第11話 氷珂先生はアイロンがけが出来ない
氷珂先生との高校での謎の関係……まぁそれに名前を付けるのならば、出張家事代行サービス(仮)とでもしておこう。
「……で、珍しいですね
「んー、まぁなー」
俺は真っ白なワイシャツのアイロンがけをしながら氷珂先生に話し掛ける。その曖昧な返事にちらりと視線を向けてみると、先生は六人ほど囲んで座ることの出来る大きな長方形型の黒いテーブルに立ったまま腰掛け、腕を組みながら外の景色を眺めていた。
相変わらず絵になる人だと思いながらも、俺は目の前の作業に集中するべく視線を落とす。急いで弁当を食べた俺は現在、先生と俺以外誰もいない家庭科室で洗濯、乾燥済みの洗濯物をアイロンがけしていた。
「なぁ桐生ー」
「どうしました?」
「やっぱり迷惑だったかー……?」
一瞬だけ氷珂先生が何を言おうとしているのか不思議に思うが、俺はすぐに答えに辿り着く。
「もしかして、この家庭科室で俺にワイシャツとかのアイロンがけをさせていることですか?」
「…………うん」
「急にどうしました? いつもの氷珂先生なら『クリーニング代が浮くわー』って言って放課後に先生の手伝いって名目で俺を
「いやー、それはないー」
「速攻で否定しないで下さいよ」
即座に否定した先生へ渇いた笑みを浮かべる。以前からアイロンがけを自分で実践するように何度も伝えていたが、何故か氷珂先生は頑なにアイロンがけをしようとはしなかった。
まぁ氷珂先生は生徒や他の先生からの人望があるうえ教師として仕事も出来るが、家事能力は皆無だ。適材適所という言葉もあることだし、ここは美人教師である氷珂先生の手伝いが出来るということでよしとしよう。
俺は生地が縮まないように片手でしっかりと襟部分を押さえながら、ワイシャツの肩から手首のところまで直線的に真っ直ぐアイロンがけしていく。
シワを無くすように丁寧に作業していると、先生が口を開いた。
「……先生なー、小さい頃に親のアイロンがけを手伝って母の手に火傷させたことがあるんだよ」
「え……?」
「不注意でなー。母に見守られながら一緒にアイロンがけをして褒められた私は、それが嬉しくてスチームアイロンを手に持ったままウキウキしてたんだよー。ほら、アイロンの裏って物凄く熱いだろー? そしたら手が滑って、アイロン台の上に洗濯物を広げていた母親の手の上にアイロンを落としてしまってなー。幸い
「そうだったんですね……」
氷珂先生にそんな過去があっただなんて初めて聞いた。自分ならまだしも、大切な誰かを傷付けたとあってはそれはもうトラウマになってしまうのも仕方がないだろう。
なるほど、それが原因で先生は家事が出来なくなったのか……。
「それでも現代社会を生きる人間にとって生活する上で電化製品は欠かせない必需品だからなー。一人暮らしだしー、なんとか炊飯器や電子レンジ、トースターとかの使用方法は覚えたんだがー……」
「未だ苦手意識があって実践出来ず、
「うんー」と先生は落ち込みながらも器用に気の抜けた返事をする。
まぁアイロンがけは未だ出来ないとしても、最初は怖くて使えなかった洗濯機を回せるようになったのは先生の懸命な努力の賜物だと思う。初めの頃なんて俺が家庭科室で洗濯機を回して乾燥させてからアイロンがけしてたからなぁ……。
「それでなー、前の席替えのとき柴崎の反応を見て思ったんだよー。せっかくの華の高校生活、私の
「本当のくるみを知ってるとはいえ、先生そういう話好きですもんね」
「恋愛ドラマとかラブコメ漫画好きだからなー。世界がラブ&ピースに包まれれば良いと思ってるー」
「……あ、だから放課後じゃなくて昼休みにアイロンがけさせてるんですか」
「そうだぞー。高校生の放課後なんて青春イベント盛りだくさんだからなー」
はは、ようやく昼休みにアイロンがけをさせた合点がいった。『これからは私が全部するから、もうアイロンがけはしなくていいぞー』と言わない所が氷珂先生らしいっちゃらしい。
酷だろうなーとか言っていたのに教え子の青春よりも自分の楽を優先した先生に対し、俺は思わず口角が上がる。
すると氷珂先生は話を変えるように言葉を続けた。
「しっかし、柴崎も難儀だよなー」
「? 何がです?」
「私はあの明るい柴崎しか見たことが無いがー、桐生の話によると家での性格は引っ込み思案でネガティブなんだろー? 他にもSNSでの自分、親だけに対する自分って、付け替える心の仮面が多くて疲れないかと思ってなー」
「……間違いなく疲れるでしょうね。でも、そのどれもが本当のくるみですよ」
「そんなの当たり前だのくらっかー」
「急にボケないで下さい」
俺がそう言うと先生はにへらっとした表情で肩を竦めた。
あれ、さっきまで真面目な話してたよな? 氷珂先生の古いボケの所為でシリアス君がどこかへ旅に出てしまった……。おっ、手を振って戻って来た。
「ま、本当の自分っていうのはそう簡単に他人の物差しでは測れないってことだー。いくら小さい頃からの幼馴染であろうとも、なー」
「……氷珂先生が何を言いたいのか、良く分かりません」
「つまりー―――」
"キーンコーンカーンコーン"
先生が何かを言いかけた次の瞬間、昼休みの終了十分前を知らせるチャイムが鳴った。しまった……。先生との話に集中し過ぎて、まだアイロンがけの終わっていないワイシャツが二枚残っている……!
ちらりと氷珂先生の方へ目を向けると、彼女はどこか優しい眼差しをしていた。
「あー、残ったヤツは
「先生、さっきの言葉の続き聞きたいんですけど」
「―――先入観を持つな」
「…………え?」
俺は先生が言い放ったその簡潔な言葉に対し、首を傾げる。因みに美咲とは氷珂先生の学生時代からの親友で現在家庭科の女性教師の名だ。
そのまま氷珂先生は言葉を続けた。
「柴崎自身が自分の人格……パーソナリティに対して疑問を持つ日はいつかきっとやってくるー。そのときは支えようとするんじゃなくて、ただ側にいてやれー」
「……やっぱり、良く分かりません」
「はっはっはー、悩め悩め
そうしてその言葉を最後に俺は家庭科室から退出したのだった。俺は廊下を歩きながら自らの教室へと足を運ぶ。
(支えようとするんじゃなく、ただ側にいてやる……? それじゃあ、俺は何もくるみの役には立てないじゃないか……)
心が少しだけささくれていくのを感じる。まるで先生から俺だけへ特別課題を出されたような気分だ。
こうして俺は教室に戻るまでの間、延々と答えの出ない問いを考え続けたのだった。
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はい、というわけで連続更新は3日間で打ち止めですー!
次回更新まで暫しお待ちをー(/・ω・)/
本当は引っ込み思案なロリ巨乳幼馴染が俺の前だけで甘えたがる件 ~二人だけの快適空間は幸せで最高です~ 惚丸テサラ【旧ぽてさらくん。】 @potesara55
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