スケッチブック
井上 流想
1話完結
さくらちゃんは絵を描くことが大好きです。
ある日、お母さんがスケッチブックをプレゼントしてくれました。
真っ白いスケッチブックを前に何を描こうかと興奮しています。
お母さんは喜んでくれた娘を見てホッとして仕事へ向かいました。
すぐにさくらちゃんは24色の色鉛筆を並べ机に向かいました。
魚のうろこをしたピンクの屋根に2つの丸い窓のある可愛らしいお家を描きました。
大きな庭には5つ木があって、そのうちの2つの木の間にはブランコがありました。
丸い池には3匹の金魚が泳いでいます。
隣には花壇もあります。
そして庭の真ん中には白い1匹の犬が日向ぼっこをしています。
さくらちゃんは理想のお家を描けたことに大満足しました。
次の日、学校から帰るとすぐに色鉛筆を用意し、スケッチブックを開きました。
開けてびっくり。
昨日描いた白い犬の姿がありません。
何度見てもいないのでさくらちゃんはもう一度白い犬を描きました。
今度は少し大きめに、たくましく描きました。
さくらちゃんがページをめくると、小さな犬の足跡がありました。
次のページをめくると、また足跡があります。
足跡を追ってパラパラ何枚かめくって驚きました。
昨日描いた白い犬がいたのです!
さくらちゃんはびっくりしてパタッとスケッチブックを閉じてしまいました。
ちょうどその時、外から17時のチャイムの音が鳴り始めました。
さくらちゃんは呆然としていました。
チャイムが鳴り終わると、小さな深呼吸をして恐る恐るもう一度スケッチブックを開けてみました。
同じ家に、5つの木、ブランコ、丸い池、花壇
そして2匹の犬が真ん中で日向ぼっこをしていました。
さくらちゃんは思わず「えっ!」と驚くと、その声に驚いた犬2匹が振り返り、走り始めました。
2匹の犬はページからいなくなり、めくると次のページ、また次のページへと走っていきます。
2匹は追いかけっこをして楽しそうです。
最後のページになり行き止まりになると、今度は逆方向に走って、最初のページに戻っていきました。2匹は走り疲れたのか真ん中で休んでいます。
さくらちゃんは頭が真っ白になってまたスケッチブックを閉じてしまいました。
次の日、気を取り直して別のページに自分と同じくらいの年の髪の長い女の子を描きました。
かわいらしいドレスを着ています。
服や、靴、帽子にバックと、まるでファッションデザイナーになった気分でたくさん描きました。
ちょっとお腹が空いてきたさくらちゃんは、大好物のドーナッツやお寿司、ピザを描きました。
描いているだけで不思議とお腹がおさまりました。
次にさくらちゃんは誕生日に欲しいものを描き始めました。
自転車に、人形、フラフープにバスケットボール。
スケッチブックはさくらちゃんの好きなもので一杯です。
あっという間に夜になり、さくらちゃんは疲れて眠ってしまいました。
次の日の朝、スケッチブックを開いてみると、2匹の犬が池の周りを追いかけっこしていました。
そして、ブランコには昨日描いた女の子が楽しそうに遊んでいたのです。
他のページをめくってみると、昨日描いたドーナッツはかじった跡がたくさんあって、まん丸のピザは三日月のようになってしまっていました。
ページの隅からボールが転がってきました。
すぐに2匹の犬がやってきて、しっぽを振りながらボールを追いかけていきました。
「誰がボールを転がしたの?」
1ページ目に戻ってみると女の子が自転車を乗り回して遊んでいました。
そして真ん中に来るとピタッと止まり
「馬に乗りたいわ。描いてくれる?」
女の子がしゃべったので、さくらちゃんは驚きのあまり返事が出来ませんでした。
「え?馬描けないの?」
負けず嫌いのさくらちゃんは思わず、
「描けるわよ!簡単よ!」と、つい言ってしまいました。
でも、さくらちゃん、今まで馬を描いたことがありません。
記憶を頼りになんとか馬を描いてみました。
女の子はがっかりした表情で「思っていたのとは違うけど、まあ、いいや」と言って馬みたいな動物にまたがり走っていきました。
さくらちゃんが落ち込んでいると、女の子がまた真ん中に来て言いました。
「わたしの名前なんていうの?」
「あなたの?」
「そう、私の。あなたには名前があるでしょ?」
「うん」
「わたしのは?」
そう言われても名前まで考えていませんでした。
さくらちゃんはとっさに本棚にあった赤毛のアンを見て「アン」と答えました。
「アン・・・・・・悪くないわ」
さくらちゃんはホッとしました。
ホッとするのも束の間、アンがまた口を開きました。
「こんなドレス着てると動きにくいのよね。ズボン描いてくれる?」
「すごく似合っているのに」
「ズボンがいいの」
