あの手この手で新旧このちん

 火曜日。


「ごっちゃーん」

「はい。気をつけていってらっしゃい」

「いってきま」

「こーのちぃーん!!」

「ぬおわ!?」

 朝っぱらからインターホンが鳴ったと思ったら、それ以上のこのちんを飛ばす人物なんて真柴弧雪人生において該当者はただの一人しかいない。

「今日も元気ねぇ」

「あれば間違いなくまんまんじゃなくて噴火だろうよ」

 俺は学生カバンを持って、玄関へ向かった。



「おはようこのちーん!」

 よしいったん閉じようか。

「こーのちーん!」

 この扉の防音性能が低いのかこのちん波動に貫通属性が備わっているのか。後者だな、うん。よし開けるか。

「おはーってなんだ今日は! なんで俺ん家まで来てんだー!」

 いくら平日の毎朝強このちん襲撃を受けているとはいえ、それは廊下か校門付近くらいでのことであり、俺の家までやってくるっていうことはなかったはずだ。

 別に髪はそんなに乱れていないみたいだが。

(そして相変わらず元気そうだが)

「だってぇ……将来の旦那様だから、ちゃんとお迎えしないとぉ……」

 くねくねしてるツチノコ発見。役場に突き出してやろうか。と思ったがそこで佳桜美が婚姻届を忍ばせていたらあれなのでやめておいてやろう。

「あの大音量が『ちゃんと』に含まれているとは俺の計算結果には合致しないんだがな」

「このちんは私と一緒に登校するの、いやぁ?」

 なんていうセリフが聞こえた気がするが、俺は歩き始める。とてとてついてくる佳桜美。

「背中の衝撃的には優しいから、悪くはないな」

「やったぁっ! じゃあ明日も来るからね!」

「よし二十分早く家出てダッシュするぐはっ」

「このちんのあほー!」

 今日も元気なあほーをくらってしまった。しかもかおみぱんちも背中に。ごめんよ背中、今日も守ってやれなかったぜ……。

「いいかおみぱんちだ。その元気なら、今日もこのちん叫べそうだな」

 ちょこっとだけ上目遣い佳桜美。

「……ありがとう、このちん」

「どういたまして」

「いたまして?」

 俺は二回だけ佳桜美の頭をぽんぽんした。今日もすてきな笑顔を見せてくれた佳桜美だった。

「うぉっほん。てか旦那様とか言ってるが、もっと優秀なやつを旦那様にした方がいいんじゃないのか?」

 おぉ、なんか両ほっぺたふくらんでるぞ。こっち指でつっつこ。ぷしゅ。

「ぶはっ」

 おもしろかった。

「じゃあこのちん様に、私のお父さんとお母さんの結婚秘話を披露しまーす。ぱちぱちぱちー」

「開演時間書いたパンフレットをもらってないんだが」

 俺のツッコミも完全スルーされながらこほんとせき払いする佳桜美。

「お父さんとお母さんは、親戚の中ではそんなに目立った功績ないよーって、たしかみんなでおしゃべりしてるときにお父さんが言ってたよね?」

「ああ、なんとなく聞いたことがある」

 あれは俺たち真柴家と斉琳寺家合同て外食したときのことだったな。華実菜姉ちゃんもいたなぁ。

「お母さんは高校卒業と同時に就職しました。オフィスレディさんというあれです」

「ほうほう」

「お父さんは大学卒業と同時に就職しました。サラリーマンさんというあれです」

「ふんふん」

「お父さんとお母さんの出会いは、なんと高校三年生なのでした。歳が同じで同じクラスになったのがきっかけだって」

「へー、そういう話は聞いたことなかったな」

 俺の父さんと母さんのすら聞いたことないぞ。

「お母さんが大学に行かずいきなり就職したのは、おかねが欲しかったかららしいです。大学なんていつでもいけるやーって考えていたらしいです」

「ふーん」

 今の俺ではなんかよくわからんが。

「お父さんが就職したところは、なんとお母さんと同じ会社です」

「お?」

「そのころお母さんはすでに四年分働いているキャリアウーマンさんでした」

「ほー」

「会社へ面接に行ったお父さん。面接官さんが三人いたけど、なんとそのうちの一人がお母さんで、扉開けた瞬間二人とも吹いたって言ってました」

「ぶはっ!」

 それ俺でも吹く自信あるわ。

「お母さんはお父さんに自分が勤めている会社を教えていたけどまさか来るなんて思っていなくて、お父さんはお母さんと一緒のところに行きたいと思ってたけどまさか面接官さんがお母さんなんて」

