今までくれたこのちんを

(んぐっ)

 俺が目を開けると、そこにはばっっっっっちり目を開けてこっちを見てる佳桜美。ばっちりじゃない。ばっっっっっちりである。この零距離で。

(えぇ~…………っとぉ~…………)

 離れたい。でも離れられないし離れたくない。でも離れなきゃならんでしょこの状況!

 そう強く思って、ようやくゆっくり離れることができた。

「お………………おはー?」

 とりあえずね、起きたんならね? まずはこの一言だよね?

(あ)

 直後、佳桜美の顔が布団内にもぐってしまった。なんか……じたばたしてる?

(あれ、元気じゃね?)

「じゃ、失礼しまー」

 学生カバン持ってっと

「このちん行かないでー!」

 うわっ、結構な音量でこのちんが耳を通っていったぞ。振り向けばまた顔だけ出してる佳桜美。なんだよやっぱ元気じゃん。

「なにもそんな叫ばなくっても、さ?」

「このちん~っ……!」

 あ、またもぐった。またじたばたしてる。あれは何科の生物なんだろう。やっぱツチノコ?

(正直言うと、俺もはずかしいから撤退したい気持ちも半分くらいはあるような……?)

 ほんと何やってんだろ俺。でもまぁ行くなと言われてる以上はもっかいベッドの横に戻るとするか。もっかいカバン置く。

「なんださっきの叫びは。全然か弱くないじゃないか」

 とりあえずジャブを放ってみた。あ、また顔出た。なんともまぁうにゅ~な顔をしてる佳桜美だなぁおい。

「このちん~っ、だ、だめだよぉ……」

 あー、うん、いいかだめだったら俺もだめだった気がする。そして俺ってやつもだめな気がする。

「そんな、あんな、あんなのぉ……」

「失礼しまー」

「行っちゃだめー!」

 きぃーん。はいはい学生カバン置きますってば。

「全然か弱くないじゃないかループ」

「お願いこのちん、もう離れないで。お願いだよぉ……」

 いやいや泣きそうになってんじゃねーかっ。

「しゃーねーなぁー」

 というセリフは出しつつもほんのちょっと申し訳なさを償うため、カーペットにひざついて右手を布団の中に入れる。すぐさまちっちゃいおててがふたつやってきて捕獲された。

「うおちょっ」

 そして捕獲されたまま佳桜美の左ほっぺたにあてがわれた。やわらかいのでふにふにしたれ。なんだやっぱ元気じゃん、その笑顔。

「こーのちーん」

「めちゃ元気じゃねーか」

「元気まんまんー」

 はぁ。なんであんなこと言ったりこんなことやっちゃったりしたんだろうか。

「飲め」

「やだっ」

 うわ拒否られた。

「飲め」

「やーだっ。もうちょっと触ってたい。今すっごくうれしすぎて……」

 はぁ~。なんで俺なんだろう。おかげで俺の胸も結構な心拍数に上昇してんじゃんか。

「やーん、このちんとー、んふ~」

(佳桜美にとって特効薬だかなんだか知らんが、俺にとっては劇薬だったじゃねーかっ)

 自分の行動を振り返ると……あぁ……。

「うれしいうれしいっ、あぁ~っ、このちんが~、んふ~」

「だーもうっ! そんなに元気なら今日学校来いよぉー!」

「今日ほど学校休んでうれしかった日はなかったよぉ~」

 あーあめっちゃくちゃ笑顔なっちゃったー。そして先生がちょっとかわいそうに思えるセリフである。

「このちん。ずっと私と一緒にいてねーっ」

 くっ。満開笑顔でそんなセリフを言われて心揺らがぬ漢がおるとは考えにくいが……だが! 散々んふんふしてきたその佳桜美に反撃をくらわせてやる!

「いや、残念だが佳桜美とはずっと一緒にいることはできない!」

「え!!」

 うーんいいねぇその絶望に満ちたがーんな顔! 喜怒哀楽の激しい佳桜美ならではの造形美よクックック。

「体育の授業では離れるしー、家も違うから離れるしー? あー佳桜美は来年から一人暮らしするんならもっと離れることになりますねー」

「そ、そういうことじゃないよ! ずっとそばにいてってこと! このちんと一緒じゃなきゃやだぁっ」

「あーまことに残念だなぁはっはっはー。ずっと一緒にいられないんだなあこれがうぁっはっはっはー」

「違うよぉ、違うのにぃ……はっ。もしかして……す、すす、好きな女の子……いる、の……?」

 またちょっとうるうる目になってやがるぜこの小娘クッヘッヘ。

(……ん? 俺ん家でのあれがあったのに今そういうこと聞いてくるのか? てことは俺のあのセリフは記憶に……)

 ……フハハハ。天運は我に有り!!

