第1話 目覚めたとき


 目が覚めたとき、一番はじめに目に入ってきたのは見慣れない天井だった。おかしい、先程まで俺は森の中で化け物に追われていたはずなのに…。そう思いながら、上体を起こそうと身体に力を入れた瞬間、激痛が走った。あまりの痛みに上体を起こすことがかなわない。どうやら身体中を怪我してしまっているらしい。一部分は、発熱もしているらしく、目が覚めたときには気が付かなかった身体の不調や傷が熱を持って訴えてくる。一体なにがあったか、必死に記憶をたぐり寄せようとしていた時、突然横から声が聞こえてきた。


「お目覚めか…全治一週間ってところだよ…その程度の傷で良かったな。貴様は過物に襲われて、死にそうだったところを私が助けてやったのさ」


若い女の子の声だった。その声がしたほうをなんとか首を動かして見れば、床に付きそうなほど長い髪に装飾品らしきものをたくさんつけた10歳ほどの少女と目があった。全身を薄茶色のローブのような服で覆っている。そのローブにも丁寧な刺繍が施されているようだった。長い黒髪の毛先だけは金色に輝いていて、その金色と同じ色の目がこちらを見つめている。


「それはすまない、あ、ありがとう…」

「ふむ…礼など別によい…たまたま通りがかっただけだったしな……ところで、君は一体何者だ?手当てをさせてもらう際、その服を少々めくらさせてもらってな…いやはやしかし…すごいアザだった」

「み、みたのか、アレを」

「上半身だけだがな。今まであんな広範囲に広がるアザは見たことがない」

「原因は、分からないんだ。ある日目が覚めたらこうなっていて…」

「…………お前…多分、一回死んだな?」


疑問で問いかけているように見えて、その口調は力強い。それ以外の可能性などありえないと言わんばかりの態度だ。


「死んだってまさか、死んだ人間が生き返るなんて馬鹿げた話でもするつもりなのか?死んだ人間は花になって、『回帰の草原』へと帰る。それが昔からの言い伝えだし、それが当たり前だろう?」

「ふうむ…お前、どこの国から来た?」

「どこって…イーストロエンドだ」

「あそこを治めている王は、まさしく一度死んで生き返った人間だよ。驚いたな。あいつは一体どういう教育方針なのか」

「ちょっと待て、生き返るってどういうことだよ…」

「本当に何も知らないのだな………この世界はちょうど200年前から様子がおかしくてな、死んだ人が化け物になる…そんなことが起こり始めたんだ。しかし、言い伝え通り花になってしまう人もいるから、線引きがどこかすらもまだ把握できていないのだが………化け物になってしまう人がいる一方で、不思議と死んだときと同じ姿形で生き返る人も現れるようになった。私はあまり優れた呼称とは思ってないが、まあだいたいの人はそのような人をリンネと呼んでいる」

「…初めて聞く話ばかりだよ」


あまりの話に頭がついていかない。俺がいたイーストロエンドは、確かに国王の言うことは絶対で閉鎖的な国だったとも思う。事実、あの国を出ることがかなりの命がけだった。しかし、そんな話あそこにいたときに一度も聞いたことがない。そもそも俺はあの国でいわゆる奴隷だっただから、まともな教育も何も受けていないのだが。


「イーストロエンドの王もリンネの一人だ。もちろん、この私もだが…」

「じゃあ、君も死んだばかりなのか?」

「………私は150年ほど前に死んだ。見た目がコレなのは、死んだときから一向に成長しないからだよ。リンネは強大な力と半不老不死を手にいれて生き返るのさ。」


150年ほど前?じゃあもうおばあちゃんじゃないかというツッコミは喉元でぐっと堪える。少女は俺が目覚めるまで呼んでいたらしい手の中の本の背表紙を指でなぞりながら言った。


「それで私が君をリンネだと見立てる理由なのだが……お前、森の中でのことはどこまで覚えている?」

「…それなのだけど、実は全くと言っていいほど記憶がないんだ…」

「ふうむ…先ほど死んだ人が化け物になると言っただろう? お前はその化け物、所謂『過物』に襲われていた。殴られて、当たりどころが良かったのか悪かったのか、一瞬で気絶してたな。まあ、だから覚えてないんだろう…」

「してたな…ってことは見てたのか?俺のこと」

「ここらへんの森は最近、過物がよく出没するという話でな。近隣の村からの討伐依頼でそこへ赴いていた。そんな森にのこのこと入っていくバカなんて、出没するという話を知らないバカしかいないだろうからな。後をつけてみたら案の定だったというわけさ。その後はお前を襲った過物を片付けて、お前を担いで私が今、仮の拠点としているこのキャルメンライツまで戻ってきたんだよ。そのときに、治療するためにいろいろとまあ検分させてもらったのだが…」

「検分…???」

「そう訝しがるな…何も怪しいことはしておらんぞ…」


ぶつぶつと文句を言う少女は手に持っていた本を近くのサイドテーブルの上へと置いた。やたらと年季の入った本だなとその動作を俺はじっと見つめる。



「流血は止まっていた。かなり大口の傷が開いていたのだがな。他にもちょっとしたかすり傷はほとんどふさがっていた。君が今痛がっているのは殴られたときの骨折だよ。それもあの殴られ方にしちゃ回復スピードが尋常じゃない。まあ、不老不死のリンネでもなければな、って話さ。」

「でも、俺、死んだ事なんて…」

「リンネは一般的に、自身の死も含めて強烈な死にまつわる出来事がきっかけとなって目覚めることが多いとされている。あまりにも強烈な出来事だった故に、忘れているのもまあ、無理はない話だ。しかし、それはいいとして、あのアザは一体なにか聞きたかったのだが…リンネもしらないようではアザなんて全く検討もついてないのは本当みたいだな…」


そう言いながら少女は立ち上がり、近くにあった水差しからコップに水をたぽたぽと注ぎはじめた。そのまま俺が寝かせられいるベッドまで歩み寄ってくるとなみなみと水が注がれたその手のコップをこちらへと突き出してくる。


「まあ、その、アレだ…寝起きにいろいろと悪かった。私はここの町の偉い人のところに挨拶に行かねばならん。その様子だと、イーストロエンドには帰るつもりもなさそうだしな…身の振り方も考えながら、もうしばらく寝ておけ…」


なんとか上半身を起こして、コップを受け取る。俺がコップを受け取ったのを見届けた少女はドアの方へと歩き出した。


「すまない、名乗るのを忘れていた。キャルメンライツではカテーナと呼ばれることが多い。まあ好きに呼べ」


そう言うと扉を押し開けてカテーナと名乗った少女は出ていってしまった。俺は受け取った水を飲み、もう一度横になると布団を深くかぶり直す。久しぶりのちゃんとしたベッドだっていうのに全く気が休まらない。それは、先程からじくじくと痛みだしたアザと怪我のせいか、それとも聞いたばかりの話があまりにも突拍子もなさすぎたせいなのか、俺には分からなかった。



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転じて生きてもそれは罪 小野芋子 @oimo_0911

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