紅い海に月はなく
鍵谷 理文
紅い海に月はなく
舞台は日中、舞台上にはほとんど何もない。BGMが流れて いる中、照明がゆらゆらと揺れている。そんな静寂を切り裂 くかのように奇声を発しながら男二人登場。幼児がよくやる ごっこ遊びのようにお互いふざけあう。
F くらえー!粉砕キャノーン!ボーン!
S はい無敵バリヤー!カキーン!
F 残念でしたー粉砕キャノンはなんでも粉砕するから意味ないしー!しょぼ しょぼバリヤーバリーン!
S 違うよー!この無敵バリヤーは御茶ノ水博士に魔改造されたから超無敵バ リヤーなんですー!そんなキャノン効きませーん!はいバリヤー復活―!
F だったらこっちもでんじろう博士が遺した古代文明の力を得た超スペシャ ル粉砕キャノンだからこの世で粉砕できないものはありませーん!
S あーずりー!俺の設定パクったー!こいつ泥棒だー!
F 盗んでないし!俺が先に考えてたんだし!
S うそだね!俺のアイディア盗んだじゃん!やいドロボー!
F 嘘じゃないね!
S じゃあいつ作ったんですかー?何時何分何秒地球何周回ったときに作った んですかー?
F …そんなもんもう数えてないしー!お前答えられんのかよー!
S おめえ何泣いてんだよ!
F 泣いてねーよ!
S 嘘だ泣いてんじゃーん!
F 泣いてねーし!泣いてるって言ったやつが泣いてんだし!
S うわだっせぇ!こいつ責任転嫁しやがった!
F あーあ!つまんねーの!ばーかばーか!
S ばかしか言えない人がばかなんですー!
F はい一抜けぴー!
S じゃあ二抜けぴー!
F 二抜けられない三抜けぴー!
S はぁ⁉
F はいじゃあ今からここは西部劇です!はい!
F、強く手を叩く。
S 変わんねぇよ!
F うっせーなぁ!想像しろよ!
S 想像しろって言ったって、いくらなんでも急すぎるんだよ!
F いいからやるぞ!はい、西部劇!はい!
S (西部劇のガンマン調で)銃を捨てろ、手を挙げな。
F そう!
二人、ガンマンの決闘のシーンのように背中を合わせる。
S いいか、十数えたら…その先は分かるな。
F 恨みっこなしだぜ。
S 行くぜ。1。
F 2。
S 3。
F 4、5、6。
S (多少戸惑う)…7、8、9?
F 10!はいお前の負け―!
S ルール変わっちゃってんじゃねぇか!
F あれ?10って言った方が負けなんだっけ。
S そっちじゃなくて!銃で決着ついてないじゃん!
F あーいっけね!
S とにかくもう一回やるぞ。今度は5数えたらバーン、な。
F 分かった、5数えたらバーン、な。
S そこ復唱しなくてもいいんだよ。ほらやるぞ。
F (豹変)グヘへへ、お前に俺が撃てるかな。
S (無駄にかっこつけて)彼女は返してもらう、そしてお前を殺す。
F やれるもんならやってみな。へへへ…。
S いくぞ、1、2、3…。
F ところでガンマン、あの崖の上にいるのはだれかな。
S よ…、キャ、キャサリーン!
F 五!バキューン!…五つ数えたぜ、ブライアン。
S うわぁぁぁ!
S、苦しみもだえる。
F さーて、今すぐ楽にしてやるよ。ミスター。
F、Sの頭を撃ち抜くパントマイム。F、高笑い。
するとSがすごい腹筋力で起き上がる。
S (アンパンマンのSE調)でーでででーでっでっでー!元気いっぱ い!
F えっ。
S 残念だったな、俺は死なないのさ!
F おいちょっと待て!
S さらばだ、わが宿敵ビリー!
F 待てって!
S もうなんだよ!
F …ずるくね?
S ずるくねーよ!
F さっきだってそんな感じのだったじゃん!
S あれはお前が先にパクったんだろ!
F だからパクってねーっていってんだろが!
S パクってない証拠あんのかよ!
F お前だって俺がパクった証拠あんのかよ!
