第13話

 女である私の性別は、生物学的には男だった。


 そんな私を愛してくれた男。私よりも年上であるその人は、アイのお告げにより婚約者が決まってしまう。


 彼は逃亡を図った。しかしアイズという、特殊部隊の連中に取り押さえられた。それでも彼は頑なに抵抗をし、そして……。


 事故によって死んでしまった。


『アイに抵抗した人が、事故によって命を落とすという、悲しい事件が起きたのですが』


 その時に放送されたニュース番組。私の最愛の人が死んでしまった事件がニュースに取り上げられた。


『アイによって結婚を強制する意味はあるんですか?』

『はい。アイの精度は、この強制力が大きく影響しています』

『と言いますと?』

『アイによるマッチングは、利用者が少なければ意味がないのです。この最適なマッチングは、国民全員が対象となることで初めて成立します』

『なるほど。マッチングの精度を高める為には、国による強制が必要な訳ですね』


 ニュースキャスターと、ゲストとして呼ばれた関係者。あの時のやり取りは、今でも殺意を覚える。


「鬼道院瑛里華ぁ」


 私は目の前にいる、その関係者の名を呟いた。


「はい、瑛里華です♪」


 へらへらと笑う鬼道院に、私はさらにイラついた。


「お前はいつもそうやって、私の邪魔をする」

「私はそんなつもりはなかったんです。ごめんなさい」

「ふざけるなっ!」


 私は持っていた銃で鬼道院を撃った。しかし銃弾はアイズの元中隊長の一人に弾かれてしまう。


「蛍……」


 仁が私の名を呼ぶ。その隣にいる葵は、私を悲しげに見つめていた。


 ああ、椎名兄妹。あなた達だけは、私のことを理解してくれると思っていたのに。


「仁。そうね、戦力差は歴然。私の負け。アイを破壊するなり、利用するなり、好きにすれば良いわ」


 私は吐き捨てるように言って、両手を挙げた。

 

「いつだってそう。この世の全てが、私の希望を奪い去っていく。私はただ幸せでありたかっただけなのに。好きな人が同性というだけで、国も、あなた達も、私を邪魔をする」


 私は項垂れて、涙を流した。


「俺たちは、お前から何も奪うつもりはない」


 仁は言った。


「だってあなた達の理想に、私の幸せはないじゃない」


 彼らの理想は部下の報告によって知っていた。しかし彼らの理想にはきっと、私は含まれていないのだ。


「もう遅いわ。私の愛する人は死んでしまった。あなた達がどんな理想を掲げようと、仮にその理想を達成しようとも、私は救われないの」


 だから私は、最愛の人を生き返らせようとした。子供なんて作れなくて良い。ただ、私を愛してくれるのは彼だけだ。男である私を、唯一愛してくれた彼だけなのだ。


「そっか。蛍ちゃんは、私と一緒なんだね」


 赤い髪をした女性が私に言った。確か、宍戸茜と言ったっけ。


「アイによって結婚した私の相手は、すぐに死んじゃったんだ。元から身体が悪かったから、仕方がないんだけどね」


 あはは、と彼女は申し訳なさそうに笑った。


 何故そんな風に笑えるのだろう。愛する人を失った悲しみは、確かにあったはずなのに。


「そんな人が、何故アイズの中隊長なんてしてるのよ」


 私は彼女に尋ねた。


「その人と一緒にいる時間はとても幸せだった。死んだのは悲しいけど、彼と結婚出来て本当に良かった」


 彼女は本心で言っているのだろう。私にはそれが未だに信じられない。


「でもやっぱり悲しいし、寂しいよ。だから私は、新しい相手と結婚しようと思ってる」


 ああ、そうか。彼女はノーマルなんだ。だからそういう選択肢もあるのだろう。そんな彼女が、私には羨ましくて仕方がない。


「男である私を愛してくれる人なんていないわ」


 男である私は男が好きだ。女に好かれても嬉しくない。そんな私を愛してくれる人が、この国にどれ程いるだろう。


「現状のシステムでは、難しいかも知れませんね」


 鬼道院が言った。


「そこで提案があります。アイのシステムを書き換えるんです。アイによるマッチングは今後、希望制とし、同性とのマッチングも可能としましょう」

「なんですって」


 私はつい言葉を遮った。


「だってあなた、アイは国が強制することでマッチングの精度を高めるって……」

「はい。それは対象となる相手の人数がある程度いる必要があった為です。しかし現在ではアイの恩恵を、ほぼ全ての国民が理解しています。希望制としたところで大した減少はないはずです」

「でも、私は男よ? 男を愛してくれる男なんて、かなり限られるじゃない」


 そうだ、結局その壁がある。アイのお告げは数を揃えないと精度が上がらない。同性が好きな人は少ないはずだ。そしてその限られた中で、私を愛してくれる人を探さなくてはならない。


「そうですね。しかしそれは日本に限った話です。アイを世界に普及させることが出来れば、それは解消されるでしょう」


 その言葉を聞いて、私はへたり込んだ。


 理想的、なのかも知れない。あとは私が、それを許せるかどうか。


 考え込んでいると、鬼道院が近づいてきた。


「アイの創始者として、アイズの隊長として謝罪致します。ごめんなさい」


 鬼道院は私に頭を下げる。


「蛍さん。もし許してくれるのであれば、私たちに協力して欲しい。私の信用は失墜してしまいましたが、あなたの人気は健在です。このままアイの責任者として、私たちのトップでいて欲しい」


 頭を上げた鬼道院は、私に手を差し伸べた。


 その手を、私はまじまじと見つめる。


 ああ、あなた。私はあなた以外の人を、好きになっても良いのかしら。あなたを差し置いて、幸せになっても良いのかしら。

 

 私はそっと、手を伸ばす。


 私にだって理想はあった。そのために仲間を裏切り、世間を裏切った。それでも理想は遠かった。


 今はどうだろう。そこにあるのは、別の形の、私の理想ではないか。

 

――発光セヨ、発光セヨ。


 あの日、私の煌めきは失われた。その煌めきはまた、取り戻せるだろうか。


「私は幸せになりたい」


 あなたの為にも、幸せになりたいのだ。


「ええ、きっとなれますよ」


 鬼道院はそう言って笑う。

 

 彼女は眩しく煌めいている。それは恐らく、真愛の煌めきなのだ。

 

「わかったわ」


 私は了承し、その手を掴んだ。


 いつしか理想を掴み取る為に。

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