アフター⑥ ゆるくキャンプでもいいじゃない。だって女の子だもの
「ぐぬぬぬぬぬ…………」
「いい加減観念してよっ」
「わらひはやってないもんっ」
「姉さんが、吐くまで、つねるのを、やめないっ」
「ぐぎぎぎぎぎ……」
姉妹として初めてちゃんとした喧嘩をしているのではないか?
そう思えるほど、今のわたしは怒りに燃えていた。
リビングに仰向けに倒した姉さんに馬乗り、つまりマウントポジションを取ったわたしが、つきたてのおモチの様な姉さんのほっぺを力任せに引っ張っている。
けど姉さんは頑なになるばかりだ。
話は数日前に戻る。
その日は水曜日の夜。
チェリーの配信の固定日だ。
その日の内容は料理回である。
土曜日の夜に民放局でやっている「世界満天フィールド飯」
前世でも似たような番組を見たことがあるが、わたしはこの手の番組が大好きなのだ。
そして先週の放送では富山の回で、甘エビを特集していた。
それを取り寄せてみたのだが、送料込みで4千円だったが、凄い大量に来た。
なのでうちのキッチンに何台かのカメラを仕込み、料理を作り、その後ダイニングテーブルで食すまでを配信したって訳。
まあ料理系ムーチューバーも多くいるし、内容的にもありふれてはいる。
ただうちのリスナーは、姉妹が何となくお喋りしている姿を見ているのが大好きな変人だらけ。
なので平日なのに1万を切ったり切らなかったりするリスナーが見ていた。
最初は良かった。
作った料理もおいしかったしね。
あらかじめ水気を取っておいた甘エビを、殻ごと片栗粉を塗して揚げる。
まあ唐揚げだね。
揚げる際は大きな鍋で多めの油を使う事で、高温でパリッと揚がり、殻ごとバリバリと食べられていいのだ。
後は生のまま殻を外してすり身にし、水出しした木綿豆腐をすり潰し、大量のエビのすり身と人参、豆、ひじき、きくらげなんかの具材をいれて、調味料で味を調えネリネリ。
それをカマクラみたいな形に固めて揚げたひろうす。
ひろうすは飛竜頭とも書き、要はがんもどきだよね。
これにショウガ醤油を掛け回して頂く。
ひろうすで外したエビの殻は、捨てずに出汁として煮出してみそ汁にした。
後は土鍋で炊いた熱々ごはんを添えていただきます。
ビールを飲みながら、これらを満喫したわたし。
リスナーからはメシテロはやめろと怒鳴られつつ、食事は和やかに終了。
結構大量にあったのに、きちんと姉さんが完食してくれましたっと。
うちの配信は基本的に2時間固定な事が多い。
理由は配信を続けて結構経つにしても、所詮は素人。
小粋なギャグも言えないし、妙に間があればオロオロする。
なので自分の限界的に2時間で縛っているんだ。
けど30分ほど余った。
なので飲みながらの雑談をしつつ、気まぐれにリスナーの質問にも答えたりする。
どんな音楽が好きですか? 程度の軽いのから、恋愛をするならどんなひまわりがいいですか? までヘビーな物まで。
そこで固まるわたし。
ちょっと待ってよと。おかしいでしょ?
恋愛をするなら、どんなタイプの男性がいいですか?
曲りなりにも女性に対して聞くならこうでしょう?
わたし自身がどうとかじゃなく、見た目的に。もちろん性別的に、だよ。
なんだよどんなひまわりって。
姉さん限定じゃないか。
むしろほかにどんなひまわりがあるのか。
ういろうみたいにカラフルなのか。
意味がわからない。
そしたらね、リスナーのチャットがどうもおかしい。
何というか【あんな姿を見せられたらねぇ】【姉妹(意味深)】とか【(¥50000)】なんてのも。
と言うか名物リスナーである無言ニキ(最近ハンドルネーム自体これに固定した)は何にお金を払っているのか。
でもこの時点でのわたしはピンと来てない。
せいぜい配信の中や、いくつも上げてる動画とか、そこでの姉さんとのやりとりとかはまあ……それなりにキャッキャしてるとは思うよ。
懐いてくる姉さんを邪険にするつもりもないし。
けどそんなのさ、今更じゃん。
何が意味深なのか。
そしたら誰かがスレがどうのとか言っている。
すると周囲の常連たちがまずですよ! とか騒いでる。
スレ? 例のチェリースレ?
