第5話 《召喚術師》の在り方:前編

 たどり着いた父の部屋のドアの隙間からは、わずかに焦げ臭い匂いが漂ってくる。立て付けの悪いドアを四苦八苦して開ければ、部屋の惨状が目に飛び込んでくる。ドアよりに置かれた大きな瓦礫に大きめの岩、その岩が崩れて小さな石ころや砂になっているらしく、足元は砂まみれ。

 部屋の片側に置かれた机からは幾つものメモやノートが置かれてはいるが、先ほどの爆音から察するに爆風でバランスが崩れたらしい、雪崩を起こして床にひざ下くらいの山をこんもりと築いている。唯一安心できるのはここは研究室ということで、日々使うものに被害が出ていないこと、だろうか。ベッドのマットレスや枕に砂が落ちると洗濯が大変なのだ。

 ぱっと見では部屋の中に人影は見当たらない。仕方なく被害を少しでも避けるためにドアの脇付近に避難していたらしい、父の契約しているノームに属する精霊__小人ドワーフのフルドに声をかける。


「あー……フルド、これってもしかしなくても、いつもの、だよね」

《ウム、マタ、シッパイ。ルカ、帰ッテタノカ》

「うん、ただいま。それで、父さんは今どこにいるのか知らないか?見たところ見当たらないけど……」

《ソコ、岩ノカゲ》

「かげ??」

《キュルル?》

《ココカラミレバ、ワカル》


 くいくい、とズボンの裾を引かれながら部屋の瓦礫の山の脇まで案内される。この研究室は少し複雑な作りをしていて、部屋の真ん中辺りまで進まないと奥まで見えないのだ、忘れていた。部屋の奥に目を凝らせば、砂と埃を被った父が白い粉でむき出しになった地面に何かを刻み込んでいるのが見えた。その周囲には岩と土の塊が置いてある。懲りずにまた実験を行う気らしい。

 また爆発を起こされてはたまらないと、思わず声を上げる。


「ちょっ、父さんまだつづ…」

《静カニ!!集中切レルト、マタ、失敗ナル》

「ぐぅ……」


 踏み出しかけた足は、フルドの持っていた小さな鋤で制される。確かに詠唱の中断は何が起きるかわからない状態だ、ここは悔しいが静観するしかない。

 むき出しの地面に手のひらを付け、ぶつぶつと何かを詠い出す。低く安定した声が歌声のように響き、鼓膜から脳へと届き、思考を揺さぶる。これはただの実験じゃない、大地の意志と共鳴しようとしているのだと、直感が訴えかけてくる。


「Schlaf auf dem Boden,Tanzen Sie und treffen Sie sich nach eigenem Willen__」


 詠唱が止まり、パンッと手のひらを打ち合わせるのと同時に隣で静観していた小人ドワーフが手にしていた鋤をカァンッと地面に打ち付ける。次の瞬間、淡い光に包まれながら陣の周囲に置かれていた岩と土が動き出し、くるくると踊るように円を描きながら陣の中心部分へと吸い寄せられていく。まるで生命を吹き込まれていくかのように、ただの岩の塊と土だったものが次第に人間のような形を象り始める。


(精霊と力をあわせることってこんなにも、美しいんだな)

 初めて目にしたその光景は呼吸を忘れる程にただただ美しく、神秘的で。目の前にいる人間がとてもすごい実力を持っている“召喚術師サモナー”なのだと実感させられる。

 己と絆を結び合っている精霊の力を理解して引き出す。それを行うだけでも長年__10年以上の修行と研鑽が必要なのだと、村の大人たちは話していた。だがあるひと握りの“召喚術師サモナー”たちは精霊たちの力を最大限引き出すだけではなく、そこから精霊の力を術式に編み込み、そのうえで人間にも制御可能なように調整する__つまり、常識を覆す、新たな術式を編み出すという。

 一般の人間たちが聞いたなら有り得ないことだと一笑に付すか、無理なことだと諦めるほどの、想像するだけでも気の遠くなるような繊細な作業。


 そう、それは少しの風でも土台が崩れてしまう砂山の上に、複雑な構造の建築物を築き上げるような無理難題のようなもの。誰もが数え切れない程の失敗に絶望し、さじを投げて諦めていくであろう工程を。

 目の前にいる自分の父は、完成させようとしているのだ。

 そう、それは最早召喚術の域を超えた、無から全てを創り出す錬成術と呼ぶべきか。


(__僕なんかには、到底無理、なんだろうな)


 

 周囲からの評価や期待。才能はあるのだから諦めるのはまだ早い。

 そんな優しさから来ているであろう励ましや声援が、とても煩わしい。

 目の前にいるちちが築いてきた努力に、自分の今まで積み重ねてきた形ばかりの知識と周囲の言う己の才能が、どれほどの価値を持つというのだろうか。


 __また一つ、無垢だった少年の心に残酷な現実が突き刺さる。


 こんな残酷な真実など知りたくないと瞳を伏せていれば、煩わしいものは見なくても済む、と彼は幼ながらに学んでいる。


 だがそれは、遠回しに渡そうとしている優しさも無意識に拒絶することになるということ。


 その事実に果たして、少年は気付けているのだろうか。


 つと伏し目がちに伏せられた瞳に込められた気持ちに気付いたのは、ただ1人だけ。


 だがそれを伝える術もなく、彼は寄り添うことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サナギの召喚術師 燎琉 @Kagaritomos87

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