「それ横の二人の面接官もウケてたろうなー」

「そしてお父さんは晴れてお母さんの部下となりました」

「ばんざいばんざい」

 やっぱですます調の佳桜美も悪くないな。

「ある時、お母さんがとあるプロジェクトがうまくいかなくて困っていました。企画がなかなか通らない~とかそんなの」

「ふんふん」

「それを見たお父さんは、高校までや大学のときの友達に片~っ端から連絡取って、仲間をわんさか集めてお母さんを手伝ったんだって」

「わんさかって、どんくらいだ?」

「和食料理人、建築士、キャビンクルー、バスの運転手、ブライダルアテンダント、パティシエ、はり師、本屋さん、ビル清掃の人、声優、ほかにもいっぱい……みんな同じ歳の人たちばっかりだから見習いばっかりだったらしいけど、いろんな友達が助けてくれて、アイデアを練りに練って、何度も企画を改良して、無事企画が通りましたー」

「すげぇなおじさん」

 確かにはっはっはーとかおおらかな感じで敵は少なさそうだ。

「その時お母さんは、この人となら結婚してもきっとお母さんのこと大事にしてくれる! って思って、結婚することになりましたとさ、めでたしめでたし」

「ばんざーい、ばんざーい」

 なるほど、そういうストーリーがあったんだな。

「で。その壮大なストーリーを俺に聞かせてどうすんだ?」

「だからぁー、目立った功績っていうのがなかったとしても、いい人はいい人なんだよーっていうことだよぉ」

 ふむ。

「つまりぃ、このちんはすてきな人なのぉー!」

 ふむふむ。むぅ?

「いや、俺別に友達の多さは佳桜美に比べれば普通レベルだと思うが?」

「このちんは私を元気にしてくれる力を持ってまーす!」

 ん~、それ、で?

「とはいっても佳桜美は由緒正しき斉琳寺家の末裔まつえいなんだろ? 勝斗兄ちゃんだって大学で経済とか学んでて華実菜姉ちゃんは吹奏楽で大活躍。そんな集団の中に俺って不釣り合いじゃね?」

「え~。私を元気にしてくれる力を持ってるのって、すごいことだと思うよぉー?」

 そうなのー……か?

「佳桜美は賢いし頑張り屋だからきっと活躍するんだろうけど……俺自身はただのお荷物にならないか?」

 うぇ、なんでそこでにやっとするんだ佳桜美ちゃん。

「このちんは絶対お荷物になりません」

「えらい自信だな。なんの根拠があるってんだ」

 もっかいにやっとする佳桜美ちゃん。

「このちん。あなた何部に入ってますか?」

「部? どっかのこのちん魔がお願いお願いって誘ってくるから、唯一の男子部員として家庭部に在籍しているが?」

 一年生のときですらそれで、三年生になった今でもこれなので、結局三年間の間男子部員はただ俺一人というのがコンプリートされてしまった。

「どんなこと習いましたか?」

「そりゃー、料理とか裁縫とか掃除とか……いろんな暮らしの豆知識から合わせちゃいけない洗剤類のことだとか……花の世話も一通りできるだろうし、日曜大工もお手の物。間違いなく服の畳み方は同級生男子の中で最もうまい自信くらいはあるぞ。着物の着付けも含めて茶室にも入れるしな」

 あれ、意外と俺って役立つやつなんじゃね?

「私は優秀なので、優秀らしくお仕事をこなすでしょう! そこでこのちんと結婚! さあ~だれが優秀な私においしいお料理を作ってくれるのかなぁ~~~?」

 前に出て俺の顔をのぞき込んでくる佳桜美。

(ちくたくちくたくちくたくちくたく………………)

「げぇっ!! まさか佳桜美っ! そこまで計算して!?」

「ずっと愛してね、こーのちーんっ!」

 やっぱり今日も佳桜美は俺にこのちん襲撃をかましてきた。すごく優しくてかわいらしい新Verだったけどな。

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短編45話  数あるめちゃくちゃべたべたきゃぴるんるん 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho

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