S ありますー!でも今は諸事情により見せることができませーん!
F あーそうやってすぐにげるー!
S 逃げてません―!逃げてないのに逃げてるとか頭おかしいんじゃないです かー!
F あーもうやめ!はいじゃあ今からここは海の中です!はい!
S だからそう簡単に変わらねぇって言ってるだろ!
F いいから!はい海の中!
S やってらんねえよ!何回目だよそのパターン!
F なあ頼むよー、もうちょっとやろうよー!
S やだよもう疲れた。
F えー。
S あとでまたやってやるから。
F ちえー。
S ふー、休憩休憩っと。
F なんだ、もうばてたのか
S 普通の人はこうなんです、いいよなーお前は疲れ知らずで。
F 当たり前だろ、というかお前がスタミナ無さすぎるんだよ。もっと筋トレ とかしたらどうだ。
S やだよめんどくさい、俺は苦労しないって決めたんだから。
F そういう考えだから飽きっぽくなるんだよ、もっとこう、目標とか無いの か。
S ない。その質問も聞き飽きた。
F ったく、お前は生きてるんだか死んでるんだか分かんねぇな。
S 俺は死なないんですー。
F でた、決め台詞。
S まぁねー。
間。
S ってか暇になったらダメじゃん、なんかアイディアないの。
F んじゃ軽くクロスフィットでもやるか。
S やだよ!からだ動かさないやつが良い。
F じゃあバルクール。
S 辛くないやつで。
F なんだよわがままばっかりだな…。
S だってお前くらいにしか言えないし。
F 確かに。んじゃお喋りでもいいか。
S ああ、いいじゃん楽そうで。
F 俺お前とお喋りするの好きなんだー。
S なんか言うたびにそれ言ってるよなお前って。何回目だよ。
F 5693億4000飛んで2万回くらいかなー
S そこはちゃんと数えてんだ。
F 目標は9999億9999万68972回!
S そこまで行くならキリよく行けよ!
F そうか?えーっと、億の次は…一、十、百、千、なんだっけ?
S さあ、忘れた。
F (数の単位の歌)あ、「ちゃお」か。
S 兆だよ。
F (馬鹿にして)ちょうなんだ~
S、Fをどつく。地鳴りが遠くから聞こえる。二人は少し身構えるが
すぐに治まる。
S ふー。
F ちょっと距離あったな。
S そうだ、お前はなんか目標とか無いわけ?
F 俺?
S 聞いたことないからさ。
F えー恥ずかしいな。
S いいじゃん言えよー。こんなこと聞いてやれるのも、もう俺くらいだぜ。
F 確かにそうだけど…。
S なんで恥ずかしがってんだよ。
F いやぁ、改めて発表しろってなるとなんか、ねぇ…。
二人、なぜか急に恥ずかしくなる。しばし間。
S よし、じゃあゲームしよう。そんで負けたら喋るってルールにしよう、い いな。
F えー。
S なんだよ。
F だってお前が負けてもそれじゃノーダメージじゃん。俺損じゃね。
S ふふふ、実は一つだけ。
F あるの⁉
S まぁ、ね。
F なんだよあるなら最初から言えよー!
S 俺だって恥ずかしいからさあ!
F でもいいのか、そこまでして隠してたのに。
S もちろん、こういうウソつかなきゃお前も乗ってくれないだろ。
F よっしゃー!始めんぞー!
S おおー!
二人とも椅子を挟んで対峙する。(準備体操をするが要所要所で動きがシンクロ)ほんの少しの間があり、クラシックが流れ出す。(「天国と地獄」or「ラデッキー行進曲」or「オクラホマ・ミキサー」or「美しく青きドナウ」etc…)いわゆる椅子取りゲーム的な何か。しばらくやってFが負ける。
F くっそー!
S はい俺の勝ちー!危なかったー!
F うわぁマジかぁー。
S ほら、早く言えよ。
F 余裕ぶりやがって。分かった、言うよ。
S そうこなくっちゃ。
F じゃあ発表するぞ。
S うん。
F 俺さ。
S うんうん。
F 富士山登りたい。
S うん。
間
S …ん?
