俺の奥さんは雪女

海山蒼介

移りゆく四季の中で

 冬。

 それは、俺の奥さんが最も好きな季節。

 ニュースによれば、昨日に引き続き、積もる様な雪が一日中降り注ぐとの事。

 だからだろうか、今日も朝から、身を貫く様に気温が低い。


 「寒い……」


 布団の中に包まったまま、俺は凍える身体を温める。

 今日一日、このまま布団の中で過ごしてしまおうか。

 と、そんな考えを頭に過ぎらせながら、俺はふと窓の外に目を向ける。

 凍ったガラスの先には、しんしんと斑に舞い落ちる白い粉が積もりに積もり、伸し掛かられた木々達は迷惑そうな顔を浮かべる。

 そんな中……。


 「よし、完成じゃ。うむうむ、中々めんこい面をしとるの〜」


 一人、窓の向こうから一人の聞き慣れた声が届いてきた。

 やれやれと思いながら、俺は布団から身を起こし、部屋を出るなり、ベランダ側の窓から庭を見る。

 すると……、


 「む?おおっ、ようやく目覚めたか。おはよう、我が旦那様よ」

 

 そこには、作りたての雪だるまの側で元気よく手を振る、俺の奥さんの姿が。

 モーニングコールに返事を送るため、俺は暖かい服装に身を包み、身体を震えさせながら、ベランダに出る。

 

 「おはよう、今日も朝から精が出るな」

 「うむ、かれこれ半刻程かの。流石の儂も疲れたわい」


 そう言って、彼女は満面な笑みを見せつけながら、近くに置かれた雪だるまの頭を撫でる。

 雪が積もると、庭で作れるだけの雪だるまを作る。

 これが彼女のモーニングルーティーンだ。


 「もしかして、また雪玉の状態からせっせと作っていたのか?お前に掛かれば、こうチョチョイと雪を操るだけで、もっと沢山作れただろうに」


 人差し指を立てながら、俺はそれをクルクルと回して言うと、なぜか彼女はやれやれといった顔をして。


 「何を言うか、雪だるまとは自身の手で雪に触れ、自身の足で雪を運び、自身の身体を使うから楽しいのではないか。それも分からんとは、いっぺん乳飲み子からやり直した方が良いのではないか?」


 そうらしい……。

 まあ、確かに身体を動かしながら作る方が楽しいが、そこまで言わなくても良いと思う。


 「また明日、今度は大きいのを作るぞ!」

 「そうか」


 意気揚々と宣言する彼女に、俺は軽く相槌を打つ。

 大きいの……か。なら、今度はもうちょっと早く起きようかな。

 そう思いながら、俺は彼女と共に部屋へと入る。

 俺は、彼女が笑顔で雪だるまを作る姿が好きだ。

 彼女のその姿を見ると、何だか和やかな気分になれるし、何より綺麗だから目の保養になる。

 まあ、冬でも真っ白な着物を着用しているせいで、趣きがあるかどうかは別の話だけど。


 「む、何か失礼な事を思わなかったかの?」

 「いや、全然」



 春。

 出会いの季節と呼ばれるそれは、彼女にとっては別れの季節だ。


 「むうー……」


 庭に目をやる彼女から、不満そうな声が漏れ出した。

 庭に作られた山の様な雪だるまは、季節の移ろいと共に、ただの水へと変わっていってしまう。

 当たり前の事だが、彼女はそれを不満がっていた。

 彼女にとって、雪だるまとは友達みたいなもの。

 子供らしいと言えば子供らしいが、人間の知り合いの様な存在は俺しか居ない為、しょうがないと言えばしょうがない。

 前に、そんなに不満なのなら、意図的にもう一度雪を降らせれば良いじゃないかと言ったが、この世の理を弄ってはいけないからと、仏頂面で返された。


 「お前って、意外な所で大人だよな」

 「何じゃ急に、妾が大人なのは決まっておろう。お主の何倍、いや、何十倍生きとると思っておるのじゃ」

 「ふーん……」


 見た目は高校生かその下くらいだけど。


 

 夏。

 この季節は、俺にとって要注意だ。

 なぜなら……。


 「ううーー……、暑い……、暑いのじゃー……」


 彼女にとって、気温と日光の激しいこの季節は毒になるから……と言う意味ではない。


 「ただいまーー、買って来たぞー……」


 玄関から部屋に入るなり、俺は買って来たアイスを次々と冷凍庫に入れていく。

 その直後の事。


 「ほほうっ!ご苦労じゃったの、我が旦那様よ」


 先程まで扇風機の前から離れなかった彼女が、飛び付く様に冷凍庫からそれを取り出し、包装を解くなり、それを一気に口に運ぶ。


 「う〜〜ん、幸せじゃーー♡」


 そう言って、満面の笑みを浮かべながら、彼女は扇風機の前に戻って行った。

 そう、これが要注意の理由である。

 彼女はこの季節になると、とにかくアイスをバク食いする。

 冷凍庫いっぱいに埋めたとしても、彼女に掛かれば三日で空だ。

 しかも質の悪い事に、切らしたまま放置すると、般若の如く怒りだす。

 お陰でこの時期は金欠続きだ。

 ほんと……、要注意である。


 「そう言えば旦那様よ、ほっかいどーと呼ばれる場所はここより比較的涼しいと、てれびで聞いたぞ。どうじゃ?明日辺り行ってみぬか?」

 「ふざけろ」



 秋。

 暑い夏が過ぎ去り、そして冬が近付いてくる事により、この季節の彼女の気分は鰻上りだ。

 

 「フンフンフフーン」


 鼻歌と共に、彼女は外を見ながら椅子に座り、まだかまだかと待ち続ける。

 足をプランプランと交互に振り、随分と楽しげな様子だ。

 

 「ほら、用意出来たぞ」

 「おおっ、美味そうじゃの!」


 机の上に旬の刺し身を置いてやると、彼女は嬉しそうにそれを頬張る。

 その笑顔を見て、俺はクスリと微笑しながら、彼女と共に窓の外へと目を向ける。

 すると……。


 「おおっ!」

 「降ってきたか、今年は随分と早いな」


 外の光景を見て、彼女は瞬時に席を立ち、ベランダ窓の側で大いに喜んだ。

 そう、季節の変わり目を伝える、真っ白な雪がチラチラと姿を覗かせたから。

 後を付いて行く様に、俺は彼女の隣に立つと。

 

 「なあ……」

 「うん?」

 「雪だるま、今度は俺も一緒に良いか?」


 外に目を向けたまま、俺は彼女に問い掛ける。

 すると、彼女はこちらに見向きもせず、頭を俺の腕にポンと寄せ。


 「ちゃんと早起きするのじゃぞ?」


 クスクスと笑いながら、そう言ってきた。

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俺の奥さんは雪女 海山蒼介 @hanakaruta

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