黄金の日々
3
確かにあれは黄金の日々。
それは、本当に小さい。
なんでもなく、大袈裟じゃなく、ほんの些細な積み重ねで、いつもそこにあること。
大将が言っていた。
「おっさんになるとなぜか優しくねるねん、みんな。涙もろくなったなあ。それでワイもパワーになるんちゅうかな。ワイにとっては今もええで。時が経ってもな」
母親は痴呆が酷くなり、今では入院している。僕は洗濯物を取りに行き、また洗濯物を返しにいく毎日。でも健在だ。
それからも半年はあっちゃんの定食屋でランチの時間を過ごすことが僕の日課だった。
あっちゃんはバイトでそこにいて、いつも笑顔でいて、一日を笑顔で始めるというのが心地良かった。
あっちゃんは時々悩んでいても、笑顔になると「よし、これがウチや」とまた笑顔に戻った。
「今日は何話す?」と、くだらないことをたくさん話して、笑った。
僕はどれだけ、あっちゃんの笑顔に救われたんだろう。
「よし、これがウチや」と聞くたびに、僕も自分自身を取り戻せた。
黄金の日々って、そういうことじゃないのかな。
小さな、なんでもないあのランチの時間をたぶん、僕は「心の中の小さな箱」に入れて時を重ねるのだろう。
あっちゃんが、バイトをやめる最後の日が来た。
あっちゃんにも新しい仕事もけんちゃんいう彼氏もできていた。でもくんちゃんのお墓参りは欠かせないと言った。
みいちゃんのことも以前ほどには憎んではいない。逆に心配している。
「ええ奴やったな。みいちゃんはおもろかった。なんとなくみいちゃんの詩読んだら、くんちゃんの気持ちもわかるからな。それがウチや」
僕はいつものように笑い、最後のランチを食べながら「奇跡って本当はこういうことじゃないのかな」と考えていた。
大袈裟なことじゃなく、なんでもなく過ごしたランチ。
「けい君、またLINEいれるわ」
「なんて?」
「私こそ助けられててんで。一生もんの友達や」
「言うてもたらあかんやん」
「それがウチや」
二人で笑い転げた時、店の電話が鳴った。あっちゃんは何気なくとると、驚いた様子で、僕に言った。
僕は話の内容がわからなかった。ただあっちゃんがこう言った。
「みいちゃんが現れた。みいちゃん、今、けい君を港で待ってるよ。行く? けい君?」
「会いたいな」
「じゃあいけ! 走れ!」
僕は店のお勘定も払わずに外へ飛び出した。
夏だった。
突き刺すような光へと僕は走った。
港に近づいて来た時、彼方から走ってくるみいちゃんが見えた。
みいちゃんも走ってくる。
だんだんと距離が近い。
竜巻のような感情が舞い上がる。
僕も走る。
みいちゃんが近づく。
港の真ん中で出会い抱きしめあった。
「ここまでの道長かった」
「遠いよ、駅から」
「私達、グズだから時間がかかった。でも戻って来た。海の底から。これがパンダじゃない、私そのものよ。名前は如月みいと言います。よろしく。横顔も、正面も、心の中も、少し太っちゃた体も、気持ちも、時間も、私そのものです」
「日常のはじまりやね」
「よかった。小さな日常をはじめよう、これから。ゆっくり。これは白紙の物語だもの。白紙から」
「はじめようか、物語を」
はじめようか、物語を。
未来へ!
【おわり】
パンダ燃ゆ PANDA PANDA PANDA! 荒木スミシ @sumishi
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