2000校のうちの1校

あがつま ゆい

2000校のうちの1校

「ストライク! バッターアウト! 試合終了ゲームセット!」


 4点を追う9回表の俺たちの攻撃の番……2アウト2ストライクを背負い打席に立っていた仲間はバットをフルスイングするが空振りに終わり2020年の俺たちの夏、高校野球は地区予選1回戦で早々に終わった。


 コロナウイルス騒ぎも夏になるまでに鎮静化し、無事に地区予選が始まって……わが校は1回戦で終わった。夏の高校野球に参加する学校は4000校以上にもなるらしい。俺たちの学校は地区予選1回戦で早々に敗退した2000校の中の1校だ。




 俺は何とかヒットと2塁打を1本ずつ打ったが打線がつながらず得点には至らなかった。1年生でこれだけ打てたのは俺だけだ。

 1年生で試合に出れるというのは優秀というわけではない。そもそもの部員が少なすぎて1年生も出さないと数合わせが出来ないからだ。


 我が校の野球部は数が足りなければ質も圧倒的に足りない。ピッチャーは野球への情熱はあるが、平均して30球に1球は暴投する運動オンチ(これでも良くなっていて昔は10球に1球暴投していたとのこと)。

 他には野球部はモテてスクールカーストの上位にいれるから。という不純な動機で入部した(そして実際モテている)サードの2年生を始めとして、ろくな人材が無い。


 特にモテるから入部したという先輩は、練習も雑でいい加減で1番先に練習を終えて家に帰る(おそらく寄り道してるだろう)というありさま。そんな「ろくでもない」先輩方に出てもらわないと人数不足で試合が出来ないというのがわが校の野球部だ。



 野球部自体がこんな「ふがいない」のであればスタンドを埋めるために応援に駆り出される一般の生徒も迷惑だろう。どうせ負けるのになぜわざわざ応援しなくてはいけないのか? せっかくの夏休みなのに何でクソ暑い中好きでもない野球の試合の応援に付き合わされなければならないのか?


 彼らとしてはたまった物ではないだろう。心なしか球場側に届く応援の声も相手校と比べたら小さく、心がこもってないような気もするのはおそらく気のせいではないだろう。




「ただいま」


 試合を終えて俺は帰宅する。


「……」


 家は静まり返っていて、特に父親は「お通夜つや」のような顔をしている。俺の試合の事を知っているのだろう。


「一応俺は活躍したからな。ヒットと二塁打を打ったからな」

「……」


 父親のその顔にはやりきれない気持ちが明らかであった。


 父は元プロ野球選手で現役時代は噂だがなかなかの年俸をもらっていた実力者で、加齢と過酷なトレーニングおよび実戦による酷使でヒザ関節を故障して引退し、現在はスポーツ用品店のアドバイザーとして働いている。


 母親は父親が所属していた球団の熱心なファンで、野球がきっかけでプロ野球選手と結婚するという野球ファンとしては最高の人生を歩んでいる専業主婦。


 兄は地元を離れて野球の強豪校に入学し、甲子園の土を踏んで大活躍して3年生の時に父親が所属していた球団にドラフト2位で入団し、今年の春からプロ野球選手として活躍している。


 ……という、野球を取ったら何も残らないとさえいえる生粋の野球一家が我が家である。




「高校受験で失敗しなかったら……」

「あなた、それは言わないって約束したでしょ?」


 そんな生粋の野球一家であったため俺はバットやグローブは幼いころから触れていて、小学生のころから少年野球団に所属して練習や試合はしていたが、俺には才能が無かった。


 優しく、そして精確せいかくに言えば「普通の子供よりは才能があったが、甲子園に出場できるほどではなかった」という中途半端ぶりで、親のメンツのためにと一応は寮生活が出来る野球の強豪校への受験を数校試してはみたものの、あえなく全滅。


 結局、滑り止めに受験していた野球においては弱小中の弱小校である地元の高校へと進学することになった。親からはもちろんの事、世間様から優秀……少なくともプロ野球選手になれるほどの才能を持っていた父親や兄と比べられたのは言うまでもない。


「オヤジ、またそんな話かよ? 俺はオヤジやアニキみたいな才能は無いんだよ。いい年こいた大人が無い物ねだりなんてみっともないったらありゃしない。オヤジにはアニキがいるから十分だろ?」

「カズマ……!!」

「あなた、カズマ。もう止めにしましょう。晩御飯用意するから待ってて」


 慌てて母さんが割って入る。家族関係は俺の高校受験で大失敗して以降ギスギスしていて「もし高校受験が上手くいっていたら……」とオヤジは事あるごとに口癖のように言っている。


 自分と同じプロ野球選手の階段を上る人間でなければ息子として認めてくれないんだな。オヤジにとって俺は「カズマ」ではなく「プロ野球選手の息子」でしかないんだな。という事実に深く傷ついたこともあった。


 確かタレントの長嶋一茂ながしまかずしげがTVで「幼いころ、世間様は自分の事を『長嶋一茂』ではなく『長嶋茂雄ながしましげおの息子』としか見てくれなかったのが怖かった。みんな本当は父親の事が好きで自分の事などどうでもよかった」と語っていたのが印象に残ってる。


 その気持ち、良く分かる。引退したとはいえプロ野球の第一線で活躍していた選手の息子たるもの、あるいはプロ野球選手として第一線で活躍する18歳の弟たるもの、野球の才能があって当然。というプレッシャーはプロ選手の息子や弟として産まれてこなければわからない。




 なぜ自分には才能がないとそこまで言い切れるかって? それは簡単で、アニキの存在があるからだ。


 アニキは野球に関しては「1を聞いて10を知る」を実践でき、少年野球団にとどまるような器ではなくオヤジのコネで知り合った元プロ野球選手による指導を受けてメキメキと才能を発揮しとんとん拍子で野球の強豪校に入学、そして甲子園で活躍して18歳でプロ野球選手になった。


 そんなアニキを見て、俺では絶対勝てないと才能の差を誰よりも強く実感した。


「努力すれば才能を超えられる」と周りの人間は言うがそんなの嘘だ。才能のあるなしというのは確実にあるし、努力の差では絶対に埋まらない溝というのはある。第一「努力しろ」と言ってるお前自身が天才に打ちのめされているではないか。




 そんなわけで最初こそ両親の思いに応えようとはしていたが、自分にはその才能がなかった。オヤジのコネで元プロ野球選手によるコーチも無駄に終わってしまった。


 こんなことを特に父親に言うと何言われるか分からないが正直な話、早いうちから才能がないことに気づけて良かったと思う。もちろん無いよりはあったほうが良いに決まってるが、もし才能がないことに気づけずに自分を過信して強豪校に入学「してしまった」なら、周りのレベルの高さに絶望する青春を送る羽目になっただろう。


 18歳になって高校を卒業したら、大学に入るにせよ就職するにせよ家を出よう。それが野球からの呪いに勝つ唯一の方法だ。オヤジは子離れが出来てないだろうけどいい気付け薬になるだろう。


 とりあえず野球は続けるが、高校を卒業したら引退するつもりだ。あと3年間、我慢しよう。その先からは本当の人生が待っている。そう思うと今ではどちらかと言えば嫌いな野球の練習にも耐えられる。


 夕方になってもセミの鳴き声がやまない中、とりあえずは夕食にすることにした。

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