第13回 ゆいか再び、パンダ燃ゆ
1
る中学生グループがあった。
そのひとりはくんちゃんが人身事故を起こした被害者の息子だ。かなりの不良少年という話だった。
ある夜、大将たちがその中学生グループを取り囲んだ。ケンカがはじまり、元番長のおかちゃんが被害者の息子を問い詰めた。息子は頷くしかなかった。
「単なる遊びやん。おっさん達もやろ」
くんちゃんは保釈されても、相変わらずで、ビールの飲み過ぎで、路上に倒れていた。
それを見つけた浜の宮中学の不良グループが見かけ、お金を取ろうとした。
けれどくんちゃんの財布には500円しかない。
リンチが始まった。
バットで殴られては笑い転げた。死んでしまうとは考えもしなかった。だから何度も遊びでバットで殴られ笑い転げた。
血だらけになったくんちゃんは、500円でビールを買い、浜の宮中学の体育館の裏までふらふら歩き、そこで空を見上げた。
パンダが燃えるよな。
なあ、はるちゃん。
「リセットやな。はるちゃん。俺が見た妹の事故死。その時な、何にもない先を見てもた。白紙の世界やな。俺がほんまの俺なんか。ほんまの俺は妹なんちゃうんか。はるちゃんが見たそれからの世界は俺にはわかるで。時が止まった世界もわかるで。時が進むのが許せなかったんやろ。そんな自分も許されへんかったんやろ。そんな世界はあるで。確かにな。俺もそんな世界にずっとおるねん。それが俺や」
くんちゃんの遺体は傍らのビールが飲み干されて発見された。
そうやっていろんな場所でいざこざがあり、逮捕された被害者の息子のグループと浜の宮中学の体育館の裏手で仲間達の決闘が始まった。
白黒つけようじゃないか?!
素手でみんな殴り合い、最後には中学生グループが逃げていった。けれどバットを隠していた中学生が仲間達を襲撃し、骨の折れた仲間達は、夕暮れの体育館の裏手でみんなで仰向けになって倒れた。
おかちゃんや、とよさん、まえちゃん、大将、僕、あとみんな仲間達がボロボロになって倒れたまま空を見上げた。
おかちゃんが笑い始めた。
「久しぶりやな、この感覚。この場所もな。なあ、くんちゃん? ここでよう煙草吸ったな。悪さもしたな」
倒れながらみんなで煙草を吸った。そして笑い転げた。
大将が言った。
「あれから何十年や。吉野家食いたいのー」
いつまでも笑い転げた。そうやって皆が時間が過ぎていく。
2
半年後、ゆいかから久しぶりに長いLINEが来た。それを僕は早朝のベッドに座って読んだ。
【けい君。お久しぶりです。
これを伝えるのは、とても悔しいです。
私の一生はこの小さな部屋だけで続くと思っていました。
海の底を転がる石コロのように、その遥か向こう側の世界を見つめるだけで終わるのです。
そんな日々は冒険もなく、二人で見た海のような輝きももう二度とないのです。
たまに施設と部屋の往復だけの外出で、けい君の言う好きな男の子なんか現れるはずはありません。
私は悔しいけど、今でもけい君を守りたいし、私でも守れるもん、と思っています。
愛情はどんなかたちにもなれるのですもの。
そのはずでした。
ところが同じ施設に通う言葉の喋れない、同じように足の悪い男の子と出会い、手紙を貰いました。
私はどうやらその男の子が好きになっていくのが悔しいのです。
けい君はただのおじさんです。笑
私はどうやら女の子です。
男の子が好きです。
好きになっていくただの女の子になってしまいました。
けい君のことなど忘れます。
忘れていきます。
存在の石コロありがとう。
みいちゃんはあれからも私とずっとLINEをしてくれていました。
けい君、みいちゃんの【シーラカンスの夜】を読んでみてね。
じゃあ、未来へ行きます。
君のいない未来へ!
ゆいか】
僕は携帯で小説投稿サイトを検索して【シーラカンスの夜 如月みい】に繋いだ。
【靴下の穴が空いてて、部屋に入るのを恥ずかしがったシーラカンスの夜。
靴ひもがほどけていて、部屋から出るのを恥ずかしがってたシーラカンスの君。
入り口と出口。
シーラカンスの唇に近づいてしまった。
あと1ミリにある君の唇。
よく眠ってたね、シーラカンスさん。
私は悪いけど、そこに黙ってキスをしました。
それでも起きないシーラカンスの夜のこと。
人を愛する力を持ってしまったこと。
いつかあなたに会いに行きます。
その資格が今はありません。
シーラカンスの夜。
シーラカンスの朝がくる。
道を歩いていると、若い頃の自分がいた。確かに服装も若い時の自分だし、顔も若い時の自分だ。
若い時の自分は、時がたった今の自分をわからないらしい。靴ひもがほどけていますよ、と私は若い自分に声をかけ去った。
雑踏の中にあの頃が消えていく。
靴ひもがほどけているよ。
私は波だ、と思う。
同じようによせたり引いたりしているようで、実は飛沫の上がり方も、ひとつひとつの重なりも同じではない。
私の感情も、波だ。同じようで、変化し続けている。存在も、世界も、波だ。一瞬一瞬が違う。
照らす光。
私は世界の片隅にひっそりと存在しています。
私は世界の片隅にひっそりと存在しています。
もし変わるのなら小さな月です。
小さな目立たない曇り空の月です。薄くて誰の目にも見えないような月です。
小さな月です。
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