「ほう? たったこれだけの情報でよくそのことに気づいたな! いやぁーさすがは斉琳寺家! 名推理ですなぁくぁっはっはっは!」

 い、今までに見たことのないその世界の真理を目の当たりにしてしまったかのような顔! いやぁ愉快愉快!

「……ほん、と……?」

「本当さ! ああ本当さ!」

「そんな…………い、言ってよ……そんな…………」

 あ、手の動き止まった。と思ったら、ふ、震えてる?

「佳桜美には言えるわけがないだろう! 能ある鷹は爪を隠す! 戦術の基本よ!」

 視線も落ちた。

「…………そ、そうだよね。このちんだって、お、男の子だもん。女の子を好きになることくらい、あるよね……」

 あの、そのー、そんな悲しすぎる声のトーンはドラマでもアニメでも映画でも聞いたことないんですけど。

「当然だろう! 中学三年生真柴弧雪! 女子を好きになって当然だな! あー夏休みが楽しみだなーいっぱい遊ぶぞー好きな女子とー!」

 ちょっとほっぺたふにふに。特に反応はない。

「……さみしい……くやしい……なんで、なんで私…………う、ううんっ。えっと、このちんの……あの……こ、こっ、弧雪くんの恋愛、私、応援するねっ」

 うわ。一体何年ぶりの弧雪くん呼びだよっ。どこかれかかかれこのちん連発だったというのに。

「ほほう? 応援とは、具体的にどう応援するというのかね?」

 にしてもこれやわらけ。ずっと触ってられるわ。

「えっ、っと…………ま、待ち合わせを決めてあげるとか、ら、ラブレター渡してあげる、とか……好きな食べ物聞いてあげる、とか……趣味、とか…………」

 こっち向いた。ぎりぎり泣いてないっぽい。

「ほうほう。でも残念だなぁ、そのどれも余裕で直接やり取りできるし、そもそも情報はすでにたくさん持ってるから、佳桜美の出番はなさそうだなぁ~」

 佳桜美の手も落ちた。

「……そっか……うん……」

 この流れでほほえむなよー。そんな視線落としたままさー。

(クックック。そろそろ仕上げに入るか……)

「実はさー。今日はその好きな女子と学校で全然しゃべられなくってさー。いやーまいったねー、いつもよくしゃべってんのに今日は全然!」

 佳桜美は黙って聞いていた。

「でもさ、俺はしゃべりたいわけよ! 今日無性にしゃべりたかったから、思わず家に行ったわけでさー。そしたら家では結構しゃべれてさ、あーなんだ俺は何をごちゃごちゃ思ってたんだーあははのはーなんてなー!」

 さらに攻撃を重ねるぞ!

「しっかししゃべる前にはそいつ自分のベッドで寝てたわけよ! あーもうそりゃ寝顔がかわいいったらなんの!」

 ここでふにふに。やわらけ。

「だから思わずさ! ほら、さ! マンガとかドラマとかであるあれ、ついやっちゃってさー! いや~初めてだったがあんなにやわらけーとはなー!」

 お? ちょっとぴくってなった?

「そしたらよぉ、ばちーっ! ってそいつ目覚めやがって、あーもうはずかしーったらありゃしねぇ! 思わず帰りたくなったのに行かないでーとかやたら叫ぶもんだからたまったもんじゃねぇな!」

 お、ぷるぷる震えだした? ちょこっとずつ視線が回復してきた。

「一体いつから好きだったんだろうなー。完全にそいつのペースに乗せられた気がしないでもないが、でも俺としても別にそいつと一緒にいてて楽しいことには変わりないわけだし? 提案は甘んじて受けてやってるわけよ!」

「……この、ちん……?」

 手も復活してきた。

「行きたい学校があるって? はんっ、俺も一緒に行けばいいだけ。一人暮らししたいって? そーんなの俺も近所に一人暮らしすりゃいいだけ。合格できるかだって? 残念、優秀な女子と図書館デートが待ってますんで!」

「こっ……このちん……!」

 まだ震えてるけど、俺をじっと見ている佳桜美。

「たとえ学校休んで一緒に授業受けられない時間があっても、ずっと好きだぞ、佳桜美」

 とうとう佳桜美が泣いちゃったので、俺はさっきの予行演習どおり、もう一度佳桜美と唇を重ねた。

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