ホッとできる夏

あがつま ゆい

ホッとできる夏

 2020年7月20日……今日は終業式。私、サツキが中学生になって初めての1学期が終わった。正直、ホッとしてる。「ホッとしてる」と書くと奇妙かもしれない。でも心境を素直に明かせば、そうだ。




 中学生になって1週間もたたないうちに、これからクラス替えの行われる2年生までの1年間のクラスメートの力関係は明白になった。いわゆる「スクールカースト」というやつだ。


 私はそれで言う「フローターふしぎちゃん」と呼ばれる人種でスクールカーストの外、アウトカーストにいてみんなから無視される存在である。いるのもいないのも一緒な感じで教室にはあまりおらず、図書室にいる時間が長い子のことだ。クラス内の力関係はある程度は把握しているものの、基本的に蚊帳かやの外なので関係は希薄だ。


 小学生のころから「本の虫」だった私からすれば誰も気にせずに本を読める環境というのはありがたいが、スクールカースト下位の子たち、特に小学生の頃からの友達がスクールカースト上位の人間に目を付けられないかは気にしていた。




 私のクラスや他のクラスでいじめの被害者ターゲットになった人がいたら、出来る限り慰める事はしている。図書室に行けばとりあえず逃げることはできる。私は休み時間は大抵図書室にいるから話相手になれる。そう教えて自殺を踏みとどませる防波堤の役目を担っているつもりだ。


 特に10歳の時に幼い頃から親しかった伯父おじさんを自殺で亡くしている自死遺族の身としては、自殺というのはこんなにもショックなことなのか! という衝撃は、今でも脳裏に鮮明に焼きついている。あんな悲惨な体験をするのは私だけで十分だし、私の周りで自殺する人は伯父さんだけで十分だ。これ以上はいらない。


 伯父おじさんが自殺した直後の、家族総出で「なぜ救えなかった!?」と悩み続けた末に神経が焼き切れておかしくなりそうになる日々。苦痛に満ちた伯父おじさんの最期の顔がいまだに忘れられずにトラウマとして残っている日々。こんなのは私の周りの人には誰にも味わってほしくない。




 私の父親の兄である伯父おじさんは結局結婚せずに人生を終えたが、よく笑う人だった。私の前でも、彼の弟である私の父親の前でも難しい顔をしたことは少なくとも私の記憶の中では1度も無い。


 そんな人が自殺なんていう陰鬱いんうつの極みである最期を遂げたのは今でも信じられないし、普段の彼からは想像もできないような苦悶くもんに満ちた表情をしながら息絶えたことも、目をつぶれば今でも鮮明に蘇ってしまう。


 葬式に出た親戚や彼の友人知人からは色々なうわさが流れていた。やれ「事業に失敗した」だの「ギャンブルにのめり込んでいた」だの「職場でのけ者にされていた」だのと聞こえてきたが、どれが真実なのかは今でもわからない。そういえば私は結局伯父さんが普段どんな仕事をしていたのかさえ結局わからずじまいだった。




 そんな過去があるので、私はこれ以上悲劇が産まれないように見えないところで裏から色々と動いている。それが奇妙な動きに見えるらしくて「フローターふしぎちゃん」として扱われているみたい。周りの意見なんてどうでもいいことだ。大切な人がある日突然この世から消えてしまう、という体験なんて誰にも味わってほしくない。


 幸い、今のところ私の知る限りにおいては1年生の中では死にたそうにしている人はおらず、今のところは自殺するような動きはない。「迫害」がそれほど激しくないのか、私のサポートが効いているのか、は分からないがとりあえず平穏だと言っていいだろう。


「サ、サツキちゃん」


 学校を出るため上履きを靴に履き替えていたところ、引っ込み思案気味の声を掛けられる。メイだ。


 黒くてツヤのある長い髪が特徴で、日をあまり浴びないのか肌は白く、食が細いのか身体が細めで「やせている」というよりは「やつれてる」といった感じで、全体的に地味でじめっとした雰囲気をまとっており、いかにもマンガに出てきそうな「陰キャ」の特徴を全て兼ね備えているようなクラスメートだ。

