エピローグ

 夜の市民体育館は、熱気に満ちていた。制服からジャージに着替えた職員が卓球台に散らばり、声援を受けながらプレイしている。仕事を終えて応援に来た職員の顔は、一様に明るい。

 鰆区役所では「文体」こと文化・体育事業として、職場対抗のスポーツ大会が年間を通して開催される。今日はその一つ、卓球大会の開催日なのである。

 文体実行委員と共に会場を駆け回っているのは、総務課の面々である。頼まれた訳でもないのに世話役を買って出てしまう彼らは、勤務時間外でも「縁の下の力持ち」だ。お揃いの「I ♡ MIKAMI」のTシャツが眩しい。

 皆でお菓子を分け合いながら観戦しているのは、市民課の面々である。よその課からもお供えもとい差し入れをもらい、地蔵丸課長の福々しい笑顔の輝きが増す。

 Go!ひろみと化して「A CHA CHA A CHA!」と踊り狂っているのは企画課長である。背後で着ぐるみのさわらくんも、こっそり手を振り応援している。

 白熱した試合を繰り広げるのは、保護課と保険年金課である。若手が多い保護課は毎年優勝候補だ。苦戦を強いられる保険年金課長が咆哮を上げた。桁違いに威力が増したスマッシュに、「ミッキー、いいぞ!」と声援が飛ぶ。

 「がんばれ!」と叫びながら駆けてきたのは、残業を無理やり切り上げた保護課長である。上着を振り回して応援する姿に、コートの選手が力強く頷く。

 「怪我人です!」の声に駆け付けたのは、医師である健康課長である。恐縮する周囲に構わず診察をするその横で、福祉・介護保険課長が持ち込んだ猿面を無理やり飾っている。

 そんな和やかな(?)雰囲気の中、暗雲立ち込める一画があった。


 「ちょっと子育て支援課! なんで課長が一番最初なのよ、話が違うじゃない!」

 「そりゃこっちのセリフだよ。課長がさっき『やっぱり早く終わった方が気楽だわ、先発にしてちょうだい』って言いだしたんだよ~。何のために順番根回ししたんだか」

 「課長同士の対決か、血を見るな……。うちの課長、この日のために市民体育館通って自主練に励んでたんだよ? 負けたらお花タイムじゃなくて卓球タイムになっちゃう。課内に卓球台設置して自主練しちゃうかもよ?」

 「うちの課長だって、負けず嫌いだから絶対根に持つよ。負けたら今後地域保健福祉課との会議は大荒れだね。あ~あ」

 「ねぇ、審判が来ないと思ったら『探さないでください』って置手紙が残されてたんだけど。この試合、誰が審判するの?」

 「係長たち、差し入れ買ってくるって行ったきり戻らないね。察して逃げたのかな」

 「仕方ない、若手に託すか。行け、梅原!」

 「未来ある若者を潰す気ですか!?」

 「じゃあ、花ちゃん。成仏してね」

 「ひぃぃぃ!!」

 既に両課長は位置に着き、開始の合図を待つばかりである。誰もが天を仰いだその時、スコアボードの横に立つ人影があった。


 「お待たせいたしました」


 暗闇に射す、一筋の光明。

栗色の髪が緩やかなカーブを描く。ジャージ姿でも、その麗しさは変わらない。


 「女神、いや、三上課長……!!」


 総務課の女神はにっこり微笑み、右手を高く掲げた。


 「試合開始!」


 困る者あれば、手を差し伸べる誰かがいる。かくして鰆区役所は、今日も回っているのである。


 🌊🐟🌊

 

 この物語が産声を上げたのは、令和2年度末。区役所勤務最後の年の記念にと、書き始めたのでした。

 結局その年も翌年も、異動は無かった訳ですが(^_^;)

 遂に異動した今年、遅々として進まぬ物語を書き上げることができたのは、お付き合いくださった貴方のおかげです。

 拙い物語ですが、ここまで読んで頂き本当にありがとうございました。


 物語の舞台は、鰆区役所。架空の街、架空の人々。

 けれど、これはあなたの街の区役所でも、繰り広げられている物語かもしれません。

 人生には、いろんなことがあります。時には、自分一人では抱えきれない事態に直面することだってあるかもしれません。

 そんな時、私たちのことを思い出して頂けたらいいなと思います。

 「相談したって何も変わらないじゃないか」と、お叱りを受けることもあります。法律や制度の狭間で歯噛みすることもありますし、幾重にも重なった問題を前に無力感に陥ることもあります。

 それでも……。

 すぐ解決には至らないとしても、一緒に考えることはできる。一人じゃない。あなたと共に、在ることができたなら。

 まだまだ力が足りない未熟者ですけど……そう願うのです。


 私を育ててくれた、鰆区役所。

 お世話になった皆さまや、縁あって関わらせて頂いた来庁者の皆さまへ、感謝を込めて。


令和4年7月17日 プラナリア



☆追伸☆

本編がとろとろしている間に、番外編の方が先に世に出てしまいました。もし興味がある方がいらっしゃいましたら、お立ち寄り頂けると嬉しいです。


「二度と関わらないでください」

土屋係長が子育て支援課係員だった頃の話。


「児童相談所で出会った、あなたへ」

香月さんの児童相談所時代の話。






 

 

 

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鰆区役所物語 プラナリア @planaria

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