第39話 ヨシュア


「よう、起きろよ」


 声をかけられて目を開けると、目の前にヨシュアが座っていた。


「あ、ああ、ごめん」


 俺は体を起こし、顔を両手でごしごしと擦った。

 それから辺りをきょろきょろと見回した。

 どこに行ったのか、先ほどより子供たちは減っている。


 満腹になり、俺はいつの間にか寝てしまっていたようだ。

 

 すぐそばでは、まだリュカが寝息を立てていた。

 プリムはと言えば、離れた場所で残った子供たちと何やら話し込んでいた。


「もう出発の時間? 俺、どのくらい寝てた?」

「大して寝てねえよ。まだ夜には時間がある」

「そっか」


 俺はホッと胸を撫でおろした。

 相変わらず、室内は謎の水蒸気のせいで視界が悪い。

 

「それじゃあ、何の用?」


 俺はうんと伸びをした。


「用ってほどじゃあねえんだが」


 ヨシュアはそう言いながら、俺の向かいにあった椅子に大股でどかりと座った。

 手にはなにかよく分からない形状のものを持っている。


 玉ねぎのような形の瓶で、入口にゴムのホースがついている。

 そしてその入り口とはまた別の口から、今度はガラス製の管が伸びていた。


「今さっきプリムから聞いたんだけどよ、あんたよ、白木綿(キャラコ)海賊団の乗組員なんだって?」


 その奇妙な瓶を片手に、ヨシュアは聞いた。

 それからじっとりと、まるで値踏みするように、俺をまじまじと見つめた。

 

「え? ああ、まあ、そうだけど」

「どうやってあそこに入ったんだ?」

「どうやってって……他の海賊団に襲われてるところ助けてもらったんだ。拾われたっていうか」

「助けられた? 拾われた?」


 ヨシュアは顔を顰めた。


「どういうことだ、そりゃ。お前、そんな弱いのに白木綿(キャラコ)の一味になったのか」

「う、うん」


 ヨシュアはケッ、と悪態をついた。


「白木綿のミスティエもヤキが回ったな。こんなボンクラを仲間にするなんて」

「うちの船長を知ってるの?」

「この街でミスティエを知らないやつはいねえよ」

「そうか。そうだったね」

「だからこそがっかりだぜ。キャラコと言や、天下が認める少数精鋭のエリート海賊だ。副船長エリーの魔力、狙撃手シーシーの武力、交渉人ポラの知力。そして何より船長ミスティエのカリスマ。全員がプロ中のプロで、すげーやつらの集まりであるはずなのに――」


 ヨシュアはそこで言葉を切り、はあああ、と長く深いため息を吐いた。


「なんだよ、こいつは。弱っちぃただの僕ちゃんじゃねえか」


 俺はむっとした。

 確か、ヨシュアはまだ15歳。

 年下だ。


 だが――と俺は開けかけた口を閉じた。

 情けない話だが、図星過ぎて反論出来なかったのである。


「ヨシュア君――いや、ヨシュアは、キャラコ海賊団が好きなの?」


 代わりに、そんなことを聞いた。

 彼の言葉の端々から、そのような感情が感じられた。


「別に好きじゃねえよ」


 ヨシュアはそこで持っていた瓶から伸びる管を咥えた。

 スー、と息を吸い込み、ハー、と水蒸気を吐き出す。

 どうやら、あの謎の瓶がここを白く煙らせている正体のようだった。


「でもよ、俺ぁ白木綿のことは認めてるんだよ。あいつらの、“金のためなら何でもやる”ってスタンスがイカすんだ。俺たちと同じだ。あとは、単純につえーとこな。昔、一度シーシーとガチ喧嘩したことあるけどよ、マジでボコボコにされたからよ」

