第16話 犯人

 待ち望んだ月曜日の朝が始まった。私は学校に行くのが楽しみだった。空は青く澄み渡り、太陽の光がキラキラと町並みを輝かせている。家の屋根瓦もコンクリートの塀も、アスファルトの舗道も、信号灯やお店の看板も、新品のように光って見える。

 先週までの夕暮れの景色が、ウソのようだ。私は胸一杯に、さわやかな空気を吸い込んで、ランドセルを背負って歩いた。町は、すっかり元気な姿を見せている。電車も車も順調に動き始めている。

 登校の途中で、ゆりちゃんに出会った。これもいつもの光景だ。ゆりちゃんは私を見つけると、甘ったるい笑顔をして駆け寄ってきた。ゆりちゃんも話したいことが、数え切れないほどあるみたいだ。が、口をついて出た言葉は平凡な、朝のあいさつだった。ゆりちゃんも、たくさん詰まったお菓子のビンから取り出すくらいに、何から話していいのか迷っていた。

「あかりちゃん、おはよう」

「おはよう、ゆりちゃん」

 私たちは、町が元に戻ったことを、手を取り合って喜んだ。べろべろの犬に会ったときのことを、思い返すように話した。つらかったことも、すっかり過去の思い出になった気持ちでいた。ただ私には、自宅の鍵をなくしたときのような、一つ気掛かりなことがあった。それは、たいようくんがたちと一緒のときに、打ち明けることにした。

 校門には、私たちを出迎えて三人の先生が立っていた。どの顔もすっかり悩みが解決し、曇り一つない表情を浮かべていた。大声であいさつするのは、これまでと変わらなかった。

「おはよう、おはよう。体調の悪くなった生徒は言って下さい」

 それでも先生はまだ異常な天候や、停電の影響を心配して、生徒に声をかけていた。私たちは先生に釣られて、大声であいさつした。気分はよかった。

 教室には、多くの生徒が集まって、これからわくわくする行事が始まるみたいに、盛んにおしゃべりしていた。その誰もが空の停電や、町の停電が復旧したことを話題にしていた。前の黒板には、明かりが点った電灯の絵を描いている生徒が見えた。教室中に笑顔と笑い声が満たされていた。先週までの、ピリピリした空気は、どこにもなかった。それほど、みんなにとって停電の復旧は、うれしい出来事だった。

 私はゆりちゃんと、たいようくんたちの所へ急いだ。たいようくんは、とおるとふざけ合っていた。

 おはようのあいさつの後に、たかしが遅れてやって来た。よそのクラスに行って、情報収集をしてきたようだ。

 あまりに話すことが多すぎで、ホームルームの時間を理由に切り上げてきたと笑った。

 私もみんなに話したいことが、たくさんあった。その中で一番疑問に思っていたことを、第一に質問した。私が、どうして田中さんの懐中電灯を持っていたかということだ。たかしはその質問には、すぐに答えなかった。

「あかり。その前に、一つ聞いておきたいことがあるんだ」

 たかしが、ちょっと言いづらそうに口ごもった。たかしも、その事が気になっていたようだ。よそのクラスでも、色々と確かめてきたらしい。

「何言って?」

「あかりが、持っていた懐中電灯なんだけど。どこにあった物なんだ?」

 私は少し目をふせて、思い出すふうに考えた。私が、家で見つけた物ではなかったはずだ。その時、お母さんの顔が頭に浮かんだ。

「えーと、それは確か。玄関の靴箱の下に、落ちていたんだって。お母さんが言ってた」

「そうか。だったら、十分に考えられるな」

 たかしはうなずいて、悩みが解決したように明るい声を出した。

「何が?」

 私は、たかしの丸眼鏡越しの、くりくりした目をじっと見つめた。たかしの次の言葉を待った。私には何の事だか、さっぱり分からなかった。

「誰かが、あかりの家へこっそり置いたんだ」

 今度は、たかしが私の瞳をのぞき込んで言った。たかしの意外な言葉に、私はほほをふくらませた。

「そんな、ひどい!」

「まあ。その子を今、責めても仕方ないよ。こんな大事件になったんだ。その子も、きっと反省していると思うよ」

 たいようくんが、肩をすぼめた。確かに、たいようくんの言う通りかも知れないが、身代わりにされた私は、たまったものじゃない。

「あかりは、ちゃんと戸締りしていたのかよ」

 とおるが、横から乱暴に口をはさんだ。私はたいようくんの後ろにいる、とおるをちらりと見て、思い出すように天井を見上げた。私はいつもお母さんに任せっきりだから、その時のことは、はっきりと覚えていなかった。