F だから、富士山に登りたいって言ったの!
S うん、それは聞こえたけど…。
F けどなんだよ。
S え、なんで?
F なんでってそりゃあ、お前に縁のある場所じゃん。
S ま、確かにそうだけど…行って何すんの?
F だってあそこ行ったら不老不死になれるんでしょ?
S なれねーよ。ってかそもそも人間じゃないと無理だろ。
F そーなの?えー。じゃあダメじゃん。
S ってかある意味、不老不死じゃん。
F 窓下、じゃあダメか。
S そうね。
F なぁ。
S ん?
F なんでこんな感じに造ったの。
S ああ、そりゃあれだよ、ほら…美人は三日で飽きるけど、ブスは三日たっ てもブスっていうじゃん。
F 言わねーよ!それじゃただのブスじゃねーかよ!
S しょうがないだろ!何億年人間に会ってないと思ってんだよ。
F 知らねぇよ何億年だよ!
S さぁ、もう今が何年かもしらねえや。
F じゃあさ、どうやって俺の事造ったの。
S そんなの簡単だよ、なんか…媒体的な……あるじゃん、ロボット工学的な。
F はいはい、
S それ見て、「あ、ロボットとかいたら寂しくないじゃん」って思いつい て。
F おお。
S んで、頑張って。
F うん。
S …………え?
F …終わり?
S うん。
F え、もうちょっと詳しい課程とか無いの?こんな素材を手に入れるために こんだけ苦労したー、とかさ。
S 無いよ。
F あ、無いんだ…。
S うん、無いんだ。
F えー…。
S あ、でも大変だったこと思い出した。
F おーそれそれ!そういうのだよ!んで何が大変だった?
S そもそも素材が無かった。
F えー!?どうやって造ったの?
S いや、そのころはまだ文明の痕跡が残っていたからさ、そこからお前を作 るために必要な素材を生成するために必要な素材を抽出する道具を製造す るにあたって必要な素材を集めて保存するための容器を作るために必要な 素材をその辺から…。
F (途中で切る)もういい!なんかこんがらがってきた。もう少し簡潔にま とめてくれよ。
S まぁ、頑張ったよね。
F 結局そうなるのね。
S なんせパーツ一個作るのに五百年かかってるからな。
F その段階からよく造ったもんだよ。
S 時間だけは無限にあったからね。
F あ、てかお前さっきロボットって言ったよな。
S え、なに?
F 言っとくけど俺アンドロイドだからな。
S 一緒じゃん。
F 一緒じゃねーよ!ロボットとアンドロイドは月とスッポンほど違うんだ よ!
S スッポンってなんだよ!
F トイレ詰まったときに使うやつだよ!
S へー。
F 信じるな!スッポンってのはカメ目スッポン科キョクトウスッポン属に分 類される立派な動物だよ!
S お、でたロボットっぽい発言。
F だからロボットじゃなくてアンドロイドだよ!
S 円周率は?
F 3.1415926535897932384626433832…。
S やっぱりロボットじゃん。
F アンドロイドだっつってんだろが!
S どう違うんだよ。
F ロボットは所詮道具。だけどアンドロイドは“人造人間”、つまり独立した 意思と感情を持ってるの!
S じゃあガンダムは?
F あれはロボット。
S ドラえもんは?
F あれはアンドロイド。
S マジンガーゼット。
F ロボット。
S 装甲騎兵ボトムズ。
F ロボット。
S R2―D2。
F ロボット。
S ウォーリー。
F ロボット。
S お前。
F ロボット。……あー!ハメやがったなー!
S、笑う。突然地鳴りが聞こえる。二人は身構える。
やがて音は小さくなる。
S 今のすごかったな。
F な。もうボロボロだな。
S 何が?
F ここ。
S ああ、だな。もう時間の問題かもなー。
F 何が?
S 飲み込まれるの。
F ああ、だな。どうしようね。
S 何が?
F これから。てかさ、お前って宇宙でも平気なの?
S さあ。行ったことないからわかんない。でもお前は平気だろ?
F 何が?
