第17話 信者募集中

 聖杯を魔力で満たしたアユーシャさんはすっかり疲労してしまった。

扱いの難しい最上級の神器だから、精魂尽き果ててしまったのだろう。

レミリアとセラナに助けられながら天幕へ戻っていく姿は見ていて痛々しいほどだった。


「アユーシャさん、辛そうでしたね」


 実体化したままのアンゼラも心配そうに見送っている。


「今はゆっくりと休んでもらうことしかできないな。俺たちも少し休もう」


 俺は四神武装甲しじんぶそうこうを解除すると壁に寄りかかって座った。

戦闘神に昇格してから初めて、体が重く感じるほどの疲れがでている。

速攻でブリモアを撃破したとはいえ、白虎奥義びゃっこおうぎ虎嵐旋風連撃こらんせんぷうれんげきを使ったのだ。

疲弊していないわけがなかった。


「そういえばさっきの棒はどこにいったのですか?」

「棒?」

闇の勢力アンラの神をやっつけたときに出てきた棒ですよ」

「ああ、降魔聖戦棍こうませいせんこんか。あれなら時空の狭間に置いてある」

「牛頭王様がそんな器用なことを!?」


 こいつ、俺のことを微妙にディスっているな。


「俺の力じゃない。あの武器の特性みたいなものだよ」


 降魔聖戦棍は時空の狭間に置いておけて、いつでも取り出し可能だ。

腰や背中に装備しなくて済むので、邪魔にならなくてありがたい武器だった。


 俺とアンゼラが喋っていると、兵士の一人が俺たちのところへやって来た。

黒装束に身を固めた姿はエルマダ王国特殊部隊の忍者だ。


「牛頭王様、お食事をお持ちしました」

「その声はカスミだな」

「覚えていてくださいましたか」


 カスミはパンの塊とシチューの入った椀を持っている。


「いいなぁ~、牛頭王様いいなぁ~」


 すぐにアンゼラが文句を言い出す。


「天使もご飯を食べるのですか!?」


 カスミが驚くのも無理はない。

普通の天使は食事などしないものだ。

人間の前ではなおさらである。


「この天女は特別でね。もう一つ貰えるかな?」

「すぐに」


 カスミはもう一人前の食事を運んできてくれた。


「すまなかったな。文句を言われたりはしなかったか?」

「牛頭王様に受けた恩義を考えれば、文句を言える者などおりませんよ」


 カスミはそう言ってくれたけど、彼女以外の兵士は遠巻きに俺たちを観察しているだけだ。

やっぱり完全には信用されていないのだろう。

それとも俺の姿を見て恐れているのかな?


