第6話

 未成年を家に連れ込むのは、同性であっても犯罪なんだろうか?酒を飲ませるわけでもないし、いいのか?と詠地は自問自答した。

 しかし、こんなに喜んでいる彼を「やっぱり…」と言うのも気が引けた。

 その上、この祐海という子は、東京に身一つで乗り込んできて、これから住むところを決める手筈だったらしいのだ。

 そこを運良く住まわせてくれる人が見つかったんだから、そう簡単にこのチャンス、手放すわけにはいかないだろうことは、詠地もわかった。


 そしてやっぱり、祐海はしっかり詠地の家に住むことに決まったのだった。


「部屋って、あんな広い一室、全部僕が使っていいんですか?」

「誰も来ないし、いいよ。必要な家具があったら言って。君が居なくなった後、誰か住むかもしれないし、一式用意するよ」

 もちろん、詠地にはそんな予定はなかった。ほんの少しのプライドが、不必要な言い訳を付け加えただけだ。

「わかりました。じゃあ、必要なものがあったら言います」

「あ、メールでいいよ。なかなか俺、家帰ってこれないと思うから。鍵は、これ」


 祐海は鍵をびっくりした表情で受け取る。


「わかってるよ。無用心だよな、俺のやってること」

「本当に、今日会っただけの人に、いいの?」

「いいの。この家、通帳とかカードとかないんだわ。現金払いだし、通帳は実家。金目のモノも、見りゃわかると思うけど何もねえの。でも必要なものがあったら買い足すから、そこは遠慮なく。じゃあ、次の仕事行ってくる」

「いってらっしゃい…」

「鍵、オートロックだから。外出る時は絶対カード持ってって。鞄の中に入れといて」

 詠地は時間がなかった。とにかく次の現場に行くために、マンションの前に呼んでおいたタクシーに飛び乗った。



 次の映画はちょっと特殊な役柄だった。異性愛者の主人公が、ひょんなことから同性愛者を助けてしまって惚れられる、という話だ。

 だんだんと惹かれ合う二人が結婚まで漕ぎ着けて、でも最後は日本では結婚できない現実を突きつけられる。二人は海外に籍を移し結婚する、という話。

 詠地はこの同性愛者の役を演じる。この役のために、ゲイ界隈の用語を覚え、二丁目にも出向き、飲みコールまで覚えた。

 詠地は特に使う予定もないが、家で一人になった瞬間に「ぐいぐい よしこーい」となぜか浮かぶ瞬間があった。それほどに、詠地は役を自分に潜り込ませることができている。代償は大きい気がするが……。


 現場には、詠地は出演者の中で最後の到着だった。

「すいません、遅れてしまって」

 マネージャーが軽く時計を気にしているのが遠くから見えたからだ。

「まだまだ時間あるし、詠地くん今日は最後の方だけでしょ?」

「見させてもらってもいいですかね?他の方のやってるとこも」

「いいと思うよ。あそこの椅子からだったら見えるんじゃない?」

 詠地がマネージャーに言われた席に座ると、隣に女性の演者が一人いた。BL、と呼ばれる映画にはあまり女性が登場しないが、この映画はあくまで「リアルな同性愛」を追求しているそうで、今回は女性の演者も少なくない。


「詠地さん、最後とかありえないですよ〜。主役なのに」

「ごめんなさい。ちょっと、新しく同棲する人が居て…」

「えっ、どういうこと!?」

「声、大きい。恋人とかじゃなく、絵描きの人」

「でも、女の人なんですよね?」

「ちがう。男です」

「え、それはそれで問題なんじゃない?」

「どうしてです?」

「だって今、まさに同性愛映画撮影中。ゲイって噂出回ったらどうするんですか?」

「否定するしかないでしょう。もう家に上げちゃったんだし」

 彼女は大きくため息をついた。真剣な眼差しになって、詠地を説得する。

「やめといたほうがいいです。あまりにも時期が悪すぎます!」

「うーん……まあ、問題になってからでも、いくらでも言い訳はできるし」

「詠地さーん!危ない橋渡り過ぎ!」

「ほら、君、出番」

「ちょっと。あとで作戦会議ですからね!」

「わかったよ。でも今日はダメな。家具とか買いに行くから」

「あーもー、また…本気すぎ!行ってきます!」

「いってらっしゃいー」


 詠地はその時、あまり物事を重く捉えてはいなかった。なぜなら、詠地には捨てるものがあまりなかったからだ。


 例えば誰かを守らなければいけないとして、でもそういう人は詠地には居なかった。お金だって十分これから生活していける分は、ここ数年で稼いだ。ある程度自分の身が立てられるなら、他はあまり気にしなくてよい状態だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る