』
――思考の迷宮に入りかけたアルフの脳裏に、今は亡き師匠の言葉が蘇る。
『コストやデメリットが判明しているなら吟味すべきだがね、やってみないとわからんことならとりあえずやってごらん。わからんことに思考を割くのは時間の無駄だ。
――どうせ悩むなら、確定した結果に対してどうするか悩むべきだ』
師匠はアルフのような身寄りのない孤児を拾って育てたりと、非常に保守的な魔導士の中では異常者といってもいいほど破天荒な人だったが、その実践主義な思考で多くの成果(失敗も)を挙げていた人だった。
それゆえに悪目立ちもして他の魔導士からは煙たがられていたわけだが――
(……まずやってから悩む、でしたね。師匠)
――アルフにとっては命の恩人で、大尊敬する師だったのだった。
「よし!悩むのは止めだ! モーグ、ちょっとお願いしてもいいかな?」
「ウォフ!」
「――人探しといこう」
◇◇◇
――路地裏の廃墟内
カイネは自身の不運を心底呪っていた。
「おっとぉ~?どうしたカイネ、そんなところで捕まってぇ」
「……ッ!」
いざという時のために用意していたはずの逃走経路が、偶然居合わせた浮浪者に邪魔されハンスたちに追いつかれてしまったのだ。いくら呪ったところで状況は好転しないのだが。
浮浪者に捕まり身動きが取れないカイネを見つけ、ほくそ笑むハンス。
「な、なんだ、お前ら!?」
突然現れたハンスたちに驚く浮浪者。
「おう、寝床を荒らしてわりいなおっさん。俺たちはそいつに用があってな、大人しく引き渡しちゃくれないか?」
「……お、おめぇ、あ、あのハンスか」
「ん?おっさん俺のことを知ってるのか?」
「こ、ここらへんに住んでる連中で、おめぇらのことをしらねぇ奴はいねぇよ」
――ハンスたちの悪行は路地裏の住人には知れ渡っていた。
自分より弱い相手を付け狙い、なけなしの所持品を暴力で奪っていく
虫の居所が悪ければ、ただの気晴らしにそこらへんの浮浪者を袋叩きにすることもある。
浮浪者からすれば疫病神以外の何者でもなかった。
「へへ、なら話が早ぇな。そいつを渡してくれるよな?」
下卑た笑いを浮かべながら、ゆっくりと近づいていくハンス。
「……ま、まて!こ、こいつを渡したら、出て行ってくれ――」
「うるせぇ、とっとと寄越せ!!」
「ギャッ!?」「うわっ!?」
言いかけの浮浪者を唐突に殴りつけるハンス。
こらえきれず壁に吹き飛ばされ、反動で床に倒れこむ浮浪者。
カイネも、それに巻き込まれ床に投げ出された。
「こんなボロ屋で寝てるクソの分際で、俺にお願いできると思ってるのか!?あ゛!?」
「う゛!?」
浮浪者は口から血を流して痛みでもがく。
ハンスは頭に血が上ったのか、その背中に一切加減しない蹴りを何度も入れ始める。
「おいッ!!おいッ!!おいッ!!! なんか言ってみろよ!!!!ゴラ!!!」
「―ッ! ―ッ!! ―ッ!!」
浮浪者は小さく呻きながらなんとか身を守ろうと体を丸めて、ただひたすらにハンスの攻撃に耐える。
その無様さと流れる血を見て嗜虐性を刺激されたハンスは、さらに攻撃に夢中になる。
(――いまなら…!)
床に投げ出されたカイネは、ハンスの意識が浮浪者に向いているのを好機と見て、四つん這いで出口へ向かって飛び――
「おっと、今度は逃がさねぇぞ?」
「ウゲッ!?」
――出そうとして、ハンスの仲間に横腹を容赦なく蹴飛ばされた。
「~~~~ッッ…ゴホ!!ゲホ!!ゲホ!!」
「いくらお前がすばしっこくても、何度も逃がすほど間抜けじゃねぇんだよ」
「この野郎、面倒かけさせやがって……へへ、俺らから逃げようなんて舐めたことしてくれるじゃねぇか!」
――下卑た笑いを浮かべつつ近寄ってくる男たちの声を、呼吸困難になり朦朧とした意識の中でカイネは聞いたのだった。
◇◇◇
カイネの捜索を始めて一刻とかからず、モーグの鼻はカイネを見つけだした。
「ヒュー…ブフ……ヒュー…」
――見るも無残な状態で、だったが。
カイネは薄汚れた路上の片隅に転がっていた。
出会ったときは小奇麗だった服はズタズタに破られ見る影もなく、顔も執拗に殴られたためか変色して膨れ上がり歯も、手足も変な方向に曲がっている。
「おい…おい!!大丈夫か!?しっかりしろ!!」
「…ブヒュー……」
かすかに息はあったが、異常音を交えた呼吸以外は無反応。
呼吸をしているのが奇跡とさえ言える状況だった。
(これは……まずいな)
生きているのが不思議なほどのダメージを受けており、本来であれば手遅れと言ってもいい状況だった。だが、魔導士であるアルフには助ける手段がある。
「せっかく見つけたのに、このまま死なれちゃ困るよ……!」
アルフはすぐさま落ち着いて体内で魔力を練ると、その魔力を両の手のひらへと集めた。その手をカイネの頭と胸の上にかざすと、魔法を唱えた。
「<治癒>」
すると淡い青い魔法光がアルフの手のひらから水のように溢れ出し、カイネの体へと注がれ始めた。
<治癒> ー 文字通り傷を癒す魔法であるが、回復する速度はあまり早くないため、戦闘中に負傷した場合などには使えない。
アルフの魔法によって、カイネの体は少しずつ確実に癒されていく。
この魔法は回復速度が比較的遅いため基本的に戦闘中は使えないが、魔力効率がいいのでアルフのような魔力が少ない限定魔導士にとっては重宝する魔法である。
また、『比較的遅い』とはいっても戦闘中に使えないだけで、通常であれば致命傷と言えるような怪我でも生きてさえいれば治せてしまう。
(……何とかなりそうだな、間に合ってよかった)
何度も殴られて青さを超え、どす黒く変色していた肌が少しずつ薄まり通常の肌色へと戻り、折れ曲がって腫れ上がっていた手足も、伸ばしながら<治癒>を掛けたことで綺麗に接合できた。
これには意識がないのが幸いした。もし意識があったら激痛で暴れていただろう。
これだけの暴行を受けてよく絶命しなかったと思えるほど、カイネの身体はボロボロだった。
「スー… スー…」
通常では考えられない速度で回復していくにつれ、呼吸音も正常になってきた。
確認のため治りつつある手足を注意深く触って状態を確かめるが、異様に冷たいことに気づく。
変色が戻ってきた肌も、異様に白いままだ。
(まずい、失血で体温が下がってる!)
