見守り、見送る神から、共に歩いていく神へ

最終話

 「・・今夜は随分と激しかったですね。

何かお有りになったのですか?」


和也の居城、その彼の寝室で、やっと呼吸を整えたエリカがそう尋ねる。


突然ここに呼ばれ、無言でベッドへと運ばれてからは、それこそ何度も意識を飛ばされ、息も絶え絶えに、ただ必死に和也にしがみ付いていた彼女。


過去にも何度か似たような事があり、和也がこんな風にエリカを抱く時は、必ず忘れたい何かが彼の心を苦しめていた。


それを理解している彼女は、絶え間なく襲ってくる強烈な快楽に身を躍らせながらも、決して和也の行為を止めようとはせず、力尽きてその意識を手放す寸前まで、愛しげに彼を見つめ、その後頭部や背中を抱き締め続ける。


地球時間で丸1日が経過した頃、やっと落ち着いた和也が身体を離し、仰向けに寝転がると、汗が浮いた身体をどうにか起こし、片手で髪が顔を覆うのを抑えながら、エリカがゆっくりと、自身の唇を和也のそれに合わせてくる。


余韻を楽しんだ彼女が徐に頭を上げ、少し心配そうに、和也の顔を覗き込んでくる。


囁くように告げてくるその問いに、和也は彼女の背に手を遣りながら答えた。


「・・なあエリカ、自分は弱くなっただろうか?」


「先程までわたくしを圧倒していたのですから、あちらの事を仰っている訳ではありませんね?

フフフッ、冗談です。

そんな顔をなさると、もっと悪戯したくなってしまいますよ?」


「・・まだ天上に居て、お前達と出会う前の自分は、人の世を慈しみながらも、ある一線だけは決して越えなかった。

どんなに哀れに思っても、どれ程辛かろうとも、自分は傍観者であり、人には必要な試練だからと、手を出さなかった」


「今のあなたが必要以上に人々に介入している、そう仰りたいのですか?」


「自分が認めた個人を救済するだけならまだ良い。

だが、その個々人が必要とする、大切にしている、そういった理由でどんどんその枠を広げていけば、やがては際限なく人を助けてゆく事になろう。

それは自分が望む形ではあっても、理想の姿ではない」


「確かに、それをし過ぎてしまっては、自力では何もしようとしない者達が出てきますね」


(働けるのに)働かなくても住まいや食べ物が貰える。


努力しようとしまいと、皆同じように手を差し伸べて貰える。


それらが行き着く先は、『次は何をして貰えるの?』という思考形態だろう。


生まれや才能も本人の立派な資質であるのに、あたかもそれを言い訳にして、初めから何もしない者達まで救済しては、その世界は、ゆっくりとではあるが確実に滅んでいく。


『ママ~、あれ欲しい』


『大丈夫、国がその内買ってくれますよ』


こんな会話すら、現実になりかねない。


誰かが無作為に利益を得る陰で、他の誰かがその分の汗を流している。


時代や国と共に、人々が通常の暮らしを送るために要求される努力や労力の総量は変化し、その難易度もまた異なる。


資力もない、人脈もない者の中には、初めからそれを有している者や、一部の成功者達が妬ましいと感じる者もいるだろうし、不公平だと考える者さえいるだろう。


世の政治家達は、殊に文明が進んだ世界では特に、(実際にやるかどうかは別として)票のためにそういった思想を取り込みがちであるが、エリカはその考えに否定的だ。


彼女は初めて地球でテレビやインターネットに触れた際、その文明の高さに驚いた。


魔法が存在しなくても、科学だけでそれを凌駕していると感じた程だ。


より詳しく調べてみると、同じ星の中でも、天と地ほどに貧富の差がある事も分った。


そして、ある1つの事実に気が付く。


文明が高度になればなる程、暮らしが豊かになればなる程、その労力を惜しむ人、皆と同じじゃないからと、不公平だと文句を述べる者が出るという、悲しい事実に。


例えば、彼女がよく参考にしていた新聞には、貧しい家庭の子は塾に通えないから、裕福な家の子より学力が劣ると書いてあった。


まるで、裕福な家の頭の良い子は、全員が塾に通っているような表現であるし、塾に行っているからこそ、成績が良いようにも聞こえる。


勿論そんな事はなく、自力で成果を出している者だって大勢いる。


今の世の中、書店に行けば大抵の参考書は揃うし、近所に書店が無くても宅配がある。


スマホがあれば、只で学べるアプリすらあるのだ。


多くの塾の授業は、その講師が執筆している参考書の中身と大差ない。


1000円ちょっとの新品にも手が出ないなら、今は古書店やネットで、数百円で奇麗な中古が手に入る事もある。


大体、塾に行かないからできないと言う者に限って、普段の学校の授業や家庭学習を疎かにしている。


彼女個人的には、(ランクにもよるが)学校の試験で毎回80点以上を取るような者だけが、『塾に行けないから・・・』と言う資格があると思っている。


(陸に勉強もせず)平均以下しか取れないような者が、言える台詞ではないだろう。


教科書や参考書を読んでも分らない?


それなら友人や教師に質問すれば良いでしょう(そもそも授業中に何をしているのですか?)。


友達がいない?


何処が分らないか分らない?


教師に質問するのが面倒臭い?


それなら塾に行っても改善しないでしょう。


義務教育は教育を受ける機会を保障するもので、生徒の能力の底上げまでは保証していません。


勉強ができる(学校に通える)だけで幸せ、そう思えないなら、別に行く必要はありません。


税金の節約にもなりますし、お互い(教師と生徒)時間の無駄でしょう。


ブー○ンという国が在ります。


その国民は、ほんの一昔前までは、ほとんどが自分達は幸せだと答えていたそうです。


だけど、その模様をテレビ等で紹介され、観光目当ての外資が入り込むと、状況が一変します。


今まで自分達が幸せだと思っていたのは、単に外の世界を知らなかったから。


自国にはなくて当たり前だった物が、外国には溢れている。


ネットを通じて外の世界を知った若者達は、慣れない資本主義という枠の中で溺れ、多重債務に陥る者が増えました。


当然の如く、『自分は幸せです』と言える者が減ります。


でもよく考えてみて下さい。


彼らはそれまで確かに幸せだったはずです。


自国の尺度で物事を判断し、その生活に、不便はあってもそれが当たり前だと考えて納得していたはずです(某小国のように、体制批判ができない国ではないのですから)。


彼らが今不満を感じているとするなら、それは自己を周囲と比較するからであり、その不満の大半は、外国と同じような暮らしができないの一点に尽きるのではないでしょうか。


近年、性差別を代表に、様々な分野で平等が叫ばれています。


今までは表に出せなかった同性愛、嫁ぎ先に遠慮して切り出せなかった夫婦別姓、勤務先に知られたくない性同一性障害など。


そういった主張は、『私は私』、『自分は自分』という個性を尊重する考えからきているはずですが、何故暮らしの程度や貧富の差では、それが鳴りを潜め、人と同じものを求めたがるのでしょうか?