S いやここは話の流れで分かるだろ。宇宙空間だよ。
F 当たり前だろ、俺アンドロイドだし。
S だよなー。
F そういや俺の身体って大丈夫なの?熱的なやつ。
S 当たり前だろ、俺が造ったんだぜ。太陽の中でも平気な金属だから心配す んな。
F それなら安心だな。
S 何が?
F ほら、地球が飲み込まれても、俺らは宇宙でも会えるじゃん。
S どうかな。その時の衝撃波ではぐれそうだけど。
F お互い平気なら探せるだろ。
S なんかかくれんぼみたいだな。
F あー、かくれんぼで思い出した!富士山登りたい!
S えー。
F なあ頼むよ、富士山行こうぜー。
S なんでそうなるんだよ。俺は反対だからな。
F えー、なんでだよ。
S 危険だから。
F 大丈夫なんだろ、それにもう飲み込まれるんだったら最後に一度くらいは 登ってみたいんだよ。
S ダメですー!絶対危険です!だって噴火したらどうすんだよ!
F でもそれでも行きたい!なあ一緒に行こうぜ。
S やだよ遠いし!しかも溶岩固まってたら鋭利になって痛いもん!
F そしたらおぶってやるから。
S それもいやだ!そもそももう原型留めてないんじゃないの。
F 最後に見たのいつよ。
S さあ、覚えてないね。
F でも俺を造る前だったことは間違いねーよ。だって俺生で見たことねーん だもん。
S あんなとこ行く価値もないよ。それにもうどこ行っても大して景色変わん ないって。
F そんなん行ってみないと分かんねーだろ!
S 行かなくてもわかるよ。
F なんで?
S それは…。
F お前、何億年も生きていてそんなことも説明できないのかよ!
S うるさいな。
F あーあ、これだから人間は嫌だ嫌だ。俺には都合のいいことしか教えない で、都合が悪くなりゃすぐ隠すんだからな!
S 別にそんなこと言ってないだろ!
F だったら連れて行けよ!
S 嫌だって言ってんだろ!
F だったら訳を言ってみろよ!
S …独りぼっちを思い出すからだよ!
小さく地鳴りの音。少しの間。
S あそこに行くと、もう日本には俺以外に誰もいないって思い出すから、だ から…。
F …そうか、ごめんな。
S いや、こっちこそごめん。
F あ、じゃあさ、なんか近くにある物使って遊ぼうぜ!
S お、いいな。
F ストレスたまってんだったらさ、適当な石を溶岩に向かって投げつけよう ぜ!溶岩がお前の鬱憤を解消させてくれるだろうしな!
S いいねぇ!んじゃ俺あっち探してみる。
F んじゃ俺この辺で足場でも作ってるわ!
S (行きかけて)ありがとな、F。
二人、再びモジモジしだす。少しの間。
F あ、じゃあストレッチしようぜ
S お、やる気満々だな。
F やるなら本気でやりたいしな。じゃあ今から俺の言う通りにしてくれ。
S はいコーチ!
F、ハンドクロスのマジック(できれば観客も巻き込む。)
S すげー!
F どうだ、俺のアンドロイドっぷり。
S まあ今のはどっちかっていうとロボット寄りだけど、でもすげーよお前!
F だろー、尊べ敬え!
S やっぱりお前は最高の親友だ!
F やめろよ照れるじゃねーか!
S なんだよ褒めたろ!
F うるせーばーか!
S じゃ、行ってくる!
F いっぱい持ってこいよー!
S退場、大きく手を振るF、しかし突然右腕がだらりと崩れる。
F、その腕を優しくなでる。右腕がゆっくり動くようになる。
F 頼むよ、もう少しだけ頑張ってくれよな。
S入場。
S お待たせー。どうだ大量だぞー!…どうした?
F 何でもねーよ!てかお前スゲー集めてきたな!俺らの腰くらいの高さある んじゃね?
S それだけすっきりしたいんだよ。さーて…。
S、石を持つジェスチャー。
S (投げながら)バカヤロー!…ふう、いいね。ほら、お前もやるか?
F え、いや俺はいいよ。
S せっかくこんなに持ってきたんだし、お前もなんか発散してもいいんだ よ。スッキリするぜ?
