二.最弱最強のプレイヤー (五)

「えっ?」

「それってもう負ける前提の話だし、負けたら俺一人のこのこ生きて帰れってことでしょ? そんなことしたら毎日後悔しながら生きる自分が目に見えるよ……」


 仁成は大会用端末に手を伸ばす。端末の表面を軽く触ると開きっぱなしだった技表が画面に表示され、画面左上の矢印を指で押して登録キャラクターのページまで戻る。


「そ、それは……」

「だからごめん。きっと怒るかもしれないけど──俺は優しくないから自分の気持ちを優先させてもらうよ」


 仁成は登録キャラクターのページ、衆徒理子の横にプラスマークのアイコン付きで『新規キャラクター登録』と書かれた項目をタップした。


 端末の画面がカメラ映像に切り替わり、画面の白い大きな枠の下に小さく、登録するキャラクターをスキャンしてくださいと文字が表示される。スキャン用の細く青い光が端末から少しだけ伸びていた。


 それに気づいたシルヴィが驚きと戸惑いの入り混じった表情で叫ぶ。


『ジンさんっ!? なにをする気なんですか!』

「自分の責任を果たそうと思ってな。連帯責任ってやつをさ」


 仁成は端末を裏返し、伸びている青い光を自分の体へと当てた。光はすぐに仁成の頭からつま先までを瞬時になぞる。



「新しいキャラクター、神納仁成が登録されました」


 無機質な声が端末から流れた。


 途端、会場にいた端末を眺めていた観客の何人かがどよめきをあげた。そのどよめきは隣の観客へ次々と伝播し、会場全体が驚嘆の空気を纏い始める。



「なななななななあああああんとジン選手っ! プレイヤー自らをキャラクターとして登録しましたあっ! 前人未踏、前代未聞! 一体この男はなにを考えているのか! 気でも狂ったのか! もしや初めてで大会ルールを理解していないのかあっ!?」


 司会の驚きようと同じく、理子もなにが起きたのかわからない、いやなにが起きたのか理解するのを拒むかのようにわなわなと震えている。


「神納くん、あなたは、自分がなにをしたのか分かっているの……?」 

「負けたプレイヤーの登録キャラクターが全て対戦相手へ譲渡される、そうだよね」


 清々しい表情で仁成はニカっと笑う。


「で、譲渡されたプレイヤーがとる行動は主に三つっと。キャラクターとして使うか、奴隷にするか、処分するか」

「笑い事じゃないんだよ!」


 飄々とした態度の仁成に、理子は目を見開きキッと睨んで怒声を叩きつける。


 ああ、本当にこの子はいい子なんだと、メインキャラクターにしたいと、純粋にそう思った。


「どうして、そんなふうに笑えるの……どうして自分から命を粗末にするの……」


 目を腫らしながらもこちらから目を離さない理子に、仁成はひとつだけ異を唱える。


「違うよ衆徒さん、俺は命を粗末になんてしてない」


 意外な返事だったのか二の句が告げずにいる理子をそのままに、仁成はセコンド席のシルヴィの元へ向かう。


「シルヴィ、お前にはこれからゲーポリに転移して俺のコントローラーを持ってきて欲しい。それまでの時間は俺が稼ぐ」

「なに言ってるんですか! それになにをやっているんですか! だいたい私は試合中はセコンドの特権で移動系の転移はすべて使えません!」

「それは特権というより義務なのでは──ってそうじゃなくて……だったらアレだ。俺がサインしたコントローラーはどうした。あの転移の一瞬でどこかに落としたとか言いだしたら思いっきりお前の頭をぶつ」

「……それは、一応ちゃんとあるにはありますけど」

「どこに?」


 仁成が真剣に詰めると、シルヴィは諦めたかのように手元のナビスケを操作した。するとナビスケはぐにゃんと歪み、その形を毎日見ている姿へと変える。


 その姿──まさしくアルプレのコントローラーの端には、仁成の練習の成果が伝わるサインがしっかりと施されていた。


「ナイスだシルヴィ」


 仁成は端末を操作し『登録操作方法』を選択。続いてデバイス操作をタップして自分をスキャンした時と同様に、コントローラーへと変貌したナビスケに青い光を当てた。


「デバイス認証が完了しました」


 淡々としたナビゲートが流れ、反対に会場はまたも仁成の行動にどよめく。


「あいつ、自分を登録した後は操作方法を変えたぞ!」

「もしかして、実はプレイヤーはあのリコちゃんだとか?」

「それ萌えるなあ〜」

「いや隠す意味がわかんないでしょ。一セット落としてまですることじゃないだろ」

「くそ、考察班はまだか!」


 仁成たちには聞こえないが、会場にいた観客は様々な反応を見せている。


「はい衆徒さん、とりあえずこれ持ってて、自由に触ってていいよ」

「はいって、えっ、えっ? ちょっと!」


 仁成は理子にコントローラーを渡すと、端末から再度理子の技表を確認していく。


 思った通り、理子の技には新たにデバイス操作時のコマンドが追記されていた。それらを数秒で全て確認すると、画面を登録キャラページへと戻し、一切の迷いなく自分の名前を選択して青い光と共にリングへとすっ飛んでいった。