他より貧しくたって、親の職業がどうだって(『親ガチャ』という言葉に衝撃を受けたエリカ。『子供ガチャ』もあります?)、それを個性として受け入れ、自力で上に這い上がる術を楽しむ事も、人生の醍醐味ではないのですか?


実際、旦那様がお読みになっているラノベには、主人公が底辺から這い上がる設定が多いでしょう?


それを楽しいと考える方が、それだけ沢山いらっしゃるのですよね?


まさか、『チートが約束されてないと嫌だ』なんて仰いませんよね?


富の再分配、格差是正と世で叫ばれながら、公的機関が運営しているはずの宝くじでは、1等の賞金だけが無駄に跳ね上がり、企業がスポンサーに就くスポーツでも、極一部の選手達だけが、数十億、数百億もの報酬を得ている。


本当にそう考えるなら、こうした事例にこそ異を唱え、変えていくべきでしょう。


宝くじの例では、不要な成金を数人生むだけで、その他大勢の購入者に、『どうせ買っても当たらない』と更なる失望を与えるだけ。


『夢を買う』と仰る方もいますが、その夢に何億ものお金が必要なのですか?


スポーツ選手の年俸にしても、幾ら選手として活躍できる期間が短いとはいえ、一般的なサラリーマンの生涯給与が2、3億である事を考えれば、年に数億も貰えば十分でしょう。


多過ぎる報酬が選手達のやる気を妨げ、折角の逸材が数年で落ちぶれていく様を目にする事も多々ありますし、選手らを雇うスポンサー企業の経営陣が、『彼らにあれだけ払うのだから、自分がこれくらい貰っても良いはずだ』と考えても不思議ではありません。


そうした費用は、その社員達の給与や、製品やサービスの値段に転嫁されていくのですよ?


ネットがここまで発達した世界では、広告料として彼らにそこまでのお金をかけなくても、そのファン達によって、社名を含め、勝手に拡散していきます。


皆で幸せになろう。


そう叫ばれる概念の下にいながら、『俺だけ・・』とかいうものが好まれたり、こうした事にほとんど異を唱えない社会を見ていると、その矛盾に首を傾げたくなるエリカである。


勿論、本人の努力だけでは如何ともしがたい、親に虐待されていたり、どうしようもない連中に絡まれていたりする時などは、黙って独りで耐えたりせずに、胸を張って堂々と他に助けを求めて下さい。


それは決して恥ずかしい事ではなく、生きるために必要な手段です。


安心して下さい。


仕事として仕方なくやっている公的機関の方々も多いのは事実ですが、世の中には、今苦しんでおられる貴方(貴女)と同じ様な思いをされてきた方々が大勢いらっしゃいます。


そうした方々は、その辛いお気持ちを理解できるからこそ、利益度外視で貴方(貴女)を助けて下さいます。


そっと差し出された手、消えてしまいそうな小さな声に、きっと応えて下さいますよ?


努力が全て報われる訳でも、願いが皆叶う訳でもない。


当たり前ですよね。


そうしてらっしゃるのは、貴方(貴女)だけではないのですから。


それをきちんと理解した上でなら、『こうなったのは皆自分のせいです。全部自分が悪いんです』と己を責めたりせずに、新たな一歩を踏み出すための、必要な手を取って下さると嬉しいです。


「済まない、言葉が足りなかったな。

自分が言っているのは、経済的な事ではない。

もっと深い、大勢の人の命に係わる、事件や災害などについてだ」


「・・セレーニアやビストーをお助けになった事を仰っているのですか?」


「そんな訳があるか。

愛する妻の希望を聞き届けない夫が何処にいる。

・・これはまだ他の者には内緒にして欲しいのだが、近い内に、地球で大規模な災害が起きる。

思念の海に流れて来た声の多さ、その内容の多彩さから、かなり広範囲に被害が出る事は間違いない。

有紗が居る日本にまで害が及ぶだろう」


「・・つまり、非常に大勢の方がお亡くなりになるのですね?」


「数百万単位でな」


「今宵のあなたの感じでは、それをお救いにはならない。

そしてその事に苦しんでいる・・」


「地球は他の星とは大きな違いがある。

魔法が一切使えない。

表立ってそんな事をすれば、後々大問題に発展するからな。

各地に様々な宗教はあれど、そこで信奉されている神々が、現世に現れて人助けをするような世界ではないのだ。

故に、自分も動けない」


「助けておいて、それに関して全ての人々の記憶を消去するというのは如何ですか?」


「世界規模でか?

再生には破壊がつきものであるように、生物の進化には、何らかの困難や危機が必要なのは確かだ。

それに、災害が全て悪だと考える事もできない。

痛ましい事故や事件、多くの者の命を奪った天災が、生き残った者達に貴重な教訓を与え、後の世の役に立つ。

当時の何が、何処が悪かったのかを検証し、参考にする事で、より良い技術や環境が生まれる。

停滞していた産業や農業が、震災を機に活性化する例もある」


「そう考えると、あなたが彼女達を仲間に迎え入れる際、念を押していた事がより理解できますね。

親しい人、その関係者達が寿命で亡くなるならともかく、災害等では、その方々だけを助ける訳にはいかない場合もありますものね。

『あの人を助けて』

『彼を助けるなら彼女達も‥』

たった一人を助けるだけでも、その方が大切に思う存在もと懇願され、そうして人数が増えるにつれ、その輪は限りなく広がっていく。

それを無視すれば、今度は助けた者達からも恨まれる。

一度や二度ならともかく、果てしない時の中でそれに耐え続ける事は、どれ程精神を強化された者でも、かなり苦痛でしょう。

あなたが眷族と雖も未来を安易に教えない理由は、そこにあるのですね」


エリカの掌が、優しげに和也の頬を撫でる。


「考え方は、ハーレムを持つ事と似ている。

一人を幸せにするだけで精一杯の能力しか有しないなら、その相手関係を守るだけで十分評価される。

だが多数の伴侶を持つ者なら、その数に比例した分だけ、責任を求められる。

所有する力が大きければ大きい程、それを行使するにはより多くの代償が要る。

褒められるだけではなく、憎まれ、恨まれる事もまた、強者の定めなのだろう」


「・・有紗さんには何と説明なさるお積りですか?