F 俺は別にモヤモヤとかねーよ。
S おいおい、さっきはあんなにノリノリだったじゃねーか。なんかあった?
F 別に、なんでもねーよ。ちょっと考え事してただけだ。さーて、ぶっ飛ば すぜー!
S そうだ、これ投げながらしりとりしようぜ。んで詰まったり投げられなく なった時点でそいつの負けな。
F いいねぇー、アンドロイドの本気見せてやるよ!
S んじゃテーマは「星座」!
二人、それぞれ星座の名前を言いながら投げるジェスチャー。
S 俺から行くぞ…おひつじ!(投げる)
F じょうぎ!(投げる)
S ぎょしゃ!
F やまねこ!
S こと!
F (一瞬右腕に違和感を覚える)とびうお!
S おおかみ!
F (右腕が再びだらしなく垂れる。)
S (気付かず)お前だよ早くしろよ。
F みかん!ぬあぁぁぁ!
F、左腕と足で残りの山を崩す。
S あー!…ったく、負けたからって癇癪起こすなよー。
F うるせーばーか!
S あーあー、全部溶岩に沈んじゃったよ。これお前の負けな。
F うるせー、いいから早く次!持ってこい!
S 分かった分かった。そんなに怒んなよ。今度はお前も持って来いよな。
F 分かってるよばーか!
S なんでそんなに怒るんだよ、たかがゲームだろ!?
F それは…真剣勝負だからですー!
S 真剣勝負なら足で山崩したりすんなよ!
F いいから次!俺こっち!お前あっちな!
S 勝手にしろ!
S、退場。F、生気のまるでない右腕を懸命にこすったり動か そうとする。
F …なんでだよ。
F、なおも懸命に右腕を動かそうとする。
F そうだ、(足のバッテリーと右腕のバッテリーを入れ替える)…よし、ま だ動く。まだ遊べるな、S。
S、袖から垣間見る。Fは座り込んだ状態になっている。
S (無言で入ってくる。)
F おいおせーよ!早くやるぞ!今度のテーマはなんだ~?それとも飛距離で も競うか?お前貧弱だから俺の圧勝間違いなしだろうがな~。あ、だった らハンデとしてこの状態でもいいぞー!ほら、準備しろ!俺の飛距離見て ビビんなよ~?
S 立ってみろよ。
F …………え?
S 立ち上がってみろよ。
F お、なになに?ハンデいらないの?立ったら俺ものすげー行くぜ?もう見 えないくらい…。
S いいから立てよ!
S、Fを無理やり立たせようとする。しかし立ち上がれない。
しばしの間。
S ……いつからだよ。
F ……。
S 答えろよ、いつからだよ。
F 最初に違和感を感じたのは
S 感じたのは?
F 二年位前だ。
S …なんで言わなかったんだよ!
F 言えるわけないだろう!
S 俺たちは地球に残った、最後の二人組じゃなかったのかよ!
F だからこそだよ!最後に残った二人組だからこそ……言えなかった。
S ……でもバッテリーの問題なら俺がまた作るからさ、あ!お前も手伝って くれれば独りの時より早く…。
F バッテリー一個作るのに何年かかった?
S ……。
F これだけの性能のバッテリーをまた造るなら、多分また五百年はかかる な。
S …でも、二人ならもっと…。
F バッテリーが出来るのと地球が太陽に飲み込まれるの、どっちが早い?
S それは…。
F いいんだ、正直俺もう覚悟はしてた、生まれた時から。
S …なぁF。
F なんだ。
S 富士山、行こうぜ。
F …馬鹿野郎、行って何するんだよ。そもそも遠いんだろ、ここから。
S いや、実はそう遠くない。
F は?
S もう既に一周してたんだよ、地球。
F …じゃあここって…。
S 日本、と呼ばれていた場所。俺とお前が生まれた場所だよ。
F そっか、帰ってきてたのか。
S 富士山はそう遠くない、歩けば多分…三日で着くはず。
F んじゃ、ここから富士山が見えるのか?
S うん、富士山は…あれだよ。
F あれが…!
