第7話 遭難 1/5

「こっちだ、新士しんじ。早くしろ!遅れると厄介なことになるぞ!」


叫んだのは赤人あかとだった。彼は今日も深紅色の襟付きのシャツと黒いネクタイを着て、元気よく学校の廊下を駆ける。しかし、彼は走りながら後ろを向き、心配そうな表情を見せた。赤人の視界に映ったのは、廊下をドタバタ走りながら激しく呼吸する新士だった。新士は水泳選手みたいに手で空中をかきながら、置いて行かれないように赤人の後を必死に追う。


「新士、次の角を右だ、右。そして部屋は305室。」


次から次へと指示を出す赤人は後ろを見て、新士がついてきたことを確認しながら走り続ける。そしてある部屋の前にたどり着いた赤人はドアノブを力いっぱいひねり、扉をガバッと開けて部屋の中に飛び込んだ。しかし、赤人がドアノブから手を離した瞬間、扉は勝手に閉まりはじめて、部屋の中へ入ろうとした新士の顔面に直撃した。それから彼は床に落ちた。


「ウゲッ!!」


「あ……ワリ―。」


赤人がゆっくりと振り向きながら新士に誤った。


グスッと鼻をすすった新士は起き上がり、右手でドアノブをひねりながら扉をゆっくり開けた。新士は歯を食いしばりながら鋭い視線を赤人に集中させてから彼に注意の一言葉を送ろうとした。


「少しは気を付けて――」


しかし、新士は部屋の妙な形に気がとられて言葉を失ってしまった。この部屋は幅がせまくて、立っているだけで閉所恐怖症になりそうだった。床にはかすかなほこりがたまっていて、まるで奥深い物置っぽい感じがした。


新士の前には赤人とリンネが立っていた。そして彼らの先には部屋の幅をとる机が一台ぎっしり詰めてあり、横の壁との間は一ミリもなかった。


「(なぁ、赤人。なんなんだ、あの机は?邪魔じゃないか?ってか、どうやったら机の反対側に行くんだ?まさか飛び越え――)」


走ってきたばかりの新士はまだスタミナを回復する時間が必要で、呼吸を必死にしながら状況を確認する。赤人は新士のそばによって、背中を軽く叩く。前に立っていたリンネは新士をじっと見ながら心配する。


「新士君。顔、大丈夫?」


「平気さ。『赤人が扉を閉めていなければ』のことだけどね。」


「ワリー、ワリー。お前が遅すぎて、つい……」


赤人は頭の裏をかきながらニコニコとした表情を見せて舌を出した。


すると部屋の唯一の机の反対側に後ろを向けた黒いリクライニング椅子が急に回り始めた。新士は顔を上げて少しびっくりした。


「(この部屋に赤人とリンネ以外だれかいるのか……?)」


椅子の真ん中に座っていたのは新士と同い年ぐらいの少女だった。金髪のウェイビー・ボブの短い髪で、ツンとした表情さえなければ彼女はまるで美少女人形みたいだった。彼女と目を合わせた赤人とリンネは一瞬にして静かになり、二人は背筋をピーンと伸ばした。


彼女はどこかの組織の幹部のように机の上に両肘りょうひじを置き、手を組んで口元を隠しながら新士とほかのメンバーに声をかけた。


「時間よ。」


彼女は目を細くして三人をギョロッと見つめる。赤人は一瞬足をピクッと動かし、汗を一滴ひたいから垂らした。リンネは目を扉の方へ動かし、唾を飲み込んだ。


そしてそれから30秒間、皆完全に動きを封じた。口も開けずに、リンネと赤人はその場で立ちながら、小指さえ全く動かさなかった。新士は何がどうなっているのかさっぱりわからなくて、彼らの真似をして静かに立つしかなかった。


そしてその時、椅子に座っていた金髪の少女は立ち上がり、両手で机を強く叩いて叫んだ。


「出動!説明は後。今はバス205番を目指せ!」


彼女は靴を履いたまま右足を机の上に置き、飛び上がって机の上に両足で立ち上がった。


「(な――何やっているんだ、彼女は!)」


驚く新士は何をしていいのかさっぱり分からなかった。すると彼女は立っていた机の上から新士の前に飛び降りた。当然無事に着地した。続いて彼女は扉を開けて、部屋をダッシュで出て行った。


