食わねば殺れぬ

交珈 都

第1話 夜道を征く

界歴1933年の秋、世界の中では一番大きな大陸の極東に属する地域の小さな多民族国家カラフニトアに北部で隣接する大国ナポレシアは、民族統一された極東の実現と獣人の血の混入により民族の聖潔を穢されたことに対する報復を理由として一方的に宣戦布告。同日中に侵攻を開始し国境線沿いの町村を制圧したものの、現地の警察官や市民の抵抗やカラフニトア陸軍の自動車化歩兵部隊の迅速な展開により国境線へと押し返され膠着状態となった。奇跡的な小国の懸命な抵抗は周辺国に支援を決断させロキフ公国は直接的参戦は避けるものの技術や物的支援をし、友好国であったグロース帝国はカラフニトア側について参戦した。

本来ならば一週間持たないであろうと考えられた戦争は一進一退の泥沼の争いとなり、ついに34年の冬にカラフニトア・グロース共同軍はナポレシア側領土に対し大きく攻勢に出ることとなった…


吹雪が世界を白色に染め上げる厳冬の夜道を、減光器をライトに取り付けたトラックが列を成して進んでゆく。

『列長!三番車が泥に足を取られたみたいです!』

先頭を走るトラックの荷台につけられたステップに立ったカンテラを持った女兵士が運転席に向かって叫んだ。

『あぁったく!!雪道を征くってのに荷台に釜やらなんやら積んどるからだ!ズジェンカ、あの飯炊き屋が自力で抜け出せるか確認してこい』

運転席に居た車長と呼ばれた男が運転席から身を乗り出して荷台に叫び返す。ズジェンカと呼ばれたステップに立った女兵士は、即座に反応し手に持ったカンテラを赤色灯を点けて後続車に向けて振りながらステップから飛び降りる。足がズボッと埋まり前につんのめりそうになりつつカンテラを掲げながら車列の後方を目指し暗く、でも白い視界の中歩いて行く彼女を視認した車列はゆっくりと停止した。

『ねぇーハスロ、前線の奴等は今この瞬間も戦ってるんかな?』

運転席上の機銃席から若い女兵士がペッペと口に入る雪を吐きつつ、運転席の車長と呼ばれていた男に呼び掛けると、男は

『どーだろなぁ、これだけの吹雪の夜だからな、動きたくても動けなくて大きなことはしてないんじゃないか?こんな大規模に動かされてるのも俺ら位だと思うぞアネッテ。』

と返した。アネッテと呼ばれた兵士は帽子に積もる雪を払いつつ辺りを警戒しながら

『そうだよね』

とだけ返した。自分から聞いて来たくせにと不満に感じつつも、こうして停車している間にも今度は自分の車両が雪から抜け出せなくなるリスクが一分一秒高まっていくことにハスロは苛立ちを隠せないでいた。元々舗装もされていない地面を走るのにも適するようにと設計されている彼らの国の全輪駆動トラックとはいえ、元からの悪路が雪で更に悪くなっているのには対処しきれるかは怪しいものがある。インフラ開発に力を入れ国内の多くの範囲を舗装路化できている彼らの国では、軍用車両は装輪が最適であると考えられており半装軌車すら積極的な開発がされていない。当然ハスロらのこの車列にも装軌車両など編成されておらず、これから先が苦難の道のりであることは隊員皆の想像に難くなかった。

 焦るハスロを始めとした各車長の思いとは裏腹に、三号車の救出は困難を極めていた。車重の重い三号車の車輪はすっかり泥濘に絡みつかれ、懸命に藻掻いたことがむしろ更に事態を悪化させてしまい遂には自力では後退も前進もできなくなってしまっていた。

『はぁぁ…釜で沸かした湯で作った生パステなんて戦場にゃ贅沢すぎるでしょ。大人しく簡易な食糧を積んどけばこんな事になんなかったのに…』

吹き付ける雪と三号車の巻き散らかした泥に塗れたズジェンカがぼやくと、その当のきっかけである三号車の炊事兵がズジェンカに対し

『今なんて言った!!!おい!おいいいいいいっっっ!!!なんて言いやがったんだてめぇ!!!』

いきなり怒鳴り散らかして発狂した。あまりの大声といきなりの罵声にズジェンカは目をまんまるにして数歩後退りし

『え、あ、いや、すいません』

と、咄嗟に謝った。謝ったが、謝り終わったと同時になんでわざわざ車重増やしてスタックしやがったバカにこんな怒鳴られてるのかと腹立たしさも感じた。感じて目付き悪く炊事兵を見るズジェンカに対して、炊事兵はそれを意に介さない様で熱く、暑く、厚く、怒りのトッピングもしつつ暖かな飯が如何に前線で戦っている兵士にとって大切で、それがどれだけ士気に影響をもたらすかを全身全霊をもって語っている。

