「超ブラック店・給料未払いの実態と苦肉の解決策」

夏希ヒョウ

「超ブラック店・給料未払いの実態と苦肉の解決策」

【問題になっている外国人材の労働環境は、日本人も無関係ではなかった】


株高・円安と連動(年金財源を、株に投資することで株価を上げる)したアベノミクスの到達点は、物価上昇によるデフレ脱却からもたらされる給料アップであり、企業増収がもたらすトリクルダウン(シャンパンタワーのように上が満たされれば、その恩恵は下までしたたり落ちて潤うという理屈)だったはず。

しかし円安で潤っていたはずの輸出企業や情報通信関連企業は、バブル崩壊後の失われた二十年の経験則があるために利益を内部留保(三百五十兆円以上)して従業員に還元することを躊躇い、それが常態化している。

ブラック企業はその典型だが、多くの中小企業は大企業の恩恵にすら与れないのが実情である。そして、さらにブラックよりさらに黒い超ブラックが秘かに問題拡大していて、何も知らないで入社した従業員は餌食になる運命である。


平成二十六年度(東京都)・賃金未払いの申告件数と金額が二六五七件・三億六千万円。(内、解決した金額が一億二千万円の報告がなされている)業種としては小売業、飲食店、建設業、製造業、接客業(順不同)などが上位を占める。

労働相談センターは都内だけで六ヵ所(飯田橋、大崎、池袋、亀戸、国分寺、八王子)あり、未払い・退職・嫌がらせ等、職場でのトラブルに無料で親切に対応してくれる。(一年間の、のべ相談件数は都内で約五万件)

そして当センターの担当者は、他にも日本司法遅延センターを推奨してくれた。

アベノミクスの目的である賃金アップはおろか、労働の対価さえ払われていない労使関係の在り方が、なおざりになっているという一例を紹介する。


A氏(五〇歳)は、働いていた飲食店を体調不良のために辞めなければいけなくなった。痛風からくる間接症で、薬を服用しながら通院を医者に勧告されたからだった。当初、入院を勧められたが、そこまでの経済的余裕はない。そこで辞める三日前に辞職する旨を伝えたが、退店後、半月分の給料十万が一週間経っても振り込まれなかった。元々、給与は手渡しだったが、会社の都合で受け取る日が延び延びになったため、振り込みにしてもらったのである。

前述通り、誠意のない職場に電話するのも気が引けるから、メールで店長に何度も催促した。しかし、一ヶ月間「払うから」の一点張り。(当然、それは会社=社長の意向)

A氏によると、労働基準局(以下、労基)で未払い給料の支払いを請求しても、労基の監督官が当事者を呼び出したり電話をかけたり、直接、店に出向いて支払うように促したりするしか方策がない。もちろん、それで払ってくれることもあるのだが、やっかいなのは払う意思だけ示す場合。例えそれが嘘であろうと、監督官は支払うことを強制しない。質が悪い経営者は、そのことを見透かしているために「払う」という口約束以上の対応はしないし、労基への呼び出しに応じることもない。

そこでA氏は監督官に勧められた通り、小額訴訟賠償金六十万以下、裁判費用五千円、一日(約三十分)の審議で判決が出るに踏み切った。(印紙・切手代は別途、数千円必要)

監督官が、店を営業停止にすることや法的処罰を科す権限がないという労働基準局の制度の限界を語ったことが、A氏を突き動かした動機になったのだった。


まずは、東京・簡易裁判所(最寄駅は丸ノ内線の霞が関)へ行って、訴状や請求金額の明細等を書いて手続きを行わなければならない。

それから一旦帰宅して、裁判所に、その旨の書類を送った。そして、その書類は訴訟相手である店に転送された。いわゆる通常の裁判でいう内容証明で、(未払いオーナーに対する)宣戦布告に当たる。

それ以外にも、店が営業をしている証明をするために、実際に店の外観や看板の写真を撮って裁判所に送らなければならなかった。

「そんなのは、裁判所から店に電話すれば立証できる」と、A氏は書記官に愚痴ったが、裁判所にしてみれば書面としての証拠がいるらしい。

しかし気になったのは、裁判所が店に送った書面(内容証明)にはA氏の住所が記載されてある。もちろんA氏は社長の住所は知らない。これでは泥棒に入られたり危害を加えられたりする恐れがあり、不利益を被らないとも限らない。裁判所は、そういった配慮ができないのだろうか。

