第7話 遭難 2/5

『エンゼル山前、エンゼル山前。お降りの際は、お忘れ物がないようにお気をつけてください。』


「みんな、降りるよ。」


バスが停止してマディーがみんなに声をかけた。赤人あかとは席からゆっくり立ち上がり、バスの前まで歩いた。続いてリンネ、そしてマディーが行ってしまった。新士しんじは最後に席から立ち上がり、何も忘れ物がないようにあたりを見回した。その時、マディーの椅子の下に何かキラキラした物を見かけた。


「(何これ?)」


気になった新士はひざを曲げてその物を手にした。どうやらそれは銀色の小さな卵形のロケットだった。首に飾れるように小さなくさりの輪もついていた。その時、新士は思いついた。


「(まさかマディーが恋する人の写真が……)」


マディーをからかう仕返しの策を考え始めた新士は勝手にロケットを開けた。そして中にあった写真を見て少し驚いた。そこにはマディーと共に、赤人、リンネ、そして新士が写っていた。四人とも肩を組んで笑顔で写っていた。


「(記念写真?まさか、あの悪魔が友達思いとは……なんか似合わないな。)」


頭をかしげた新士は写真をじっと見つめる。そして奇妙なことに気づいた。四人の後ろには海が写っていたが、左側に紫色に光る大きな壁みたいなものがあった。


「(なんなんだ、この壁?結構派手はでに塗った壁だな……?ってかこの紫色って本当にペンキなのか?なんか透き通ってゆがんでいるみたいなような……)」


「新士!何しているの!速く降りなさいよ!」


マディーの声がバスの正面から伝わる。他の客に迷惑をかけても全く気にせず、彼女は叫び続けた。


「(この子、礼儀っていうものが一かけらもないのか?)」


そう思いながら新士はバスを降り、考えずにロケットを自分のポケットにしまった。


******


「ようこそ諸君、私がインストラクターのジョウです。よろしくオネガイします。」


リンネより頭一個分背が高く、ムキムキな体をした外人が四人の前に立っていた。リンネ、赤人、そして新士はジョウさんを見上げる。真顔で彼と握手あくしゅし、何も言い返せられなかった。


しかし、マディーはジョウさんの手を両手で握り、激しく腕を振りながら握手を楽しむ。


「っていうかよくこの仕事見つけられたな。」


赤人がコメントする。するとマディーは彼に答えた。


「友達のランさんがこの仕事のことを教えてくれて、ウェブで登録してみたの。そしたらジョウさんが私にメールで返事をしてくれて、私たちの歳でもできるヒーロー仕事だと聞いたからここへ来たの。」


マディーは複雑な握手をジョウさんと始めた。上から、下から、横から拳と拳をぶつけ合い、最後に『イェーイ!』と二人は同時に叫んだ。その後ジョウさんはゴッホンと咳を一回してから仕事内容を説明した。


「では、君たちに今日の仕事をセツメイします。近頃、夜になるとこの辺りからある生き物がウルサイ鳴き声を出し、村に迷惑をかけているらしい。我らのミッションはその動物を見つけて、報告すること。あとは動物を保護する人たちに任せる。以上。」


あまりにも地味な仕事内容に新士は不満に思った。そして新士はマディーの横っ腹をツンと突っついた。


「きゃぁー、何するの!」


思った以上にマディーは叫び、新士は少し驚いた。一方、マディーは怒り出した。しかし新士は構わず彼女に尋ねた。


「おい、これってただの雑用じゃないか。ヒーロー仕事と全く関係ないじゃん。」


「何言っているの?立派なヒーローの仕事だよ。村の人たちを助けるのよ。」


「いやいや、雑用だよ。まんまと|たんじゃないか。」


「ざ……雑用だとしても、そう簡単にはいかないから。ちょうどいいトレーニングだと思えば平気でしょ?ほら、山登りするし、体力をきたえるチャンスだよ。」


すると新士は歯を食いしばりながらマディーをにらんだ。


「(こいつ、雑用と認めたな!)」


二人がもめているとき、ジョウさんが声をかけた。


「おい、君たち。今からリュックのセツメイをするからちゃんと聞いてください。」


ジョウさんは笑顔で手をひょいひょい動かしながらマディーと新士の気を取り戻した。


******


四人は一人ずつ大きなカバンを背負いながら山を登った。しかし、新士だけがすぐに息切れになってしまい、全員の一番後ろを歩いていた。


「はぁー。はぁー。おい、赤人~~。まじでこれ続ける気か?」


赤人は新士に振り向いて、平気な顔をしながら返事をした。


「まぁ、ここまで来たならしょうがないよ。ミッションをクリアすればお金も手に入るし。いい運動と考えれば、なかなかのものだけど。」


「(チッ、役に立たない奴――)」


新士は彼から目をそらし、つばを飛ばした。続いて新士はリンネをたずねてみた。


「――リンネ、君は?」


すると彼女は頭を振り向かせて、いったん歩きを止めてから答えた。


「私?えーっと。学園ではキャンピングを何回かしたことがあったけど、あれはただのサバイバル・トーナメントみたいなものだったから、あまり楽しくなかったかな。熊とかに襲われたり、植物から毒を抜いて食べたりしたの。みんな互いを負かせようと罠を仕掛けて、常に警戒していないといけなかったからあまり楽しく過ごせなかったの。だけど今回はみんな仲良くキャンピングをしているから、私、結構楽しんでいるの。」


リンネの話を聞いた新士は思った。


「(うわぁぁ……リンネに聞いたのは失敗だ――)」


「――へ~……そうなんだ。」


新士は苦笑いしながら無表情な声で返事をした。するとその時、先に歩いていたマディーが前から新士に話しかけた。


「ちょっと、のろま君。文句あるならはっきりと言いなさい!でないとせっかくのキャンピング気分が台無しにされちゃうじゃない!」


「わかった。わかった。わかったからその変なあだ名で呼ぶのやめろ。」


「え?じゃあ、早くここまでおいでよ!男子なら私みたいな女子より体力あるんでしょ?」


新士はあまりにもマディーのからかいに耐えられず、イライラしてきた。


「(かよわいって……お前、その言葉の意味わかっているのか?元気よく先頭に立って、まるでライオンみたいなふさふさした金髪の毛を見せびらかす人のことを言ってんじゃないぞ。ライオンならライオンらしく檻に閉じ困って肉でもしゃぶってろ!)」


新士は何も言い返せず、歯を食いしばりながらそのままのペースで歩いた。


「じゃあ、時間つぶしに私とゲームしましょう。」


マディーがそう言いかけた瞬間、新士は顔を上げて彼女を見つめる。


「はぁ?ゲーム?」


「そう、ゲーム。ではルールを説明する。ジョウさんがくれた地図のゴールに私が先につけば、君の秘密をみんなにばらす。その前に君が私に追いつけられれば、私は一つ、君の言うことを何でも聞いてあげる。」


「はぁぁぁ!!!やりたくないよ、そんなゲーム。」


「悪いね、けどもう始まっているの。お・さ・き・に!」


そう言ったマディーはクスクス笑いながら先に駆け出した。


「おい、新士。秘密って何のことだ?」


赤人は新士に聞いた。


「な、なんでもない!」


そう言った新士は力を振りしぼってマディーの後を追いかけた。二人はジョウさんの前を通り過ぎ、そのままどんどんと先に行ってしまった。


「おい!キミタチ!私の許可なく先に行かないでクダサイ!」


ジョウは最後尾から叫んだが二人はとっくにいなくなっていた。

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