二.最強最弱のプレイヤー (三)

転移先の試合会場はすでに盛大な歓声で包まれていた。


 仁成が最初に見た会場と同じように、ドーム状に広がる観客席、巨大なスクリーン、キャラ達が戦う舞台が整えられている。


 違うのは立ち位置。観客席の通用口付近から、様々な感情の視線を一気に受ける舞台上へと変わっていることだけ。



「……さっきは取り乱しちゃってごめん」

「あ、ああ、それは別に……」


 弱々しく謝る理子に対して、どう接すればいいのか仁成には分からない。


「さあっ! リングの準備が整いました! 両プレイヤーが前へでて挨拶を交わします」


 大会司会者であろう、明るく野太い男声が会場用のスピーカーを通して響き渡ると、仁成だけが瞬時にテレポートされる。


 そして、いかにも育ちの良いおぼっちゃまといった風体の男と対面した。


「キミが、今回のボクの引き立て役かい? これまた随分と戸惑っている様子だが、まあこのボクが相手だと無理もないだろうね……」

「…………」

「おい、聞いているのか!」

「……あ、ああ、えっと、すみません」

「ったく、しっかりしておくれよ。これからボクのショーが始まるんだからね!」


 キザったらしい台詞と、キザったらしいターンを見せつけ、男は名乗りもせずスタスタと離れていく。そのまま青い光に飲み込まれ、もといた舞台へと戻っていった。


「歩く意味なくない?」


 素朴な疑問を口にした仁成も、すぐに元の位置へと転移させられる。


「両者、挨拶を交わしたところで、キャラクター選択へと移ります」


 司会の指示通り端末の画面の理子を押せば、リングに理子が転送され試合が始まるのだろう。


 だが、仁成は端末を握ったまま動けなかった。


 巨大スクリーンには端末をかたい表情で眺めたままの仁成と、すでにキャラクターを選び終わったのか、顎をあげて高みの見物でもしていそうな顔が映し出されている。



『ジ、神納さん! 理子さん! 聞こえますか!?』

「おおっ! なんだ!?」


 突然、馴染みのある声が頭の中に流れ込んできた。


 耳から音として声を聞いているのではなく、直接脳内で再生されている感覚。


『こちらを見てください』


 仁成と理子は斜め後ろを振り返ると、少し離れたところにシルヴィが右側頭部を人差し指で押さえつつ、空いた手でナビスケを抱えて立っていた。



「すごいな、どこから聞こえたか分からないはずなのにお前の居場所が分かったぞ。そんなこともできるのか」

『これはわたしの能力ではありません、セコンド席の特権です。これだけの歓声だと、わざわざ近くにいかないとお二人に声を届けられないですからね』

「でも私たちの声は聞こえてるんですね」

『お二人は普通に話してもらって大丈夫ですよ。こちらも音としては聞こえていませんが、セコンドの特権で内容は全て拾えるので』

「相変わらず仕組みがよく分からん……」

『神納さんはプレイヤーなんですから、仕組みなんて理解されなくても使えるならなんの問題もありません』

「そういうもんかね」

『そういうもんです。さあ、もう相手は待っていますよ。神納さんはキャラセレなんて悩むまでもないでしょう』

「それをお前が言うのかよ……」



 さも当然かのように話すシルヴィに、仁成は怒りを通り越して呆れを覚えた。


 理子と書かれた項目をほんのちょっと指で押すだけで、本当は怖くて仕方がない少女を死地へと送り出す。


 そう思うと、引く選択肢がないのは分かっているのにどうしても躊躇してしまう。



「神納くん本当にごめん。さっきは完全にわたしの八つ当たりだった」


 画面を押す寸前で硬直している仁成の視界に、か細い割に健康そうな腕が入り込んできた。


 腕の主の横顔からは、先ほどの弱々しさを感じない。否、感じさせないように努めていることがうかがえる。


 理子はスッとゆっくり息を吐くと、トレーニングコートで見た、戦闘前の落ち着き払った表情を取り戻したかのように思えた。


「ごめん……」

「だからどうして謝るの? 神納くんはなにも悪いことしてないでしょ」

「いや、なんか無理させちゃってるかなと思って……」

「……ここで負けたらどうにかなっちゃうなら、そりゃあ無理もするよ」

「そりゃそうかもしれないけど」

「それよりも──」


