裁判長 証人の職業は?


証人 鬼ヶ島で鬼の皆様の世話をする仕事をしておりました。今は無職です。


裁判長 年齢は?


証人 28歳です。


裁判長 鬼ヶ島に勤務するきっかけを教えてください。


証人 短大卒業後、しばらく地元の税理士事務所に勤務してたんですが、細かい数字を扱うのは苦手で……。もっと、実際に人のために役に立ってるという実感が欲しくなり、専門学校に入りなおして介護の資格を取り、鬼ヶ島に勤務することになりました。


裁判長 事件のことを思い出すのは辛いと思いますが、どうかご協力お願いします。それでは、検察側から初めてください。


検察 よろしくお願いします。証人は事件当日、鬼ヶ島で夜勤だったということですね?


証人 はい。


検察 勤務時間は何時まででしたか?


証人 朝の8時まででした。


検察 事件があったのは、午前9時過ぎですよね。勤務終了後も鬼ヶ島に残っていたんですか?


証人 いえ、鬼ヶ島も人手不足が常態化しており、残業をしていました。


検察 毎日、残業ですか?


証人 はい、二時間か三時間くらいはいろいろとやることが残っていました。


検察 被告人が鬼ヶ島に入ってきたときのことを説明してください。


証人 はい……、いきなり島に上陸してきて、私にナイフを突きつけてきました。


検察 そのナイフは、この写真と同じもので間違いないですね?


証人 はい。


検察 続けてください。


証人 それで、被告人は「鬼はどこだ!?」と叫ぶような大きな声で言いました。私は強盗がやって来たのだと思いました。私は恐怖で、その場にへたりこんでしまいました。すると、被告人はもう一度「鬼はどこだ!」と言いました。下手に逆らうと殺されると思い、鬼のみなさんが寝ている部屋を指さしました。


検察 被告人は、鬼がいる部屋に一人で行ったんですか?


証人 いえ、私の腕を引っ張って一緒に連れていきました。


検察 そして、被害者を次々に刺殺し始めた、というわけですか?


証人 被告人は私に、まず入り口のすぐ近くにいる鬼の方の前まで行き、「ここにいる鬼は、人間の言葉をしゃべれるのか?」と訊いてきました。その方はしゃべれません、と私が答えると、被告人はナイフを振り下ろして首を突き刺しました。鬼の方は、首から噴水のように血を吹き出しながら身体を痙攣させるようにふるわせると、…………絶命したようでした。そして……。


検察 大丈夫ですか? 少し休憩いたしますか?


証人 いえ……続けます。また次の鬼の方の前にいくと、また被告人は、「この鬼は、喋れるのか?」と聞いてきました。しゃべれないと私が言うと、被告人はその方も殺しました。……そういうことを何度かしているうちに、私はようやく、被告人は人間の言葉をしゃべれない鬼の方を選んで殺しているのだということに気づきました。ですから私は途中からは、「みんなしゃべれます」と言ったのですが、被告は私の言うことを信じなくなって……、私が何度「みんなしゃべれます」と言っても無視するようになり、あとは思うままに殺害を続けました。


検察 殺されるにあたって、鬼は抵抗していましたか?


証人 できるはずがありません。鬼の皆さんは、ただベッドの上で寝ているだけです。


検察 すると、被告人は無抵抗な鬼を一方的に殺害したということですか?


証人 そうです。


検察 ……事件の様子はわかりました。違う質問をします。あなたは、被告人に対してどのような刑罰を望みますか?


証人 被告人にどのような刑罰が下されても、亡くなった19人の鬼の皆さんが生き返るわけではありません。叶うならば、被告人に心より悔い改めていただき、反省の言葉を聞きたいと思っています。


検察 世の中では、被告人英雄とみなし、減刑嘆願をしている人がいます。そのことについて、あなたはどう思いますか?


証人 まったく賛成できません。鬼の皆さんも、私たちと何ら変わらない、ちゃんと生きて、感情のある存在です。


検察 敢えて問いますが、鬼が社会に大きな負担をかけていると感じている人は少なくありません。また、実際にそれは事実でもあります。今回のことを受けて、鬼の殺害は法律で裁くべきではないので、法改正すべきという意見や、自ら求める鬼には安楽死を許可すべきという意見が強くなっているようですが、それについては、どのように感じますか?


証人 鬼の皆さんは、望んで鬼に生まれたわけじゃありません。たまたま鬼に生まれただけです。鬼に生まれたことについて、罪などあるはずがありません。桃太郎を賛美してる人に言いたい。あなたがたは、鬼の皆さんのいったい何を知っているのか。鬼ヶ島の鬼の皆さんはたしかに社会の役に立っているわけではありません。少しの生産性もなく、自ら動くこともままならない人ばかりです。お金を使うばかりで、納税することはありません。しかし、そういう人を助けるために、私たちの社会は存在するはすです。桃太郎の行動を褒めたたえている人たち、あなたたちは、正義の味方ではない。あなたたちこそが、鬼ではないですか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る