ゲームオタクな義妹です

無月弟(無月蒼)

ゲームオタクな義妹です

「あ……」


 ドアを開けた瞬間、しまったって思った。

 高校から帰宅してリビングに入ると、そこにいたのは同じ学校の男子の制服を着た、お兄ちゃんの姿。


 お兄ちゃんと言っても、ほんの半月だけ早く産まれただけ。

 そして先週までは赤の他人だった、血の繋がっていない男の子なんだけどね。


「……お帰り」

「……ただいま。新藤くん……要くん、今日は早かったんだね」

「ああ。ちょっとやる事があったからな」

「へえー、そうなんだー」


 ここで「やる事ってなに?」って聞けたら話が続けられるのに、口下手な私は、これ以上話を続けられない。


 新藤要くん。いや、今は名字が変わったから、武田要くんか。

 兄妹になったにも関わらず、未だについ古い方の名字で呼んじゃうこともあるけど、これは仕方がないよね。

 何せ元々、私と要くんは、同じ学校のクラスメイト。名字で呼ぶのが当たり前だったんだから。


「今日は熱いね。何か冷たいものでも用意しようか?」

「いや、いい。じゃあ、俺急ぐから」

「あ、うん。ごめんね、引き留めちゃって」


 要くんは「別に良い」とだけ言って、さっさと自分の部屋へ行ってしまう。


 幼い頃に、片親を亡くしていた私達。私はお父さんに、要くんはお母さん育てられていたのだけど、そんな親同士が再婚したのが先週のこと。

 最初に顔合わせをした時は、ビックリしたなあ。再婚相手に連れ子がいるっては聞いてたけど、まさかそれが要くんだったなんて。


 再婚には反対しないけどさ、クラスメイトの男の子と急に兄妹になるのは何だか、気まずいものがあるよ。


 しかも私達はお互いに顔と名前くらいは知っていたけど、話したことはほとんどなかった。

 だって要くん、顔良し、運動神経バツグン、成績も良いと言う、女子が騒がないはずのないハイスペック男子、スクールカーストの頂点にいるような男の子なんだもの。私とはそもそも、住んでる世界が違うんだよ。

 お父さんが再婚した今は同じ家に住んでいるんだけど、それでも別世界の住人であることに変わりはないよ。


「あーあ、何だか虚しくなってきちゃった。ゲームでもやって、気分転換しよう」


 ゲーム機が置いてある、自室へと引っ込んでいく。

 モヤモヤした気持ちを晴らしたい時は、ゲームをするのが一番だよね。


 私の名前は武田久実。地味な容姿にコミュ症な性格。スクールカーストの底辺に君臨する、ゲームオタクの女子である。

 一応兄妹なのに、この差は何なんだろうね?



 ◇◆◇◆◇◆



 蝉の声がうるさい、8月に入る。

 お父さんとお義母さんが再婚したのが2020年7月の始めだから、二人暮らしだったこの家に、要くん母子が住むようになってから、もう一ヶ月が過ぎたことになる。

 だけど未だに、私達はギクシャクしたまま。打ち解けるにはまだまだ時間がかかりそう。


 で、その要くんはと言うと、今日は朝からマスクをつけて出掛けて行ってる。

 要くん、夏休みに入ってからも友達と一緒によく出掛けていて、ほとんど顔を合わせない日も少なくない。どうやら人気者は、夏休みでも引っ張りだこみたい。

 ウイルス対策もバッチリして、今頃友達と楽しく遊んでいるのかなあ。


 だけど、出掛けているなら今がチャーンス!

 私は自室にしまっていたゲーム機、PS4《プレイスルンダー・ヨン》を取り出して、テレビのあるリビングに向かった。


 少し前まで、私はよくリビングのテレビを使って、ゲームをやっていた。

 最後にやっていたのは、剣士や魔法使いが出てくるアクションRPG。たしか新しいダンジョンに入るところで、セーブしてたっけ。


 だけど、要くん母子がうちに来てからは、一回もプレイできていないんだよね。

 だってさあ、家族団らんの場であるリビングで一人ゲームだなんていうのは、絵的にちょっとね。

 お父さんは慣れているだろうけど、お義母さん、そして要くんはどうだろう。ゲームに夢中になる姿を見られるのが、何だか恥ずかしくて、今まで封印していたの。

 もちろん自室でこっそり、ケータイゲームはやっていたんだけどね。


 それでも、一番やりたかったゲームができないのは辛かったよ。

 けど今日はお父さんもお義母さんも、要くんも出掛けているから。今なら思う存分、ゲームをすることができるよ。


 リビングに入るとエアコンをつけて、テレビにゲーム機を繋いで、準備完了。

 テレビとPS4のスイッチを入れると、画面に西洋風の建物と、美麗なキャラクターが表示される。


「うーん、久しぶりー。よーし、今日中にダンジョンをクリアしちゃおーっと!」


 私は意気込みながら、ゲームを進めていく。


 ゲームは戦闘になると、最大四人のキャラクターが、剣や魔法を使って敵と戦っていくと言うシステム。

 大人数でやれば四人全員をそれぞれのプレイヤーが操作することもできるけど、私一人だと動かせるのは、一体のキャラクターのみ。後は皆、コンピューターが動かしてくれている。