S、正面を指さす。二人、同じ方向を見る。少しの間。
F パッと見どれも一緒に見えるな。
S なぁ。
暗転。再び明転。
S ほら、ここだよ。
F マジで着いた?富士山着いた?
S ああ。
F よっしゃー!
S おいあんまり無理すんなよ!
F だって夢にまで見た富士山だぜ!そりゃテンションあがるぜ!
S お前も夢見れるんだな。
F 当たり前だろ!アンドロイドだって夢は見れる!この間も動物の夢見た ぞ。動物というか、それっぽいなにかだったな。
S へえー、何の動物?
F 決まってんだろ!アルパカだよ。
S 羊じゃねぇのかよ!
F 羊は寝るときに数えるもんだろ。
S …うん、まあいいや。
F それで、どうだ?
S え?
F 独りぼっち、思い出せるか?
S あー、忘れてたのに。
F んで、どうよ。
S …まあ、少しはマシ、かな…。
F だろ!俺が傍にいるから…あ…。
F、倒れこむ。
S もういいだろ、早く降りようぜ。
F いや、疲れたし動きたくねーや。
S …残ったバッテリーは?
F 足はもうほとんど…あと左腕だけ、だな。
S …そうだったのか。
F おいおい、そんな辛気くせー顔すんなよ。俺はここで休むって決めて、そ の夢が叶ったんだ。少しはめでたそうにしろよ。
S お前って…本当にどうしようもないやつだよ。
F お前の言う通りだ、今の俺はお前にとってどうすることもできない、哀れ なロボットだ。
S なんだよ当てつけかよ、悪かったなバッテリーの予備も作れないような男 で。
F いや違う…本当は全身にガタが来て、もう長くはなかったんだよな。
S …嘘だろ。
F こんな時に嘘言えりゃ俺も人間って名乗れたのにな。でもお前には嘘は吐 きたくない。
S 嘘だよありえない、お前の身体は太陽にも耐えられるほどの金属なんだ、 造った俺が保証する。絶対に壊れるなんて…。
F S、永遠なんて本当はありえないんだ。いくら俺が丈夫に造られたって、 必ずいつかは壊れる。永い時を活動してきた地球だって、こうやっていつ かは太陽に飲み込まれる。その太陽だって、あと数億年もすればただのガ スになって宇宙へ散っていく。
S …。
F この世のすべては、生まれたからには死ぬ。死からは絶対に逃れられない んだよ。
S …なんだよ、ずっと一緒だって約束したじゃないか!さんざん綺麗言ぬか して結局嘘つきじゃないか!
F それは違う!俺はずっと一緒だ。お前が俺を忘れない限り、俺はお前と共 にいる。
S だって…だったらお前なんて、造らなきゃ…俺は…。
F …。
S もういい、俺独りで下山する。
F …S。
S こんなことになるんなら、やっぱり来るべきじゃなかったんだ。じゃあ な、F。
F S、待ってくれよS…S―!
S、はける。独り取り残されるF。やがて大きな地震と共にSの 悲鳴。F、しばらく葛藤の末、Sを追いかけ退場。
F 嘘つきじゃねえぞ俺は!S!
S、岩に足を挟まれ動けない。
F S!大丈夫か!くそーこの岩か!こんにゃろ!
S ほっといてくれよ!もうお前に会いたくなかったのに!
F そのセリフも!もう何億回目だっけな!
S いいんだ!どうせ俺なんて死なないんだから、ほっとけばいつかは抜けら れるんだからよ!
F そんなの待ってられるか!俺はお前に笑っていてほしいんだ!お前の辛気 臭い顔、めっちゃ不細工だからな!
S このタイミングで何言ってんだ!
F この際だからもっと言ってやるよ!お前がゲーム仕切ると絶対勝てなくな んだよ!絶対イカサマしてただろ!
S イカサマなんかしてねーよ!
F じゃあ何様なんだよ!
S 知らねーよ!
F それと!さっきの勝負
S なんだよ!?
F さりげなく目標あるって嘘つきやがって!
S い…言ってねーよ。
F 人間は嘘つきだ―!
S だってああ言わないとゲーム自体出来なかったんだからしょうがないだろ!
