碧空……お題『翼』

 私とナミカは、ずっと競い合ってきた。

 この国には競い合うことなんていくらでもあるから、初めて会ったときからそれには困らない。

 戦争。


 戦火の最中でこの国はある技術を開発した。空からの攻撃方法。すなわち空襲だ。

 でも戦闘機は使わない。大型でコストがかかり、しかも維持できるかどうかわからない技術革新では、他国とのいさかいに使うのには不十分だからだ。

 この国は、発達したエネルギー変換技術で、最小限の装備で人を飛ばせるに至った。


 人が単体で飛べる技術。通称、人翼計画。

 話は簡単。人を改造して飛べるようにしてしまうのだ。揚力を発生する装置を、体に埋め込む。あとは外との連携で、発生させたエネルギーを転送。細かいことはわからないけど、とにかくこれで翼がなくとも人間は飛べるようになった。後は簡単。爆弾を持たせて上から落とすようにしたり、銃を持たせて狙撃だったり。いろいろと人を殺すのには融通が利く技術だった。


「今日こそはスコア巻き返すからねッ!」

 

 ナミカ。私の訓練仲間。

 私たちは国からお達しが来て人翼計画に参加しただけのつながりだった。けど、まあナミカという人間の好戦的なこと。負けず嫌いをはるかに通り越した意地の性格。今まで通ってきたエリートとはかけ離れた生活からの、見返し根性。戦闘服のスーツがこれほど似合う女性もそうそういないと思う。

「うん。ナミカ、分かってるから、距離近いから」

 私があしらおうとすると、ナミカは対抗意識をむき出しにしてくっついてくるものだから、一種の名物だ。


 訓練の成績は私の方が上なんだけど、どうもナミカにはそれが気に喰わないらしい。戦争なんて、ちゃんと生き残ることの方が重要なのに。

 今日も、私たちは埋め込まれた装置を意識しながら、地上に置かれた模型を狙撃する。

 私は、戦争が怖い。

 それでも始まってしまったのだから仕方がない。

 本当は人なんか殺したくない。

 でもやらなくちゃいけない。

 そんな私が、心のよりどころを求めてたのは、あまり自分で気付かなかった。

 もともと引っ込み思案で、学校に通っていたときは成績が優秀なだけで。

 攻撃的で、学校にさえ通えなかったナミカとは正反対だった。

 ナミカが私に対抗意識を燃やしているのは、単に訓練のスコアが私の方が高いからだ。チームの中で、ナミカが二位で私が一位。

 

 ……本当の所、戦場に行ったら私じゃなくてナミカが生き残るんだろうな。

 そんな悪い考えが頭をよぎる。

 それでも、いつか来るその日を頭から打ち消しながら、体に訓練の技術を覚えこませる日々だった。


 来る日。


 教官から、初めての出撃命令が出された。防衛戦ではなく、こちら側から敵の基地に空爆を仕掛ける。そしたらすぐに帰還する。

 敵の地上からの迎撃さえ通り抜ければ十分に生きて帰ってこられる。

 私は、なぜかナミカを見て安心してしまった。

 まだ、ナミカに言いがかりをつけられる日々が続くと。


 はるか上空。

 私はいつも通り、背中に装置を取り付ける。

 結局私たちの存在意義はこれだけ。飛べるから生きていける。

 そして、各自装備をそろえる。落とす用の高火力の爆弾。緊急時の近接戦闘用に、ナイフと拳銃。その他、迎撃システム等に対処できるよう、盾が一つ。

「第三飛行隊。出撃します」

 スコアの面から見ても、チームリーダーとして私が適任だということになり、やりたくもないのに、チームのみんなに合図を出すことになってしまった。

「どうか、誰も死にませんように」

 本来ならあり得ない、人間の体が空を切る音。

 大空へ飛びあがるという人類なら誰しもが夢見ることを、戦争というこんな形で叶えてしまえるのが怖かった。

「ねぇ、ナミカ?」

 私は、ナミカに通信を向けた。

「なんだ? またスコアの自慢か?」

「ち、ちがうよ。勘違いだって」

 少し緊張がほぐれた。相変わらずだ。

「ねぇ、……こわい?」

「怖くない。訓練通りにやればいいだけだ。生存率も高いミッションだし」

 淡々と、そう答えるナミカ。ああ、やっぱりナミカは私と違う。

「それに、……うちの優秀なリーダーがいる」

「……うん」

 それっきり黙ってしまった。ナミカとは同じ部屋だったから、思い出もたくさんある。大抵、ナミカの方から突っかかってきて、私が受け流すともっと怒って……みたいな感じだったけど。