とかわちゃわちゃしているうちに、時間が来たので配信は終わった。
なんとも釈然としないわたしだったけど、飲んでいたしそのまま寝たさ。
そして今日になってふと思い出したんだよ、この事を。
そうだったそうだった。
スレがとか言ってたと。
なのでサブPCと言うか、元々あったマックブックで見たんだよね。
そこにはまあ既に100を越えている専スレがある。
一応チェリーアンチスレって言うのもあるんだけど、そっちは絶対に見るなって言われてるから見てない。
人気が出てくると必ずアンチは出るからって。
まあでも見ないとアンチしようがないと思うんだけどどうなんだろうね?
配信が荒らされる事はほとんどないしさ。
この女たちお高く止まりやがってクソが! とか思ってるのか知らないけど、見てくれてる分には大歓迎だよこっちは。
まあいい。
で、いわゆるチェリー本スレを見ても、然して変なことは無い。
まあ北海道以降、長旅配信もしてないし。
盛り上がっている内容は、定期配信と動画内容の話題だし。
けどわたしは見つけた。見つけてしまった。
誰かが品川駅でチェリーを見たという書き込みをした。
こんなわたしでも、彼か彼女かは知らないが、その人は嬉しかったようで色々詳細を書いてた。
すると他の人が”それはスレチだからヲチスレ逝け”と忠告し、その人はスレチすまんと言うと、そのヲチスレ行くわと宣言して消えた。
ん? ヲチスレってなんだ?
当然わたしは疑問に思った。
最近は配信を生業としつつあるわたしだ。
前世とは違って、それなりにネットにも慣れたつもりだ。
だから特に考える事も無く、先生に”ヲチスレ”を問うたのだ。
ヲチとは と言う項目を見つけたわたしはすぐに中を見る。
ヲチとは、ウォッチ(Watch)またはウォッチング(Watching)を意味するネットスラングだそうで。
つまり何かしらの対象をネット上ないしリアルで観察し、その様子を実況しながら楽しむという、あまり褒められる様な内容じゃなかった。
まあでもネット文化だし、匿名性を活かしたそういうのもあるのかもね。
人の噂には戸を立てられないというし、何より人の不幸は蜜の味とも言う。
善悪ではなく、そんな性質が人間には備わっているのをわたしはよく知っているさ。
そしたらもう、次の検索ワードは確定だよね?
もちろん”チェリー ヲチ”だよ。
まあ、出るわ出るわ。
【ムーチューバー】ヲチしたいだけの人生だったpart71【チェリー】
君ら、もっと人生の目的を考えようよ……。
中はまず、テンプレのルール書きがあった。
ガードが緩いチェリーを見かけても、直接声を掛けないように。
晒すにしても個人名や住所が特定できる物はアップするな。
みたいな独自ルールが書かれている。
そしてまあ出てくる出てくるわたしの写真。
関心するね逆に。
怖いって感覚も無くはないけどさ。
写真自体が自宅周辺のは皆無で、駅とか、近いとイ○ン周辺とかがあった。
そのままわたしの後をつける事もできるだろうに、そういうのはないみたい。
なので度を越えなければ煩く言うつもりもない。
けど見逃しちゃあいけない写真が一つあった。
それは現行スレと、その3スレ前までに及んだお祭り状態でさ。
前述の前提をぶっ壊すかのような写真が投稿されている。
その写真ってのが、どうもあの日のデートの様子なんだよ。
しかもね? 写ってるわたしが笑顔だったり、表情を作ったりしてレンズを見てるの。
おわかりか?
ネット事情に疎いわたしでも分かったわ!
まーた身内に刺されてますね……。
それを理解したわたしは、呑気に林檎を齧っている姉に何かわたしに謝罪することは無いかと問い詰めた訳だ。
姉さんってば、瞳がメドレーリレーが出来る程に泳ぎながら、震える声で「な、なにを言っているのさくらちゃんっ! わ、私がそんな事をする訳ないよっ! ったく、酷いよねえハッキングしたのかな? いや! こんな悪質なんだしクラッキングだよね! 許せない、許せないよ!」等と白々しい供述をしている途中で、わたしは躍りかかったのだ。
いい加減にしろと。
全部姉さんが撮った写真じゃないかと。
それどころか同じ写真をわたしも持っているぞと。
ハッキングも何も、デジカメで撮った写真じゃないか。
オフラインでしょうに。
写真だってメモリー経由でPCに取り込んだし、まだクラウドにも上げてないよ!
