#Stay Home とある姉妹の日常

※コロナウイルスで自宅にいる事も多い皆さまへ。かくいう私も骨折での入院から退院したものの、仕事はまだ始められず家にいます。

けど家にいるというのは存外つらく、一日が流れていくも長く感じます。

それでも人の多いところや3密な場所にいるのはあり得ない為、結局はじっとしているしかございません。

なのでこの話は少しでもストレスのはけ口と言うか、気休めになれたらと思い書きました。二章に続く伏線等もありませんので、時間つぶしに読んで頂けたなら幸いです。

――――――――――――――――――――――――――――――――




 とある月曜日。

 わたしは午前中に散歩ついでの買い物を済ませた。

 場所は芝浦のスーパー。


 そのついでに芝浦ふ頭まで足を延ばし、ぼーっと海を眺めた。

 凄いよね。

 高輪は港区だけど、なるほど、ホントに港が傍にあるのだと改めてびっくり。

 

 だってマンションからここまで、わたしののんびりした歩調でも、30分くらいで海なんだよ。

 東京湾。すごい。

 東京っていう大都会のイメージしか沸かない場所で、すぐ傍に海があるという事実。


 これって普段は意外と意識しない事だ。

 道を歩いていると、道路脇のアスファルトが少し割れていて、春先なんかはタンポポが咲いていたりするけど、それに気が付かないで通り過ぎるのと似てるね。

 忙しく生きていると、そのちょっとの余裕がないから気づけない。


 現在のわたしの日常は、これを仕事と言い切る自信がまだ足りてないにしろ、週に2回ほどある定期配信をするために、そのほかの時間を準備に費やすのがルーティンになっている。

 録画外の料理だったり、情報を仕入れるための読書なんかも、「これは配信のクオリティを上げるため」と言う目的でやれているからね。



 だってそうでしょう?

 普通は”食べる”がメインじゃないのに料理なんか出来ないよ。

 けど今はディスプレイをも含めた見栄えも計算して料理をしている。

 

 旅以外の我がチャンネルの動画は、そのほとんどが料理回だしね。

 あとは月一恒例になっている、江の島までのツーリング。

 平均視聴回数はおおむね20万前後。

 姉さん的には想定内らしい。


 まあ北海道旅やキャンプ動画はぽつぽつと100万越えもあるけれど、姉さん的には個人チャンネルであるし、平均の下限が高い方がいいのだという。

 なので最低10万再生がノルマだと鼻息が荒い。


 まあいいや。

 そんな日常だから、割と気を張ってるのかもしれないね、最近。

 一応、年末に向けて北海道に近い規模の旅計画を立ててはいるけれど、現在はバイクに続く移動拠点の手配をしている所だし、リスナーに告知するにはまだ早い。

 それもあって最近は忙しさを割と感じている。


 今日の散歩で海を見たのも、単純にボーっと黄昏たかったからだ。

 姉さんは昨日の晩から編集室に籠って作業だし、今日の朝のリビングは静かだった。

 その静寂が嫌で、雑踏を歩きたかったのかも?





 芝浦は割と面白い地形だ。

 何せ埋立地の浮島みたいな感じだもんね。

 だから橋をいくつか渡る。


 その途中でオリ○ン弁当に寄って姉さんとわたしのランチを購入。

 わたしはネギ油淋鶏弁当で、姉さんは唐揚げを増量した大盛ノリ弁当。

 当然ごはんもね。

 

 それを右手にぶら下げ、左手にはスーパーの戦利品を下げ、やじろうべえみたいにゆらゆらしながら帰路を歩く。

 平日の午前中は車通りは多いけれど、この界隈は通行人もそういない。

 

 やがて第一京浜と国道一号が合流する札ノ辻交差点に入り、信号を渡って左に曲がる。

 そして三田界隈から坂をのぼって四十七士の墓がある泉岳寺を横目に歩き、高輪公園の近くまで歩けば、自宅マンションが見えてくる。


 嗚呼、今日も結構歩いたな~そう自画自賛し、わたしは部屋のドアを開けた。

 しかしリビングに静寂はなく、出かける前には無かった謎のオブジェが存在した!

 む゛ーんむ゛ーんと奇声を発する謎のオブジェだ!

 いや、うん……手から糸を出すアメコミヒーローがプリントされたボクサーショーツに、「わらわれて、わらわれて、つよくなる」と言う謎の太宰名言がプリントされたバカT姿の姉である。


 ただし彼女は毛足の長い白いふかふかラグカーペットに仰向けになっており、何故か顔にはビーズクッションを載せている。

 姉の奇行には慣れているが、徹夜明けのテンションはいつもながら理解できない。

 

 あとさ、その凶悪な胸なんだから、せめて明るいうちは下着をつけろと。

 無言で精神攻撃をしてくるのを今すぐにやめろっ!

 完全に喧嘩を売っていると思ってよろしいか?

