紫外線

かどの かゆた

紫外線

 S婦人が肌に良いという日課のヨガをしていると、突然インターホンが鳴った。


「ごめんください。貴方が必ず欲しがる商品をお持ちしました。お話だけでも聞いて下さいませんか」


 S婦人はマイク越しに男の声を聞いた。インターホンに付いているカメラの前には、スーツを着た長身の男が穏やかに微笑んでいる。


「私、そういう類の怪しいセールスはお断りしているの。他を当たってくれないかしら」


「他を当たるなど、とんでもない。他ならぬ貴方だからこそ私はこれをお売りしようと思ったのです」


 男は鞄を持ち上げて、にっこりと笑った。


「そんな常套句に騙されないわ」


「いえいえ。本当なのですよ。貴方の美貌は近所でも評判だそうで。きっとその美しさは、生まれ持ってのものだけではなく、弛まぬ努力の賜物なのでしょうね」


「そんな風に褒められると、悪い気はしないけれど。一体その話はどこから聞いたの?」


「私達は常に、商品を必要とする人を探しているのです」


 答えになっていない返事をして、男は小さく咳払いをする。


「貴方には悩みがある。そうでしょう?」


「そんな勿体ぶった言い方をしないで頂戴。悩みだなんて、人間なら大なり小なりあるものだわ」


 この時には、S婦人はすっかり男の話を聞く気になってしまった。何故なら、男の言う商品が美容に関係するものだと気が付いたからだ。


「隣の奥さんが言っていました。大層立派な日傘をお持ちだとか」


 男はカメラの前で、傘を開くようなジェスチャーをする。S婦人は、玄関に置いてある最高級の日傘をちらりと見た。それは彼女にとって、特に夏場に外へ出るときは必需品であった。


「確かに美しい肌を守るには、紫外線の対策は必然でしょう。しかし、幾ら対策をしても、どうしても外に出れば肌が焼けてしまう。それどころか、家の中に居ても日差しが気になる。シミの一つでも出来やしないか気が気でない」


 男が言ったことは、まさにS婦人の最近の悩みだった。


「それで、もしかしてそれが解決出来る商品があるとでも仰るのでしょうか」


「無論、その通りです」


 男の返事を聞いて、S婦人は男を家の中へ招いた。男は鞄を玄関に置いて、中のものを取り出す。

 それは、真っ黒な仮面だった。それも普通の仮面とは違い、本当に顔の形だけを模したもので、目も口も穴が空いていない、不思議な仮面。


「これが、貴方の言う商品なの?」


 S婦人は訝しげな視線を男へ向けた。


「はい」


 男はそんな視線も気にせずに笑って頷き、その仮面を自らの顔に押し当てた。


「よく見ていて下さい」


 男は仮面の横にある小さなスイッチを押した。カチッと小気味いい音が鳴ったかと思うと、彼の肌は全て真っ黒に変わる。それは丁度、シルエットクイズでもしているような見た目だった。


「これは、仮面型の全身スーツなのですよ。着心地は、着ていないのと全く同じです。眼球も紫外線でダメージを受けるのはご存知ですか? なんと、このスーツは目さえも紫外線から守ってくれるのです」


「光を通さないなら、目が見えないんじゃないの? それに、紫外線は適度に受けないと健康に悪いとも聞くわ」


 S婦人が疑問を口にすると、男は「よくぞ聞いてくれました」と明るい声を出す。


「そこが、我が社が努力したところなのですよ。このスーツは、健康に都合の悪い

光だけを通さないのです。特殊な素材を使いましてね、既に一万人ほどが利用しておりますが、健康被害の報告は未だされていません」


「それは素晴らしいものだわ」


 S婦人は大変に感心した。男は「そうでしょう、そうでしょう」と誇らしげな様子を見せる。


「これさえあれば、もう肌の心配をすることは無いのです。肌の老化の原因は80%が光であるという説があるくらいですから、このスーツは永遠の美しさを約束するものであると言ってもいいでしょう」


「えぇ、分かりました。買いましょう」


 S婦人は夫の給料半年分のお金を支払って、そのスーツを購入した。

 実際に着てみると、そのスーツは男が言った通り素晴らしいもので、着心地は何の違和感もなく、肌にシミが出来ることは無かった。

 S婦人は、一生美しいまま生きることに成功したのだ。

 外でも、家でも、どんなことがあろうと、彼女はスーツを着続け、肌を保った。

 そして彼女のスーツを外した姿を誰かが見る機会は、もう二度と訪れることはなかったのだった。

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紫外線 かどの かゆた @kudamonogayu01

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