10年経って出会ったその時も、ラストは君と
フカイ
掌編(読み切り)
かんかんかん、と踏切の警報音が鳴り響いて、ゆっくりと遮断機が下りてくる。
下り坂の途中の踏切。
黄色と黒の縞模様の遮断機の向こうに、黒髪のあの人が立っている。
あの人の向こうは、海が見えた。
あの人は、泣き笑いしながら、ぼくを見つめていた。
袖がきんちゃくになった、かわいらしいブラウス。襟のフリル。
うるむ瞳と、海の照り返しがまぶしくって、ぼくは手をかざし、あの人のことを見返そうとしたんだ。
潮風がそよいだ瞬間に、カナリア・イエローの電車が走ってきた。
あの人の、亜麻色のボブの髪が潮風にそよいだその後、電車の風に、それは盛大になびいて。
そして、電車の轟音の向こうに、あの人は消えてしまった。
踏切の脇の路地に生えたセイタカアワダチソウが、電車の風に吹かれて揺れている。
車両と車両の合間に目を凝らすけれど、あの人の表情は確認できない。
電車と一緒に、思い出が駆け抜ける。
●
誕生日のプレゼントに上げた、カセット。
お気に入りの歌を、60分のAB面にまとめて。
インデックス・レーベルをインスタント・レタリングで作った。
それからレコードの貸し借りをして。
あの人の好きな、トンプソン・ツインズをぼくが借りて、
ぼくの好きな、ポリスを貸してあげたんだ。
学校の帰り、自転車に乗って通ったお好み焼屋。
浜辺のベンチに座って、何時間も語り合った。
不器用なデート。そして、せっかちなキス。
幼い恋だと、いままで、忘れていた。
●
カナリア・イエローの電車は、轟音と共に走り去った。
踏切は、警報音を止め、遮断機をするすると上昇させた。
そして、坂道の向こうには、あの人は消えていた。
胸が締め付けられるほどの切なさが残る。
この場所、この季節。この日差し、この時間。
ぼくらは別れたんだった。
特に理由もなく。
上京する、なんて理由なんじゃ、なかったよなぁ。
「10年たって出会ったその時も、ラストは君と」って
あの歌は、いまなら出来過ぎって笑うけど、
あの時は、真剣に、リアルに、ふつうに信じられた。
10年たって出会ったとき、きっとまた、恋に落ちるって。
あれから30年。
あの人とすれ違うことさえなく、記憶の底に眠る幼い恋の思い出。
こうしてこの場所に立って、踏切越しに海を見るときだけ、
あまりにリアルに、18のあの人が、そこに見える。
もうしばらく。
いましばらく、ここにいよう。
胸に去来する遠い日の恋の、色や形や匂いや手触りが、鮮明に思い起こせるまで。
それが、消えてなくなるまで。
10年経って出会ったその時も、ラストは君と フカイ @fukai
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