あまり出血した風ではなかったが、おそらく体内での出血があったのだろう。
<治癒>は体内の損傷も治るし、内出血による溜まった血もどこかに消えてしまうのだが、失った血を補充はしてくれないため、出血による低体温や血圧低下までは<治癒>だけでは治せない。
(こういうときは魔法よりも薬、でしたね師匠)
アルフは腰のポーチから小箱を取り出し、中から小さな丸薬を1粒摘む。
これは風邪などの症状のときに飲まれることが多い薬なのだが、本来の薬効は強心・強壮であり、体力を補い、身体を温め、弱った身体の回復を少しずつ手助けしてくれたり病気への抵抗力を増してくれたりもする、ある意味でどんな病気にも効く万能薬だ。
旅をしていると野宿をすることも多く、一晩雨風に晒されてしまうこともあるのだが、そんな状況になると魔法だけでは凌げない場合もあり、こういった薬を飲んで体力を補う必要がでてくるのだ。
(問題は、意識のない人間に飲ませるのが難しいところだな…)
意識がない人間に飲ませるなら水薬のほうがいいのだが、水薬はあまり保存が利かない上に重くてかさばる。いつ必要になるかわからい旅人としては、保存が効いて持ち運びやすい丸薬のほうが助かるのだ。
とはいえ、この状況では使いづらいのも確かである。
(うーん……そうだ!!)
アルフはある程度容態が落ち着いたことを確認すると<治癒>を止め、再度魔力を練り直すと別の魔法を唱えた。
「<水球>」
いつもの頭ほどもある大きさではなく、拳1つほどの水球がカイネの顔の前に現れる。この大きさの変更は、<水球>に習熟すれば可能になる応用技だ。
(この水は不純物のない純水だ。これに丸薬を溶かせば……!)
アルフは丸薬を水の中に丸薬を落とし入れると、そのまま水をクルクルと回転するように操作する。
丸薬は次第に溶けだしていき、水球を暗緑色へと変えていった。
(本当は腹の中で少しずつ溶けて吸収されるものだから、溶けた水を飲ませても効果が短くなってしまうのだけど……それでも飲ませないよりはいいはずだ)
アルフはカイネの上体を抱え起こすと、薬が溶けた水球を慎重に操作して一滴ずつ口の中へと落とし込んでいく。
そうして薬を飲ませつつ、アルフはたった一刻の間にいったい何があったのか気になり始めた。
カイネの現状が危うい状況だと想像はしていた。
だが、まさかこんなに早く危機に晒されるとは……
と思いかけ、むしろこれが路地裏で生きる孤児の現実だったのだと思い返した。
冷たい地面、かび臭い寝床、腐臭のする汚い残飯、飢えと寒さと病気、人攫いや通り魔……
昨日まで居た人間が、突然居なくなるのが当たり前な世界なのだ。
そんな世界から何年も遠ざかって感覚を忘れ掛けてしまっていた……
「っ……ゲホッ…」
「!! 気づいたかい!?」
過去の記憶に思考をめぐらせていると、カイネが咳づいて意識を取り戻した。
「あ、れ……?」
「意識が戻ってよかった……」
まだ焦点が合わず、胡乱な目で見上げてくるカイネ。
「……あ、んたは…?」
「君が路上で死にかけていたのを見つけてね、魔法で治してたところだよ」
「ま、ほう…? あ、さっき、の……」
「思い出したかい?」
「な、んで、?」
「なんで助けたかって?……さっきは変な形で分かれちゃったからね、もう少し話したくて探したんだよ。……そしたら君が死にかけてたから助けた」
「話…?」
「うん、君のことを何も知らずに偉そうなことを言っちゃって傷つけたから、謝りたくてね」
「……ゴホッ!ゴホッ!」
「ああ、無理に話さなくていい。治療はまだ途中だからね。ひとまず、この水をゆっくり飲むんだ」
アルフはカイネに残った薬液を少しずつ飲ませていった。
「なんにせよ、意識が戻ったならまずは安心かな……痛いところはあるかい?」
「ない、けど……寒いし、きもち、わるい…」
「そうか……うん、ここじゃこれ以上の治療は難しいし、ひとまず移動しよう」
そう言ってアルフはカイネを両手で抱えると、表通りに向かって歩きだした。
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