お知りになればきっと、彼女と仲の良い紫桜さんも、ご不満を抱かれると思いますよ」


地球のために数十年も忙しく働いてくれている有紗。


皐月や弥生にだって、思うところはあるだろう。


単なる火災や地震で、数十、数百の犠牲が出る程度ならともかく、今回の大災害では、全部合わせれば大都市が1つや2つ消滅するくらいの死者が出る。


流石に彼女達に黙っている訳にはいくまい。


「正直に言うしかないだろうな」


「・・もう一度愛し合いますか?」


自分の顔を見て、気を遣ったエリカがそんな事を言ってくる。


「こうしてお前に甘えておいて言える立場ではないが、流石にそれは情けないな」


起き上がった和也が、風呂に汗を流しに行く様を見て、エリカは思う。


『情けなくなんてありません。

もっと沢山甘えて下さいな。

それこそが、わたくしの存在意義でもあるのですから』



 数日後、和也は事の顛末を見届けるため、地球のとある天上に居た。


あの後、有紗の家に赴き、同じ建物に住む皐月も呼んで、迫り来る大災害について伝えた。


はなはだ残念ではあるが、自分は手出しをしないという事も。


それを聴いた二人は、真剣な表情で幾つかの質問をしてきた。


自分達の身内、知り合い、社員達に、甚大な被害が及ぶのかどうか。


その場合、彼ら(彼女ら)を助けても良いか。


魔法が使えないから予言のような方法でその危険を知らせ、事前に避難させる事になるが、それを第三者にまでは言えないため(知り得た理由をはっきりと口に出せないから)、混乱が生じる恐れもある。


災害後の救助における、優先順位をどうするか。


人命は勿論、グループとしての利益をどれくらいまで重視するかなど。


それらに対して明確な答えを示した和也に、その顔を見た有紗は言った。


『あなたは、こんな思いを今まで何度もしてきたのね』


辛そうではあったが、彼女達は和也の指示に納得し、直ぐ様その準備に取り掛かるのであった。



 もう直ぐ、災害の始まりを告げる大地震が、地球の数か所で起きる。


それに備えて目を閉じる和也の頭に、先日聞いた、思念の海を漂う、人々の声がぶり返す。


『手を離すな!

お願いだ。

きっと助けが来る。

必ず来るから!

だからどうかそれまで、その手を放さないでくれ』


『お前だけでも逃げろ。

ここはもう持たん。

火の回りが早過ぎる。

俺の事は良い。

お陰でもう十分、幸せに生きた。

お前だけは、まだ生きていて欲しいんだ』


『あなたっ、頑張って!

もう少し、もう少しだから!』


『お父さん、死んじゃやだ。

死んじゃ嫌だよう!』


『誰か助けてくれ。

俺達は良い。

子供だけでも、子供だけで良いから!』


必死に、或いは慈しむように、己の大切な存在、自分達の大事な相手へと絞り出す声、その言葉。


何度聞いても慣れない。


神である自分でも、完全には無になり切れない。


天界はともかく、俗に言う地獄とやらを和也が設けなかった理由の1つがここにある。


幾ら罪人とはいえ、その悶え苦しむ叫びを延々と耳にする気は起きない。


増してや、善良な人々が苦しむ声、悲しく叫ぶ姿など、本来は1つとして知覚したくはないのだ。


地上で大きな揺れが始まった。


山が崩れ、道が裂け、多くの建物が崩落していく。


苦しげに、開いた目を再び閉じるが、その頭には、今度は違う情景が浮かんでくる。


瞳をギラギラさせて、馬券を握り締め、モニター前で大声を出す人達。


スーパーで、今夜のおかずはお肉にしようと物色する女性客。


プラカードを持って、献血を呼びかける男性や、大地に根を下ろし、野菜作りに励む夫婦。


多言語が飛び交う中、患者の命を助けようと院内を駆け回る医師や看護師達。


世の移り変わりを肌で感じながら、日々車を走らせるドライバー。


夢と希望、若しくは願望満載で登校する生徒達に、それに応えるべく研鑽を欠かさない教師陣。


関わってきた人々の周囲にいた、そんな彼ら(彼女ら)の普通の暮らしを好ましく思い、穏やかな視線を送っていた自分を嫌でも思い出してしまう。


両の拳を砕けそうになるまで握り締めた和也の瞳は、再度見開かれた時、蒼穹の如き青い輝きを放っていた。


「やはり自分は弱くなったな。

だが不思議と、それを恥ずかしいとは思わない」


和也の足下に金色の魔法陣が生まれる。


「誰ぞるか」


次元さえ超えそうな彼の重い言葉に反応し、和也の前方に向かって、長い光の道が出来上がる。


その両側に多数の小さな魔法陣が次々浮かび上がると、そこからどんどん、膝を着いて畏まる、大勢の眷族達が姿を現す。


「我は願う。

この世界の平穏を。

我は求める。

この地に住む者達の、安全と安心を」


「「「御意」」」


普段の和也からは想像できない、親しいルビー達ですら聞いた事のない声色で話す彼に、その下に集った十数名の眷族達は、ただそう述べて首を垂れる事しかできない。


け」


「「「はっ」」」


天上から、まるで流星の如く各地に舞い降りる彼ら(彼女ら)。


確かに起きた出来事であるのに、関係者の誰一人口には出さなかったという、とても奇妙な奇跡が幕を開ける。


スマホ全盛の世で、その証拠となる映像すら一切残らなかった出来事。


当事者である人々はそれを、ただ微笑みで以て称え、事有るごとに其々の空を見上げては、その感謝の意を示したという。



 「無理です!

もう間に合いません!

隊長まで危険に晒されますよ!?」


「馬鹿野郎!

