第16話 北見優希

「先輩!」


 地べたに座り込んで、弱った様子を見せる先輩。何事か?と思い、俺はすぐに駆けつけた。


「……ごめんね。ちょっと頭がクラっとしちゃって」


 季節は夏。頭上には太陽が燦燦さんさんと照りつける。

 俺は思った。きっとこれは熱中症かもしれない、と。


「先輩、立てますか?」

「うん、大丈夫。ありがとう」


 俺は先輩に手を差し出して、先輩が立てるよう補助に回る。

 顔色の良し悪しはわからないが、かなり汗をかいていて息が少し荒い。決して「大丈夫」とは言えない様子だ。


「先輩、中に入りましょ?」


 こうして、心配そうに先輩を見つめる子どもたちを置いて、俺たちはモール館内一階のベンチを目指してゆっくり歩いた。



 結局あの後一時間して、俺は先輩を家まで帰すことにした。そのかん、先輩は何度も俺に「ごめんね」と言ったが、俺は「大丈夫」「デートなんて、またいつでも行けますよ」と声をかけた。

 どう言えば正解かわからなかったが、最後に先輩がクスリと笑ってくれたからこれでいいのかな。


「それじゃ、また明日」

「うん。また明日ね?」

「…………」

「顔、怖いよ?」

「うっ……。元からです……」

「ごっ、ごめん! そうじゃなくて……」

「大丈夫、ですよね?」

「うん。大丈夫だよ」


 別れる前にふんわりとした笑顔を見せる先輩。俺は彼女の姿を見て、ホッと胸を撫で下ろした。



 〇



『ねぇねぇ、何やる?』

『じゃあ、俺もサッカーやろ!』

北見きたみくんバスケやるんだね!』

『絶対、応援するね!!』


 翌日、教室は校外学習以来の盛り上がりを見せていた。

 今さっき球技大会の説明があったところで、明日まで競技を決めろ、とのことだ。


「なぁ志勢ゆきなり、俺たちと一緒に卓球やらね?」


 そう声をかけてきたのは、ヒロだ。後ろにはヒロの友達が俺を暖かく出迎える雰囲気を醸していた。


「あっ、あぁ」


 俺は立ち上がり、ヒロたちのところへ向かおうとした。その時だ。誰かが俺の肩にポンと手を置いてきた。


「なぁユキナリくん。バスケやらん?」


 甘い笑顔を向ける、ふわっとしたパーマの爽やか高身長イケメン。俺は彼を知っている。


 北見優希きたみゆうき。青峰高校バスケ部の一年生でレギュラーに選ばれている期待の星。

 中学のときはチームを全国大会に導いた天才バスケ選手で、おまけに高いルックス力を持つが故に女子には大変おモテになっている。

 だからさっきまで彼の周りには「球技大会、応援するね」と声をかける女子がわんさかいて、まさにハーレム。


「お、俺は……」

「知ってるで。キミ、バスケ部やったんやろ? ここのの」


 そして俺のことを、よく知っている。


「えっ? 志勢ってバスケ部だったの!?」

「あぁ、まぁ……」

「スゲー! 超かっこいいじゃん!!」

「やろ? ホンマにかっこええで?」

「て言っても、俺は大したことねぇよ。それに中等部って言っても、この高校の近くじゃねぇし」

「んなご謙遜を〜。キミも全国大会でレギュラーとして戦ってたやん」


 彼の言葉に、教室がざわつきを見せる。

 別に俺がバスケをやっていたことに驚いている訳では無いが、「全国レベルのバスケ選手」だったこと──すなわち俺が北見と肩が並ぶかもしれないことに周りが驚きを見せていた。


「まぁ、あのとき勝ったのは俺たちなんやけどな」


 そう。彼は俺が全国大会で負けた相手校にいた選手だ。

 俺はあの頃の悔しさを思い出し、唇を噛んだ。


「んな怖い顔せんとってや。昔は敵やったけど、今は味方やないかい」


 そう言って、スっと手を差し伸べる北見。


「……すまん、ちょっと考えさせてくれ」


 だけど俺は彼の手を掴まず、ずっと顔を俯かせていた。

 けれど彼は「そっか」と優しく微笑む。ホント、嫌われる要素が見当たらないヤツだ。



 俺は別に北見と手を組むのが気に食わないとか、彼に負けたことを根に持っている訳では無い。



『勝ちたいなら、俺の指示に従ってください!!』



 ただ、怖くて仕方ないのだ。

 俺がバスケで、誰かと共に戦うことが──。

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恥ずかしがりで小動物みたいに可愛いロリ体型の女の子。俺の尊敬する先輩であり、カノジョである 緒方 桃 @suou_chemical

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