第7話

『必要な家具があります。

・ベッド

・ヘッドライト

・クローゼット(小さくて大丈夫です)

 時間があったら買いに行きませんか?よろしくお願いします。』


 祐海からのメールは簡素にまとまっていた。

『いいよ。今晩8時だったら行ける。遅いか?』と返信すると、『いえ、大丈夫です。行けます』と帰ってくる。


 詠地は誰かのためにものを買うということが、実はほとんどない。

 高校の時にできた彼女は皆、美人だったが、その見た目相応に、欲しがるものもアクセサリー類や香水など、高価なものばかりだった。

 かと言って、詠地にその分返すかと言えば、そうではなかった。彼女たちは当たり前のように人から貰い物を貰うだけで、それで十分関係が続いてきたのだと、詠地はあとから知った。それまで彼女たちがどんなふうに人と関わってきたのか見てこなかったからだ。


 役者の中でもまだ若手の詠地は、誰かに食事をおごったりする事はないし、下手に物をあげてもそれが相手にとっていらないものだったら悪いと、お菓子類などを包んでいる。が、それもマネージャーが詠地の立場を考えて代理でやっている。



「おかえりなさい」

「……ただいま」

「どうして驚くんです?」

「……言われ慣れてない」

 祐海がそれに少し微笑んだのは朗報だった。馬鹿にされてない、し、笑顔が年相応に可愛かった。

「夕食、いつもコンビニなんだけど…どっか食べに行く?」

「いいです。東京のモノ、全部高いんで。丸一個違うんですよ」

「じゃあ、コンビニで買ってから車で行こう」

 詠地はいつもどおりマスクをして家を出ようとした。

 しかしふと、玄関で祐海の顔を見て、何かが足りない、と感じる。

「祐海、君もマスクした方がいい」

「え。どうして?風邪予防ですか?」

「違う。記者対策。新しい映画が…あー、その…同性愛者の役なんだ。若い君に言うのもあれだけど」

「それが僕にどう関係あるんですか?」

「時期が悪いって言われたよ。君を家に連れてきたのは時期が悪いって。役者は役のイメージがどうしてもぬぐい切れないから、今君と同棲を始めると、僕も同性愛者だと噂になる可能性がある。それに君は未成年だし、赤の他人だ」

 詠地は言いながらマスクをリュックから出し、渡した。


「今なら面倒なことに首突っ込まずに出ていけるぞ?」


 詠地は真剣に言った。マスクの下では、顔が悲しそうに笑っているのが隠れているだけだ。

 祐海は少しも考えずに、詠地の手からマスクを取った。

「そうゆうの僕、気にしないんで」

 マスクをつけた祐海が、コンバースを履き始めた。



 必要なもの以外にも色々買った。と言うのも、家具屋の途中に画材屋があったからだ。東京に画材屋というのもなかなか見つけられなくて、ほとんどの画材は大手の店や老舗で売っている。


 家具を買って車に積んでから、その店に戻った。二人が入った店は紙や絵の具の匂いが充満していて、生の絵がいくつも飾ってあった。きっとここから薫っているんだろうと、詠地は絵に近づいた。

 祐海は一生懸命画材を選んでいたが、財布が無いからと途中で諦めた。詠地は、「じゃあ、お家に来た祝いということで、」と、祐海が欲しがっていた画材を買ってやった。

 詠地にとっては、過去の彼女たちよりも随分ねだられるものが安かったので、逆に困惑したが、祐海は子供がサンタからのプレゼントを持つように、丁寧にそれを扱った。その姿は、詠地にとって新鮮な気持ちを湧き立たせた。



 マンションの地下駐車場に車を入れ、二人で家具を運ぶ。クローゼットから何から、祐海が選んだものはそんなに大きくなかったので、男二人いれば十分運べた。

 祐海の部屋に物を入れ終えると、祐海はリビングの食事机の上に、今日買った画材を並べて、うっとりと見つめている。


「画材、そんなに好きなの?」

「うん。文房具オタクなんですよ、僕。画材も新しい物を見ると、誰かに自慢したくなる…けど、しない。僕だけのもの…」

「欲しいものがあれば買うよ」

「ダメですよ、画材って結構高いんだから」

「君の絵が好きなんだ。そのための投資と思えば、俺にとってはやりがいのある投資なんだ。買うのは俺だけど、全て君のものだ。あ……それとも、人に買ってもらったもので描くのは嫌いか?」

 祐海は首を横に振って、「できることなら、買ってもらえると……かなり。助かります。」と言った。そうだろう、東京なら少年がコツコツ貯めてきたお金も、一ヶ月で消える。貯めれるものなら貯めておいた方が身のためだ。

 しばらく画材に恍惚としている祐海を放っておいて、家具を運んで疲れた体に何か入れようと、詠地は軽い食事を作り始めた。

 納豆オムレツ卵とじ(これ、意外にうまい)、冷凍枝豆、冷凍焼きおにぎりを一人二つずつ。時刻はすでに10時半を回っていて、コンビニの軽食では明らかに足りない。だが、冷蔵庫の中の弁当を消費する胃ではない。

「これ、夜食だけど食べる?」と聞くと、祐海は画材を端に寄せて食べ始めた。

 食べている時も変わらず画材をニマニマ眺めているので、一つ「それで何が描けるの?」と聞いてみた。

 普通の消しゴムと変わらないようなそれはビニールの小さいパッケージに入っていた。祐海はそれをピリピリ破いて開けると、入っていた消しゴムみたいな物をグニャんと曲げる。

「うわ、それ、ねりけしみたいじゃん」

「それの上位交換みたいなものです。柔らかくて、石膏デッサンとか、鉛筆ぼかすのに使える」

「あれ。海以外は描かないんじゃなかったっけ?」

「海の絵って言っても鉛筆の白黒で描く時もあるんですよ」

「へぇ、白黒の海ね」

「色彩が命の海の絵、白黒で描いたらなんて言われるんだろ」

「…なんでちょっと嬉しそうなんだよ」

「僕、そういう御法度やるの、結構好きなんです」

 祐海が焼きおにぎりを頬張って、食べたところから湯気が出ている。幸せな湯気だ。


 詠地も枝豆と炭酸ジュースを飲む。本当のところ、ビールが欲しい……。

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きらきらしてる 由野 瑠璃絵 @Hukunokahori

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