VR蚊
武海 進
VR蚊
2020年夏、少しずつ浸透し始めたVRゲームの中でも異彩を放つゲームが発売された。
その名も「VR蚊」。その名の通りただ蚊を退治するだけのゲーム、なんの事前情報もなく突然発売されたそのゲームはものの見事にこけたのだった。戦闘機を操縦したり銃を撃ち合うゲームが販売されているのにただ蚊を退治するだけのゲームが売れるはずがなかった。
ゲーマー達はプレイもせずにクソゲーだとこき下ろし、ゲーム店では在庫が有り余り、ワゴンセール行きも直ぐかと思われていた。
だが突如販売数が爆発的に伸び始めた。理由は簡単、人気のある動画投稿者がプレイ動画をサイトに投稿したからだ。動画内では蚊を退治するだけというシンプルなゲーム内容と、価格が低価格でVRゲーム入門には丁度良いゲームだと紹介されていた。現代においての人気動画投稿者の影響力は凄まじく、店頭からは一気に在庫が無くなり、クソゲーと言っていたゲーマー達はとたんに神ゲーと手のひら返しをした。
おかげで「VR蚊」はワゴンセール行きを免れ、ついでに担当のゲームプロデューサーは失業の危機から救われたのだった。
そんなこんなで紆余曲折を経て一躍人気ゲームへと成りあがった「VR蚊」。僕は友人たちの同調圧力に負けてしまい、嫌々ながら購入してしまった。
「みんなやるからって言われてこのゲーム買ったはいいけど面白いのかなこれ。あの動画投稿者あんまり好きじゃないからプレイ動画見てないんだよな。そもそも僕よく蚊に集られて刺されまくるから蚊のこと大嫌いだし。ゲームでまで蚊を見たくないんだよなあ。」
同調圧力に負けて貴重な小遣いを無駄にしたような気が物凄くするが、プレイしないのももったいないのでゴーグルを装着してゲームを起動する。視界にデフォルメされた蚊のコスプレをした女キャラが現れた。どうやらルールを説明してくれるらしい。
「ようこそVR蚊の世界へ、私はガイドキャラの蚊ガールです。このゲームはただひたすらに蚊を退治していただくゲームです。ステージ内に大量に飛び回っている蚊をどんどん退治しちゃってください。ステージごとに決められている数を退治すればクリアです。ただし、蚊に血を吸われるとライフポイントが減り、0になるとゲームオーバーです。では!ゲームスタート!」
簡単なルール説明が終わりゲームが始まった。目の前には何もない白い空間が広がっていたが、肝心の蚊の姿は見えなかった。
「えーと、蚊はどこなんだろ。」
辺りを見回していると現実でもあいつらが現れたらするプーンという音が聞こえてきた。音の方向を見てみるとそこに一匹蚊がいた。
「いた!ゲームだからモンスターサイズかと思ったけどほんとにただの蚊なんだ。」
コントローラーを操作して視界の隅に映っていた手を操作して蚊を叩く。蚊の動きがゆっくりだったので簡単に仕留めることができた。すると再びルール説明をしてくれたキャラが現れた。
「ステージ1クリアーおめでとうございます。さて、ステージ1はチュートリアルを兼ねているため出現数は1匹で動きもゆっくりです。ここからは本番です!頑張ってください!ではではステージ2、開始です。」
風景はさっきと変わらなかったが蚊の量と動きは変わった。あちこちから羽音が聞こえてきて血を吸おうと次から次へと蚊が襲ってきた。
「いきなり数が増えすぎだろこれ!しかも動きめっちゃ速い!」
5分ほど必死に格闘して3割ライフを失いながらもなんとか蚊をすべて退治したところで再びガイドキャラが現れた。
「お疲れ様でした、見事ステージ2クリアです。退治した蚊の数は30匹です、次のステージに進まれますか?」
かなり体力を消耗していたが、何となく次のステージが気になったのでそのまま続行することにした。
ステージ3が始まると今度は周りの風景が変わった。
「今度のステージは雑木林か、いかにも蚊がいそうなとこだな。」
先ほどと打って変わってなかなか蚊が襲ってこない。
「さっきはあれだけ出てきたのに今回は全然出てこない、もしかしてバグ?」
一旦ゲームを再起動しようかと思っていると、ライフが減っているのに気付いた。おかしいと思い視界を動かしてゲーム内の体を見てみるとあちこちに蚊が止まっていた。
「嘘だろ、羽音全然しなかったじゃん!」
慌てて体に止まっている蚊を片っ端から叩く。
「くそ、この、次から次へと体に止まってきやがって。そもそもなんでこのアバターパンツ一丁なんだよ、そりゃ刺されるよ。」
アバターにまで文句を言いながら蚊を叩いていくがついにはライフが尽きてしまった。