「シ、シーシーさんと喧嘩したことあんの?」

「ああ。クソ強くてビビったぜ」


 うーん、と俺は唸った。

 あの人と喧嘩して生きてるだけで、十分すごい。


 しかし――と、俺はヨシュアの顔を見た。

 ヨシュアは文句を言いながらも、どこか嬉しそうだ。

 どうやら、なんだかんだ言って好きらしい。


「しかし、あのミスティエが認めたんだ。タナカ、お前も、ボンクラに見えて、実はなんか能力持ってんじゃねえか?」

「能力なんて何もないよ」

「嘘つけよ。どうせ、エリーやシーシーみてえな“異能(ギフト)”があるんだろ? そうじゃなきゃ、辻褄が合わねえ」

「異能(ギフト)? 異能って何?」


 俺が聞くと、ヨシュアは「マジかよ」と言って顔を顰めた。


「お前、異能も知らねえのか」

「うん」

「ってことは、異能力もなく、戦闘能力もなく、キャラコに入ったのか」

「うん」

「馬鹿野郎!」


 なぜか叱責された。

 

「ご、ごめん」


 反射的に謝ってしまう。


 それから、ヨシュアは簡単に異能(ギフト)について教えてくれた。

 この世界には、時々、特殊技能を持って生まれる人間がいる。

 それは例えば超能力のようなもので、一言でいうと“人智を超えた力”ということらしい。

 異能者のほとんどは「ものを動かす」「ものを操作する」と言ったサイコキネシス能力であり、例外はあまりない。

 魔法使いもその内の一つに含まれるが、数はかなり少ない。

 その代わりに『魔石』という物質があり、それを使えば誰でも異能(ギフト)が使えるようになるという。


「どうやらてめえ、マジで何の力もねえのにキャラコのクルーやってるらしいな」


 説明を終えると、ヨシュアは俺を睨(ね)めつけた。


「う、うん」

「ふざけてるな、いや、マジでふざけてやがる。クソ気に入らねえ。気に入らねえよ」


 何故かプンプンだ。

 この子――もしかして。

 実は、キャラコ海賊団に入りたかったんじゃ。

 

 このあまりの怒り方からは、そのようにすら察せられた。


「あのさ」

 と、俺は話を変えた。

「その、異能(ギフト)のことなんだけど」


「あん?」

「いやさ、エリーさんの能力(ギフト)は分かるんだよ。多分、魔法を使う力のことを言ってるんだろうなって。でも――シーシーさんの異能ってなに?」


 あの人って、何か超能力使っていたっけ。

 俺は首を傾げた。


 ヨシュアはこの質問にさらに顔を顰めた。

 ものすごく不機嫌そうだ。


「お前、本当に海賊か? それすら怪しいぞ」

「ご、ごめん。実は、海賊になったのもまだ一か月くらいで」

「は?」

「だから知らないことばかりで」

「は?」


 ヨシュアは俺の胸倉を掴み、拳をプルプルと震わせた。


「オメー……まじでブン殴るぞ。この街で、どれだけの人間がキャラコ海賊団に憧れてると思ってんだ。それなのに、どうして、お前が……お前なんかが」


 やっぱり憧れてたんだ。


「ご、ごめん。でも、それは船長に聞いてもらわないと」

「……ケッ。まあ、そうだけどよ」


 ヨシュアは俺を突き放した。

 今のだけでも分かった。

 ものすごい腕力だ。


「シーシーの特殊異能は、“銃火器を具現化する”能力だよ」


 ヨシュアはそっぽを向きながら、言った。


「銃を具現化?」

「そう。表出(エクスプレッション)という異能だ。頭の中に想像した物体をそのまま現実のものとして具現化できる能力」

「な、なんだ、その力は――」

「もっとも、当然ながら実際の銃器も全て扱えるらしいがな。その腕も一級品で、それだけでも十分な脅威だ。しかし――奴が本当に恐ろしい理由はその“表出能力”。何でも、この世にある武器ならほとんど全てノータイムで表出できるって話だ」

「マ……マジか」

「まあ、天才だよ。ものを具現化する能力者はそれだけでも例外(レア)能力者だが、シーシーほど圧倒的な種類を鮮やかに使いこなすやつは世界のほんの一握り。まさに芸術品だよ」