辞めた従業員の給料も払わないようないい加減な人間なのだから、履歴書を取り置きしていない可能性だってある。しかし、「犯罪者に等しい相手に、改めて住所を知らせることは不安」(A氏)


少額訴訟において通常、電話でのやりとりは担当の書記官と行う。A氏は担当の大木氏と、裁判の日程を決めたり書類を送ったりして手続きを進めた。

 

そして、裁判当日。

しかし、やはりと言うべきか被告は出廷しなかった。が、肝心の判決は全面勝訴には至らなかった。

原告のA氏は元々、過呼吸症候群を患っていて、今回の件でストレスを感じたために寝られない日が続いた。その影響で、働きはじめた新しい職場を二日間、寝不足と苦痛で休まなければならなかった。当然、その日当も併せて請求したのだが、それは裁判長(篠田隆夫氏)の裁量で却下、認められなかったのである。そのことを鑑みて、裁判費用(+経費)の四割はA氏が負担することになってしまった。


A氏は納得できなかったために、書記官に後で問い合わせたが、一日で結審する簡易裁判のため上告はできず、判決には従うしかないという。


未払いの賃金については全額支払い命令が出たから勝訴ではあるが、労基から裁判に至るまでの労力と時間を考えたら、本来受け取るはずの給与額をそのまま貰っただけでは納得がいかない。しかも、裁判費用+経費などは別に請求する必要があり、個別に裁判所に出向いて(再び)書類を作成しなくてはならない。


以上のことから、本当にこの制度が(困っている)一般労働者の助けや救いになっているのか甚だ疑問である。(滞納した金額については年利一四%の金利がつくが、これも適正だとは思えない)


結局、裁判所で出来ることは会社(経営者)の資産・銀行口座や店の所有物の差し押さえをすること。給与の支払いについては任意で待つしかないという。つまり、相手の善意に期待するしかない。そもそも労基の指導にも従わず無視を決め込む相手に、そんな悠長な対応で解決するはずがない。それに裁判所が預金を差し押さえるにしても、経営者の銀行口座が分からないと遂行のしようがないらしい。従業員が、手渡しであった会社の取引銀行など知る由もない。

 

途方に暮れたA氏は、書記官に質問した。

「どうしたらいいですか」

しかし、無情ともいえる返事だった。

「それは、私のほうでは助言できません。自分で調べてください」

十万程度の賃金なのだから、放っておけば諦めるだろうと高をくくっているはずの相手を許せなかったA氏の個人的意見として、今どき給料を銀行振り込みではなく手渡しにする会社は『訳あり』という感想だった。

働きづらい労働環境だから続かなかったり変な辞め方をしたりする。すると、足を運んで対面してまで給料を受け取ることを躊躇する。その場で面罵される恐れもあるからだ。

経営側はその心理を熟知しているために、あえて手渡しにするのである。そもそも、額面通り支払うかも疑問である。入社する際の面接時に、給料が手渡しか否か、そのことを確認する必要があると痛感した。


労基の監督官には「払う」と言っておきながら、裁判所が被告に送った書類にある《払わない理由》の欄には、「一ヵ月前に、退店を告知していなかったから払いたくない」と書かれた文言が、裁判所に返信された。

これも偽証罪ではないか? と、A氏は書記官に問い合わせたが受け入れられなかった。


「裁判所は未払いに困る労働者と賃金を支払わない経営者の、どっちの味方なのですか」と、業を煮やして質問したA氏に対し、「中立の立場です」という書記官の冷めた口調が返ってきた。あくまで法律に従って粛々と作業を進めることが仕事であり、感情論には左右されないと言うのである。