助けを求めて伸ばされた手を無視できるくらいなら、初めからこんな仕事してねえよ!」


「ですが、貴方にも家族がいるでしょう!?

その方達を悲しませて良いんですか!?」


燃え盛る家の中に駆け込もうとした隊長を、懸命に取り押さえる隊員達。


もう少しで1階を支える柱の1本が崩れ落ちそうになったその時、突然家から吹き出ていた炎が収まる。


「「・・・」」


「と、突入ーっ!」


「「おおっ!!」」


『大丈夫、ちゃんと身体も癒しておいたから』



 「・・まだ生きてるか?」


「・・ええ、何とか生きてますよ」


土砂に埋まった家の中で、か細い声と共に、繋いだ手から、僅かに反応が返ってくる。


大きな揺れが収まったと思ったら、今度はいきなり大量の土砂に見舞われた。


恐らく、裏山が崩れたのであろう。


咄嗟に側に居た妻の手を摑み、庇おうとした所で、二人共土に埋もれた。


何とか気道を確保したが、もうあまり持たないだろうし、背中が痛く、そして温かい。


血の流れる感触と共に、命が少しずつ失われていく感覚がする。


「来週、温泉に行く約束、どうやら守れそうにない。

・・御免な」


「・・良いですよ。

私も、守れないでしょうから」


お互いの指が、最後の別れを惜しもうとしたその時、二人の身体を圧し潰していた何もかもが弾け飛ぶ。


『間一髪だったわね。

もう大丈夫よ。

ヒール。

浄化。

それから、これね』


「・・一体何が起きたんだ?」


つい先程まで死ぬ寸前だった自分達が、無傷で汚れもせず、土砂で埋もれた家の前に居る。


その傍には、建設現場で使われるような簡易トイレと、ペットボトルの水や食料が置いてあった。



 「もう良い、この手を放して。

・・貴方まで死んじゃうよ?」


「馬鹿な事を言うな。

それに、もし放すとしても、それはもう片方の手の方だ」


大きな揺れで歩いていた橋が崩れ、咄嗟に摑まった鉄骨の端。


利き手と逆のもう片方は、その時繋いでいた彼女の手を、しっかりと握り締めている。


だが、もうそれも長くは持ちそうにない。


さっきから、鉄骨を摑む指が、ぶるぶる震え出している。


「もう良いよ。

・・今まで有難う。

あまり言わなかったけど、私、貴方が本当に好きだったから」


「それを聴いちまった以上、絶対に放せるもんか」


歯を食いしばり、指先に力を込めるが、汗でどんどん滑っていく。


「くっ」


もう駄目だと思った自分の腕を、見えない誰かが摑んでくれる。


「えっ?」


『恋人を、己の愛した女性を大事にする方、私は好きですよ』


力強いその腕は、自分と彼女の二人を楽々と引き上げ、疲労と驚きで動けない自分達を、両脇に抱えて安全な場所まで運んでくれる。


『災難でしたね。

では、私はこれで』


「・・ねえ、私達、夢を見てるの?」


「・・いや、どうやら現実みたいだ」


大きな手で摑まれた自分の腕には、その指の跡が、しっかりと残されていた。



 「これじゃあ生存者なんて・・」


急いで救助に駆けつけた隊員達の眼前には、見渡す限り、圧し潰され、崩れ落ちた粗末な家々が並んでいる。


逃げ惑う人で混雑したでこぼこ道を車でひた走り、発生から何とか1時間後には到着した田舎町だが、当初は士気の高かった隊員達も、炎と煙が充満し始めた廃墟のような町を見て、愕然と呟く事しかできなかった。


そこに、一陣の風が吹く。


その風は、炎と煙を吹き飛ばし、救助の妨げとなりそうな、巨石や大木を悉くずらしていく。


『ヒールウェイブ。

マナライト』


「おい、何か光ってるぞ!」


瓦礫と化した家々から、ぽつり、ぽつりと青い小さな光が灯り始める。


それはまるで、そこに大切な何かが埋もれているのを教えるかのように、見ている者に対して明滅を繰り返す。


「総員、救助活動開始!」


希望を見出した隊員達が、一斉に走り出す。


「ヘリでの物資輸送を要請しろ!

きっと生きてる」


慌ただしくなった現場を、彼女は人知れず去るのだった。



 「うひゃひゃ、思った通り、結構貯め込んでやがる。

これだから火事場泥棒は止められねえ。

ほんの1時間で数年遊んで暮らせるぜ。

働くのが馬鹿らしくなる」


「だよな~。

以前お宝目当てに震災ボランティアに参加したけど、作業がきつい割には実入りが少なくてよ。

どうでも良い雑貨や薄汚れた写真ばかり有難がってよ、宝石すら出なかったぜ。

ほんと無駄な時間だった」


住民が慌てて避難した家屋に無断で侵入し、金目の物を根こそぎ奪っては、次の家でまた同じ事を繰り返す。


そんな二人が車に金品を積み込もうとした時、見えない誰かにいきなり背後から攻撃されて、意識を失う。


「ぐっ」


「うっ」


崩れ落ちた二人を透かさず縛り上げ、その車に『俺達は悪い事をしました』という張り紙をして、伸びている彼らに向かって問いかける。


『許可なく他人の物を取ってはいけないって、誰かに教わらなかったのかい?

