第7話 遭難 3/5

呼吸を激しくしながら新士しんじは走った。命に代えてでも彼は走らないといけなかった。


「(やばい!あいつマジでみんなにあのことを言いふらす気だな!ふざけるなよ!僕はこんなダサい仕事をしている余裕がないんだ。沙美との約束を一刻も早く果たすためにヒーローにならないといけないんだ。記憶喪失になる前の僕がこんなダサい部活に入っていたからって、今の僕はもうかかわる理由なんてないんだ!学校に帰ったらこんな部活、速攻に止めてやる!クッソー。マディーの奴、僕を馬鹿にして!この勝負に勝って、ぎゃふんと言わせてやる!)」


新士はすっかり体力の限界を超えていた。林の中に入り、邪魔な木の枝を折り曲げて、大きな葉っぱをどかし、ようやくマディーの姿を見つけた。


「(いた!追いついてやる!僕は弱い奴ではないと証明してやる!)」


新士はダッシュで彼女を追った。


「待てー!」


「え?新士!」


マディーは目を大きくしながらさらに早く逃げた。周りにあった木を利用して新士を振り落そうとしたが、新士は彼女の後をぴったりついてくる。


「(もう少し!)」


新士は手を出し、彼女のカバンをつかもうと思ったが――


「きゃあ!」


「うわ!」


二人は足元にあった大きな落とし穴が見えず、同時に落ちてしまった。


******


「新士!新士!起きてよ……お願いだから……死なないで!」


新士が目を覚ましてから最初に見えたのがマディーの泣き顔だった。彼女の頬には涙が流れ、ぽろぽろと新士のシャツに落ちる。


「マディー、どいてくれ。」


新士が返事をした途端、マディーは新士から離れた。


「し……新士、生きている……の?」


「涙っぷりの君は初めてだよ。ライオンでも涙がでるんだね。」


「ライオン?」


マディーは頭を傾げる。新士は起き上がり、『何でもない』と自分の言葉を取り返す。


「新士、本当に大丈夫?一瞬呼吸が止まったと思ったの。」


「え、まさか人工呼吸――」


「――していない!!」


マディーは赤くなって否定した。


「それより新士、あなた頭を打ったと思ったけど、痛くないの?」


新士は両手で頭を触って血が出てないように確認した。


「頭痛はなさそうだから大丈夫だと思う。って言うか、ここは何処なんだ?君を追いかけていて落ちた記憶まではあるけど……」


「上を見て。あそこから落ちたの。けどあそこにはもう戻れないよ。」


マディーはドロドロの土壁の上を刺した。頂上からわずかな光が差し、彼らが座っていた谷の底を照らした。


「登ろうとしたけど、無理。壁から滑っちゃう。」


「助けは?」


「まだ来ない。」


するとマディーは谷の奥へ指を刺した。


「こっちへ行けば道があるけど、どうする?」


「うーん……」


新士は谷の奥を眺めた。確かに奥へと道が続いていた。


「やっぱりここで待とう。もし谷の奥へ移動して、地上へ出られたとしても自分たちの居場所が分からなければ意味がない。それよりこの壁を登れたら道はすぐそばにあるし、みんなと合流しやすい。で、壁を登れそうな道具はカバンの中にないの?」