 きゅうううと、空の上を轟音を出しながら飛ぶ。

 食事会。昨日の祝辞会の食べ物も、戦争前より貧相だったな……。それでも今の状況ではご馳走になっちゃうのか。

「ねぇ、ナミカ」

「なんだ?」

「昨日の食事、美味しかった?」

「まあ、まずくはなかったと思うよ」

「そう……」

 黙ってしまう。


 ナミカがいなかったら、きっと私は冷静にこんな状況で話せていないだろう。

 それくらい、どこか支えになってた。

「着いたよ。みんな。最低限の攻撃をして迎撃システムを突破。爆弾を全部投下してすぐさま方向を切り替える、いい?」

 しかし。

 通信の応答がない。

「ッ!? みんな?」

「おい!」

 ナミカが私の名前を呼んだ。

「ミサイルが!」

「へ……」

 変な声が漏れた。目の前に迎撃システムの想定からは程遠い。

 太いミサイル弾が迫っていた。

「あたしが受け止める。たぶん他のメンバーはあれにやられた」

「そんな……」

「後方に下がってな。リーダー」

「でもナミカ! それじゃ」

「馬鹿! 帰ったときにリーダーがいなかったら張り合いが無くなるって!」

 そんな好戦的な。ふざけた理由で……。

 でも、ナミカは盾で食い止める。ミサイルをそのままもろに受けた。


 轟音。


 滑空するための備え付けの装備がちぎれる音。


「なみかああああああああああ!」

 私も、散った破片と装備の爆発で傷つく。すぐに切り離した。

 ノイズ交じりの通信が入った。

「……リーダー……。ごめん。無理だった」

「ナミカ。ううん。ナミカのせいじゃないよ……」

「どうする、このまま落ちるしかないが。あいにく、パラシュートのバックパックは破壊された」

 淡々と説明するナミカ。でも。

 そこからが違った。

「……怖いな。死ぬの」

「ナミカ! やめてよ! まだ生き残る方法があるって!」

 何をしようとしているのか私には想像がついた。

「リーダー。リーダーには帰還してほしい。あたしのことは名誉の戦死だと本部に伝え」

「いや!」

 私は、初めてナミカの言葉を一蹴した。これだけは受け流せなかった

「……私も行くよ」

「は!? 何言ってんのリーダー! あんたはまだ生き残れ」

「戦術判断。このまま基地に不時着しても敵につかまって体を解析される。そうなったら……技術を奪われるかもしれない」

 私は、持ってきた小型の高火力爆弾とは別に、体の内部にあるコントローラーを起動させた。

「本当は?」

 ナミカがゆっくりと口に出した。

「死ぬのは怖いけど。もうそうじゃない。だって」

 私はぽつりと告げる。

「ナミカが一緒」

 ナミカの方でも、コントローラーを起動させる音が響いた。そのまま、キーを設定して本部に連絡する。

「本部。残った二人は墜落を余儀なくされています。自爆特攻の許可を」

 ほどなくして、キーが起動した。もう後戻りはできない。

「ねえ、ナミカ」

「何?」

「基地じゃなくてさ。誰もいないとこに特攻しよう」

「……それもいいね」

 誰も死んでほしくないから。

 甘えてるけど、こうするのが私らしいと思った。

 最低限の滑空装置で、進路を変更する。

「ナミカ」

 私は、ナミカに寄っていく。もう突き放すことはない。

「私は、幸せだったよ」

「あたしも」

 そのまま地面が近づく。

 何もない荒野に。

「こんなのじゃなくて、翼の方がロマンチックだよね」

「戦時中だ。デザインなんて考えてられない」

「天使になったら、生えるかな?」

 軽口をたたいて。

 ホントに天使になる。


 そして。地面はえぐられた。

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殺伐百合集 玲門啓介 @k-sukelemon

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