さくらちゃんは残念そうにズボンの絵とTシャツを描き、アンはドレスを脱ぎ捨てました。
「あ~こっちの方がいいわ~!ありがとう!」
「……」
「ねえ、この長い髪も切ってくれない?うっとうしいのよね」
「素敵なのに!もったいないよ!」
「髪が長いと洗って乾かすのが大変だし、長いの好きじゃないわ」
「わかったわ。でも、色鉛筆で描いてるから消しゴムでは消えないわ」
「じゃあ、はさみを描いて。自分で切るわ」
さくらちゃんはアンの言う通り、しぶしぶはさみを描きました。
アンはなんの躊躇いもなく、長い髪をバッサリ切ってしまいました。
「あ~さっぱり!ありがとう!」
「……どうも」
「ねえ、ねえ、私、友達が欲しいわ。一人でいるのは寂しいし退屈しちゃう」
さくらちゃんは女の子1人と男の子2人を描きました。
アンはとても喜びました。
さくらちゃんは宿題を思い出し、スケッチブックを一旦閉じて勉強をしに行きました。
1時間後、さくらちゃんがスケッチブックを開けてみると、女の子と男の子2人が仲良くボール遊びをしていました。
そこにアンはいませんでした。
心配になってページをめくると、アンが1人でフラフープをしていました。
「どうして1人なの?」
「……」
「ボール遊び嫌い?」
「嫌いじゃないけど……」
「どうしたの?友達が欲しかったんじゃないの?」
「そうだけど……。1人の方が楽だし」
「楽?」
「1人でいるのも悪くないって思って」
「……」
さくらちゃんはアンの言っている事がわからないでもなかったので、そっとしておくことにしました。
さくらちゃんはふと考えました。
絵を描くことは時間を忘れるくらい好きなこと。
スケッチブックは宝物です。
アンにも何か宝物があるといいなと思いました。
「アン、何か欲しいものない?」
「欲しいもの?」
「そう、宝物になるようなもの」
「……私、本が欲しい。いろんな本を読みたいわ!」
さくらちゃんは予想外の答えに驚きました。
「私、いつか世界を旅したいの!素敵な景色を見たり、いろんな人に出会って、いろんな文化にも触れたりしたいわ。海外旅行には英語が必要だから、英語も勉強しなくっちゃ!」
さくらちゃんはアンの話を聞いて切ない気持ちになりました。
なぜならアンはスケッチブックの中だけで生きているからです。
さくらちゃんはたくさんの種類の本の絵を描けるだけ描いてアンにプレゼントしました。
アンが読書に励んでいる間、家にあった旅行パンフレットを参考に、ピラミッドやエッフェル塔、万里の長城、ハワイの海辺、自由の女神を描きました。
次の日は学校が連休なので、さくらちゃんはお母さんと一緒におばあちゃんに会いに出かけることになりました。
なので2日間スケッチブックは閉じたままでした。
家に帰ったさくらちゃんはアンとおしゃべりをしようとスケッチブックを開きました。
何ページもめくってアンを探しました。
そしてハワイの海辺のページにアンはいました。
「アン!おばあちゃん家から帰ったよ。元気だった?」
「さくらちゃんおかえり。……元気だよ」
言葉とは裏腹に元気がなさそうに見えたさくらちゃんはカモメを付け足して、船の絵も描きました。
「……」
アンは後ろを振り返らず夕日を眺めていました。
「……」
さくらちゃんはアンを一人にしてスケッチブックを閉じました。
次の日の朝、さくらちゃんはスケッチブックを開きました。
1ページ目にいたアンはブランコに乗っていました。
「アン、おはよう!」
「おはよう、さくらちゃん。昨日はありがとうね」
「ううん」
「私ね、たくさん本読んだよ。でね、わかっちゃったの……」
「何を?」
「私は2次元の世界で、さくらちゃんは3次元の世界に生きているのよね」
「……」
「私はこの世界から抜け出せないのよ。残念だけど、仕方ないわ。私達がおしゃべりできているのは不思議なことよね」
アンは目を潤ませながら笑いました。
そして揺れていたブランコを足で力強く止めて言いました。
「さくらちゃん、今までわがままなこと言っちゃってごめんなさいね。さくらちゃんに出会えてよかったわ、楽しかった!本当にありがとう!」
さくらちゃんはまるで別れの挨拶をしているようなアンに腹が立ちました。そしてすぐに悲しくなりました。
アンはブランコに座ったまま動かなくなりました。
何度呼んでも返事がありません。
アンはただの絵に戻っていってしまいました。
しばらくすると、犬の鳴き声が聞こえてきました。
声のする方へめくってみると、そこには2匹の犬と3匹の子犬がピラミッドの横で日向ぼっこをしていました。
おわり
スケッチブック 井上 流想 @inoue-rousseau
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