動物の中にだって、もっとまともな存在はいるよ?』


『お兄ちゃん、向こうにも誰か来たよ?』


『やれやれ、幾ら文明が発達しようと、人のやる事にそう差はないのだね。

我が主のお心が休まらない訳だ』


足音だけを残して、彼らは次の相手へと近付いて行った。



 金色の魔法陣の上から、黙って各地の様子を見ていた和也は、眷族達に迅速に救われていく人々に安堵し、自身も行動に移る。


緑多き島の活火山へと転移した彼は、今にも噴火しそうであった火口へ向けて、その掌を広げる。


猛烈な勢いで噴出してくるそのガスや灰などを、流れ出る溶岩と共に全て吸収し、冷却した上で、その地中深くに戻していく。


「大地よ。

今一度、安らかに眠れ。

人が歩き、動物が駆け、草木がその生を謳歌する、万物にとっての楽園で在れ」


和也の瞳の輝きが増し、その力が地中を伝い、全大陸へと伝播する。


その過程で見つかった、土中の兵器や核廃棄物の類は、速やかに分解、或いは機能不全にされ、不発弾や地雷は消滅していく。


鉄条網で囲まれた、かつて実験場であった不毛の地にも、少しずつ緑が戻っていく。


火災で大規模に焼けた森林は、大地の力で蘇り、嘗ての住人であった生き物達が、やがては戻るだろう。


「天よ、空よ、風よ。

その本来の働きを邪魔する、要らぬ層を除去せよ。

陽射しを喜び、光を楽しみ、雨に濡れる事を厭わぬ世に戻せ。

風の心地、磯の匂い、噎せるような草木の香りを自然のものとせよ」


和也が放つ魔力が大気に拡散し、有害、不必要な成分を吸収、除去すると共に、オゾン層を修復していく。


次に彼が転移した場所は、とある大海の上空。


大地震により猛烈に荒れた海は、今にも各地に大津波となって押し寄せようとしていた。


運悪く漁や運搬に出ていた大型船やタンカーが、荒れ狂う波に必死に抗っている。


「海よ。

生命の源、神秘の水瓶、希望を載せて運ぶ母なる存在よ。

我が魔力を覚えているか?」


神の瞳によりその全てを見通す和也の眼に、汚され、搾取され、痛めつけられたその姿が映る。


「物言えぬ、慈悲深く、我慢強い、哀れな母よ。

その怒り、嘆き、苦しみの全てを、我に託すが良い」


彼が向けた右手から、膨大な魔力が海に注がれる。


海の色が変わる。


そう言っても過言ではないくらいに、水質、水温が劇的に改善され、本来の成分ではないもの、溜まりに溜まったごみ等が消滅していく。


その威力は地球を取り巻く全ての海へと広がり、死滅したサンゴ礁が蘇り、鯨や魚達が呑み込んだ、その内臓に蓄積された細かなプラスチックでさえも消し去る。


遥かな昔、和也が期待を込めて生み出した宇宙に誕生した幾つもの宝石、その1つである地球。


それからの長い年月は、自然と生物、人々の、進化と闘いの歴史であった。


自然に依存するだけの存在から、自然と共生し、それを利用する世界へ。


その過程で起きた不運、不幸な事件や出来事が、高速で和也の脳内を通り過ぎて行く。


事故や災害での後始末は勿論、戦や戦争で使われた道具や武器の類が、不要になれば無残に打ち捨てられる星。


高度な文明が物質だけでなく精神まで豊かにし過ぎ、欲が欲を生み出す世界で、満たされる事のない飢えに、今なお多くの人々が踠いている。


そんな変わり果てた姿をした地球でも、和也にとっては自らの子にも等しい、大切な存在。


有紗達を迎え入れた今では、己の課した戒めを破ってでも助けたい、そう思えた掛け替えの無い場所なのだ。


元の穏やかさを取り戻した海に笑みを残し、和也は再び天上へと上がる。


言い渡された役目を終え、次々に眷族達が戻って来る。


出て来た時と同じように首を垂れて控える彼ら(彼女ら)に、和也は普段の様子を取り戻して言った。


「ご苦労だったな。

お詫びと言っては何だが、我が居城に来ないか?

ご馳走するよ」


念話を用いてエレナとジョアンナ、レミーに協力を頼み、同時に他の妻達や眷族候補にも声をかけ、その場から姿を消す。


その顔には、ある決意が含まれていた。



 居城の大ホールを丸々使っての立食パーティーは、同じ眷族やその候補と雖も、それまで会った事もなかった者達にとっての良い社交の場となった。


エレナやジョアンナ、レミーといった、将来の居城メイド達が大急ぎで作った料理と、アンリが持参した大量のパン、被害が最小限で済んで大喜びした有紗が運び込んだ山ほどのスイーツが、瞬く間に消費されていく。


日本酒や高級ワインもふんだんに用意され、酔う事を知らない眷族達によってどんどん空にされていく。


リセリーやミューズなど、寿命が長く、未だ眷族化していない者達は、少し赤くなった頬に手を遣り、酔った勢いで和也にしなだれかかっては、アンリや菊乃に止められていた。


カインやリサなど、今回初めて和也の姿を目にした者達は、予想外のその姿に驚きながらも、これまでの恩に対して最上級の敬意を伴って礼を述べる。


和也の六人の妻達が勢揃いし、彼から皆に紹介された時は、一同から感嘆の溜息が漏れていた。


途中から、次元の隙間を通して会場を覗いていた精霊王達の視線に気付いた和也により、彼女達も参加を許され、その際、和也が与えた専用の機体内でしか実体化できなかった彼女達に、彼は新たに自己の居城内でもそれが可能になるようにと恩恵を施す。


思い切り走れるほど広大な城の中を、自らの足で自由に歩けるようになった彼女達は、父である彼に涙を浮かべながら甘えていた。



 半日近い宴が終わり、予め和也に念話で声をかけられていた六人の妻達、ルビー、エメラルド、ミザリー、エレナ、ジョアンナを除いた全員が、其々の場所へと帰って行く。


一足早く謁見の間に移動し、ぼんやりと妻達の肖像画を眺めていた彼の下に、帰路に就く仲間達の見送りを終えた彼女達がやって来て、不安そうな顔で見つめてくる。


声をかけられた際の彼の様子から、あまり良い話ではないと薄々気付いているようだ。


「・・それで、わたくし達へのお話とは一体何でしょう?」


場を代表してエリカが問うてくる。


「先ずは礼から言っておく。

有難う。

お前達に出会えたお陰で、自分はとても幸せだった。

心は十分に潤い、表情にも笑みが随分増した。

共に過ごす時間は、本当に・・幸せな時間だった」


彼女達へと向けた顔を、再び肖像画へと戻す和也。


「だが、そうした時間が何時の間にか自分を弱くし、己の課した戒めさえ破る程、情けなくなってしまった。

一個人としてなら、今回自分のした事は、何ら後悔する事でも、恥じ入る事でもない。

寧ろ喜ばしい、歓迎すべきものだろう。

自分が、神という存在ではないならな。

・・今回の件で自分に何の罰も与えず己を許せば、創世以来、これまで見殺しにしてきた者達に顔向けできない。

自分の大切なものしか守らないと非難されても仕方がない。

だから、自分は暫く眠りに就こうと思う。

4000年程な。

その時間の中で、反省し、熟考し、己を鍛え直す積りだ」


場が静まり返る。


「・・1つだけお尋ねしますね。

わたくし達にはどうしろと?」


エリカの乾いた声がする。


「・・言えた義理ではないのだが、待っていてくれないか?

