2時限目の雨

 2時限目の雨は好きだ。それも、登校するときには降っていない雨。朝にはあんなに晴れ渡っていた空が徐々に曇って、しまいには真っ暗になって、教室の音を打ち消すほどの雨音が響いてる。窓の外を眺めると雨と風で木の葉が揺れていて、なんとなく教室の温度も下がった気になる。先生が黒板の上に連ねる数式も曇りガラスが張られたようにぼやけてしまって、頭に入らない。何よりうれしいことは教室のみんなが外に気を取られてしまって、自分の存在がなくなったように感じられること。先生も、友達も、後ろの席のやつだって、私を見ていない。この教室に、なんだか一人のような気がする。そもそも学校の教室というものは40人を収容するには狭すぎるのだ。互いが互いに関係しあい、教室のすみにいても反対のすみで何をやっているかわかってしまう箱庭。あまりにも近すぎる人間と人間の間隔。そこからこの瞬間だけ少し解放されているのだった。

 かちり、かちりと秒針の音を想像しながら2時限目がいつまでなのかを確認し、あと15分でこの時間もいったん途切れてしまうことを思うと少し嫌気がさした。ふと教室を見渡してみると、自分と同じ考えをしているような人はいないように見える。いっつも数学がわからないと言っている子も、やんちゃで授業なんか聞いてなさそうな子も、案外真面目に机に向かっているようだ。黒板の内容の半分以上をまだノートに書いていないことに気づき、書き進めているうちにチャイムが鳴ってしまった。


「キリツ、キヲツケ、レイ」

「アリガトウゴザイマシタ」


教室は騒がしくなる。さっきまでの雨の音はもはや聞こえない。数学のノートを片付けて、古典の教科書とノートを取り出す。

「マアヤちゃんさっきの授業分かった?もう全然わからなかったんだけど~」

「いいよ。どの問題?」

真面目な顔で悩んでいた彼女は今回は負けてしまったようだ。

「おー、また始まったよ。アキノの講義。まったく、自分でできるようになれよな~」

「できないんだからしょうがないじゃん……でも真綾ちゃんの教え方すっごくわかりやすいから、すぐできるようになるよ!」

ほら、本人にもやる気があるのだ。そう、今だけなんだ。教えるのは。

私だってとてもじゃないが得意ではないけれど。


 今回も、わかってもらえたみたい。うれしそうな顔で礼を言った彼女の次の話題は、今はやりのアーティストについてだった。 

「そのバンドいいよな~。聞いてると元気でるっつうかさ。家の風呂なんかで大声で歌うとめっちゃ気持ちいいんだよ。ほんとほんと!やってみろよ!」

「え~、恥ずかしいよ~。ご近所さんからうわさにされたらどうするの~?そうだ!今度みんなでカラオケいかない??ほら!真綾ちゃんも一緒に行こ!」

「お!いいじゃん!アキノの歌声まだ聞いたことない!日曜日とかどう?アキノも空いてる?」



「えーっと、どうだっけ……空いてたかな~」

答える前に、チャイムがなった。

「ま、考えといてくれよな!」

「またLINEしてね!マアヤちゃん!」

二人は席に戻った。

 どうして行こうって言えなかったんだろう。別に日曜日に予定などない。二人ともいい人で、私が名前を覚えてもらっているのもびっくりするぐらいだ。ただ、なんだか口が思ったように動かなくて、うまくしゃべれなくて、自分じゃない人がしゃべっている気になる。

 ノリが悪いって思われたりしてないだろうか。教えるときに高圧的な態度になってなかっただろうか。二人のほうを見ても新たな黒板に真面目に向かっている顔しか見えない。

 雨の音が、二人との距離を遠ざけている気がする。二人が椅子を引く音も、シャーペンを動かす音も、聞こえない。

 3時限目の雨は、嫌いだ。








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短編 十巴 @nanahusa

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