『ちょっと神納くん! 私ゲームのこと全然詳しくないよ!』 

「大丈夫ー! テキトーでいいから!」

『そんなこと言われてもっ!』


 なおもあわあわと慌てている理子を背中に見て、仁成はぷっと苦笑する。


『……茶番は終わったかい?』


 不意にレスターの不機嫌そうな声が頭の中に流れた。


「いや、もうちょっとだけ付き合ってもらうわ。……というかそんな嫉妬するなよ。ちょっと自分より俺のほうが注目されたからってさ、こっちは新人も新人なんだから、上級者の余裕ってやつを見せてくださいよ先輩」

『なにを勘違いしているのか知らないが、その嫌味ったらしい口を今すぐ塞いでやる必要がありそうだね』

「嫌味ったらしいってのはお前に言われたくないわー……」


 自分の気持ちに正直に萎えていると、青い光を解き放った金龍──サラマンドラが前に立ちふさがる。ギャアアと雄叫びをあげ、空気を殴る振動が仁成の体にも思いっきり伝わってくる。


「うわでっか! こっわ! 衆徒さんこんなのに立ち向かってたの!? 凄すぎるでしょ! 俺には絶対無理だわこんなの!」

『だったらどうしてそっちに行ったの!』『だったらどうしてそっちに行ったんですか!』


 理子とシルヴィの声が同時に頭に響く。怒られているのだろうが、なぜだろう、顔のにやけが堪えきれない。


『寒い冗談はよしてくれよ、ギャラリーも冷めてしまうだろう?』

「冗談かどうか、試してみろよ」


 仁成は両手を広げて顎を引き、ニヤッと口の端を歪めて金龍を見据えた。


 RAUNDO1──ACTION! と第二セットが始まる。



「自らリングに上がったジン選手! 果たしてどんな活躍を見せてくれるのか!」


 司会が観客の意を代弁し、会場全体が固唾を飲み試合に釘づけになる。


『小細工はなしだ! いけっ、サラマンドラ!』

「小細工する技術もない癖になに言ってんだか」


 単調な攻撃に単調な飛び道具。小細工なしなんてセリフは、それが鉄桜並みにできてから言って欲しい。


 仁成の予想通り、金龍はその尾を横薙ぎに仕掛けてきた。これさっきも見たなあ。


 余裕の表情で仁成は尾を受け止めると──そのまま目にも止まらぬ速度で壁へと張り付けられていた。


 後に残るは頭上、仁成からすれば視界の左上の空っぽになった体力バー、そしてKOの文字。


 一瞬の静寂が観客席はおろか、今まさに試合中のリング上すらも包み込む。


 

 そして静寂が弾けた途端──


 

「おおおおおおおおおお────いいいいいいっっっ!!!」



 会場には阿鼻叫喚、ブーイングの嵐が巻き起こった。



「弱い! あまりにも弱すぎる! ジン選手、まさかの牽制技による一撃KO! あまりにも弱い! 想像を絶する弱さだっ!」

「四回も言わなくていいだろ……」


 と言いつつ、仁成も自分自身の弱さに愕然としていた。キャラクターの能力って増幅されるんじゃなかった? 俺って増幅されてこれなの?


 依然として会場の歓声は収まらない。賭けの勝利に近づき安堵する者と、期待させやがってと憤慨する者、当然の流れだと嘆息する者、可憐な少女から無味乾燥な男へと代わり苛立ちを募らせる者、様々な感情を乗せた声が渦を巻く。


 激闘を終えて操作側の席へと転送された仁成は、顔をしかめながらつぶやいた。


「まあ、勝てるとは思ってなかったけどさ、にしても弱すぎだろ俺……」

「弱すぎだろ俺──じゃないよ!」


 ゴッ、と頭をグーで殴られ側頭部に鈍痛が走る。ドラゴンの尾っぽなんかよりも断然痛い。


「衆徒さん、あなた空手部俺帰宅部だから暴力はやめて」

「あ、ご、ごめん……でも本気で心配したというか! 腹が立ったというか!」

「その二つ全然ニュアンス違うと思うんだけど……」

「命を粗末にしないって言ったのに! 勝てもしないくせに! 弱いくせに! あなたのせいであと一回負けたら何もかも終わっちゃうかもしれないんだよ!」

「それは悪かったけど弱い弱い言うのやめてね!? 自覚はあるけど人に言われるとなんか自信なくすから!」


 女子からの罵倒はご褒美だとかクラスのオタクが言っていたが、今まさに罵られて心が抉られる感覚を体感している身としては、頭湧いてんじゃないかと思わざるを得ない。


『はぁ……理子さんの意見に激しく同意します。もう負けは許されないですよ。理子さんはともかく、神納さんはあの弱さなら間違いなく即処分対象です』

「ぐぬぬぬぬ、二人とも揃いも揃って……」

『おやおや、これはとんだピエロだったなジン選手!』


 もう一発で判別できるようになってしまった声を聞き、やる気なさそうに仁成は振り返った。理子のすぐ横に浮かんでいた大会用端末が、その上部から小さい光を放ち宙空へ映像を作り出す。そこには勝ちを確信したかのように、手を顎の近くに添えて笑うレスターの顔が映し出されていた。


『あそこで出てくるからにはなにか秘策があるのかとボクも危機……失礼、期待していたのだが、まさかあっさりやられてくれるとはさすがに思わなかったよ』

「だから最初に言ったろ? もうちょっとだけ茶番に付き合ってもらうって」

『……ほう?』


 レスターの顔から、余裕を浮かべた表情が少しだけ崩れる。


 仁成は理子が添えるように手に乗せていたコントローラーを手に取ると、映像のレスターに向かって突き出した。


「次のラウンド、お前は衆徒さんに1ダメージも与えられない」

『……面白い』

「お前のお望み通り次は本番だ。いいのか、きっと大勢の観客の中で無様を晒すことになるぞ」

「……なんか神納くん、すごい楽しそうじゃないですか?」

『理子さん知らなかったんですか? あれが本来の神納さんなんですよ、イキリ散らすのがお好きなんです』

「おいそこ、コソコソ話しててもバッチリ聞こえてるから」  

『フフ、キミは散々恥を晒しておいて次はボクの番だと言うのかい。説得力をまるで感じないね』

「もしかしてお前結構ノリよかったりする? なんかお前のこと好きになってきたわ」


 まるでゲームの主人公と悪役の掛け合いにぴったりなセリフを、さっきからノリノリで返してくれるのは少し嬉しかった。カッコつけたのに相手に無言で試合準備をされると、無性にその場から走り去りたくなる。


 が、仁成の真意は伝わっていないのか、なぜかレスターと、あとシルヴィも顔を赤らめていた。理子は二人の反応の意図が理解できずきょとんと小首を傾げている。


『ばっ! き、キミは急になにを言い出すんだ!』


 ブオンと映像が急に切れ、シルヴィは赤らんだ頬を両手で押さえて「あらまぁ」と恍惚そうに耽っていた。シルヴィの知りたくなかった一面を知り、仁成は顔を歪めて引きつらせる。


「ねえ……本当に次はどうするの……?」


 状況に反して緊張感のなさに危機を覚えたのか、理子が不安そうに仁成に尋ねた。


「大丈夫だよ。さっき見てもらった通り、俺ではあのドラゴンに全く歯が立たない。衆徒さんがガードブレイクで済む攻撃も、俺なら一撃で死ぬ」

「いくら私でもいまの返事に大丈夫な要素が見当たらないのはわかるよ?」

「だから衆徒さん、怖いかもしれないけど、また痛い目に遭うかもしれないけど、お願いだからもう一度俺に操作させてくれ、いや操作させてください!」


 頭を下げながら、本心を力強く理子に告げる。


「もう、なにそれ。すごく変態っぽいよ」


 言いながら理子はクスッと笑うと、軽くふぅと息を吐く。


 腰を曲げたまま顔を上げた仁成の視界には、落ち着き払いつつもどこか楽しそうに、明るい闘気を放つ可憐な少女が佇んでいた。


「次は絶対勝つ。神納くんも準備はいい?」

「ああ、頼むよ衆徒さん!」


 仁成が勢いよく指を下ろすと、格闘少女は静かな笑顔を残してリングへと上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Regame 格ゲーオタクと空手少女 久坂下さく @kusakage_saku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