もしどうしても待てない時は、自らの意思でリングを外してくれ。

そうすれば、輪廻の環へと加われる。

今回はエリカ、お前のリングも外れるようにはしておくから」


コツコツコツ。


ブウォン。


足音に振り向いた和也が、物凄い勢いで迫って来る平手を咄嗟に避ける。


「避けないで下さいな。

本来なら、わたくし達の怒りは、この程度で表現できませんよ?」


『いや、今のは、普通の人間なら致命傷になるぞ』


エリカだけではなく、その場に居る全員から、怒りの籠った視線を向けられる。


『またそんな事言ってますよ』、そう呟く誰かの声もする。


「一体何度確認すれば気が済むのです?

わたくし達眷族は、そのくらい平気で待てるからこそ、今ここに居るのです。

待てと言われれば、1億年だろうが100億年だろうがお待ちします。

それこそ、何もせずにあなたと一緒に寝ています。

もう二度と会えない訳ではないのですから」


「良いのか?」


「逆に駄目な理由をお教え願えますか?

その内容如何によっては、わたくしの右手が今度こそ火を噴きますよ?」


「済まない。

色々と約束していた者も居るのに、それを勝手な理由で大幅に延期する以上、そうされても仕方がないと考えてしまった」


「・・わたくし達への頼み事は何でしょうか?

共に眠れと仰らない以上、何かあるのですよね」


「皆に今任せているものを、継続してやっていって貰いたい。

エリカは、現在教えている生徒が卒業すれば、後は好きに過ごして良い。

マリーには相変わらず、スノーマリーの守護を頼みたい。

『蒼き光』の大聖堂が完成すれば、セレーニアという国自体はずっと安泰だ。

あの建物には自分の守護が働いている。

決して誰にも傷つけさせない。

神ヶ島も同じ理由で無事だから、雪月花を初め、魔の森や他の国々にも気を配り、その行く末を見守ってくれ。

武力介入までするかどうかは、お前の判断に任せる」


「畏まりました」


「紫桜」


「なあに?」


「そんな顔をするな。

お前と新たな星を探す約束は、後で必ず守る。

それまでは何をしていても良い。

認識不全を発動させるなら、地球で有紗と暮らしていても良いから、待っていてくれ」


「別に、星を探す約束なんてどうでも良いの。

ただ、4000年もあなたの腕に抱かれないのは、凄く寂しいわ」


悲しげに目を伏せる彼女に、和也は言う。


「なら何時でも会いに来い。

自分が眠りに入る場所は、この玉座の上だ。

お前達妻や眷族なら、自由に会えるようにしておく」


「触れられるの?」


「服の上からならな」


「馬鹿」


「・・有紗」


「ん?」


「地球を頼むな。

お前達三人で、御剣グループを千年企業にしてくれ。

目覚めた時、潰れていたなんて事のないようにな」


「任せて。

きっと存続させてみせる。

もし他国と戦争が起こりそうなら、私の力を使ってでも回避させるから。

・・その代わり、それまでに溜まった『予約権』は、全部使えるようにしてよ?」


「善処しよう」


和也に笑みが戻る。


「アリア」


「はい」


「お前の描いてくれた絵は、仮令一人になった空間でも、自分の心を癒してくれる。

あまり口にはしなかったが、良い出来だ。

エターナルラバーで共に過ごした日々も、中々楽しかったぞ」


「あなたになら、何枚でも描いてあげる。

私の方こそ、あなたに会えてからは本当に幸せだったんだから。

喧嘩もしたけど、それもまた良い思い出。

オリビアと一緒に、あなたの目覚めを待ってるね」


「彼女にも宜しくな」


「うん」


「ヴィクトリア」


「何ですか?」


「エターナルラバーを宜しくな。

ジョアンナが抜けた後は、そちらの国も頼む。

ビストーの未来はお前に一任する。

人々が幸せに暮らせるなら、その形には拘らない」


「分りました。

もしストレスが溜まってきたら、玉座のあなたに向けて発散しますね」


「?

まあ、それくらいは仕方ないな」


「言質は取りましたわよ」


和也は次に、妻達の後ろに控える五人へと目を向ける。


「エレナ」


「はい」


「約束通り、1000年の期間が過ぎたら、思念の海の任務から退いて良い。

その後はここの管理をしながら、エリカと楽しく暮らせ」


「有難うございます、親愛なるご主人様。

お目覚めのその日まで、エリカ様と共に、お側でお待ち致しております」


「お前の眷族としての真の能力は、1000年経過後に発揮される。

いきなりの大きな力に戸惑うかもしれないが、上手く慣れてゆけ」


無言で深く腰を折り、和也に向けてお辞儀をする彼女。


「ルビー」


「はい、ご主人様」


「暫く精気を分けてやれないが、大丈夫か?」


「ええ。

眷族と化したこの身には、本来食事の類は不要のもの。

4000年くらいなら、耐えてみせます」


「・・お前のリングに、自分(和也)の精気を凝縮した飴玉を数百入れておく。

何か為した際の己への褒美として、好きに使うが良い」


「そのお気持ちが、とても嬉しいですわ」


「ダンジョンの管理を宜しくな。

あそこは、生命が宿る星全体の利益となれる場所だから」


「畏まりました」


「エメラルド」


「はい」


「適度に休暇を取りながら、今後も各星の大陸を巡り、その瞳に青く映る弱き者、絶滅を強いられそうな存在を、可能な限り救ってやってくれ」


「畏まりました」


「赤く映る者達には、躊躇いや容赦は不要だ。

お前の判断で、処分するなりダンジョンに送るなりして良い。

何処ぞの組織のように、穴だらけの法に縛られる必要はない」


「はっ」


「ジョアンナ」


「はい」


「もうあと数十年で、自分の専属メイドとして迎え入れると約束したのに、勝手に引き延ばして済まない」


「いいえ。

国王代理のお役目を終えたら、ここに住まいを移して、その後はずっと、あなたのお側に居ますから。

毎日毎日、ここのお掃除をして、そのお顔を見ながら、暮らしていきますから。

だから、大丈夫です」


「自分の城は自動浄化魔法が掛かっているから、汚れはしないぞ?」


「もう、そういう細かい事は良いんですよ。

大切なのは、あなたの側から離れないという事なんですから」


瞳を僅かに潤ませて、彼女が笑う。


「ミザリー」


「何?」


「待てるか?」


「ぶつわよ?」


「今回は10年どころではないぞ?」


「待てるわよ。

もう人ではないし、想いも遂げられて、心に余裕すらあるもの。

屋敷の仲間だってきっと同じはずよ。

大丈夫、皆で楽しくやってるから」


「あの場所に飽きたら、其々が好きに移住して良いぞ?

