第15話 やっぱ俺の先輩は優しくて、可愛い

『こーちゃん! パス!!』


 先輩に連れられてやってきたのは、ショッピングモール近くの公園。

 そこにはバスケットコートがあって、なんだか懐かしい気持ちがよみがえる。


「あの……どうしてここに?」

「あっ、いや、ただ外に出たかっただけだよ?」

「……ホントですか?」


 目を細めてそう聞くが、先輩はコクリと頷く。

 ショッピングモール近くの公園はここだけ。そこにたまたまバスケットコートがあったってだけか。


「すみませーん!」


 公園のベンチに座っていると、バスケットボールが足元まで転がってきた。

 俺はそれを手に取って、その場で優しく投げ渡せばいいのだが──


『ダンっ、ダンっ』


 何故だろうか、いつの間にか手に持ったボールを地面にバウンドさせていた。

 そして自然に足が少年たちの方に向かって動き出す。


「志勢くん?」

「すみません先輩、ちょっと行ってきます!」


 このバスケをやるって感覚、懐かしい!

 弾む気持ちに駆られ、俺はボールをドリブルさせながらコートへ走って行った。


「あっ、待って!」


 すると先輩も小さくも速い足取りで後ろからついてくる。

 それでも俺は先輩を置いてコートへ向かうのを止めなかった。


「ふぅ……」


 コートに入り、足を止め──ひとつ息を吐く。

 目線はコートにいる子どもたちから高い位置にあるゴールへ。


 ボールを持ち上げ、狙いを定める。物音が消えて静かに……そう、この感覚っ!

 久しぶりの快感に心を躍らせたまま、俺はボールをフワッと上げた。


 ボールは綺麗な放物線を描き、ゴールに入る。どこにもぶつからず、滑らかに、静かに──。


 ………………………………

 …………………………

 ……………………



 あっ。


「すっ、すまん! つい……」


 我に返り、俺はあたふたしながら子どもたちに謝ってボールを取りに行く。


「わりぃ! なんか懐かしくなって、つい……。じゃあ。悪かったな、邪魔して……」


 俺は子どもたちにボールを渡して、ぎこちない感じでコートを後にしようとしたのだが──。


「すっ……すげぇぇええええ!!!!!!」


 なんと、子どもたちは今の俺の姿に大興奮。


「何、今の! 超かっけぇ!!」

「もっかい! もっかい!」

「他にも何かすげぇの見せてよ!!」

「ちょっ、待て待て!」


 そして子どもたちに引っ張りだこ。

 初めての経験に、俺は慌てながらも先輩に目をやった。


「すみません、先輩! すぐそちらに戻ります!!」


 子どもたちの相手はしたいけど、せっかくの先輩とのデートだし、先輩を置いてきぼりにはできないよな。


「悪い。俺、行かなきゃならないから」


 俺は子どもたちにそう言って、先輩の所へ向かおうとした。

 子どもたちの「え〜」という声に罪悪感を覚え、胸が痛む。


「ううん、大丈夫」


 けれど先輩は──


「行っておいでよ?」


 子どもたちと遊ぶことを、笑顔で勧めたのだ。

 先輩のそういう優しさが好きなのだが、あまり甘えるわけにはいかないよな。


「すみません! 先輩が退屈しないように、すぐ戻ります!」

「ううん、満足するまでやってきていいよ?」

「いや、でもデートが……」

「大丈夫、気にしないで。だって……」


 けれど先輩は、目を輝かせてこう言った。


「志勢くんが楽しそうにしてる姿を見れるだけでも楽しいもん」

「先輩……」

「それに──」


 さらに先輩は俺の服の裾を掴んで少し背伸びをし、俺の耳元に口を寄せた。







「もっとカッコイイとこ、見せて欲しいな?」







 !?!?!?!?!?!?