「いっただっきま~す!」


 俺の考えなど気にも留めずに、アンゼラは元気よくシチューを食べ始めた。

アンゼラを見ているとクヨクヨ悩むのが馬鹿らしくなってくる。


「俺も食べるとするかな」


 うっすらと緑色をしたシチューは青唐辛子が使われているようでかなり辛かった。

味は地球で食べたグリーンカレーに似ている。


「この風味がたまりませんなぁ」


 天真爛漫の食欲天女に俺も苦笑するしかなかった。



 次の日にはアユーシャさんの体力も回復したので、王国軍は迷宮を脱出せんと頑張っている。

加護を与えると決めたからには、俺だって死傷者を出したくない。

みんなを安全に地上へ戻すため、最前列で降魔聖戦棍をふるった。

そのおかげか進撃スピードは通常の倍以上になっているそうだ。

しかも幽体になったアンゼラが偵察に出てくれるおかげで、魔物の奇襲も最小限に抑えられている。

最初はこわごわと接していた兵士たちも、俺がみんなのために戦う姿を見てだいぶ打ち解けてきたようだ。


「牛頭王様、通路を左に曲がれば七階に通じる階段があります」

「牛頭王様、そろそろ休憩をされてはいかがですか?」

「牛頭王様、補助魔法をおかけしましょうか?」

「牛頭王様、おねしょが治りません」


 久しぶりに交わす人との会話が嬉しくて、獅子奮迅ししふんじんの働きをした。

たまに戦闘神とは何の関係もない相談を受けて困ったけど、全体的に楽しい逆迷宮踏破だった。

おねしょとかは専門外だから、医の神であるクレーピオスさんとかに相談してほしい。

それはともかく、ここにいるのは兵士ばかりだから俺との相性もいいということなのだろう。

この調子で頑張れば、エルマダ王国における俺の地位は確固たるものになるかもしれない。

信仰の対象になれば俺の神格はさらに上がるのだ。


 こうして俺たちは迷宮ゲートのすぐ手前まで戻ることができた。

ここまでくれば強力な魔物はいないから、もう大丈夫だろう。

アユーシャさんもわざわざやってきて、俺の働きをねぎらってくれた。


「ミノルさん、おかげで死者も出さず、最速で戻ってくることができました」

「これくらい、戦闘神にとってはどうということもないですよ」


 まだ少し青い顔をしていたけど、アユーシャさんは元気そうになってきている。

失われた魔力も回復してきているのだろう。


「でもさあ、このままだとまずいよね」


 セラナが心配そうに口を開いた。


「どういうことですか?」

「だって、ミノルっちがこのまま地上に出たらえらい騒ぎになるんじゃない?」


 その心配は当然だろう。

王国軍の兵士たちは俺に慣れたとはいえ、地上をミノタウロスが歩いていたらちびっこが泣いてしまうかもしれない。

若いお母さんに陰口なんて叩かれたら俺のメンタルはズタボロになってしまう。

自作した牛のヘルメットをつけておくという手もあるけど、白虎との接続が悪く、首を回すと引っかかってしまうのだ。

事情を話すとアユーシャさんが良い提案をしてくれた。


「初めてお会いしたときのように豆粒ほどの大きさになられてはいかがですか? あれなら目立つことはないと思います」


 別の意味で目立ってしょうがないと思うけど、怖がられることはないか……。


「こうですか?」


 体をゆすって小さくなると、アユーシャさんは俺を摘まみ上げて手のひらに乗せてくれた。


「うん、小さくてかわいいですよ。ミノタちゃんって感じです」


 満月のような瞳が俺を見つめていて、思わず吸い込まれてしまいそうな感覚に陥った。


「これなら私の肩の上に乗っていけば――」

「なりません!」


 アユーシャさんが非常に魅力的な発言をしていたのに、クソ真面目なレミリアがそれを邪魔した。


「たとえ牛であっても、オスが姫様に触れるなど許されることではないのです」


 余計なことを……。


 喧々諤々けんけんがくがくの協議の末、俺の居場所はセラナの帽子の上に決まった。


「セラナだって身分の高いお嬢様だろう? いいのか?」

「私はそんなに堅苦しくないから。それに生娘ってわけでもないしね」


 人は見かけによらない! 

どう見たって16歳くらいの少女にしか見えないんだけど……。


「こう見えても21歳なんだ。恋愛経験も豊富だよ」


 てっきり一番年下かと思ったら、三人の中で一番年上だったのか! 

人は本当に見かけによらないんだな。

恋愛経験が豊富で生娘じゃないか……。

俺は数百年を童貞のままで生きてきた。

今日から師匠と呼ばせてもらおう!



 迷宮を出ると、アユーシャさんたちはゾルゲ領主の館へ投宿した。

俺にも一部屋があてがわれ、久しぶりにのんびりとくつろぐことができている。

ベッドに寝るなんて日本で高校生をやっていたとき以来だ。


「固いベッドだな……」


 かつて自分が使っていたベッドと比べると、見劣りがしてしまうのは仕方がないか。

地球で過ごした17年はかけがえのない思い出になっているけど、そろそろ切り替えて、戦闘神として生きていかなければならない。

アユーシャさんを助ける旅はこれからだし、闇の勢力アンラとの戦いもますます激しくなっていくはずだ。

俺は神になってしまったのだから、小さなことでクヨクヨ悩むのはもう卒業だな。

牛の頭だって、旅が終わるころには人間に戻るはずなんだから……。


 ランプの芯に蓋をかぶせて灯りを消すと、西の空に浮かぶ上弦の月が見えた。

月はどの世界にあっても美しい。

闇にあって、あまねく人の心を慰める。

俺は牛の頭をしばし忘れ、夜の帳を照らす優しき光に心を揺らした。

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転生降魔伝ミノル 長野文三郎 @bunzaburou

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