結界がある以上、無人になってもどうせ誰も手を出せない」


「分った。

でも多分、皆あそこから動かないんじゃないかな。

何と無くだけど、そんな気がする」


「カナやリマにも伝えてくれ。

『ミカナ』の名物を絶やすな。

レベッカ4000年の味にしろとな」


「フフッ、そう言っとくね」


「・・では、これで皆とも暫しのお別れだ。

次に会う時も、お前達全員が笑顔でいる事を願っている」


名残惜しそうにその場から皆が立ち去って行き、独り残った和也は、玉座に腰を下ろすと、やがて静かに目を閉じた。



 城にいつもの夜がやって来て、和也の眠る玉座を、月の光が僅かに照らし出す。


あれから二十数年、最初にそうしたのは紫桜であった。


神ヶ島の管理を任せていた源とあやめ達が皆老衰で亡くなると、独り残った菊乃に島の全てを任せ、有紗に一言告げてから、彼女は一人でここを訪れた。


愛しそうに和也の頬を撫で、その唇に軽く口づけると、彼女は玉座の隣に座り、自身の両腕を枕代わりに、和也の片膝にその頭を載せる。


「御免なさい。

やはり寂しいの。

だから許してね。

わたくしも、ここであなたと共に眠るわ」


長い漆黒の髪が床に垂れるのを厭わず、彼女はそう言って目を閉じる。


程無くして、安らかな寝息を立て始めた彼女に、異界からその様を眺めていたエメワールが加護を与える。


『貴女はわたくしと同じ、夜を司る者。

今はまだ孤独なお父様に、日々良い夢を見させてあげて』


エメワールの魔力を浴びた紫桜の身体は、夜になると淡い薄闇を纏いながら、和也を夢へといざなうのであった。



 数百年後、今度はエリカがやって来る。


それまで、逸早くそうした紫桜を羨みながらも、両親との時間を大事にするため、ずっと控えてきた。


待望の第二子が生まれ、エリカに弟ができると、親であるベルニア達は、和也の眷族として生き続ける道を選ばなかった。


『もう十分、幸せに生きた。

千年という時間は、人として生きるにはちと長過ぎる。

これからは、この子達の時代じゃ』


そう述べて笑う母達に、エリカは何も言えなかった。


両親の葬儀が済むと、立派に育った弟に国を託し(建国以来の女王制を改めた)、マリーにその補佐を頼んで、彼女はここに来た。


まだ刑期が残るエレナとは、事前に数日の時を共に過ごし、己の我が儘を詫びてある。


「旦那様の前では幾ら立派に振る舞おうとも、所詮はわたくしも、恋焦がれる一人の女。

やはり寂しいのです」


紫桜とは反対側に腰を下ろし、空いているもう片方の和也の膝に、彼女と同じように、その頭を載せていく。


「お休みなさい。

目が覚めたら、沢山可愛がって下さいね。

愛しています、あなた」


緩やかに、長い眠りに落ちていくエリカ。


それを眺めていたファリーフラが、彼女に加護を授ける。


『エメワールばかりに良い思いはさせません。

エリカさん、お父様に、陽射しに満ちた素晴らしい夢を。

光の象徴である貴女なら、それが可能なはずです』


夜が明けると、穏やかな光をその身に纏い、和也と共に、夢の世界を旅するエリカ。


昼夜を分かち合い、微睡み(眷族である、彼女達の時間感覚)の中で和也を案内する彼女達は、時々謁見の間を訪れる他の眷族達から、好意と羨望の眼差しで見守られ続けていた。



 ここで、幾人かの眷族のその後についても記しておく。


ミューズとアンリの二人は、大聖堂が完成した後、国における不動産等の財産を粗方処分し(アンリの家には和也が与えた温泉があったため、その家だけは売らずに、結界を張って維持した)、和也の居城がある星へと移り住んだ。


当初の予想を大幅に超え、完成まで200年かかった大聖堂は、その威風堂々たる佇まいと、一度に2000人以上を収容できる礼拝堂、圧巻の主神像と共に、セレーニアの地で、永遠とわに異彩を放ち続ける。


アンリは和也の為にと毎日自宅でパンを焼き(窯を含め、愛用の道具は全てこちらに持参した)、それを自身のリングに蓄え続けた。


目覚めた彼が、お腹が空いたと真っ先に自分のパンを頬張る姿を思い描いて。


それと同時に、時には母国にお忍びで屋台を設け、巡礼者達の中に、お腹を空かせてやっとかの地に辿り着いた者を目にすると、無条件で己の焼いたパンを分け与えた。


その美味しさに、天を仰いで涙する者達が、少しでも神の恩恵を感じられるように。


和也へと、感謝の祈りを捧げるように。


ミューズは和也の星に居を構えながら、異世界の数か所に小さな祠を建て、そこに彼の神像を彫り始めた。


『蒼き光』の大聖堂にある、彼女の最高傑作には数歩劣るものの、和也絡みの作品では妥協を許さない彼女の姿勢は、その像を目にした者達に、信仰という初めての概念を芽生えさせる程であった。


