第16話 白虎奥義
「グーーーーウアアアアアアア!」
意味不明な雄叫びを上げながらブリモアは自分に回復魔法をかけていた。
「ハアハア、貴様、卑怯だぞ! ミノタウロスに化けて俺に不意打ちを食らわせるとは!」
とんだ言いがかりだな。
「化けてなどいない。牛の頭と書いてゴズと読むのだ。それと戦いにおいて卑怯などないぞ。不意打ちは戦術だと知れ」
「貴様はさっき、愛と正義の神と言っただろうが!? 正義の神がこんな手を使うのか?」
「愚か者、あれは嘘だ」
「おのれっ! だが、もう騙されんぞ。ブリモア様の
ブリモアが前かがみの姿勢をとると、背中から大きな
唇も見る見るうちに変形し、巨大な
「なるほど、それがお前の正体か」
敵も神の一人なのだから、なめてかかるわけにはいかない。
最初から全力で立ち向かうべきだろう。
ならば距離を取る隙を与えずに近接戦闘でカタをつけるまで。
翼を広げて空中に躍り出ようとしたブリモアに向けて、極大の風魔法をぶつけてやった。
乱気流によって飛翔を阻まれた奴は無様にバランスを崩している。
その機を逃すことなく『電光石火』と『白虎』の二重効果がかかった踏み込みで懐に飛び込んだ。
左ジャブからはじまった攻撃は途絶えることなく、右ストレート、左フック、左の膝蹴り、右の肘へとつながれていく。
目にも止まらぬ連撃が何十発も奴の骨を砕き、肉を断ち切っていった。
「白虎奥義・
俺の攻撃が止んだとき、ブリモアの体はもはや原型をとどめていなかった。
静寂に包まれた迷宮に、ぼろ雑巾のように崩れ落ちるブリモアの音だけ響く。
そしてまた迷宮に静寂が戻った。
「(
脳内に響く無機質な音声によると、ブリモアの神力を利用して新しい道具を作ることができるようだ。
無駄にする手はないので、俺はさっそく自分の神力も混ぜて、新たな道具ができ上るのを見守った。
さほど待たされることもなく、俺の手の中に
2mを超えるメイスの材質はオリハルコン。
刃のついた武器とは違い、欠けたり劣化したりはなさそうで、パワー型の俺にはぴったりの武器と言えた。
「(
これまでずっと素手で戦ってきたけど、これは悪くない武器だ。
試しに振ってみるとしっくりと手に馴染む。
『剛腕』と組み合わせれば更なる破壊力を生み出すだろう。
「ミノルさん」
ふいに名前を呼ばれて俺は我に返った。
新しい武器に夢中で、すっかり周りの人たちのことを忘れていたのだ。
声をかけてきたのはアユーシャさんだった。
「ご助力に感謝いたします。貴方のおかげで多くの命が救われました」
アユーシャさんに感謝された!
天にも昇る気持ちとはこのことか!?
惚れた女の子のために戦う、これぞ男子の
きっとこの瞬間のために俺は戦闘神になったのだろう。
そうですよね、東王母様!?
「(ちがいます)」
突如頭の中に思念が届き、俺の感動はあっさりと否定された。
「(東王母様、水を差さないでくださいよ。せっかくいい気分だったのに……)」
「(貴方の使命は
「(わかっていますって。今だってアンラの神を一人倒したところです)」
「(ラーガ天王の耳目を借りて、戦いの様子は見ておりました。見事でしたね。私たちの予想以上に貴方には戦闘の才能があるようです)」
アンゼラが中継カメラの役割を果たしたか。
きっと、この声もアンゼラを経由して届けられているのだろう。
「(ところでミノル、一つ頼みがあります。貴方はこのまま、聖女に力を貸してやってくれませんか?)」
東王母様は俺にアユーシャさんの使命や
「(アユーシャさんにそんな使命があったとは知りませんでした)」
「(聖女に戦いの力はありません。戦闘神の加護が必要なのです)」
東王母様に言われるまでもなく、俺はアユーシャさんの剣となり盾となると決めている。
聖女が聖杯を満たす旅に出るのなら、俺も共に旅立つまで。
すぐに護衛を受けようと思ったら、東王母様から意外な提案があった。
「(ミノルとしては誰かの守護などせず、ひたすら修業に打ち込む日々を送りたいとお考えでしょう)」
まったく、そんなことないッス!
「(ですがこれも
アユーシャさんのためだけに頑張るッス!
「(もちろんご褒美も用意しますよ)」
アユーシャさんのそばにいられるなら、ご褒美なんてどうでもいいッス。
「(ミノルは以前の顔に戻りたがっていましたよね?)」
天使の頃の顔っス…………ええっ⁉
「(大宝珠が魔力で満たされ、以前の力を取り戻したら、貴方の牛の顔を元に戻してあげましょう)」
「(本当ですか!?)」
「(約束しますわ。頑張って聖女を護衛するのですよ)」
「(了解しましたぁ‼)」
東王母様の通信が途切れると、アユーシャさんが親し気に近寄って来た。
「どうしたのですか、ぼんやりされて?」
なんと可憐な笑顔なのだろう。
人から微笑みかけられるのなんて久しぶりだから、涙が出るほど嬉しくなってしまう。
「たった今東王母様からご神託がありました。エルマダ王国の聖女アユーシャに加護を与えよとのことです」
「まあ!」
「
「それは心強い。東王母様と戦闘神に感謝申し上げます」
俺たちが会話していると、女騎士レミリアがしゃしゃり出てきた。
「お待ちください姫様! 姫様はこのミノタウロスを信用なさるのですか!?」
「ミノタウロスではなく牛頭王ですよ」
「そうだ、そうだ~」
レミリアがぎろりと俺を睨んでいる。
「私はまだこの者を完全には信用できません。この者が
「たった今、
「我々を騙すための演技かもしれん」
疑り深い奴だ。
だけど、
「あの、私が証言します」
遠慮がちに声を上げたのは実体化したアンゼラだった。
「天使だと?」
「ラーガ天王に仕える、下級天女でアンゼラと申します。牛頭王様は間違いなく
「しかし……」
それでもまだレミリアは俺のことを信用しきれていないようだ。
よっぽどミノタウロスが嫌いなのだろうか?
「もうおよしなさい。私はミノルさんを信用しておりますし、これからの旅にもついてきていただく所存です。これ以上の失礼は許しませんよ」
アユーシャさんが穏やかに、それでいてキッパリと言うと、レミリアはようやく身を引いた。
「それはともかく、早いところ聖杯を魔力で満たさなければなりませんね。ほら、もう
セラナの指さす先に、金色に波打つ魔力の泉が湧いていた。
さっきまでブリモアの死体があった場所だ。
アユーシャさんは少し緊張した表情で聖杯を取り出した。
「あの聖杯にはどんな力があるのですか?」
アンゼラが質問してくる。
「あれは魔力を吸い出すための道具なんだ。制御がやたらと難しくて、下手をすれば使用者の魔力まで全部吸ってしまう危険な道具さ。聖杯を扱えるのは一部の上級神だけなんだ」
「じゃあ、それを扱える聖女様ってどんな存在なんですか?」
言われてみれば不思議なことだ。
この俺だって扱うことのできない聖杯を、アユーシャさんは辛(かろ)うじてながら制御している。
「ひょっとしたら、上級神の候補者なのかもしれないな……」
その辺りの事情はよくわからなかったが、俺は気にしないことにした。
アユーシャさんが上級神候補だろうが、普通の人間だろうが、俺には関係のないことだ。
俺は俺を化け物じゃないと信じてくれた聖女を守る。ただそれだけの話だった。
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