 私とは図書室仲間で仲が良くそれと同時に彼女が自殺してしまわないか、今のところ一番の懸念材料でもあった。


「一緒に、帰ろうか」

「うん分かった、一緒に行こう」


 私は二つ返事で一緒に帰ることにした。




「ハァ……」


 メイはスマホを見ながら重たいため息を吐く。


「? どうしたの?」

「……うらやましいなぁ。みんな楽しそう」


 メイのスマホを見せてもらうとSNSに夕日を背景にしてとあるマンガの真似をして突き上げた腕に×印をつけているところを撮っていたり、海岸でみんな一斉にジャンプしてキレイに宙に浮いているところを撮影した画像が載っていた。

 その写真でみんなお互いにイイネを送り合って、盛り上がっていた。もちろんその場には私やメイはいない。


「無理してみんなに溶け込もうとしなくていいのよ。メイには私がついてるから」

「……うん」


 カースト上位の人たちは、友情は素晴らしい、仲間は素晴らしい、絆は素晴らしい、などと言っている……嘘ばっかりのきれい事をよく吐けるな。親や先生に向かってそういえば「いい子のフリ」が出来て得だからやってるだけだ。彼らは親や先生を「飼いならしている」のであって、端的に言えば先生も親も彼らの「ペット」だ。


 友情も仲間も絆もいじめの被害者ターゲットというクラス共通の「悪」があるからそいつを倒すために一致団結しよう。となっているに過ぎない。いかにも大人受けする画像を上げていいねしあって、それが一体何になる?


 私からすればとんだ茶番だし私は別にどうでもいいとは思っているがいつ火山が噴火するか、いつ「正義」の矛先が自分に向かってくるか分からない。というのは私の周りにいる人からしたら恐怖だろう。

 今のところは無視で済んでいるがいついじめの被害者ターゲットに転落しやり玉にあげられないか、という恐怖におびえながら暮らす学園生活というのはなかなか精神に来るだろう。


 実際私はクラス内外のいじめの被害者ターゲットをかくまっているので、いつスクールカースト上位の人たちが牙を向くかわからない状況にはなっているだろう。私はその際の最悪になった時の覚悟はできているが、クラスメートの中には出来ない人もいるだろう。そんな人の学園生活というのは私以上に精神衛生上来るものがあるだろう。




 涼むためにコンビニに寄った後話を続ける。


「メイちゃんはいいよねぇ、髪キレイで。私なんてこんなくせ毛の茶髪だよ?ストレートヘアーって憧れるし」

「そ、そう?」

「そうよ。うらやましいなって。私なんてやろうと思ったらストレートパーマでもかけなきゃいけないだろうし」

「そ、そうなんだ。でもサツキちゃんがストレートパーマになったら、ちょっと嫌かな。サツキちゃんで無くなっちゃう気がして」


 私は特に何も買わなかったが、メイはポテチを買ってコンビニを出た。早速袋を開けて中身を食べ始める。


「サツキちゃんもポテチも私の事は裏切らないなぁ」


 彼女は食が細いがお菓子は別腹らしく、パリパリと音を立てて食べていく。


「サツキちゃんも食べる?」

「え? うん。じゃあもらおうかしら」


 メイからおすそ分けをもらって私もパリパリと音を立てて食べていく。


 いじめという迫害を受けている身からすれば、学校というのは「戦場」だ。いつ弾が飛んでくるか、あるいは撃たれるかがわからない常に緊張状態な場所だ。親も先生もスクールカースト上位の子たちを「模範的な生徒(あるいは子供)だ」と気に入っているので彼らの味方。自浄能力は無いだろう。


 夏休みはそんな「戦場」である学園生活が一時的ではあるものの「休戦」してくれる。私やメイのようなスクールカースト下位やアウトカーストの人間にとってはとてもありがたく、嬉しいものなのだ。



 翌朝……



「サツキちゃん」

「メイ! 今日は原宿行くんだったよね。行きましょ!」


 朝から準備していた私もバッチリだ。メイと一緒に今日は1日原宿に出かけることにした。

 季節は夏。半袖でも暑いくらいのまぶしい日差しがセミの鳴き声と共にやってきた。40日近い学校とは縁遠い日々を精一杯楽しもうと思う。友人と一緒に。

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