 私が操作しているのは、主人公の青年。剣を使う前衛タイプのキャラクターで、戦闘の度に相手に斬りかかっていっている。

 もっとも積極的に前に出るとその分、敵からの攻撃も食らいやすいんだけどね。


「うーん、一ヶ月もご無沙汰してたから、勘が鈍ってるのかなあ? HPがマズイことになってる」


 私はゲーム好きではあっても、そこまで上手な訳じゃないんだよね。だけど下手は下手なりに頑張りながら仕掛けを解いて、モンスターを蹴散らして、ダンジョンを進んで行く。

 そしてやって来たボスとの戦い。相手は巨大なドラゴンだったんだけど、これが思いの外手強かった。


「えい、それっ……ああっ、死んじゃう死んじゃう!」


 ボスキャラだけあって、ドラゴンはやっぱり強かった。

 回復魔法やアイテムを使って、何とかやられずにすんでいるけど、いつまで耐えられるかなあ。ドラゴンのHPが分から無いから、どれだけ攻撃すれば勝てるか分からない。

 だけどとにかく、攻撃あるのみ。前に出て、ドラゴンに斬りつけようとしたその時……。


「おい、バックステップしねーとやられるぞ」

「えっ?」


 攻撃を止めて、咄嗟に後ろにジャンプする。

 するとさっきまでいた所に、ドラゴンの吐いた炎が降り注いできて。もし逃げていなかったら、今ので死んじゃってたに違いない。


「あ、危なかったー。ありがとう要くん……って、要くん⁉」


 なんて事だ! 一人でゲームをやっていたはずなのに、いつの間にか私のすぐ後ろには要くんが立っていて、ゲーム画面をじっと見つめていた。

 というか、いったいいつ帰ってきたの? 私、さっきから「えい」とか「やあ」とか言いながらプレイしてたんだけど、もしかしてそれ全部、見られちゃってた?


「また攻撃が来るぞ。さっさと避けろ」

「う、うん」


 見られていた事への恥ずかしさはあったものの、ゲーマーの性かな。すぐに画面に目を戻して、ドラゴンと対峙する。

 だけど、守るのに手いっぱいで、なかなか攻められない。するとその様子を見ていた要くんが、苛立ったように言う。


「お前、あんまり上手く無いんだな。ちょっと待ってろ、コントローラー取ってくる」


 え、私の部屋に入って、コントローラーを持ってくる気なの⁉

 慌てたけど、要くんは止める間もなく部屋を出て行っちゃって。残された私はドラゴンの攻撃をしのぎながら、オタクグッズで溢れた部屋を見られてしまうことに、頭を抱えたくなっていた。

 同居してから一カ月。恥ずかしいからまだ一度も、要くんを部屋にあげた事は無かったのだ。


 だけど、どうやらそれは杞憂だったみたい。

 要くんが持ってきたコントローラーは、私の部屋にあるはずの物とは色が違っていた。


「それ、もしかして要くんの? 要くんも、ゲームするの?」

「まあな。ほら、ボサっとしてないで、さっさとやるぞ」


 要くんは槍を使うキャラクターを選んで、操作を始める。

 その動きは下手な横好きの私とは違って無駄が無くて、あんなに苦戦していたドラゴンを圧倒していた。


「意外。要くんって、ゲーム得意なんだね。成績も良いし、スポーツも得意だから、てっきりゲームなんてやらない人だって思ってた」

「それ偏見。元々勉強に力を入れるようになったのも、成績下がってゲーム禁止になりたくなかったからだよ」

「そうなの⁉ もしかして、かなりのゲームマニアだったりする?」

「……悪いかよ?」


 ジトッとした目を向けられたけど、全然そんなこと無いよ。

 むしろ今まで住む世界が違うって思っていたのに、共通の趣味があるって分かって、何だか嬉しかった。


「どうして今まで、内緒にしてたの?」

「同じ家にいても全然話なんかしねーから、機会がなかったんだよ。それに、それはお互い様だろ。俺だって武田……久美がゲームやるだなんて、知らなかったし」


 一瞬苗字が出かかったけど、慌てて言い直してくれる要くん。一緒に暮らすようになってから、こうして名前を呼ばれた事が何回あったかな? 

 久美って呼ばれただけなのに。たったこれだけのことが、なぜかやけに嬉しく思える。


「こんな事ならもっと早く、ゲームが好きだって言っておけば良かったなあ」

「そうなだ……おい、次が来るぞ。お前弱いんだから、後ろに下がってろ。お前の事は、俺が守るから」


 鋭い目で画面を見つめる凛々しい横顔と共に放たれた一言。

 ゲームの話だって分かってるけど、こんな風に言われたら女の子なら、ついドキドキしちゃうに違いない。

 だけど、私はただの女子じゃない。生粋のゲームオタクなのだ。


「守られてるだけなんて嫌! 私も前に出る!」

「分かったよ。くれぐれも、足は引っ張るなよ」


 それぞれ剣と槍を構えながら、ドラゴンに向かって行く私達。


 こうしてゲームという共通の趣味を見つけた私達は次の日も、その次の日も一緒にプレイしていった。

 RPG以外にもレースゲームやアクションゲーム、乙女ゲームなんかもやったっけ。


 そうして新学期が始まる事には、すっかり仲良しになって。

 一緒にゲームをやる事で心の距離が縮まる事もある。そんな風に思った、夏休みでした♡

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