弁護人 それではお願いします。あなたは、被告人に殺害された鬼の遺族でありながら、被告人の減刑嘆願に署名したのは、事実ですね?


遺族 はい、その通りです。


弁護人 殺害された鬼との続き柄を教えてください。


遺族 妹です。


弁護人 つまり、殺された鬼はあなたのお兄様だったと。


遺族 はい。


弁護人 あなたの家族のうち、あなた以外で減刑嘆願に署名した人はいますか?


遺族 私の妹と、父親も署名しました。


弁護人 確認ですが、あなたは三人きょうだいで、被害者の鬼が長男、その次があなたで、あなたの下にもうひとり妹さんがいらっしゃるということですね?


遺族 はい。私と妹は双子です。


弁護人 つまりあなたの家族のうち、鬼の父親と鬼の妹ふたりが減刑嘆願したということになります。お母さまは署名に反対されたのですか?


遺族 母はすでに他界してますので。


弁護人 失礼いたしました。……それでは、あなたが被害者遺族でありながら、減刑嘆願した動機をお聞かせください。


遺族 …………。


弁護人 言いにくいですか?


遺族 いえ……、すみません。本音をしゃべっても、よろしいのでしょうか?


弁護人 もちろん、けっこうです。


遺族 それでは……。正直に言って、私たち家族は兄を憎んでいました。桃太郎さんに殺していただいて、本当に感謝しています。


弁護人 鬼を憎んでいた理由を教えていただけますでしょうか。


遺族 人として許されないことだとは思っています。しかし、鬼である兄が、私たちの足枷になっていたのは間違いないことです。きっと私たちだけではありません。鬼は障害なんです。


弁護人 具体的に、どういうことがあったか聞いてもよろしいでしょうか。


遺族 はい。私の母は、長男である兄が鬼として産まれたことじたいにはそれほど悲観していなかったようです。父と母と、ふたりで力を合わせれば、鬼の子供でもきっと立派に育てていけると。しかし或る日、こんなことを思ったようです。親が子よりも先に死ぬのは抗いがたい宿命で、また親もそうであってほしいと願うもの。だとすると、両親が死んだ後に、この鬼はどうやってこの世界で生きていけばいいのか、と。そこで母が考えたのが、自分の死後も鬼である兄の世話をする、弟か妹を作ろうということでした。そうして産まれたのが、私と妹の、双子の姉妹でした。つまり、私と妹は産まれてくる前から、鬼の世話をすることが運命付けられていたのです。こんな不公平な話ってあっていいんでしょうか。


弁護人 ………。


遺族 私も、小学校のころから学校では兄のことでいじめを受けてたんです。「お前のアニキは鬼だ」って。


弁護人 学校では、先生は助けてくれなかったんですか?


遺族 いちおう、注意はしてくれましたけど、それ以上のことはありませんでした。もちろんいじめは、いじめるほうが悪いには決まってます。鬼にも等しく権利が与えられるべきなのでしょう。でも、そんなきれいごとが、実際に不利益をこうむってる人間の前で、いかほどの意味を持つのでしょうか。


弁護人 ええ……。


遺族 ご近所からも、ずっと後ろ指を指されるような生活をしてきました。私たちが積極的に近所に言って回るなんてことはするはずもありませんが、どこかからウワサが流れて、もうあちこちまで知れ渡っていたんです。「あそこには鬼の子がいる」って。


弁護人 はい……。


遺族 もう1年近く前になりますが、妹は当時長く付き合っていた恋人と、婚約したんです。相手の方のご両親にも挨拶に行き、話はうまくまとまってたんですが、私たちに鬼の兄がいると知ると、相手のご両親は結婚に反対し始めました。そして、私たちの家にくると、はっきりとこう告げられたんです。「こんな結婚、認められるわけないだろう。孫が鬼に生まれたら、お前らは責任取れるのか」と。その後、妹は自殺未遂を図り、なんとか一命はとりとめました。しかし、責任を感じたのか、今度は母が自殺をしました。


弁護人 ……。


遺族 金銭面でも、私たちは非常に苦労しました。鬼である兄は、一円も稼がないくせに、生活するのにはふつうの人間以上にお金がかかります。そりゃ、いくらかの手当てはいただいてましたが、そんなの何の足しにもなりません。それなのに、近所からは「あそこは鬼がいるから国からたくさん補助金をもらってるに違いない」なんて言われるんです。


弁護人 生活は苦しかったのですか?


遺族 苦しいなんてもんじゃありません。私も妹も、兄が食いつぶすお金を稼ぐために、中学生のころから年齢を偽ってアルバイトをしてたくらいです。もちろん、私たちは大学進学は諦めました。私はともかく、妹は成績は学年トップクラスに良かったのに。


弁護人 あなたのお兄様が、鬼ヶ島に行くことになった理由を教えていただけますか?


遺族 はい。母が死んでからですが、やっと兄を鬼ヶ島送りにすることができたんです。詳しくは知らないんですが、母が死んだことで、ようやく入島基準を満たしたようで。


弁護人 鬼ヶ島送りになったことで、生活は楽になりましたか?


遺族 はい。兄の鬼ヶ島の滞在費用を負担する必要がありますが、少しずつ借金を返していけるようにはなりました。そして日々の生活が、とても快適になりました。家に鬼がいないというだけで、こんなに幸せなものだとは知りませんでした。妹と、こんな話をしたことがあります。「鬼がいなくなるだけでこんなに楽になるなら、いっそのこと早く殺してしまえば良かったね」なんて。


弁護人 それは、まあ……、やってはいけないことですが。


遺族 だから、それがおかしいんです。鬼を殺して、何が不都合があるんですか。鬼を殺した人を法で裁くなんて、間違っています。むしろ、積極的に殺すべきです。生まれた子供が鬼だった場合、その場で始末すればいいんです。だって、この国では実際むかしはそうやっていたんでしょう。


弁護人 それは鬼の権利を侵害することになりますね。


遺族 なぜ鬼に人間を同じ権利を保障しなければいけないんでしょう。


弁護人 なぜと言われましても、我々の社会はそれを正義としています。


遺族 鬼よりも、人間の権利が優先されるのは当たり前じゃないですか。ここにいらっしゃる、検察の方、裁判長様、そして弁護人の方々にも言いたい。私たちが苦しんでるあいだ、法は私たちを守ってはくれなかったじゃないですか。そして、今も鬼に苦しめられている人が、日本中にいるんです。お願いします。桃太郎さんを裁かないでください。桃太郎さんを裁く権利は、あなたたちにはないはずです。彼は、私たちの英雄です。


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被告人ももたろう 台上ありん @daijoarin

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