「(いったい何が起きたんだ?)」


新士が混乱している最中に、赤人とリンネは彼女に続いて部屋を急いで出て行った。何も言ってくれなかった二人は新士をさらに混乱させた。一人で部屋の中に残された新士は疑問を次々と頭の中で解決しようとしたが、全くこの状況を解読することができなかった。しょうがなく廊下に出てみたが、もうすでにだれもいなかった。


「え?!もう~!こうなったらみんなに追いつくしかないじゃないか。ってかまた走るのかよ!いい加減、勘弁してくれよ~」


独り言を言う新士は一先ずため息をついてから、しょうがなく皆の後を追うことにした。


******


バスぎりぎりに間に合った四人は一番後ろの席をとった。リンネ、赤人、新士、そして金髪少女の順番で座った。酸素を必死に補給する新士は、何が何だかさっぱり分からなかった。


「誰か…………(スーゥ、ハーァ)…………説明を…………(スーゥ、ハーァ)」


左の窓際まどぎわに座った金髪の女の子は新士を見てにっこり笑い、手を差し出す。


「新士。あなた記憶喪失だって赤人から聞いたわ。なので改めて挨拶を。私、『超能力をレベルアップ!部』、通称『超レべ部』の部長、マディー・チャンバーレーンよ。よ・ろ・し・く。」


何も言い返すことがなかった新士は、とにかく彼女と握手を交わした。


「で、今日は皆さんよく時間内につきましたね。でも今度からはちゃんと5分前に到着すること。わかりましたか?特に男子の二人。」


彼女は邪悪なオーラを放ちながら作り笑いをかぶった怒りの表情を新士と赤人に示した。彼女の視線は新士に鳥肌を立たせるほどの威圧感を感じた。新士の隣に座っていた赤人は、冷汗を垂らしながらマディーに喋りかけた。


「ワリ―、マディー。って言うか、実際ギリギリ間に合ったんだから、そんな怒る必要は――……。まぁ、それはそれとして、今日はちょっと最後の授業が延びてしまって、そのせいで5分前に来られなかったんだ。ほら、知っているだろ、正人まさと先生が結構人気だってことを?そして今日は時に質問が多くて、チャイムが鳴っても授業が終わらなかったんだ。」


しかし、マディーは赤人の話を聞いた後、手を胸の前で組み、目を細めながら彼に尋ねた。


「だから?『見逃して』っとでも言いたいの?」


「いや……だから俺たち一応時間ギリギリ間に合ったんだから……その『5分前』とか勘弁してくれよ。な、マディー?」


「フゥーン……では赤人。正人ポンコツ先生の授業とこの部活。君にとってどっちの方が大事なの?」


マディーが質問を聞いた途端、なぜか空気が気まずくなった。


学生として、当然答えは『授業』のはずだったが、赤人は何故かそう簡単に答えを出せなかった。


「え?いや、その……」


冷汗が赤人の額から出始めた。マディーは年寄としよりが小さい文字を読むみたいに目を細くして、赤人の顔に近づいた。彼女はどうやら赤人にプレッシャーを与えようとしていた。


しかし、彼女がそうするには二人の間に座っていた新士を超えないといけなかった。マディーは気にしなく、新士の膝に手を置き、体を前に出して赤人に近づいた。


「(近い!近い!体が近い!この女、状況を理解していないのか?異性とかそう言うものを気にしないのか?)」


新士はできるだけ深く椅子に座ろうとして、目の前の彼女の頭から視線をそらした。


「(なんか、いい香りが……ってそれどころじゃないだろう。お願いだ、マディー。どいてくれ。)」


すると、まるで新士のピンチの状態を読み取ったかのように、赤人は急いで答えを出してくれた。


「どっちともかな?」


そう伝えた赤人は苦笑いしながらマディーから目をそらした。彼女は面白げのない表情を出し、自分の席に戻った。赤人と新士は同時にほっとした。


けど、彼女は歯を食いしばり、赤人に怒鳴った。


「赤人、君はいつも『ヒーローはどんな質問に対し、正直に答える』とか言っていなかったっけ?なのに、何その中途半端な答えは?はっきりしなさい。君にとってどっちが大事なの?授業?それとも『超レべ部』?」


赤人は完全に押されていた。彼はおろおろしながら頭を左に向けて、リンネに助けを求めた。しかし、リンネは赤人を助けるどころか、逆方向に目をそらした。『裏切られた』と思い、赤人の心は泣き始めた。


