第3話 無垢なるモノ《プーパ》:後編
あれから執り行われた長い長い協議の末に出た結論は、《プーパ》は一時的に長老たちが預かり、王都からの返答に応じて処遇は変わるという。契約は諦めて丁重にお返しするか、そのまま正式に契約を行うのか。それまでは試験の合否も保留とし、村のみんな伏せておくように、とのことだった。
確かに規約では、試験の際に初めて召喚した精霊と必ず契約を結ばなければいけない、とは記載されていない。術者と精霊との相性が悪い、という事例はそう珍しいことではない。たとえ相性が良かったり召喚には応じたとしても、精霊側が契約に応じようとしないことも稀に起きるのだ、そうしなければ精霊たちの機嫌を損ねてしまう。
精霊たちの機嫌をひとたび損ねれば、その土地の加護を失うことになり、人々は貧困に迷うことになる。
あぁこれは恐らく、試験はやり直しになるかもしれないな。とぼんやりと諦観の念が頭を支配するのを感じながら、大人しく頷いておく。
__そこまでは良かった。だが問題はそのあとに起きた。
そのまま承諾の意を示してその場を立ち去ろうとした時だ。
それまで祭壇の上で大人しく周囲を見渡していた《プーパ》が、ルカが聖堂を立ち去ろうとした瞬間に、甲高く物悲しげな啼き声を上げ始めたのである。
慌てふためいた長老たちが《プーパ》をおそるおそる抱き上げて、赤子をあやすように宥めようとするも啼き声は収まらず、ルカの元に向かおうとからだを動かしている。
これはもしやと、長老たちからその小さなからだを受け取れば、ぴたりと啼き声はやみ、きょろりと大きな瞳でルカを見上げ、嬉しげに擦り寄る姿を見せる。
これはもしかしなくても。
(初対面なのに、懐かれたのか……!?)
確かに自分は他の人より動物や精霊たちに好かれやすい体質だという自覚はある。だがしかし、一目見てここまで懐かれるような素振りをした覚えははっきり言ってない。
とは言っても処遇の決まってない精霊を連れ歩くわけにもいかないだろうと、長老たちに引き渡そうとするもガッシリと服にしがみつかれ、絶対に離れるものかという硬い決意があるらしく、ピーピー泣き叫ばれる事態に陥り、その不毛な攻防の果てに長老側が折れ、ルカが《プーパ》の面倒を見る羽目になった。
いいか、けっして他人にその精霊さまの姿や存在は明かすなよ、怪我などしないようにしっかり見張るように、などなどアンタたちはこの精霊の親か何かか、と思わずルカが心中でツッこむほど指示を言われながらルカの腕に《プーパ》を抱き下ろせば、すいすいとルカの腕をよじ登ってフードの中にくるりと収まった。どうやらそこは居心地が良かったらしい。
(……寝る姿は可愛いんだな)
緊張も忘れてスッと脳内に浮かんだ単純な感想とともに、これから自分の身に降りかかるであろう苦労を予測し、本日何度目かわからないため息をついたのだった。
◇
それにしても、と腕の中の《プーパ》をチラリと見やる。
いくら生態系が謎に包まれていることが多い精霊とはいえ、この短時間で一般的な精霊とは違う点が幾つか見受けられた。
まず最初に、意思疎通の方法だ。自分の知る精霊たちは皆、カタコトとは言え人間の言葉を理解したり発することによってコミュニケーションを行うのだ。
だがこの《プーパ》は出会ってから今まで、啼き声と仕草のみで意思を伝えている……いや、伝えているかどうか怪しい。寧ろ本能的に動いているようにしか見えない。精神的に幼い子供のようにすら見えてくるのだから不思議だ。まぁ、幼い頃から少し年の離れた弟の面倒を見ていたルカにとって子守りは手馴れたものなので、さしたる苦にはならないが。
関係のない方向へと走り出しそうな思考に歯止めをかけるように頭を振る。
今はとりあえず家に帰って家事を行わなければ。午前中は試験があるからと弟に全て任せてしまっているが、あまり負担はかけたくない思いが強い。それに明日の“儀式”の準備も控えているのだ。
こうも暢気に過ごしている時間はないということに今更ながら思い至り、青ざめる。
「やっば……すまん、ちょっとだけ走るけど暴れるなよ」
勢いよく立ち上がり、腕の中で目を白黒させている《プーパ》に断りを入れ、一刻も早く帰るために駆け出す。
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