 理子の指が仁成の持つ端末に近づく。


「──私を操作するのは神納くんなんだから、しっかりしてくれなきゃ困るんだからね!」


 細い指が跳ねるように自身の名前を押すと、すぐに彼女は青い光に包まれ戦いの舞台リング上へと転移する。


「──ああ! 任せとけ!」


 既にリングに降り立ってる理子には、きっと声は届いていないのだろう。


 それでも、仁成の気持ちに応えるかのように彼女の小柄な背中は、怯えていたひ弱な少女から確かな闘気を放つ一人の武闘家へと様変わりしていた。


 視線を手元の端末に落とすと、画面にはリング上に戦闘態勢で立つ理子を横から映し出した様子が表示されている。例によって理子の上下にはバーが伸びていた。


 アルプレと同じなら十分戦えるはずだと、仁成は自分の心に言い聞かせる。



「今大会初参加のジン選手の使用キャラクターは、可憐な格闘少女、シュウト・リコ!」


 スクリーンにいかにもな空手の構えをした理子が映ると、会場からうおおおおっ! と、主に野太い歓声があがる。


 やはり理子の容姿は男ウケが抜群にいい。気持ちは非常によく分かる。


『ほうほう、その子が今回のボクへのプレゼントになる、というわけか……』


 ヌメっとしたキザな声が仁成の頭に直接吹き込まれた。


 セコンドの特権、というワードを思い出しシルヴィのほうを一瞥してみるが、当然のように声の主の姿は見当たらない。


 念のため、端末の理子の様子も伺ってみると……姿勢はそのままに青ざめた顔つきで目の光りを失っていた。


「衆徒さん! しっかりして!」

『うん、大丈夫。私こんなキモい人に絶対負けない』


 思わず叫んでしまったが、理子に声は届いているし、理子の声も司会や歓声にかき消されることなくすんなりと聞こえた。


 どうやらプレイヤーとキャラクター間で相互にコンタクトがとれるらしい。さっき「任せとけ!」なんてカッコつけたのが小っ恥ずかしく思えてくる。


 もっともこれが対戦相手の声のみこちらのキャラクターに届くなんて舐め腐った仕様だったら、ざっと五千文字くらいは理由と説教を並び立ててご意見フォームから送りつけてやるところだった。


『ハッハッハ! 威勢がいいのは嫌いじゃないよ。僕のペットになるからにはそれくらいでなくちゃ』

『う、気持ち悪い……』

「いいからさっさとキャラを出せよこのおぼっちゃま」

『おぼっちゃま、だと……? ボクが一番呼ばれたくない名前でキミは……だいたい初対面の相手に敬語を使うこともできないのかい!』

「呼ばれたくないなら格好と立ち振る舞いを直してから言えっての。それにお前だって敬語じゃないし、俺もお前みたいなヤツじゃなければ敬語使ってるよ」

『ボクはアールランク九十六位の選ばれし男だからね。キミみたいな新参者に敬語を使う必要はないのさ』

「アールランク?」

『Regameプレイヤー内の序列のことです。戦績だけで言えば、対戦相手のレスター・ハインリヒはかなり上位に入っています』


 セコンドの特権を使いシルヴィが解説する。評価を受けたレスターが何の反応も示さないということは、セコンドの声は届いていないのだろう。


 そして、このレスターという男はゲーマー仁成にとって、もっとも嫌いな人種に当てはまっていた。


「お前みたいなヤツが業界を衰退させていくんだ。強いのは結構、でもそれで他人を見下すのは間違ってる」

『間違ってるかどうかはボクが決めるさ』


 レスターが指を鳴らすと、その音も謎の仕組みで仁成の脳に響く。


 すると理子の前に五メートルほどの間隔を空けて、黄色に輝くドラゴンが青い光りを放って出現した。


「レスターといえばお馴染みこの金龍! 相棒サラマンドラッ!」

「──おいおい、デカすぎるだろ」


 仁王立ちで堂々と佇むその金色の体躯は軽く見積もっても理子の七倍は超えており、その雄叫びは司会の声や盛大な歓声すらものともせず仁成の耳をつんざく。


 端末に映る画面はドラゴンが見切れないよう、ものすごく引いたピントになっていた。ただでさえ小柄な理子がパッと見で三頭身くらいに見えてしまうほどである。


『──さあ、ショーの始まりだ……ボクが敬語を使うのに値するか、キミ達の力を存分に見せて貰おうじゃないか!』

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