そんな、お役所的なマニュアル対応しかしない労基&裁判所に、A氏は無責任だと不快感を覚えた。

未払い経営者(会社)に対しては何らかの罰則・処罰やペナルティ金を科さないと、現行制度のままでは助長しているようなものである。


結審した後に書記官から、「使わなかった切手(数千円分)は郵送しました」と電話で言われたが、A氏がその封筒を確認することはなかった。送ったことを書記官自ら通告したのに送っていないとは考え難い。配達のミスも同様である。やはり住所を相手に教えたことが、もしやポストを荒らされたのでは? と、疑心暗鬼に陥った。

その後、小額訴訟債権執行に電話を回してもらっても(取り引き銀行を知らない)、現状では何も解決しなかった。

 

無銭飲食ならば即、逮捕である。しかし労働させてその賃金を払わないのは誤魔化せる……というのであれば、法律の不備である。単に(賃金の)泥棒ではない、詐欺にも当たるはずである。それでもお咎めなしなら給料未払いは、会社の都合によっては暗黙の了解として法律上は黙認されているに等しい。


そこでA氏は、以前に歯科医(新O久保歯科医院)を相手に訴訟に踏み切ったときの弁護士(中嶋正博法律事務所)に、電話相談した。

(A氏はプロボクサーであったにもかかわらず、勝手に前歯四本を根本から削られてしまった。治療目的は差し歯にすることであるが、当然A氏は納得がいかない。ボクサーが差し歯にすれば、実戦練習でパンチをもらって折れるのは自明の理だからである。

納得がいかないA氏は医療裁判に踏み切った。その結果、一審は敗訴で二審は示談となり、歯科医が依頼する保険会社から五十万円を受け取ったが、高裁までの裁判費用と弁護士費用で収支はマイナス)


「問題がある店の内容を書いたチラシを、最寄の駅前やその店の近くで配ればいいんです。これは合法な対抗措置なんです」(中嶋弁護士)


――さっそくA氏は行動を開始した。

「○○店は、辞めた従業員の給料を払わない超ブラック店です。労基に相談したり裁判を起こしても一向に応じてくれません。こんな会社があっていいのでしょうか?」

 遂に、この奇襲が功を奏した。

「常連の顧客たちから、チラシの真偽を正すクレームが来た。悪い噂が広まれば、当然売り上げにも響く。明日振り込むから、配布は止めてくれ」というメールが店長から届いた。

後日その通り振り込まれたが、嬉しさよりまずは虚無感が覆って、もうこれ以上争わなくていい安堵感を覚えた。とA氏が語った。

 

しかし、問題はこれで済まない。


A氏が労働センターに感謝の電話をしたところ、実は労基は刑事訴訟法・強制捜査の権限は持っていることを知らされた。つまり、礼状を取って家宅捜索(証拠書類の押収)もできるのである。しかしそれは、よほど悪質と判断された場合のみらしいが、そもそも給料未払いの、しかも労基や裁判所への出頭や支払い命令にも応じない(ゆえに、口座を差し止めようにも弁護士費用を要するために、二の足を踏んでいた)飲食店を野放しにしていいものか。こんな行政・司法のあり方では、給料未払いのトラブルは減りようがない。

 

アベノミクスは、このままではアベノミス苦で終わってしまう。

「労基も少額裁判も当てにならない現実では、弁護士会館に電話して(弁護士を)紹介してもらうのが最善の策。面倒な手続きは任せられるし、費用も勝訴すれば回収できる。とはいえ、もっと国の政策としてこの問題に取り組んでほしい」(A氏)



《未払賃金・立替払制度》

労災保険の適用事業場で一年以上にわたって事業活動を行ってきた企業に「労働者」として雇用されてきて、企業の倒産に伴い退職し、「未払賃金」が残っている人であれば制度を受けることができる。(ただし、未払賃金の総額が二万円未満の場合は、立替払を受けられない)

しかし、現実問題として上場企業でもない限り、労災保険に加入している飲食の個人店はゼロに等しい。


「多様な働き方を可能にする、法制度が制定されました」(安倍首相)

2019年4月、働き方改革が施行され、長時間労働はパワハラなど労働内容を見直し、ブラック企業減少が期待されています。

しかし、厚生労働省の発表によると、全国の労働相談件数は11年連続で100万件以上で、減る見込みはありません。


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