F 後お前!
S もうなんだよ!
F 俺を気持ち悪く造ったのって、仮に女の子が生きてた時の保険だろ!
S はぁ!?
F そんな考え方だからモテねーんだよ!どうせまだ人間だったころ、席替え で隣になった女子に悲鳴上げられてたんだろ!
S なんで知ってるんだよ!
F そうだったのかよ!
S 違う!
F 何が違うんだよ。
S 前の席の女子にブラ透けてるよって言ったから!モテないわけじゃないから!
F 気持ち悪い!このクズ!俺にばっか肉体労働させやがって!そんなんだか らワラジムシみたいな体力なんだよ!
S ワラジってなんだよ!
F 靴だよ!
S しるかあぁぁぁ!
F、岩を持ち上げ、放り投げる。
S F…。
F あ、もうやばいかも…あ。
F、倒れこむ、それをSが抱きかかえる。
F あーあ、誰かさんが勝手に独りでいなくなるから、もう立てないわー。
S …。
F 俺は、たとえ死ぬことが分かってても、お前と居られて、お前とバカやれ て、幸せだったのになー。
S …ごめん、ごめんな…。
F いいって。それより最期に聞かせてくれよ、お前がどうしてそうなったのか。
S …もう何年も、いや何億年も昔だからはっきり思い出せないけどさ、もと もと俺はここで死ぬつもりだった。たぶん好きな人か何かに振られて、もう 生きる意味を見いだせなくって。それで一人で富士山に登った。どうせ死ぬ なら日本中から注目されるような、でも誰の迷惑にもかからないような場所 で、って。八合目まで登って、深夜にこっそりコースから外れた道を歩いて 山頂に到達したよ。
再び地鳴りの音。照明が少し赤みを帯びていく。
S さぁ死ぬぞって決意した瞬間、大きな地鳴りと共に目の前にドロドロした 溶岩がせりあがってくるのを見た。そして俺の身体は宙を舞って目の前が 真っ白くなった。そのときの事はまだはっきり覚えてるよ。髪の毛ボサボ サでメガネかけてる、神様が目の前に立ってた。そんで奴は俺にこう言っ てた。
F・S 『この山では死ねない』
S って。
地鳴りの音が徐々に治まる。
S 目を覚ますと、見渡す限りの緑と青が赤黒い海に変わってしまっていた。 まるで地球自身から血が流れたような色だった。俺は直感で確信した、 「ああ、多分日本だけじゃないな」と。もちろん体の異変にも気付いたよ。
F それが、その身体か。
S 初めのうちは何度も死のうとしたよ。硬い岩盤に頭をぶつけてみたり、鋭 利な岩肌で喉を掻っ切ったりもした。残り少ない海に重石を抱いて飛び込 んだり、服をより合わせて首を吊ったりもした。どれもまるでダメ。気付 けば海は蒸発してたし、服もボロボロになってちぎれて落ちた。死ねない んだよ、死にたくても。
F だから、すがる思いで世界を歩いた。
S そう。もしかしたら、万が一俺と同じような人が、いや動物でもいい。見 つかればいいと思って旅を始めた。でも…。
F 誰もいなかったんだもんな。
S うん。
F ごめんな。
S なんでお前が謝るんだよ。
F また独りぼっちにさせちまうな。
S …馬鹿ヤロー、勝手に決めつけんじゃねぇ!俺は…独りなんかじゃねぇ よ。お前がまだいるだろうが。
F なぁS。もし俺が死んだら、俺ってどこに行くんだろうな。
S おい縁起でもないことやめろよ、俺がすぐ治してやる。だから…。
F お前がまだ普通の人間だった時代には、天国とか地獄ってのがあったんだ ろ?五億年経ってもまだあるのかな?
S ふざけんな!お前はまだ動けるんだ、しばらく喋らなければお前はま だ…。
F いいから。喋らせてくれよ。俺もうわかってるんだ、もうあんまり長くな いことにさ。俺お前と喋るの、楽しいから好きなんだよ。
S …。
F S。
S …なんだ。
F 俺ってさ、生きていたのかな?
