第6話 運命の出会い②

「よう、相葉。無事か?」


僕の目の前までやってきた鬼神君はそう言った。


「うん、無事だよ。でも、どうしてこんなところに?」


「……たまたまだ。お前の長ったらしい口上が耳に入ってきてな。こうしてやってきたってわけだ」


「そうなんだ。さっきの言葉、聞こえてたんだ。あはは、ちょっと恥ずかしいね」


「何言ってんだよ。カッコよかったぜ。……あんなお前は久しぶりに見たぜ」


「久しぶりに見た? ……あぁ、そういえば中学時代に一度だけそんなこともあったね」


鬼神くんの言葉に、僕は中学時代のある記憶を思い出していた。

それは中学一年のゴールデンウイーク明けに起こった事件だ。事件の内容は、クラスメイトのある男子の財布から現金が抜き取られていたというもの。事件の結論を先に述べてしまえばそれは単なる勘違いというはた迷惑な話だったんだけど、その容疑者として名前が挙がったのが鬼神くんだった。当時の鬼神くんは今とは違って強面の男というだけで喧嘩に明け暮れているような人じゃなかった。反抗期ということもあり、担任の先生や生活指導担当の教諭とはバチバチしてたみたいだけど、その素行の悪さはすでに学年の間では広く知られていてそれを根拠に犯人に祭り上げられてしまったのだ。今思えば、本当に浅はかだし客観性にもかけるしなんならもはやステレオタイプから導き出した主観に基づいた主張だった。


「あの時、クラスの奴ら全員が俺を犯人だと決めつける空気が大半だった中で、ただ一人俺の潔白を信じてくれたのが相葉、お前だったな」


「そうだったね。そんなこともあったね」


「この際だから聞くが、なんでお前は俺のことをかばってくれたんだ? クラス内は完全に俺が犯人だという空気が支配していた。庇えば、お前のクラス内での立ち位置とか好感度もやばくなるかもしれなかっただろう?」


「うん……そうだね……」


僕は考えた。いや、正確には考えるふりをした。だって答えは分かっているんだから。

僕が言い淀んだのはひとえに馬鹿にされることを恐れたからだ。


「それは?」


鬼神くんが答えを急かすように言葉を聞き返してきた。


「それは……直観かな」


「直観?」


「まあ、他にも論理的な理由はあるんだけど、最後の決め手はやっぱり直観なんだよね。身体が勝手に動いたとでも言うのかな」


「…身体が勝手に、か。そうか。やっぱりお前はすげえやつだよ」


噛みしめるように何度も頷いてからそんな感想を漏らした鬼神くんに、僕は内心で首を傾げる。

僕が凄い? どこが? こんな平凡で飛びぬけた才能があるわけでもない普通が服を着て歩いているような人間に称賛されるようなところなんてない。

僕がそんなふうに自己分析していると、鬼神くんは右手を差し出してきた。


「ほら、握れ」


「う、うん。ありがとう」


「ん? 相葉、お前って左利きだったっけか? 俺の記憶だと右利きのはずなんだがよ」


お礼を言って、僕が左手を伸ばして鬼神くんの手を握ろうしたところで、鬼神くんが太い首を傾げた。

その疑問に声に、僕の後ろに立っている三人衆の誰かの「ひぃ」という怯える声が聞こえてきた。物語の最終局面で主人公に追い詰められた悪役のような声だった。

実際、後ろにいる三人は悪役だし、鬼神くんは捕らわれた姫とそのお付きの人を助けにきたって感じなので、僕の捉え方には間違いはないはずだ。

まあ、そのヒーローがダークヒーローなのは目をつぶっておこう。


「僕は右利きだよ。でも、後ろにいる冴島って男にここに連れてこられた時に放り投げられた時に、ちょっと着地に失敗しちゃってさ。情けないけど負傷しちゃったんだ」


「そうか。それはたっぷり後でお礼してやんねぇとな。まあ、いい。とりあえず立てよ。この空き地の地面汚ねぇし」


鬼神くんは僕に右手を伸ばしたままの体勢で、その獲物をライフルで狙う狩猟者ような目で僕の背後を睨みつけた。怖い、自分に向けられていないのにこれなら、真正面から睨みつけられていたと想像すると失禁からの失神は避けられないだろう。



「うわぁ……本当だ。今の今まで気づかなかったよ」



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僕は高校一年の春に運命の女神に出会いました 天条光 @Jupiter0322

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