「ほらみんな、このお兄ちゃんと遊んでおいで?」

「えっ、いいの!?」

「おねぇちゃん、ありがとう!!」

「ほら、早くやろーぜ!!」



「あっ、あぁ…………」



 先輩の甘い言葉が耳に入り、石のようにガチガチに固まった俺を子どもたちが強引に引っ張る。

 足は勝手に動くが、心は上の空。


「おーい、早くぅー!」

「あっ! 兄ちゃん、顔真っ赤だ!!」

「うわー! 照れてやんのー!!」

「ヒューヒュー!!」

「ちっ、違ぇよ!」


 けれど子どもたちにからかわれて、他所に行った心が戻ってきた。


「やーい! お似合いかっぷるー!!」

「おい、やめろ!」

「うわぁー! りあじゅーが来たぁ!!」

「お前らぁ……」

「うぉあ!?」

「おい! 返せよ!!」

「はっ! 返して欲しけりゃ、全員でかかって来やがれ!!」


 ついムキになった俺は子どもからボールをスっと奪い取り、迫り来る子どもたちを嘲笑うように避けていく。


「やれ! お前ら!! このりあじゅーからボールを奪え!」

「おい、大声で叫ぶな!」

「あっ! 後ろのねぇちゃんも照れてる!!」

「なっ!?」

「スキあり!!」

「は!?」


 卑怯にも程があるだろ。そんな手でボールを奪うなんて。先輩の真っ赤になった頬を押さえる姿を見せつけるなんて!


「おい! 返しやがれ!!」

「ほら、来いよ! りあじゅー!」

「だから、それを大声で叫ぶなって!」

「じゃあじゃあ、あれやってよ! だんく!!」

「それできたら、やめてやるよ!」


 からかいながら、俺にボールを渡してきた。

 先輩にカッコイイところをみせるにはちょうどいい。やってやるよ。


「あぁ、わかった」


 ダンクシュート、やったことないけど……。


「じゃあ、よく見とけよ??」


 それでも俺はカッコつけて、子どもたちの前で少し威張ってみる。

 身長180センチ手前の俺でも、ジャンプすれば届く……、いや、無理じゃん。

 ついさっきは遠目で見ていたから、遠近法で低くみえたんだけどな。


「頑張れ、志勢くん」

「うっ……」


 しかも先輩が声援まで送ってきた。

 これは失敗できない──そう思うと、緊張で手が震えてきた。


「わ、ワカリマシタ……」

「ほら、早くやれよ!」

「わ、わかってるよ!」

「はい、だーんく! だーんく!」

「おい、煽るな!!」

「ダーンク! ダーンク!」

「ちょっ、先輩まで!?」


 くそっ、調子狂うなぁ……。

 それでも俺は「ふぅー」と息を強く吐き、ゴール目掛けて走り出した。

 そしてゴール目前、俺は足の裏に思い切り力を加え、その反動で飛び上がった。



 よし、いける。そう思ったが……。


(って、高っ!!)


 ボールを持つ手はリングに届かず、俺は焦ってボールをフワッと上げた。

 そのボールはリングには入らないし、おまけに身体のバランスを崩した俺は盛大に尻もちをついた。


「……ってて」


 最悪だ。

 子どもたちは俺の姿にうんざりしたり、馬鹿にするように笑うし。先輩にはカッコ悪い姿を晒してしまったし……。


「届いてねぇじゃん! りあじゅー!!」

「ぐぬぬ……」


 俺は歯をきしませながら、転がったボールを取りに行く。


「あっ、すみません」


 すると誰かが転がったボールを取ってくれた。

 俺よりも高身長で、チャラい見た目の男。


「…………」


 そして何故か、こちらに冷たい視線を送ってくる。どうもいけ好かない人だなぁ。


「あの……」


 しかもこの男、こちらをじっと見つめてボールを返してこない。どういうことだ?


「あの!」


 俺の声が届いていないのかと思い、少し声を張り上げると──


(は??)


 なんと男は、俺に向かって強い力を加えてボールを渡してきたのだ。

 俺が咄嗟に抱えるようにボールをキャッチすると、男は俺に、どういうわけか憎悪の視線を投げて俺に背を向けた。


「おーい!」

「あぁ、わりぃ」


 男の態度に不満はあるが、赤の他人のことは一旦は忘れよう。

 俺は子どもたちに呼ばれ、コートに戻ろうとした──その時のことだ。


「おっ、おねぇちゃん?」

「大丈夫!?」



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