第25話 2:45:33


「“か”、加撃呪文を俺に、“い”、軟化呪文のあと回復、“も”は石を。耐えきれんと思ったら絶対に防御しろ! 全員、死ぬなよ!」

 息子さんが閃光の玉を掲げると、象魔がまとっとった黒い魔法力の塊が剥がれ落ちた。

 肺いっぱいに空気を溜めて象魔は口からものすごい吹雪を吐き出す。

 うちらは竜鱗の盾の影に隠れて吹雪をやり過ごす。間髪入れずに両腕を掲げて息子さんに殴りかかる。息子さんは打撃を盾で受け止めたけど、一撃でほとんど瀕死に陥る。なんや、こいつ、ごっつ力強いやんけ。戦士さんがけんちゃんの石を掲げて息子さんの傷を癒そうとするけど焼け石に水や!

「息子さん、硬化呪文を――」

「いらん!」

 なんで――、て訊こうとしたら象魔の額から三つ目の眼が開いた。魔法力の波濤がうちらを撃つ。加撃呪文のかかってた息子さんの剣から光が消える。

「!?」

 補助呪文を打ち消す技!

 カバさんやメタボの王様を退けてきた戦術がこいつには通用せーへん!

「呪文は攻撃のための最小限でいい。回復に努めろ」

「は、はい」

 賢者さんが杖を掲げて、回復呪文が息子さんの傷を癒す。

 うちは息子さんに加撃呪文を掛けなおす。

 賢者さんの軟化呪文が象魔の衣の硬度を下げる。

 息子さんの剣が象魔を切り裂く。

 石を掲げて回復を担う戦士さんに象魔が襲いかかる。戦士さんは跳ね飛ばされて壁に叩きつけられるけど、リフレクトメイルが打撃の威力を反射して象魔の拳に傷をつける。うちらは攻撃にほとんど参加できてへんけど、リフレクトメイルの反射と加撃呪文を受けた息子さんの猛攻で象魔の体力が少しずつ擦り減っていく。

(回復がうまいことまわってる。これやったら時間はかかるけど倒せ――)

 そんな甘い見通しは一瞬で崩壊した。

 象魔の攻撃はこれまで吹雪と打撃と組みあわせやった。痛いのはどっちかいうと打撃で、吹雪の方は盾のおかげである程度緩和できてた。

 ただそれはあいつがたまたまそうしてただけで、拳で打ち払われた息子さんの上にもう一発拳が降ってきた。息子さんの腹にめり込む。床が砕ける。「息子さん!」息子さんの死体は、上半身と下半身がきれいに別れとった。背骨とか内臓がぐっちゃぐちゃになってミキサーにかけられた果物のジュースみたいに混じりあっとる。

 うちらは殺し合いをしてるんや。

 こうなることもあるやろうな。

 て、妙に冷静な部分が思う。

 戦士さんがけったいな表情で口を動かしてる。けどなんでやろ。声が聞こえてけーへん。

 時間が止まったような感覚。

 スローモーションで象魔がうちのほうに来てるのが見えた。

 あ。

 咄嗟に盾を掲げて身を守る。

 うちが吹き飛んで息子さんの死体の傍まで転がってくる。「けんちゃんの石よ!」、「杖よ、力を貸して!」回復呪文の力がうちの中に流れ込んできて、うちはどうにか起き上がる。

 次が来たら殺られる――!

 そうおもたけど、象魔は魔法力の波濤を無駄撃ちする。いましかない! うちは聖樹の葉っぱを息子さんの死体に与えた。一瞬、うちは優しい顔をした女の人の姿を幻視する。精霊ルミアの力が息子さんのぐちゃぐちゃに混じりあった内臓と背骨を元通りに整える。息子さんがすぐに意識を取り戻す。

「よくやった」

 くしゃ。と息子さんうちの髪を撫でた。うちは加撃呪文を息子さんの剣にかける。

「あと一押しだ。いくぞ」

 戦いはぐだぐだやった。

 こっちのダメージソースは攻撃よりもリフレクトメイルの反射ダメージに頼ってる部分が大きかったぐらいや。

 象魔はごっつ強くて、次に賢者さんが石よりも後攻した吹雪のあとに打撃を食らって死ぬ。

 戦士さんがさっきの息子さんみたいに打撃を二回受けて死ぬ。

 もう残ってるのはうちと息子さんだけ。

 聖樹の葉っぱもない。

 回復を賄っとった二人が死んだから長期戦には持ち込まれへん。

 うちらももうぼろぼろや。

「息子さんもしかして敵のHPがあとどれくらいかとか、わかりはります?」

「ああ。聞きたいか」

「いえ」

「加撃呪文のMPは?」

「もうありません」

「じゃあ、行くか」

「……はい!」


 うちらは最後の攻撃に出た。

 そして。


 うちらは、伝説になった。


 2時間45分33秒で。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者がはやすぎる 月島真昼 @thukisimamahiru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