 ヨシュアは口の端に呆れたような笑みを湛え、ため息を漏らした。

 昔ボコボコにされたことを恨んでいる様子はなく、むしろ尊敬の念すら感じられた。


 はえー、と俺は間抜けな感嘆の声を漏らした。


 確かに――シーシーは普段から銃はそれほど携帯していない。

 それなのに、俺が最初に見た戦闘では、数多の武器を撃ちまくっていた。

 あれは本物の銃ではなく、銃を具現化したものだったのか。


 しかし、異能力(ギフト)、か。

 この世界は俺の住んでいた世界に似ているが――やはり、決定的に何かが違うんだ。

 それは常識や法律なんてレベルではなく、物理法則だったり天則・自然法と言った理(ことわり)から異なるらしい。


 一見似ているけれど、完全に非なる領域(ワールド)なのだ。


「とにかく、俺ぁ認めねえからな。オメーみてーな凡人が白木綿のクルーだなんて」


 ヨシュアはふんと鼻を鳴らした。

 そんなこと言われても――俺ははあと息を漏らした。


「それが、ただのボンクラでも無いみたいよ」


 声がして、頭に何かずしりと乗った。

 見上げると、プリムが俺の頭に腕を乗せてもたれかかっていた。


 重くて鬱陶しいけど――後頭部に幸福な感触が二つ。


「どういう意味だ?」


 プリムを見ながら、ヨシュアは瓶のパイプを吸った。


「私の取材だと、このタナカ=リクタは中々のキレ者らしいのよ」

「キレ者?」

「そ。なんでも、初仕事であの聡明でインテリなミスティエ船長を説き伏せたとか」

「……本当か?」


 ヨシュアは俺を見た。


「いや、まあ……結果的にはそうなったけど」


 俺は頬をほりほりと掻いた。

 ヨシュアは目を丸くした。


「マ、マジかよ。あのミスティエを」

「偶然だよ」

「いいや、マグレであの死天使を説得できるもんか。しかし……なるほど、そういうことか」


 ヨシュアは一人ごちて、短く数度頷いた。

 それから俺を見て、持っていた謎の小瓶をこちらに向けた。


「お前はキャラコの参謀である“ポラ”の補佐だったのか」


 悪かったな、と言って、俺の口元に瓶のパイプを近づける。

 吸え、ということらしい。


「こ、これ、なんなの?」

「水タバコだ。うめえぞ」

「水タバコ?」


「フレーバー葉を炭で熱して、水を通してその薫りを嗜むものよ」

 プリムが答えた。

「大丈夫、一回吸ったくらいなら特に害はないから。普通のタバコとあんまり変わらないわ」


「そ、そう」


 俺は恐る恐る、パイプの先を咥えた。

 思い切り吸うと、口内に不思議な味が広がった。

 葉っぱをいぶしたような苦みと、鼻に抜けるようなフルーツの香り。


 だが次の瞬間には頭がクラクラし、ゲホゲホと盛大にむせた。

 ヨシュアはそれを見て、アハハと白い歯を見せて笑った。


「さあ、そろそろ行きましょうか」


 と、プリムが言った。


「もう行くのか」

「ええ。多分、私は道に迷っちゃうから、早めに出るわ」

「俺が案内してやろうか?」

「いいの?」

「ああ。実は、最初からそのつもりだった」

「最初から? 随分とサービスが良いのね」

「ついでだよ。俺も、外に用事があるんでな」

「あんまりチップはあげられないわよ」

「無料(タダ)でいい」

「無料?」

「そうだ」

「……珍しいこともあるものね。もしかしてポッチーのこと、気に入った?」

「そんなわけねえだろ」

「そう。でも、そうね。そうしてくれると、すごく助かるわ」

 

 プリムはにこりと笑い、俺を見た。


「いいわよね? ポッチ」


 俺はまだごほごほとむせていた。

 目の前がグルグルと回っている。


「い、良いと思うよ」


 俺は咳き込みながら、ようようそう言った。

 水タバコ――超気持ち悪ぃ。


「それじゃあ、5分後に出発だ」


 ヨシュアは俺を見てニシシと笑い、立ち上がった。


 最初は少し怖かったけれど――

 どうやら彼もそう悪い奴ではなさそうだと、彼の背中を見ながら、俺は思った。


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異世界で美少女だらけの海賊に拾われた俺はペット扱いされながら最下層から成り上がる! 山田 マイク @maiku-yamada

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