第4話 苦労しているのは自分だけとは限らない、らしい

 走り続けて数分、ようやく家が見えてきた。

 勢いのままにドアを開けた途端、巨大な物体がヌッとドアから突き出してきた。

 反射的に飛び退いたまま、足がすくんでしまった僕を誰が責められるのだろうか。


「ただいま、帰るの遅くなっ……ぇ」

《ピキュッ……》


 腕の中にいる《プーパ》も驚きと恐怖で縮こまっているのを感じつつ、いかにしてこの状況を打破するべきか頭を回転させるも、目の前の物体から視線を外せない。というか視線を逸らしたら襲われるかもしれないのだ、正直に言って、こわい。


(いやいやいやいや家に帰ったらいきなりこんな化け物じみたモノがいるってなんなんだよ聞いてないぞ誰だこんないたずら仕掛けたやつなんか土気色だしゴツゴツしてるしなんかちょっとコケ生えてるし………って、苔?)


 目の前の物体はこちらをじぃっとは見つめているが敵意は感じられない。よくよく目の前の物体を観察してみれば、人間の頭くらいの苔の生えた岩で構成されている、ような気がする。だがコレハ一体ナゼわガ家カラ、、、、


「ちょっと兄ちゃん、なんで玄関開けっ放しにしてるの?入らないの?」


 と、ドアと謎の物体の隙間からにょきっと顔を出した弟が、不審気な顔で問いかけてきた。


「き、キリク……良かった無事だったか」

「もちろん無事だけど……何言ってるのさ兄ちゃん、お腹空いてるの?朝ご飯のサンドイッチ残ってるから食べる?」

「あ、あぁもちろん食べるけど、コレはイッタイナニカ教エテ欲シイカナ」

「なんでカタコトになってるのかは知らないけど、少し考えればわかるでしょ?父さんのいつものやつだよ」

「え、あ、父さんの……あぁそうか、例の研究か……なんだビックリした…」


 そういえばそうだった。自分の父親は週に一度は部屋にこもって色々な研究をする研究馬鹿だということを忘れていた。

 安心しきって力が抜け切ったのか、ヘロヘロとその場にしゃがみこんで深呼吸。この半日だけでだいぶ疲れていたらしい、思考能力が落ちていたらしい。

 いつまで経っても家の中に入る様子を見せない兄に焦れたのか、頼れる弟__キリクがその岩の塊らしきものに合図を送れば、その岩の塊はのっそりとこちらに近づき、ルカの身体を優しくつまみ(抱き上げるというには少し雑だった)上げ、家の中に運び込んでソファに下ろしてくれた。随分と器用である。


「器用なヤツなんだな……」

「スゴイよね、動きはちょっと遅いしサイズは大きいけど、僕の指示はある程度わかるみたいだし」

「お前の指示も聞くのか…繊細な動作をさせるだけでも、相当丁寧な術式を編む必要があるのに」

「その代わり、父さんは朝ご飯食べたっきり、部屋から出てきてないけどね。はい、コーヒー淹れたから飲んでリラックスして。サンドイッチも置いとくからね」


 ソファにもたれてぐったりしている僕にキリクがコーヒーを運んできてくれる。相変わらず気が利いて優しい弟である、我ながらここまで出来た弟がとても誇らしい。

 コーヒーを飲みながら家の中の家事のために動き回っている岩の塊__いや、《土人形ゴーレム》をゆっくり観察する。


(細かい動作を行えるように指先や腕の岩は小さめにしてあるのか。接合部分は土じゃなくて荒縄とねん土、かな。以前作ってたのよりは土が崩れにくいみたいだけど……)

「兄ちゃん、考え事しながら食べるのやめなよ……ねぇってば」

「んー……れもあれは……ふむ……」

「ほら落ちるから、ちゃんと見なよ!」

「っと、すまん…って、お前、頭に登るな見えないだろ!」


 無心でサンドイッチを食べてる間に、随分と《プーパ》が退屈を持て余していたらしい。まさか食事中の人の頭に登って視界を遮ってくるとは予想していなかった。

 慌てて抱えて膝の上に乗せればそこは気に食わないらしく、肩へと移動を始める。

 と、一連の流れからなにか察したらしいキリクが単刀直入に切り込んでくる。


「兄ちゃんいつもよりボーッとしてるけど、だいじょうぶなの?そんなに今日の試験疲れたの??その肩の子についても説明されてないけど」

「……確かに、いろいろな意味で疲れはした。ん、あぁそういえばカリーナさんから貰った野菜は」

「さっき聞いても返事がなかったから、取り敢えずキッチンに運んでおいたよ」

「悪い………」


 腹も膨れたので、今日から預かることになったこの精霊についても説明はしないといけないのは事実だ。居住まいを正してキリクに向き合った、その瞬間。

 ボゴォォンッ!!という小さめではある爆音が家中に響き渡る。

 嫌な予感に身を震わせながら、諦めた表情の弟にとある問いを投げかける。


「おいキリク、そういえば父さんは今どこにいるんだっけ?」

「さっきも答えたけど、やっぱり聞いてなかったんだ。部屋だよ」

「__ちなみにつかぬ事を聞くようだが、昼ご飯は?」

「食べてないよ」

「すまん、先に父さんの様子みてくる。説明はそのあとでもいいか?」

「任せたよ。父さんは熱中すると僕の声は聞こえないみたいだから、兄さんが帰ってきてくれて助かったよ」


 よくよくみれば、キリクの顔にも若干の疲労がみえる。どうやら午前中に苦労していたのは、奇しくも自分だけではなかったらしい。


「そのついでに頼んで悪いけど、例の畑のやつも頼んでいいか?すぐ済ませて合流するから」


 そう声をかければ、仕方ないなぁ、と言いたげに肩をすくめて皿の片付けに取り掛かる。

 父親の研究を一刻も早く止めなければ、実験の副作用で家が吹き飛びかねないのだ。

 今日中に済ませることがまた一つ増えたな、と思いながら父さんの部屋に足早に向かった。

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