これはギルティである。
なのでわたしは一歩も引く気はないのだ。
とは言え、
「はぁ……もうやんないでよ姉さん」
「ごめんね? 自慢したくなっちゃった」
「自白してるじゃん」
「んー……内緒」
喧嘩も疲れるのだ。
呆れてクッションに体を投げ出すと、まるで定位置と言わんばかりに姉さんが足の間に入ってくる。
姉さんよ、わたしゃ座椅子じゃないんだよ。
(まあ、姉さんが楽しそうで何よりだよ)
わたしはこのどうしようもない姉への小さな反逆とばかりに痛いくらいに抱きしめる。
それでも”えへへ”と笑う懲りない姉に、きっと一生敵わないんだろうなあと天井を見上げたのである。
☆☆☆☆☆☆☆☆
【ヒマDうけるwww】【さすが敏腕やなぁ】【(¥10000)】【マジでアパートの一室みたいだ】
【すげえよな】【これで国産セダンくらいの値段やろ?コスパええわ】【それな】
えー、現在配信中なんだけど、チャット画面は見ないし、周囲に姉さんもいない。
装着しているイヤーモニターから、読み上げの声と、時折姉さんから話しかけられるのみ。
わたしと言えば黙々と運転しているだけ。
川崎を出て東名に乗り、ただただ西に向かって運転中。
姉さんはどこかと言えば、わたしが運転している国産の小型SUVがけん引している、キャンプで幌馬車君なる、いわゆる引っ張るタイプのキャンピングカーのカーゴ部分に彼女はいる。
これは例の社長から預かったデモカーなんだ。
昨日のうちに、埼玉まで取りに行ってきた。
その後、川崎に借りたガレージに入れ、今日の朝に回収してスタート。
ガレージは月5万円で車が2台入るスペースありだから、都内で駐車場を借りると思えば安い。
近いうちに軽を買おうと思ってるし、バイクも置いておける。
この幌馬車は自動車の後ろにジョイントがあって、そこにつながっている。
小窓のついたカマボコ型の箱で、まさに西部劇とかで見る様な幌馬車スタイル。
二輪タイヤが付いてて、一応安全対策に慣性ブレーキもある。
中は片側にシンク付きの作業台と収納があって、任意に取り外しができる、携帯コンロをカチっとはめ込む事が出来る。シンクの下には汚水を溜めて置ける大きな袋と、真水を30リットルくらい入れておけるタンクが入っている。
全体の大きさは、奥行きが2mと少々あり、幅は1,4m、高さは1.5mと、車検での軽自動車の規格に収まる大きさ。
姉さんはその中にいて、家から持ち出したビーズクッションに優雅に座り、配信の管理をしている。
わたしが運転する車のインパネの上には、わたしをバストアップで撮っているCCDカメラが置いてある。
ただマイクはなし。
つまりだ。
わたしはリスナー共に動物園のサルでも見る様に観察され、それにこっちは一切リアクションが取れない。
試しにカメラに向かってバーカバーカと言えば、読み上げからは煽りが飛んでくる。
ムカっとして言い返すと、こっちの声は当然届かず、さらに煽られる。
これはひどい……。
ほんとはね?
最近車載も旅配信もやってないよねって流れから、配信中にわたしのスマホが震え、見てみると連絡先を交換している社長からのメッセージだったんだ。
――こんな事もあろうかと、いい車があるよ!
おい社長、歳考えろ。ノリが良すぎだろうと。
まあそれで今回に至る訳。
タイアップのお披露目がてら、キャンプをしましょうと。
行先は近すぎず、遠すぎず、適度なドライブを楽しめ、そして今は冬口って事もあり、人が殆どいないキャンプ場に行く。
それが富士山の西側にある”ふもとっぱら”と言うキャンプ場だ。
ここはなだらかな平原を贅沢に使えるオートキャンプ場。
つまり車やバイクが乗り入れられる。
それにトイレもあるし炊事場だってあるのだ。
直火がNGなのは仕方ないとしても、富士山の全景が見えるパノラマは一見の価値あり。
お風呂もあるのは大きいかもね、女性だと特に。
料金もキャンピングカーで一泊4000円とお値打ち感があるね。
それにエリア内にある池では、逆さ富士も楽しめるというし。
リスナー達も久しぶりの遠出って事で盛り上がってくれた。
それはいいの。
わたしも嬉しい。
問題なのはわたしが見世物になっている事じゃない。
それはある種、ムーチューバー・チェリーとしてアリなのだ。
でもね姉さんが逃げた事は許せないよ。
姉さんはこの前、晴れて運転免許を取得した。
わたしが車を購入する際、気まぐれにマニュアルの小型イタ車を買うかもしれない事を考慮し、AT限定ではない方のだよ!