 わたしはため息を堪え、そんな姉を見下ろした。

 

「姉さん、だらしな過ぎるよ」

『う゛ーん゛……なんか肩が痛いんだもん』

「そんな立派なモノをお持ちですから? そりゃ肩も凝るでしょうねえ!」

『にへへ……私はさくらちゃんのが好きだからいいんでーす』

「早急に死ぬがよい。で、なんでクッション被ってるの?」

『えー? 気が付いたらさくらちゃんいないし、ならさくらちゃん成分、略して”さくぶん”を摂取しなきゃって思ったんだぁ~。ちなみに”さくぶん”は主に、さくらちゃんの体臭に多く含まれてるんだよ~?』

「やはり死ぬがよい。姉さん、弁当あるから食べよ」


 いつものバカ会話を終えると、姉さんはクッションを本来の使い方に戻した。

 とりあえず困ったら食べ物を与える。

 これが高科ひまわり限定の豆知識である。

 誰も覚えなくていい。


 まるいちゃぶ台を挟んで向かい合って座る。

 姉さんはきちんと「いただきます」をした後、夢中で弁当を咀嚼する。

 それを眺める。


 箸で唐揚げをつまみ、口に運ぶ。

 わたしの前では、と限定されるが奇行癖がある姉さんだが、育ちの良さがこういう時に垣間見えるね。

 とにかく箸の使い方がうまく、全然汚さない。


 まあわたしも無意識にやってはいるから、おそらく母さんが幼少の頃に躾けたんだろう。

 そしてぱくりと口に入れると、姉さんの大きな瞳は上の方に向かう。


 彼女の頭の中ではいま、唐揚げの味について分析を行っているのだ。

 そして数秒の後、何かを納得したのか、うんうんと頷く。

 その後時間をかけて咀嚼した後、彼女は飲み込むのだ。


 わたしの数倍は食べる姉さんだけど、全然太らないのはこれが理由かもね。

 とにかくきっちり噛む。

 まあ最近はわたしがカロリーコントロールをしているから、その効果もあるにせよ。

 でも間違いなく然して噛まずに飲みこむ人は太りやすいと思うな。


 そして視線は一度わたしに戻ってきて、一瞬にこりと笑うと、今度はライスに行く。

 やはりぱくりとやったあとのリアクションは変わらない。


 わたし的には、というか前世の直人の感覚で言えば、味が濃い系のおかずの場合、一度オンザライスにした上で同時に行きたいところだ。

 けど姉は、それをせず順番に食べる。


「すっごい見てるよぉ~」

「面白いからね。はい姉さん、あーん。油淋鶏もあげる」

「わーい! あーん♡」


 そしてさりげなく、食べきれない自分のおかずを姉さんにパスする。

 わたしがどんなパスを出そうと、姉さんと言うストライカーは確実に胃袋のゴールへとシュートを決めるのだ。

 ゆえにわたしはキラーパスの得意な司令塔さ。ふっ……。


「じゃじゃじゃあ、今度はお返しのあーん♡」


 姉さんが口を突き出し目を閉じる。


「それあーんじゃなくてチューでしょ」

「私には最高のおかずだから問題ないよっ!」

「ばーか。ちゃんと食べてください~」

「顔赤いよ?」


 隙あらばそっち方面をぶっこんでくるのはやめようね?

 鼻先をツンと突いてやる。

 それはそれで嬉しそうなのが腹立つなあ。


「「ごちそうさまでした」」

「あ、さくらちゃん、私が片付けるよ」

「ありがと。じゃわたしはコーヒーを淹れるかな。姉さんも飲む?」

「のーむー!」


 姉さんはいそいそと弁当のゴミを片付け、ちゃぶ台を布巾で拭く。

 オンオフがきっちりしてていいよね。

 

 わたしはお湯を沸かし、コーヒー用のケトルに移す。

 細いノズルがにょーんと出てる奴。

 狙ったところにお湯を落としやすいんだ。


 そして道具類をお盆に載せてちゃぶ台に戻る。

 サーバーの上にドリッパーを載せ、ペーパーフィルターをセット。

 密閉ガラス瓶に入れてあった、既に粉へと挽いてあるブレンドを2杯分掬ってフィルターへ。


 まず第一投。

 全体に染みる様にお湯を注いで30秒くらい蒸らす。

 すると中心が少し凹む。


 さあ第二投。

 その凹みに少量注ぎます。

 おーっとここでぽこりとドームが出来ました!