「救急箱、スリーピング・バッグ、懐中電灯、食糧が少々。後はキャンピング道具がいくつか。でもここから脱出できる道具はなさそう。」


「そうか。なら助けを待つしかないか。」


「うん。」


二人は沈黙のまま、地面に座った。


******


数時間後、二人はその場で待ち続けていたが、助けは来なかった。


赤人あかとの能力でここに来られないのかな?」


新士がマディーにたずねた。


「無理よ。彼のポータルは見える範囲にしか作れないの。作った後、その場所から離れても大丈夫だけど、まず作らないとその場所へ行けない。」


「ではリンネの紙の能力で何とか……」


「紙でどうやったら私たちの場所を探せるの?」


「じゃあ、ジョウさんになんか便利な能力があれば……」


「彼はマッチョ・マンと言う特殊な力を持つ人間で……」


「お?それってどんな力なの?」


「アホ。ただの筋肉量が多い人だよ。」


「あ、そう。で、ちなみにマディーの能力は?」


「私は…………何もない。」


「え?何もないのに『超ー部』の部長を務めているの?」


「誰が早く取りすぎたバーベキューの肉なの!?私たちは『超部』だよ。レベルアップの!そして、そうよ。私が無能力だからって文句でもあるの?」


「いや、ただ『意外だな』っと思って……。それで『超ー部』の部長ってぐたいてきに何をするの?」


「だから、私たちは食材ではなく『超ー部』……って!間違えさせるんじゃないわよ!!」


マディーまで自分の部活名を間違えて新士に怒り出した。


「それよりマディーって、『超能力があったらいいな』っとか思ったことないの?」


「え?超能力?ないね。私、超能力なんて必要ないと思うの。」


新士は少し引いた。


「え?マジで?手から炎とか出たり、空を自由に飛べたりとかできたらいいなとか思ったことないの?」


「ない。あったとしても、あくまで子供の頃。でも今の私には必要ないと思うの。で、そう言っている君はやっぱりあった方がいいと思っているの?」


「まぁ、一応僕には自分の記憶を消すっていう能力があるけど……確かに、もっとまともな能力があればうれしいかな?」


「あのね、言っておくが、超能力ってそんな目出度い物ではないの。特に強力な力はコントロールが効かなくて他人を傷付ける場合もあるの。」


「え、頑張って練習すればいいだけじゃん。しかも強力な超能力があればすぐにヒーローになれるし、一気に人気も上がる。普通、みんな欲しがるだろ?」


「あなた、あの銀行強盗の怪獣化した人をニュースで聞かなかったの?後、リンネを知った上でそんなことがよく言えるね?彼女が強力な超能力を持っていなければリープ学園にいかなくて済み、普通に人生を生きていられたのよ。」


マディーがリンネの名前を言ったとたん、新士は思い出した。この間赤人が彼女の過去の話を聞いて、彼女は自分の力のせいで他人との接触が上手く出来ず、一人ぼっちだったことを思い出した。力がすべての社会を経験したリンネは、『普通』っという生活にうまくなじめなかった。


「そうだった。確かに超能力は人を幸せにするとは限らない。」


「あのさ、新士の目的は何?」


「目的?夢って言うこと?今のところ、僕は一刻でも早く強くなってヒーローになりたいと思っている。」


「で、ヒーローって全員超能力を持っているとでも思っているの?ヒーロー・オタクの赤人に聞いてみたら?彼ならざっと100人以上、無能力なヒーローを知っていると思うよ。この間の怪獣事件だって、無能力のヒーローたちがほとんどの怪我人を助けたのよ。」


マディーがそう言ったとき、新士は一ノ瀬先生の言葉を思い出した。事件現場で最も活躍したしたのは無能力な人々だったことを。


「確かに……そう聞いたような……」


「だからヒーローになるためには超能力がなくてもいいの。これで理解した?君は常に超能力のことを気にしているけど、本物のヒーローってのは、そんなものに頼らなくても人を助けられるの。」


新士は少しの間黙ってマディーの言葉を理解しようとした。しかしその時、新士の頭の中に疑問がわいた。


「ってか、マディーもその場にいたの?僕はニュースをあの後ずっと見ていたけど無能力者たちのことなんて全く言っていなかったよ。君はどこでそのことを知ったの?」


「え?あ……うん。いたよ。私はトーナメント会場にいた。君たちを待っていたの。……って言うか、それより遅いね、赤人達。本当に来るのかしら?このまま来なければ、この谷の奥へ行ってみる?」


マディーは急に話題を変更して救助のことを話し始めた。そう言った彼女は谷の奥に指を指した。しょうがなく新士はため息をつきながら立ち上がった。


「行こう。日が完全にくれたら谷は真っ暗になりそうだ。」


そう言って二人は荷物をまとめ、冒険を始めた。

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フェイク ヒーローズ ジャコブ @jakob111

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