半クラで坂道発進も当たり前に出来ないとダメな奴。
むしろサイドを引かずに半クラ状態でエンストさせずに坂道で停まれるくらいできて当然のMT免許。
な・の・に!
初心者期間の一年は違反も安易に出来ないし、長距離はまだ怖いな~?
だからさくらちゃん、お願いね?
ぱーどぅん?!
そしてキャンピングカーが分離型ってのもあり、今回は配信の管理を重点にやるからと押し切られた。
ならせめて、到着までは横にいてもよくない? よくなくない?!
あのね、ふもとっぱらは結構遠いの。
そういう時のために姉妹で運転するよって意味で取らせたの。
いつ運転するの? 今だよね?
そんな訳でまたもやハメられた感のあるわたしである。
腹いせに、蛯名サービスエリアでトイレに行くとウソをつき、焼き立てメロンパンをこっそり買い、走り出してからカメラに向かって美味そうに食べて見せた。
イヤモニから何かが叫んでいる声が聞こえるけど、ノーリアクション。
ふふふ、ざまあみろだよ姉さん。
ま、可愛そうだから3つほど買ってあるけどね?
でも到着してから渡すと、冷えていると不貞腐れてた。
まあそうして、無事にキャンプ場にはついたんだ。
冬の透明な風は冷たいけど、景色が妙にクリアに見える。
人も当然まばらだし、空いている時の暗黙の了解なのか、キャンパーたちは一定の距離を必ずおいてあるし。
わたしと言えばタープと焚火の準備をとっとと終わらせ、社長に電話を繋いで、この「キャンプで幌馬車君」のプレゼンをして貰ったりと、案件の配信っぽい事をやった。
タイアップだし、まずはお仕事ってね。
と言っても車を借りて最低限の宣伝をするだけという緩い契約だけど。
金銭的なスポンサードは、保険代を向こうが負担する事と、減ったオイルの充填なんかも向こうって位かな。
なのでこっちは無料でレンタカーを借りている感覚だよね。
そして今回は割りときちんとした料理をやった。
せっかくだしね? と言っても簡単な調理で済む物ばっかだけどさ。
キャンプでは出来るだけゴミは最低限に、そういう思想だしいいのだ。
まあご飯をスゥエーデンのキャンプギアメーカーの大手、トランギアのメスティンと言う直方体のアルミ飯盒で炊いて、高速で降りた後に寄ったスーパーで購入した本山葵をすりおろし、炊き立てご飯に載せ、後はたっぷりのカツオブシ。そこに生醤油を掛け回した「わさび丼」を堪能。
それだけじゃ物足りないから、お好み焼きをホットサンドメーカーで作った。
生地を作って具を入れてよく混ぜて、後はメーカーに入れたら、熾火でじっくり裏表焼くだけ。
これは姉さんもご満悦で、分厚いけどきっちりと火の通ったふわっふわのお好み焼きを三枚食べました。
……三枚も、食べました。
最後は幌馬車の中に保温シートを敷き、マミー型の冬用シュラフでたらこになったわたし達が眠る様子を見せて配信は終了。
わたし達の身長や細さもあるけど、大人の女が二人並んで眠れる広さでかなり快適だったな。
なお、プレゼンの際の社長が、自分もムーツベに動画上げてるベテランなのに、若い子と話しながら配信に出るとか緊張すると終始震え声で、リスナー達に【オッサン無理すんな】と擁護されてたのは笑ってしまったよ……。
そんな訳で、久しぶりのキャンプ配信はそれなりに満足できる内容となり、それと共に、わたしの中に次のプランについて、朧気だけど、考えがまとまって来たのである。
追伸。
姉さんは朝もお好み焼きを食べました。
姉ェ…………。
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