だがリンネは決して裏切ったわけではなかった。彼女は顔を真っ赤に染めて、ただ赤人の顔が近すぎて照れていただけだった。


「(まさかリンネって赤人のことが…………そういうことか。)」


新士は少しニヤけて二人を見つめた。


「(ってか、それよりこの『マディー』って子はいったい何がしたいんだ?赤人をくだらない質問で攻めて、なんか得でもあるのか?リンネは赤人を助けられないようだし、しょうがない。赤人には世話になっているからここは僕が助ける出番のようだ。)」


新士は隣を見ると、マディーは再び赤人を鋭い目つきで見つめていた。彼女はおそらく赤人がはっきりした答えを出すまで、この体制を保つだった。新士はため息をついてからマディーとの距離を少しあけて、彼女に呟いた。


「あ……あの、マディー……さん?」


「マディーでいいよ。」


彼女は赤人の方向を向いたまま返事をした。


「あの……こっち向かないの?」


「要件があるなら早く言いなさい。」


新士は苦笑いしながら思った。


「(こ……この女、絶対変人だ……)」


ため息をもう一度ついた新士は彼女のふわっとした金髪の後頭部に向かって喋った。


「わかった。ではマディー、今日は一体何故このバスに乗ったの?一体何処に行くの?」


彼女は新士の質問を聞いた途端、ゆっくりと振り向いて、体を席に戻した。マディーが手を新士の膝からどかした瞬間、やっと少し落ち着けられた感じがした。しかし、その代わりに新士が新たなターゲットとなった。


マディーは急に横を向いて、新士の顔に近づいた。目を輝かせながら鼻から息を出した。


「知りたい?」


新士は少し体を赤人の方へ寄せて彼女からできるだけ距離をとった。


「まぁ、少し興味あるから……いったん下がってから教えて。」


「フフッ。そうね、そうね。」


マディーは新士との間に距離を置いた後、にやけて新士に伝えた。


「けど新士には……お・し・え・な・い」


どうやら彼女は人をからかうのが好きな性格を持っていた。だが、新士は彼女のからかいが気に入らなくて、とうとう血が頭に上ってしまった。


「僕、帰る。」


そう言った新士は席から立ち上がり、一番近くのバスの降車ボタンを押そうとした。しかし、押せる前にマディーは新士に呟いた。


「本当に帰ってもいいのかな?新士、私は君が人に知られたくない秘密を知っているの。もしそのバス停車ボタンを押したらここにいるみんなにばらすよ。」


新士の動きがピタリと止まった。


「そんな秘密なんか僕はもってないよ。」


「そう、では一つ教えてあげましょう……」


彼女は新士の耳に近づき、こそこそと話し始めた。そしたら急に新士の顔が赤くなり、彼はゆっくりと席に座った。


「ナナナナナナ…………僕がそんなことをするはずが――」


「――したのよ。で、なぜそんなことを私が知っているかって?フフッ、ひ・み・つ」


彼女は左目でウィンクしてクスクス笑いだした。しかし新士にとって、その笑い声は悪魔のふくみ笑いにしか聞こえなかった。ふわっとした金髪の髪の毛から今にでも真っ赤なつのが出てきてもおかしくなかった。


「じゃあ、可愛そうな新士君のためにとっておきにこの旅の内容を教えてあげる。」


目を細くした新士は思った。


「(いや、別にいいよ。もう興味なくしたし。悪魔と喋ると楽園から追放されそう。)」


しかし、マディーはしゃべり続けた。


「実は今から仕事をしにいくの。仕事っといってもキャンピングっぽい仕事だから結構楽しめると思うよ。さらにこの仕事はヒーローとしてトレーニングになるから私たちにふさわしいと思わない?だってほら、ここにいるみんな、ヒーローを目指しているのでしょ?」


『ヒーロー』っと言った途端、新士の目は光った。


「ヒーローだって?トレーニングだって?仕事をやれば強くなれるの?もっと詳しく教えて。」


「それはついてからのお楽しみ。」


「チッ」


それから20分間新士はブツブツ独り言を呟きながら席に座り続けた。


「(マディーがそばにいるのは面倒くさいが、しょうがない。ヒーロー・トレーニングのためだ。さっさと終わらせて、早く帰ろう……)」


しかし、新士の思い通りみたいにこの仕事はそう早く終わることではなかった。

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