 そして第三投。

 ここからが大事です。

 ドームを壊さずに慎重に注ぎ、だがしかし、蒸れた粉が冷え無い様に完全に落ちる前に次の湯を注ぐ。

 この時気を付けるのは、お湯を入れすぎない事。

 そうして2杯分のお湯を注ぎ切ったら、きっちり全部落ちるまで待つ。


「あーん、凄い良い香りだよぉ」

「うん、この時間が楽しいよね」

「うんうん」


 最後の一滴が落ちたら、ドリッパーを外す。

 ここで焦っちゃダメ。

 

 カップに注ぐのだけど、交互に注いでいく。

 こうしないとムラが出るからね。

 味が均等になるように。

 けど雑味が出るから強引にグルグルしてはダメ。

 

「はい完成~」

「わーい。ありがとうさくらちゃん頂きまーっす」

「フッ、可愛いひまわりの為さ」

「ブーッ!? あっついっ!?」

「ふふふ、油断したね姉さん」

「もー! 不意打ちは禁止~!」


 斜に構えて流し目をしつつ、いつかの横浜の夜のような芝居がかったセリフ。

 姉さんは器用に口を押えつつ、だがコーヒーを吹いた。

 修行が足りないね。


 しかしこれでもまだ13時過ぎか。

 思ったより時間が過ぎるのが遅い。

 まあ時間は相対的なモノだから、その日のコンディションで体感時間は変わるのだろうけれど。

 

「さって少しのんびりしようかな……」


 わたしは漸く解放されたビーズクッションに体を預けた。

 こうやって寝転がり、音楽を聴いたりしながら両足を浮かして腹筋を鍛えるのが最近のお気に入り。

 スローに上げ下げするんだけど、かなーりキツイよ。

 でもこれもまた、乙女となったわたしの嗜みなのでございますってね。


「お、こんな所に座椅子があるねぇ」


 とか思ってたら、姉さんがやってきてわたしの足の間に入り込んだ。

 ゆっくりと体重をかけてきて、わたしの胸の上で、首の座りの良い場所をぐりぐりと探り、やがていいポジションを確保できたのか、姉さんは静かになった。


「妹を座椅子と言う鬼畜姉め」

「だってここがわたしのホームポイントなんだもーん」

「ふふっ、じゃ仕方ないね」

「うん、仕方ないんだよっ」


 言ってもきかない姉を好きにさせ、座りの悪い両手を姉さんの身体に巻き付ける。

 そして最近クセになっているのだけど、姉さんの髪の中に鼻を潜り込ませる。

 うん、これこれ。この地肌の何とも言えない匂いが好きなんだよね。

 まるで飼い猫の耳の中を嗅ぐ感覚?


「あっ」


 すると姉さんが身じろぎした。


「どしたの?」

「いや、その、シャワー入ってないし、嗅ぐのはダメだよぉ?」

「なるほど、じゃあここで我慢するかな」

「んっ、ちょ、そこはもっとダメぇ……!?」


 さらに髪を掻き分け、耳の後ろを経由し、首筋へ。

 ふふふ、暴れようとも離さないからね。

 すんすん……うん、姉さんって感じの匂いだ。


 まあ徹夜明けだしね。

 シャワー入ってないのは知ってた。

 だからこそ意趣返しとなるのだ。

 頭の地肌、耳の裏、首筋。

 汗を掻きやすいデリケートなポイント。

 ふふふ、羞恥に悶えるがいい。


「あっ、ちょ、さくらちゃんダメぇ、わき腹ダメなのっ、あははははっ!」

「おりゃおりゃ」


 ついでに脇腹こしょこしょも加える。

 ジタバタしてもわたしの手足は姉さんをがっちりとクラッチしている。

 逃げられる訳もないのだ。


「あっんんっ、さくらひゃん、らめぇ……」

「あっ……うん」

「えっと、うん、そこはダメかなーって。たえられないと言うかその、えへへ……」


 やがてわたしもノリノリになってしまい、あちこちを擽り倒していたのだけど、ほんと、一切意図はしてなかったんだけど~……その、ノリで豊満なひまわり達を揉みしだいていた……。


 そして飛び出たガチなトーンの声。

 真っ赤な顔の姉さんは手で顔を覆い、わたしはあうあうと唸る。

 なんとも微妙な空気。

 誰だよこんな事を始めた人は! 

 ってわたしじゃん……。


 そうして気まずくなったわたしは、ラグにうつ伏せになり、スマホを弄ってごまかす。

 あれですね。逃げるが勝ち?

 

 ラインを立ち上げればギャル達から既読無視はありえないんだけどと言う抗議が。

 おお、いいタイミングだ。

 わたしはいそいそと返信に没頭する。なんだけど、


「ねーえさん?」

「なぁに?」

「なんで乗ってるの??」

「そこにさくらちゃんがいるからさ!」

「登れるほどの山はありませんが?」

「すんすん……お返しだよ~すんすん……ペロ、これは汗の味!」

「ひゃん!? ちょ、そこ駄目だって」

「おーかえーしでーす。ギャルに浮気しているから罰でもありまーす」

「ちょ、姉さんダメ、ちょ、舐めるなぁー!」


 結局こうして、わたし達の何もないけど何かしら楽しかったり大変だったりする日常は続く。

 

 さんざんじゃれ合ったあと、姉妹で何やってんだと自己嫌悪になりつつ。

 だとしても胸マウントをわたしは許さない。

 姉の横暴に立ち向かいつつ、わたしは明日も生きていくのだ。


 ま、こんな感じで、自宅にいるのも悪くない、そう思うわたしがいるのであった。



 

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現代にTS転生したけど馴染めないから旅に出た 漆間 鰯太郎【うるめ いわしたろう】 @iwashiumai

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