「残念、ゲームオーバーです。ステージ3からはステージが屋外になり蚊の視認性が低下する上に様々な音のせいで羽音も聞きづらくなり一気に難易度が上がります。え、じゃあどうすればクリアできるかって?実は蚊を退治するごとにポイントがたまっており、スタート画面に戻ればアイテムショップが解放されていますので装備を整えてください。それとステージセレクトも解放されているのでドンドン退治してジャンジャン稼いじゃってください!」
アイテムショップを見てみると、刺される面積を少なくする長袖長ズボンや他のゲームではシールドに相当するであろう虫よけスプレー、トラップ代わりの蚊取り線香、さらには広範囲の蚊を退治できる殺虫剤なんかもあった。
「色々アイテムがあるけどポイントが全然足りない。でもステージ3以降をクリアするには絶対アイテムがいるしなあ。」
この問題を解決する方法は簡単だった。ただひたすらゲームをプレイして無心で蚊を退治し続けた。半分意地になった僕は夏中蚊を退治し続けた。一緒に買った友人たちには、
「え、お前まだあのゲームやってんのかよ。俺1日で飽きちゃったよ。」
なんて言われてしまったがそれでも僕は蚊を退治し続けた。そうして夏が終わるころには全身フル装備でアイテムも持てるだけもって最終ステージに挑んでいた。
「よくぞここまで来られましたね、それでは最終ステージ開始です!」
目の前にはのどかな田園風景が広がっており、僕は田んぼの真ん中に立っていた。
「このステージは初めてだな。お、早速発見。」
手の射程範囲から少し離れたところに蚊を見つけてコントローラーを操作して動こうとするとなかなか動けない。
「移動速度が遅すぎる、ゲーム機の処理落ちかな。」
悪戦苦闘しながら蚊に近づき退治すると、ガイドキャラが現れた。
「さてさて、一匹蚊を退治したところでお分かりになったと思いますがこのステージでは移動スピードがかなり低下します。理由は簡単、ここが田んぼだからでーす。それでは説明終了、クリア目指して頑張ってくださーい。」
「最後の最後でそんなのありかよー!」
僕の悲痛な叫びと共に大量の蚊が出現した。最終ステージというだけあって、まるで辺りに黒い霧が発生したかと錯覚するくらいの量の蚊が襲い掛かってっ来た。そこからの僕は半狂乱で蚊を叩いて叩いて叩いて叩きまくった。貯めたポイントで買い込んだ虫よけスプレーも蚊取り線香も殺虫剤も全て使い切り、ライフも2割を切ったところで最後の一匹を退治した。
後に僕の部屋から大きな音がして心配した母が勝手に僕の部屋の扉を開けてみた時、戦場でただ一人敵軍と戦う兵士のように半狂乱になりながら暴れていたそうだ。そっと扉を閉じたらしい。
「congratulation!クリアおめでとうございます。長い長い戦いを終えたあなたには特に何も景品はありませんが、せめてもの気持ちをいうことで私からのハグを進呈します!」
そういいながらガイドキャラがハグをしてこようとしたところで画面がスタッフロールに切り替わり、ゲームが終わった。ゲーム機の電源落としゴーグルを外すとクーラーの効いた部屋でいたはずなのにTシャツの色が変わるくらい汗だくになっていた。
それから数日後、裏切り者の友人たちに誘われて夏休み最後の思い出と彼女を作るために海が近いキャンプ場へとやってきていた。
「やっぱ夏休みなんだから出かけないとな。」
「自然最高!かわいい女の子いないかな。」
調子のいいことばかり言っている友人たちの話を聞き流していると、聞きなれたあの羽音が聞こえて来た。
「そこだ!」
すばやく音の聞こえたほうを振り向き蚊を殺した。さらにもう一匹蚊の羽音を聞きつけて殺した。
「おー、VR蚊をやりこんだ成果か。」
「俺全然気が付かなかったわ。」
最早友人たちには腹が立たなくってきた。諦めてキャンプを楽しもうとしたがこのキャンプ場、やたらと蚊が多い。ゲームをやり過ぎたせいか羽音が聞こえるたびに確実に蚊を殺さないと気がすまなくなっていた。友人たちは最初はからかっていたがキャンプが終わるころにはドン引きしながら僕のことを人間蚊取り線香と呼んでいた。
2020年夏、貴重な学生生活の夏休み最終日を潰して得たものは人間蚊取り線香というあだ名だけだったという事実を後悔しながら机に突っ伏してた。
「やっぱり、ゲームは1日1時間だな。」
VR蚊 武海 進 @shin_takeumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます