睡眠が不足していなくても睡眠代行する?

ちびまるフォイ

多くの人がリピーター

「日本人は世界でも睡眠時間が短いというのはご存知ですか?」


「ええ、まあ聞いたことはあります」


「そこで我が社では、そんな忙しいビジネスマンの代わりに

 睡眠を代行しているというサービスです!」


「えっと、このカチューシャみたいなのをつけて寝ればいいんですよね」


「そうです。簡単でしょう?

 あなたはどこかにいる誰かの睡眠負債を返済する。

 つまりは寝ているだけで、バイト代がもらえるというわけです!」


『まあすごい!』などと深夜の通販番組みたいな相槌を打ちそうになったが

現代の情報戦に汚された私は両手をあげて喜べなかった。


「あの……本当に大丈夫なんですよね? 寝ている間に私の脳爆発したりしませんか」


「あなたはめちゃくちゃ寝まくった休日に頭が爆発したことあるんですか」

「頭痛ならあります」


「安心してください。うちは利用した人の多くがリピーターになっています」


「それなら……」


睡眠代行バイトのカチューシャをレンタルして家で装着。

布団に入ると、カチューシャを介して誰かの眠気が転送されてきた。


「ふぁ……本当に眠くなってきちゃった……」


ピピピピ、とタイマーの電子音で目が覚めた。

あまり眠りは深くない方なのに設定した時間まで一度も目を覚まさなかった。


スマホには通知が届いていた。


『睡眠代行 5時間 で 5000円 が納入されました!』


自分の口座を確かめてみると本当にお金が入っていた。


「すごい。本当に寝ているだけでお金もらえちゃった」


なんだか悪いことしているような気もしたが、

よくよく考えてみればこれも睡眠時間を確保できない誰かのための慈善事業と考えた。


それからは休日はもちろん、ちょっとした空き時間にも眠るようになった。

タイマー設定ができるので寝過ごす心配もない。


大学の空き時間。

電車での通学時間。

などなど。


数分単位でも時間を積み重ねればちゃんと睡眠代行の報酬がもらえる。


「このバイト最高!」


私は友達から「眠り姫」とあだ名が付けられるほど眠りまくった。

変化が出たのはしばらくしてからだった。


「……あれ?」


カチューシャをつけて布団に入ったが眠れない。

眠気は絶えず送られているのにまるで眠くならない。


なにか病気なんじゃないかと心配になり診断を受けると医者は呆れていた。


「あなたね、寝過ぎですよ」

「えっ」


「どんなに大食いの人でも限界はあるように、

 あなたは寝すぎてもう眠れない臨界状態になったんですよ」


「そうですか……。それで、先生。お願いがあります」


「わかっていますよ。治療ですね、時間はかかりますが頑張りましょう」


「いいえ。睡眠薬をください」


「まだ寝る気かアンタ!?」


診断した医者とは別の人に不眠症だと嘘をつき睡眠薬を確保。

お金はかかったがコレで眠ることができればプラスマイナスでプラス。


「よーーし、これでガンガン眠れるぞーー!!」


睡眠薬の力は偉大で、どんなに目が冴えていようが

どんなに周りがうるさかろうが眠ることができた。


睡眠薬代はかさんだものの眠るためには必要な出費。

飲んでは寝て、飲んでは寝て、を繰り返して日本中の睡眠不足の解消につとめた。


ある日のこと、いつものように布団と睡眠薬を準備したときに

体がすでに眠りのモードに入っていることが感覚でわかった。


「あれ? これ落ちれる……?」


布団に入るや薬を使わずに眠ることができた。

私は最初こそ薬の力で眠っていたが、

回数を重ねるごとに自力で強引に眠ることができるようになっていた。


どんなに目が冴えていてもコーヒーの風呂に入っていても

あらゆる状況であっという間に眠れる特殊な体が完成した。


「もうこれで睡眠薬に頼る必要もなく、いつでも眠れる! やったーー!!」


私はすっかり睡眠に調教された体を喜んだ。

眠りすぎると食事の時間が取れなくなるためサプリメントを飲もうとした。


が、今度は体が反応して飲む前に眠ってしまう。


目が覚めたのは日が落ちてから。

テーブルには飲めなかったサプリメントと水がそのままになっている。


私は嫌な予感がした。

もう一度、薬を飲もうとすると、ふたたび体は眠りに落ちてしまう。


次に目が覚めたのは翌日の早朝だった。


「なにこれ……!? 私、もしかしてなにか飲もうとすると、自動で眠っちゃうんじゃ……」


いつでも眠れるように体を扱えるようになったのではなく、

いつでも眠ってしまうように体が作り変えられてしまっていた。

主導権は私の意思ではなく、睡魔が握っていたことに気づく。


水を飲もうとすれば眠ってしまう。

そして、眠り続けることになれた体は寝ているときが正常になり

元気な寝たきりというわけのわからない状態になってしまった。


「どうしよう……私このままろくに人生を謳歌しないまま

 ただ老いていくだけなの!? そんなの、そんなの絶対イヤーー!!」


お金はあるのに眠り続けてしまうせいで何もできやしない。

追い詰められた私に残された道はただひとつだった。


「もう、これしか……、これでしかこの先生きていけない……!」


こうして私は多大な出費を垂れ流しながらも、

なんとか自分の人生を起きて過ごせるようになった。


今、こうして思うのは、ちゃんと最初の説明をよく聞いておくべきだったということ。

たしかに睡眠代行バイトの人は言っていた。



"利用した人の多くがリピーターになっています"



と。

私はもう誰かに代行してもらわなければ、まっとうな人生を送れないだろう。

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