空はまだ見てない

 近くのコンビニがつぶれたのは2か月ほど前のことで、15年はずっと利用していた建物が跡形もなくなってしまった。昔はあそこでよくジャンプを買っていたなと思い出す。コンビニというのは行こうとすると案外用事がないもので、なくなるのはそのずいぶん前から知っていたのだが、もう一度寄る前に閉店の時は来ていて、チェーンで囲まれた駐車場にはもう入れない。それを感慨深く思っていたのも数日のこと。かわいかった店員さんはどんな人だったっけ。

 

 夕方5時、夏の空はまだ明るい。涼しい風を切りながら自転車で走る。赤信号につかまって空を見た。……明るい。必要以上に明るい。空が目の前に大きく広がっていて、水色の絵の具の中で浮いているような気分になる。いつもはこんなことは思わなかった。今までになかったことに戸惑いを覚えて冷静に考えてみると、コンビニの駐車場横、植え込みにあった大きな木がすっぱりと切られてなくなっていた。切り株の太さは70センチほどに見え、生えていた時なら威圧感は確かにあっただろう。だが、正直木の形も覚えてなかったし、まずそこに木があったことなど今まで意識したことはなかったのだ。自分の視界という額縁の中に木と空と、両方がある風景を想像できない。今はただ、この空が大きいということしか理解できない。勝手なもんだな。多分あのコンビニができる前からあったようなあんなでかい木がコンビニがつぶれたついでに切られるなんて。店も木も、世の中なんてものはすべてうつろいゆくものってのはよく聞く話で、たいていそれは平氏の没落だとか、なんだか壮大なものを例に出されて、わかったような気になっているけど、たいそうな話じゃあなく実際にここにある。誰かが、何かがいなくなるのに難しい手続きなんてのは必要なくて、なんとなくだけが支配しているんだ。今見ている溶けだしそうなほど青い空はだれかからのプレゼントじゃなくて、ただの偶然。

 そんなことを考えていたら周りの人は歩き出していて、自分もそれにならってペダルに足をつける。前を向くといつもの道で、ほんの数メートル進んだだけで空は明るくなくなった。











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