S …。
F ほら、俺ってロボットだろ?造られた命でも、死後の世界に行けたりする のかな?まぁ、そもそも生物じゃないから難しいか…ってアンドロイドだっ つーの!
S …。
F ほら、お喋りしようぜ。俺ばっか喋ってちゃお話にならないだろうが。
S …。
F (底抜けに明るく)ほら見ろよ、太陽がもうこんな目の前まで来てる ぜ。道理で暑いわけだな。こんなに近かったらお肌にシミできちゃう…い やいや!俺!アンドロイドだもん!肌年齢とかありませんから!
S …。
F なあ知ってたか、俺って親指取れるんだぜ。ほらほら、よーく見てろよ。 (親指を取るマジック)なあ、すげーだろ!
S (鼻をすする音)
F あ、じゃあご満足いただけないようなら、指全部消してやるよ!よーく見 とけよ…(指を全部消すマジック)はい!(戻す)はい!どーだ!すごい だろう!どーやったかというと、指全部引っこ抜くの。こんな感じで…
出来ませんから!俺アンドロイドだから!
S (しゃくりあげる)
F あ、ごっこ遊び続きしようぜ!じゃあ海の中!はい!(漂いながら喋って いると片方の膝から崩れ落ちる。それでも前に進もうとする。)
わぁー、海だ―。あ!見てみてクラゲさんだー!(解説モード)『あれは ミズクラゲだね。一般的にイメージされるほとんどがこのクラゲだよ。ク ラゲは自分で泳ぐ力が弱いから、基本的に波の動きに逆らわず、ただひた すら漂っているんだ。』へー。あ、あそこにいるのは?(解説モード) 『あれはアンドンクラゲ。形が古代に使われていた行燈って照明に似てい るところからつけられたよ。刺された痛みが電気ショックのようだから別 名電気クラゲとも呼ばれているよ。』へぇー、クラゲばっかりだね!とっ ても綺麗だけど、錆びちゃうからすぐに戻らないと。あぁ、ロボットだか らすぐ錆付いちゃいます。いやいやいいや!俺!アンドロイドだっちゅー の!中身ステンレスだっちゅーの!な!
Fが喋っている際中、Sは徐々に大きく笑う。
F そーだよ、お前はそうやって笑っとけ。人間なんだからよ。
揺れが一層ひどくなる。F、とうとう立てなくなる。
F なあS、俺って死んだらどこに行くんだろうな。もしかしたら暗闇をずっ と独りぼっちでさまよっているのかな。
S …さあな。
F でもお前が俺を覚えていてくれれば、それでいいや。
S 当たり前だ。
F へへ。
S なに笑ってるんだよ。
F なんか、不老不死のお前の中で生き続けられるって考えたら、なんとなく 嬉しくてさ。
S なんで泣かせにかかるんだよ、馬鹿野郎。
F そもそも、お前が不老不死なのも、地球だけかもな。
S あぁ、もしそうなら、俺もようやく死ねるのかな。
F 死ねたらいいな。
S そしてら、天国でまた会えるな。
F 行けるかな。
S どこに?
F 天国。
S …ああ、お前なら行けるよ。ちゃんと生きてたんだもんな。
F …その顔気持ち悪い。
S 正直なやつめ。
F じゃあ、そろそろだな。
S …ああ。
F まだお互い生きてたら、今度は宇宙空間で会おうな。
S ああ。地球が飲まれたらスタートだ。
F 今から楽しみだ。
S なあ。
F なんだ?
S …ありがとな、F。
F …ありがとな、S
F、うなだれるように倒れこむ。照明は全体が徐々に紅くなっていく。 地割れの音が徐々に大きくなり、最終的には声がかき消されるほどの爆 音になる。
S なあF、まだ聞こえるなら聞いてくいてれよ。俺、目標が出来たんだ。俺 の目標は…。
音が最高潮になったところでC.O.、と同時に暗転。ノイズのかかったクラシックが流れる。
明転、海の中にいるF。しばらくしてSがやってくる。二人がしばらく漂っていて、BGMとともにF,O
幕
紅い海に月はなく 鍵谷 理文 @kagiya17
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