第14話
その兄妹は愛し合っていた。
目の前には大それた扉があった。その扉の取っ手を、二名のスタッフが片方ずつ掴んで待機している。
私は隣を見た。ウェディングドレスを身に纏った葵。葵は私と手を繋いでいる。
「いよいよね」
「ええ」
私たちは短く言葉を交わす。
「新婦、入場」
扉の向こう側からそんな声が響いた。それと同時に、スタッフが一斉に扉を開いた。
扉の向こう側の景色が広がる。中央に身廊が祭壇に伸びていた。その両側には席が設けられてあり、その席についている人たちが皆、私達に注目していた。
「凄い。瑛里華、綺麗!」
席に座っていた茜の声が聞こえた。友人である彼女からそう言われるのは、素直に嬉しい。
祭壇には神父と新郎が待っていた。彼の名は仁。葵と私が、大好きな人。
*
「もう一つ、提案があるんです」
蛍と和解した後、私は仁に言った。
「一夫多妻、または一妻多夫も認めることにしましょう」
「はあ!?」
仁は驚いた声を挙げた。
「それは、どうなんだ? 大丈夫なのか?」
「結婚出来ない人が増え、少子化が進む等のデメリットはありました。しかしアイがある今、そのデメリットは無いと言って良いでしょう」
「そうかも知れないが……」
渋る仁。どうやら、真意に気がついていないらしい。
「ねえ仁。私たちの目的は、全ての人が漏れなく幸せになること、ですよね?」
「ああ、そうだが」
「仁は葵さんと結婚する。しかしそれでは一人、不幸せな人物がいます」
「はあ? 誰だよ。どこにいるんだ?」
ああ。この人は鈍感だ。アイのお告げを、もう忘れてしまったらしい。
「こ……」
私はしかし、言葉に詰まってしまう。自分で言うのは、思いのほか恥ずかしい。私が恥ずかしいと感じるなんて、珍しいことだ。それは他ならない、この人の前だからだろう。
「ここに一人、いるではありませんか……」
もにょもにょ、と私は口ごもってしまう。らしくない。頬が火照っているのを感じる。
「うーん? 分からないなあ。おーい、葵ぃー!」
「なっ!? どうして葵さんをっ!」
鈍感にも程があるでしょう!?
「はいはーい。どうしたのー、仁兄」
てけてけとやってきた葵さん。
「瑛里華がさあ、どうやら俺たちに言いたいことがあるらしい」
「ふーん。へぇー。それは、是非とも聞きたいね。仁兄」
そんなやり取りの後、私にニヤニヤと見つめてくる椎名兄妹。
「……」
私はそんな二人に、呆気にとられてしまった。
二人とも、分かっているらしい。仁は鈍感ではなかったのだ。
「私は……」
心臓がドキドキする。こんなに緊張したのはいつ以来だろう。
「二人と、結婚したいです」
瞬間。顔が爆発するかと思う程に火照った。もしかして湯気とか出ちゃっているのではないか。
「葵。お前はどう思う?」
「うん。瑛里華さんなら、良いと思うよ」
意外だった。最初に出会った頃、彼女は私に嫉妬していた。そんな彼女が、私との結婚を認めると言う。
「だよな。流石、俺の妹」
「どう口実を作ろうか考えていたけれど、瑛里華さんが考えてくれて、楽だったね」
私は、再び呆気にとられる。二人の中で、もう答えは決まっていたらしい。
「よろしく、お願いしまひゅ……」
頭を下げながら言った所為で、私は噛んでしまう。
ああもう、恥ずかしくて堪らない!
*
私と葵は、仁を挟む形で祭壇に立った。
神父は私たちを確認すると、挙式の進行を始める。
「新郎、あなたはここにいる新婦たちを、健やかなるときも病めるときも、妻として愛し、敬い、いつくしむことを誓いますか?」
誓いの言葉に差し掛かる。神父は神妙な面持ちで、仁に問うた。
神父の問い掛けの後、沈黙が続いた。その間、教会内は静寂と緊張に包まれる。
彼は不自然に押し黙った。もしかして、彼は拒否するのではないか。そんな不安が脳裏を過る。何せ彼には、前科があるのだ。
やがて仁は動いた。あろうことか、彼は振り返って、そのドヤ顔を皆に向けたのだ。
「聞け、皆の者!」
そして声を張り上げた。
私は心がざわつく。だって、これはあの時と同じだ。かつてアイによって、彼との結婚を強制した。その挙式にて、彼はテロを実行したのだ。
「俺はここに誓う!」
彼はそして、こう言い放った。
「俺のイチモツで、ここにいる新婦二人の処女膜をぶち抜くことを、誓う!」
私はその言葉に、目を見開いた。
「ぷっ……あはははははは……」
私は涙を流しながら、そして笑った。
「エメラルドファイアの諸君! 起立!」
席にいた蛍さんが、声を張り上げた。その瞬間、エメラルドファイアの皆が一斉に立ち上がる。そこには、かつて私と戦ってくれた3人の友人の姿もあった。
新たなパートナーを見つけた茜。無事に恋人と再会できた雫。円満な夫婦生活を営んでいる望。
蛍さんの隣にも、新たなパートナーがいた。アップデートされたアイのお告げによって、彼女もようやく幸せを手に入れたのだ。
「葵さん。とても綺麗です」
大好きな人を諦めてしまった人も、そこにいた。一峰君だ。しかし彼の表情はとても清々しい。彼は不幸ではない。彼は自身の未来に、幸福を見出している。いつしか自分がもう一度恋に夢中になるような、そんな相手に出会える。此処はそんな夢を抱ける世界なのだ。
「ああ。私は、私たちは……」
私は呟く。目の前に広がるその光景は、まさに私たちが目指した理想そのものだ。近親による愛も、同性愛も、普通の愛も認められた世界。様々な形態の愛が、最も幸せな形で存在しているのだ。
誰もが不可能だと、諦めてしまった景色がそこにある。
なんて美しいのだろう。
「真愛の祝詞、斉唱!」
蛍さんの声が響いた。私は目を瞑り、胸に手を当てる。
さあ、祈ろう。私たちの幸せが、続くように。
蛍火の如く、一瞬の煌めきが、永遠に感じられるように。
「発光セヨ、発光セヨ」
その煌めきこそ、真愛の閃きなのだ。
反逆者の真愛スクリーム〜不可能の証明〜 violet @violet_kk
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます