二.最弱最強のプレイヤー (四)
ROUND1……ACTION! と洒落た発音のコールと共に、両者の体力バーの間に90と数字が表示される。
この数字がアルプレと同じ仕様なら試合時間は二百七十秒──四分半といったところだ。
『神納さん気をつけてください、金龍サラマンドラはその見た目通り凶悪な攻撃力と防御力を兼ね備えています。全身常時スーパーアーマー、全攻撃ガードブレイク可能が特徴です』
「ちょっと待てそれ特徴というかチートじゃない?」
サラマンドラをひと目見たときにアーケードのボスキャラのようだと思っていたが、シルヴィの言ったことが本当なら見た通りのボスをプレイヤーが操作していることになる。
「開幕からバランス崩壊ゲーって、ゲームバランスをとる仕組みとやらはどうなってんだよおい」
『ま、まあ、龍と空手少女ではさすがにバランス調整も難しいということで……』
くそっ、やはりこの女は信用できそうにない。
『どうした? 早くかかってきたまえ』
金龍サラマンドラはその場に鎮座したまま、その大きな翼をはためかせて会場を震わせるほどの雄叫びを上げる。
「リング上の両者は睨み合ったまま動きません」
その風圧と咆哮が視覚化されたエフェクトを前に、仁成は理子を金龍の懐に送り込めずにいた。
「シルヴィ! あの羽ばたいている奴の周りの風は攻撃なのか!?」
『いえ、サラマンドラの技表にあのようなモーションはありません。おそらくただの挑発かと』
「そうか……っ、こんなの毎回確認しながら戦うなんてキツすぎるぞ」
『ふむ、キミがそんなではオーディエンスも退屈してしまうだろう。であればボクから盛り上げていくしかないようだね!』
「おっと、先に動いたのはレスター選手のサラマンドラだ!」
金龍がその巨躯を
すかさず防御の体勢をとった理子に竜尾が重なったかと思うと、ガラスが割れるような効果音と共に彼女の体勢が一撃で崩された。
『ガードブレイクです!』
両手をあげ無防備なまま隙を晒した理子に、金龍はその大きな右腕を振り下ろす。
『きゃあああっ!』
再び防御が間に合うことはなく、轟音を大地に響かせた衝撃は、まるで重みなんてなかったかのように理子を軽々と吹き飛ばす。
ライナー性の弾道で画面端へと吹っ飛んだ理子は見えない壁へ背中を強く打ち付け、その反動で再び元いた位置へと跳ね返り、うつ伏せで倒れ込んだ。
「衆徒さんっ!」
思わず仁成は叫んでいた。
ゲームとはいえ目の前で同級生の女の子が痛めつけられるのは心が痛い。しかもそれが自分の操作によって引き起こされたという事実が、より罪悪感を増幅していく。
「サラマンドラの重たい一撃が決まったあああッ! これはもう勝負あったか、あってしまうのか!」
「衆徒さん! 大丈夫!?」
『……うん、全然平気。不思議だね、骨がバラバラになるかと思ったけど、ちょっと痛いくらいだよ』
これが現実であればもう二度と立ち上がることはできなかっただろう。
しかし、理子はしばらくすると骨が折れた様子も見せずにすくっと立ち上がり臨戦体勢を取る。
思ったよりも元気そうな様子には安心感を覚えたのだが、それとはまた別の不安も仁成には生まれていた。
『それよりこっちも反撃しようよ! やられっぱなしなんてありえない!』
「……了解だ!」
力強く返事をしたものの、尻尾の攻撃を受けたとき、腕を振り下ろされたとき、壁に叩きつけられたときの三回で理子の体力バーは半分を切っていた。
特に尻尾と腕のダメージがえげつけない。まともな大会なら検討の余地なく使用禁止キャラ直行だろう。
最悪このラウンドは落としたとしても、できる限り敵の情報を知っておきたい場面だった。理子に懐へ潜り込むイメージを送り、まずはこちらの攻撃が届く距離まで接近を試みる。
再度金龍が先ほどと同じく尾を振って理子の接近を拒もうとする。仁成が念を送り、すんでのところで竜尾をジャンプで回避した。
「はあッ!」
なおも尻尾攻撃の動作中の金龍に、理子は上空から鋭い蹴りで飛び込んだ。ゲシッと蹴りが当たった効果音を確認する。
「せいッ!」
着地時に続けて素早い足払い。流れるような足技が金龍に決まる。
「ジン選手のリコも反撃に打って出た! しかし──」
金龍は理子の攻撃に全く仰け反らない。
シルヴィの解説通り、やはりスーパーアーマーか。
ほとんどの対戦ゲームでは、攻撃を受けたキャラクターは仰け反ったり吹っ飛んだりといったモーションをとり、そのあいだは身動きがとれなくなる。
だが、サラマンドラは攻撃を受けても仰け反ることなく、自分の行動を押し通すことができる性質を備えていた。
『そんな些細な技など、ボクのサラマンドラには通用しないのさ!』
金龍は足払いをスーパーアーマーで耐えながら、片腕でモーション中の理子を掴んだ。
衝撃波を伴う羽ばたきで巨体が一瞬で上空へと姿を消した後、視認できないほどの速さで急降下し彼女を地面へと叩きつける。その威力はリングの床に修繕不可能に思えるほどの亀裂を入れ、割れ目から燃え滾る火柱を立ち昇らせた。
「きゃああああああ──っ!!」
「スタンピングブレイズが炸裂ううううぅッ!」
地面に叩きつけられた理子は甲高い悲鳴をあげ、きりもみ状に回転しながら宙へ舞いそのまま重力に沿って仰向けに転がる。
「衆徒さん! ……くっ!」
理子の体力バーが一気に空になり、KOの文字が画面中央に表示された。金龍の体力バー横に並んだ二つのダイヤ型の枠、そのひとつが赤い輝きで満たされる。
ワァ────ッと大きな歓声が会場を盛り上げた。金龍は両の翼を広げて目を細め笑い、その飼い主は優雅に観客席へと手を振っている。
『いったたたた……』
理子は顔を痛そうにしかめながら起き上がり、汚れてもいない制服を両手でパパッと払うと仁成に向き直る。
『いまのはたぶん一本取られちゃったよね……神納くん、次はいけそう?』
「……うん、なんとかする」
理子の攻撃でサラマンドラが仰け反らないのは想定通り。ただそのダメージ量は、目算で足払いを五十回以上は当てないと倒せない程度だった。先ほどのスタンピングブレイズという技も、理子の体力を半分以上も持っていく壊れ性能である。
仁成は改めて状況を確認してみた。
決して仰け反らない巨躯、ダメージをまるで通さない金鱗の鎧。接近戦に持ち込めば強烈ダメージのガード不能の投げ──それら全てを考慮すると、相手の攻撃が三〜四回当たれば負けで、当てられる前にこちらは五十を超える攻撃を与えなければならない。
これがごく一般的な対戦ゲームなら、クレームの嵐かつクソゲーオブザイヤーノミネート待ったなしの性能差──と、考えても仕方ないことが頭をよぎり、額に汗が滲んで口元がへらへらしだすのを片手で隠す。
わずかな望みをかけてセコンドのシルヴィを
なにひとつ明確な打開策を見いだせないまま「ROUND2……ACTION!」と次のラウンドが始まる。
ここを落とすと次のセットはもう落とせない。
『さて、テンポよくいくとしようか!』
レスターの掛け声に続けて金龍が右腕を引きつつ真っ直ぐ接近してくる。その引いた腕を前へと突き出し理子に殴りかかる。
「くそっ!」
仁成は慌てて理子にジャンプするよう念思を送った。が、竜の右ストレートを飛び越える高度に達するより先に両膝を打ち抜かれ、「あぐぅっ!」と悲痛な声をあげ床を滑るように画面端へと吹っ飛ばされる。
操作に集中すると打開策を考えている余裕すらもない。
なおも地滑り状態から抜け出せない理子に、とどめを刺さんとばかりに金龍がその口から火球を発射する。燃え滾る灼熱の塊は逸れることなく理子の中心を貫き、着弾地点から炎の塔を噴き上げ理子を真上へ突き上げた。
『────っ!』
耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴が仁成の耳を震わせる。
火達磨となって地面へと落ちる理子を背景に、連続攻撃ヒット数の2と、無慈悲にKOの文字が映し出され「SARAMANDORA、WIN! PERFECT!」と流暢な発音で勝者が告げられた。
リング上で悠々と輝きを放つ金龍と、炎から解放され力なく横たわる理子が同時に蒼光に包まれ、それぞれのプレイヤーの元へと帰っていく。
「第一セットを圧倒的な力量差で制したのは、レスター選手だあっ!」
再び会場に歓声が広がっていく。賭けの勝利に近づき高揚する者と、もう駄目だと絶望する者、当然の流れだと嘆息する者、可憐な少女が一方的に蹂躙され憤慨する者、様々な感情を乗せた声が渦を巻く。
「両プレイヤーが次の試合の準備に入ります」
「うぅ……」
仁成の横へと転送されてきた理子はゆっくりと起き上がった。苦しそうに閉じていた目を開くと焼き尽くされたはずの全身を見回し、服が燃えるどころか肌に火傷ひとつ付いていないことを確認すると、ほっと息をつく。
落ち着いたかと思うと理子は目を伏せ、今度は落ち込んだようにつぶやく。
「ごめん、このセット落としちゃったね」
「それは俺のセリフだよ、衆徒さんをうまく操作しきれていない……」
「ううん、うまく操作したとしても、私の攻撃なんてまるで効いていないみたいだし、私はすぐにやられちゃうし……」
「それは衆徒さんが…ってよりは、相手のドラゴンが頭おかしい性能ってだけだよ」
泥棒を捕らえたときといいトレーニングモードのときといい、持ち技を記憶の中で確認しても衆徒理子の強さはこんなものではないはずだった。相手がアドベンチャーモードのボスで、操作方法が念操作という触って数時間すら経っていないものでなければ。
「ねえ神納くん、次のセット私が負けたら、神納くんはどうかなっちゃうのかな」
仁成の耳に縁起でもない疑問が投げかけられる。その問いは少なからず仁成の神経を逆なでした。
「……ちょっと待ってよ、なに言ってるの衆徒さん」
「シルヴィさん聞こえていますよね? 私が負けたら神納くんはどうなるんですか」
理子は仁成の問いかけには答えず、黙ったままのシルヴィに真剣な口調で答えを求める。
『神納さんは負けてもデメリットは特にありません。デメリットがあるのは理子さんと……私だけです』
「どういうことだよシルヴィ!」
仁成の叫びにシルヴィもまたなにも答えない。彼女はただ目を伏せ、謝罪するかのように項垂れるだけだった。
「よかった〜。最初はね、思わずなんで私だけ? って神納くんに当たっちゃったけど、冷静に考えたら神納くんには元気でいてもらったほうがいいなって思って」
まるでどのパフェを頼もうか幸せそうに悩む女子のような、不自然に明るい声で理子は思いの丈を綴っていく。
「だって私がいなくなったら、家族や友達、
その瞳が潤んだかと思うと、顔を上げて目を押さえ、努めて普段の可愛げのある顔に笑みを浮かべ仁成に告げる。
「とにかくそういうことだから、神納くんには悪いけど後のことよろしくねってことで──」
「ごめん衆徒さん、そのお願いは聞けない」
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