「うーん、忘れていたかも」

「だったら、人のこと悪くいえないな」

 とおるが、意地悪にあごを上げた。私は、ちょっとうつむいた。が、すぐに気を取り直して顔を上げた。

「でも、どうしてその子は、私の家に田中さんの懐中電灯を置いたんだろう?」

「別にあかりの家って、分かってやったんじゃないと思うよ。べろべろの犬が、懐中電灯を捜していたから、慌てて置いだんだ」

 たかしは、自分の考えを私に説明した。私はそれを聞いて、いい迷惑だと不機嫌に鼻にシワを寄せた。

「そんな、自分の罪を他人になすりつけるなんて」

「でも、あかりが無実なのは分かっている。だって、あの時べろべろの犬に質問しただろ。犯人なら、質問は出来ないはずだ」

 たかしは腕組みして、心配ないというようにうなずいた。私は、ちょっとほっとした。分かり合える友達がいるのはいいものだ。

「でも。どうして、その子はそんな事したんだろう?」

 私は、まだ納得がいかないと高い声を出した。私は危うく犯人にされるところだったのだ。

「正確なことは分からない。その子も、まさかこれほど大事件になるとは思っていなかったんだろう」

 たかしは、わずかに首を振った。少し間を取って続けた。

「その子が誰かわからないけど、学校嫌いな子がいて、たまたま停電の日に、べろべろの犬に出会ってしまったんだ。その子が、べろべろの犬にした質問は、多分だけど。学校に行かなくていい方法だったんだ。それも自分一人じゃなく、みんなが学校に行かなくていい方法を聞いたんだ。おそらく田中さんの懐中電灯を奪うと、べろべろの犬は答えたんだろう」

 たかしには、大体の察しが付いていたみたいだった。その子が、誰かははっきりとは言わなかった。

「そんな、いい迷惑だよ」

 私は顔をしかめて、不満を訴えた。たかしは同情する苦笑いを、私だけでなく、その子にも向けたように思えた。

「そうだけど。その子に取って、学校は嫌いで退屈な場所だったんだ。みんなもそうだと、自分と同じだと思っていたんだ。だから、自分ではいい事をしたつもりだったんだろう」

「最低な奴だな!」

 とおるが、たいようくんの背中越しに怒鳴った。

「その子も、十分に反省していると思うよ。きっと悪気は無かったんだ」

 私はたかしの話をそこまで聞いて、ちょっとその子が気の毒に思えた。その子は自分の過ちが、ここまで大げさになったのだから、学校を休むどころか、気が気でなかったはずだ。

「でも、その子の質問は結局、外れたってことじゃない」

「そうとも取れるけど。あの時、僕たちが何もしなければ、学校は確実に休校になっていたからな」

 たいようくんが恐ろしいことを思い出したみたいに、唇をきゅっと結んだ。

「でも、解決できた。それでいいじゃないか」

 たかしが、はっきりとした口調で言って、白い歯を見せた。

 その子のした事は、間違っていたかもしれないけど、結果として私たちは、色々なことが体験できるいい機会になった。

「その子も、もっと別な質問をすればよかったのにね」

 私は言った。

「じゃあ、今度べろべろの犬に質問するとしたら、何て言う?」

 とおるが、イタズラっぽく私に聞いた。

「うーん、そうだね。みんなが楽しく学校に行ける方法を教えてかな」

 私は、明るく希望に満ちた声で提案した。

「それは、名案だ!」

 みんなが、一斉にうなずいた。

 予鈴がなって、西村先生が教室に入ってくると、ホームルームが始まった。

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べろべろの犬通るべからず つばきとよたろう @tubaki10

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