恋姫に告ぐ――、

 あと三分で、今年の七月七日は終わりを迎える。


 小雨が降っていた。しとしと降る雨。


 雨粒が漆黒の少女の髪に、肩に落ちる。

 七夕の日に降る雨は、催涙雨と呼ばれているそうだ。織姫の流す涙が由来で。


 すべてが破壊し尽された、静寂な世界。

 人々の営みで栄えていた昨日までの風景は一切ない。


「……、まったく残念ね」


 眠るように横たわる四条湖都を前に、不死の少女――恋姫は呟く。風鈴のような声は雨音によってかき消された。爆撃でここまで吹き飛ばされたのか。手紙を握りしめる右手と綺麗な顔は原形を保っているだけ、まだ幸いといえる。


「これが今年の天罰……? 戦争もまた災害なのかしら」


 恋姫はそっと屈んで、名も知らぬ小花を、恋を願った少女に添える。


「幸せそうな顔ね。彼との恋が、せめてあの空で叶えられれば。……ごめんなさい」


 七夕の日に降る雨は、恋終わりの雨。千年にわたって思い続けていることだけれど。


「今年は違うのかしら?」


 なんにせよ、


「あなたの恋は忘れないわ。それが恋の神様わたしの使命だから」


 そうして膝を伸ばして、恋姫はその場を後にする。

 が、ちらりと湖都に向いて、


「この雨は、織姫あなたの涙なのかしら」



 そして終戦前に起きた七夕の悲劇――“天罰と催涙雨”から七七年が経ち――……。


 西暦2022年の初夏。


『短冊に祈る人がいる限り、私は恋を叶えます』


 ネオンが宝石のように輝く夜の都心。ビルの大型ディスプレイに流れるのは、恋姫伝説を元に制作された映画の宣伝映像。そしてとあるビルの屋上で、映像をバックにロングの黒髪を風に靡かせる、髪と同じ色をしたセーラー着の少女。

 彼女は手にする数枚の短冊を吟味していた。


「さて、どの恋を叶えましょうか」


 少女の名は――恋姫。宣伝映像から聞こえる『少女に名はない。あるのは“恋姫”という通り名だけ』というナレーション。


「一応、『姫夜ひめよ』という名前はあったわよ。とうの昔に捨てたけど」


 誰も聞かない独り言を、恋姫は口走る。

 ふと、一枚の青い短冊に手が止まり、


「あら、素敵なお名前ね。奏でる空で……『奏空そら』と読むのかしら? 決めた、彼女にしましょうか。じゃあ、お相手は――……」

 

 千年を生きる恋の神様は、今年も誰かの恋を叶える。

 『恋姫に告ぐ――、』祈りが短冊にある限り。


 恋姫はため息をついて、


「今年こそ、催涙雨あめが降らなければいいのだけれど」



 その雨が、――――自らの恋を罰するためと知りつつも。

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恋終わりの雨が7の日に降る確率【Web版】 安桜砂名 @kageusura

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