 喚き散らす炊事兵と胸ぐら掴まれながら話されるズジェンカの様子を見物しようと各車の兵が集まってきた所で、一人の将校が地面の雪を飛ばしながらツカツカと炊事兵に近寄り横から思いっきり顔面を殴打した。

『うるせぇ!!お前の熱意はよーく分かるし前線の奴らにうまいもん食わせてえのはよく分かるけどよ!オメェのせいで乾パンすらも届きもしなくなるくらいならいらねぇんだよ!弾も!医療品も!替えの被服も!全部積んでんだこの車列は!!!ゴタゴタ年下の女兵士に語ってる場合があるなら抜け出す努力にその熱意を向けろ!!!』

思いっきり殴打され、雪が深く降り積もった地面に這いつくばった炊事兵は鼻と口から出る血を抑えつつ首を小刻みに速く横に振る。

『判ったならいい。お前らも見てねぇでさっさとロープを持って来い!牽引しかねぇだろこうなったら!このままじゃ全車埋まって動けなくなるぞ!早くしろ!』

いきなりやって来て指示を出し始めたこの将校は、この輸送連隊に付随している第一騎馬砲兵大隊のメーメリ・オーラ・ソロベレンコ大尉。メーメリは人種的にはナポレシア人でしかも貴族だったが、カラフトニア独立戦争では地位を捨ててカラフニトア側として戦ったベテランの女将校である。だからなんだという話ではあるが、ある程度部隊の状況に理解があり、土地勘のある彼女の言うことは的を得ており、かつ叩き上げの将校であるということはかき集めの若年兵らで構成されたこの連隊を動かすには十分な要素であった。メーメリとズジェンカの指示のもと速やかに牽引作業による救出活動が行われ無事「重すぎた」炊事車はかき混ぜられ水に等しくなった泥濘から抜け出すことができた。

『よし、ピンチは脱したな』

そう言って機敏に馬にまたがり車列後方へ走って戻っていくメーメリに続いて見物に来ていた兵らは機敏に自身の車両へと戻って出発のための雪搔きなど準備を始めた。ズジェンカもまた吹雪く中車列先頭に向けて積もった雪を踏みしめつつ駆けて戻った。

『長らくお待たせしました。数両で牽引してようやく抜けましたよ、全く…あの新しい炊事車と炊事兵には現地についたら飯一杯で戦争に勝たせるような活躍をして貰わないとですね。』

ブスったれた表情で全身に積もった雪を払いながら、ズジェンカが運転席の窓をノックしてハスロに報告をする

『そうか。何か言いたそうだが無駄話をしてる場合じゃない、さっさと乗って合図を寄越せ。遅れた分目一杯走らすぞ、森に逃げ込めないまま夜が明けたらこんな車列は遠くからでも見えるんだからな。容赦なく空から叩かれることになる。』

吹雪の中車列を駆け回り、雪にまみれながら戻ってきた自分への労い無しに遅れたイライラを向けてくるハスロに不満を覚えつつ、ズジェンカは後方の車両らに向かってカンテラで発車合図を出しステップに足をかけて運転席に向けては白色灯火で合図を出す。「バロロッバロッガラガラガラ」と他では聞かない特有のエンジン音を立て、先頭のトラックが空転し泥を巻き上げながらもゆっくりと走り出す。2号車、3号車と全ての車両が後に続き、車列は無事にまた降り積もった雪を掻き分けながら吹雪く暗闇の中を走り出した。


 減光されて更に吹雪によって灯火が意味を成さない闇夜でも、前の車両の車掌の合図だけを頼りに綺麗な整った車列を成す彼らはカラフニトア陸軍第一師団隷下第一騎兵旅団第一輸送連隊。カラフニトア軍一の規模を誇る輸送部隊である彼らは、ナポレシア国境を越境した工業区を争う戦闘を行っている第一師団の兵士達へ物資を届けるべく、前線付近の街アルゼー=カタルに作られた物資集積基地へと向かっている。

これはそんな彼ら運び屋と彼らと共に行く、前線兵士に食料を配給する飯炊き屋、そしてその飯を更に前線の兵士へ運ぶ食料運搬缶兵の物語である。

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