勿論、不心得者に盗まれないよう、祠には結界を張りはしたのだが、やがてその周囲を囲むように神殿ができ、新たな宗教が生まれていったという。


それを知ったリセリーから、『何で御剣神と記さなかったの?』と嫌味を言われたらしいが、『だってその方が夢があるでしょ?』と笑っていたという。


同一神でありながら、複数の異なる名を持つ神は、世に珍しいものではない。


和也を称えるのであれば、その呼び方は、星によって異なっても構わない。


そう思う彼女の心には、『御剣様のお名前は、私達で独占したいじゃない?』という、可愛い思いが隠されていた。


大聖堂が完成した後も、初代教皇として『蒼き光』の普及に努め、その礎を盤石なものとしたリセリー。


周囲の仲間達が次々と眷族への門を潜り、和也の星へと移り住む中で、彼女だけはその後もずっとセレーニアに留まり、様々な分野で後進を育てつつ頑張っていた。


だが、恩人でもあったベルニアが亡くなり、エリカが和也の下で眠りに就くと、自身もその潮時を悟る。


今ではもう、信者の間で和也と同程度にまで崇拝されるようになった彼女は、その影響力の強さ故、後に続く者達が自分を頼り過ぎ、遠慮して意見すら控える様を憂いてもいた。


和也が(彼女的には)一方的に眠りに就いたせいで、心の拠り所であった交換日記さえ停止され、極稀にしか会えなくなったミューズやアンリ達から、かの星の素晴らしさ(玉座に眠る、和也の凛々しい姿など)を伝え聴いては、その不満を高めていたせいもある。


可愛がっていたエルフの少女(150歳くらい)にその地位を譲ると、急いで関係各国に根回しをし、自身も眷族化して和也の星に移り住む。


以後はほぼ毎日のように謁見の間で三人の姿を眺めては、彼が目覚めた後、どう言って妻の中に加えて貰おうかを考えていたという。


その思い悩める姿は、アンリ達曰く、彼女がこれまで導いてきた信者達と、大差なかったそうである。



 キーネル、リサ、カイン達、和也の星での先住者である六名は、其々の大切な相手と共に、暫くは静かに暮らしていた。


眷族化の前は少し忙し過ぎた感もあり、この星のゆっくりと流れゆく時間にその身を委ね、必要以上に出歩く事をしなかった。


自分達以外、見渡せる範囲には誰も居ないというその環境は、お互いのパートナーとの関係をより進化させる。


元から非常に仲が良かった彼らは、100年が過ぎた辺りから、他の星で数十年暮らしてみては、また戻るという、まるでバカンスのような生活をし出す。


眷族化前は、己の仕事や任務で、大事な相手と陸に旅行にすら行けなかった。


未開の地、高度な文明国、科学が発展し尽くした星々で、彼らは一市民として二人だけの時間を楽しみ、目の前で起きた凶悪犯罪以外には、決してその星に干渉しなかった。



 神ヶ島で唯一の神兵となり、紫桜によって島の全権を任された菊乃は、それを機に眷族化し、18歳くらいの少女のような外見を取り戻した。


『花月楼』と『蒼風』の経営は、其々、源とあやめの子供達と志野が迎えた養女、その子孫達に任せ、自身が経営していた一般旅館も、人を雇ってその運営から離れた。


仲の良かった白雪が亡くなり、その遺言を受け入れて彼女の子孫を見守りながら、自分は相変わらず和也から任された養鶏場の世話をし、月の奇麗な晩には、海を見渡せる丘の上で、和也に貰った和笛を吹いていた。


そんな菊乃を気に掛け、ファンクラブの仲間であるミューズとアンリが、時々和也の眠る星へと彼女を連れ出し、共に彼の寝顔を拝見しては、何とその場で会合を開いて(エレナやジョアンナの了承済)気分転換させていた。


穏やかな和也の寝顔、幸せそうな紫桜の横顔が、彼女を和ませたのは言うまでもない。



 マリーの日常は、それ程以前と変わらない。


あちこちから頼られ、何かと忙しい身ではあるが、既にこの星には彼女に逆らう者は居らず(エリカの弟の子孫達でさえ気を遣う)、あらゆる交渉事はスムーズに進み、セレーニアと友好国のエルクレール以外、元々あまり興味もないから、必要が無ければ国外にすら出ない。


そんな中、ユイとユエという親しい友人ができ、彼女らに誘われて偶に出歩くようになったマリーが初めて赴いた『リセリア』で、『神生』の生演奏を聴いた時の出来事は、その後何度も人々の語り草となった。


貴賓席に座る彼女は、その演奏中、ずっと涙を流していた。


両脇に座る二人が慌てるくらい、大量の涙を。


マリーが泣く姿を見た者は、それまで和也を除けば誰もいなかった。


その貴重な姿を惜しげもなく披露し、彼女は曲に聴き入った。


その脳内で、曲に合わせて和也の姿が何度も映し出され、彼女の心を激しく揺さぶったからである。


曲が終わり、満場の拍手に紛れるようにして会場を出た彼女は、追い付いて来た二人の問いに答え、恥ずかしそうに微笑んだ。


「マリーさん、もしかして初めてお聴きになられたのですか?」


「・・ええ。

旦那様がご自分の曲を聴かれるのが恥ずかしいと仰るので、今まで耳を閉ざしていたのです。

寂しかったので、ついお言葉に反して聴いてしまいましたが、今のわたくしには、刺激が強過ぎたですね」


「・・・」


「今度、ミザリーさんのいらっしゃる星に、肉まんとやらを食べに行きませんか?

ご主人様が尽力なされた『ミカナ』という店の、看板メニューだそうです。

私達がご依頼を受け、村人を鍛えた場所でも、その材料を育てていました。

きっと美味しいと思いますよ?」


言葉が出なかったユイの代わりに、ユエが優しくそう誘う。


「良いですね。

是非一緒に参りましょう。

旦那様のこれまでの足跡を辿って旅をするのも、中々楽しそうです」


まだ少し濡れているその瞳は、今回は喜びに満ちていた。



 「社長、これどうします?」


億ションのワンフロワーを全て使った執務室で、有紗と皐月、弥生の三人が、其々のパソコン(大きな机に3台ずつ並んでいる)に向かって仕事をしている。


以前住んでいた物件が老朽化で取り壊される事になり、どうせ移り住むならと、思い切って自費で、自分達の家となる、巨大な億ションを建てた。


地下2階(駐車場)、地上6階建ての建物には、ワンフロワーに2部屋しかなく、その内の3フロワーを自分達三人の住居に充て、ワンフロワーを仕事場に、残りの2フロワーを一般に売り出した。


尤も、1部屋15億もするので、購入できる者は極限られた。


彼女達はこれまで、自分達には勿論、グループの設備にも必要以上にお金をかけなかったのだが、懸命に稼いで国の為にと正直に収めた税金の大半が、大した議論もなく無造作にばらまかれるのを何度も見てきて、少し考えを改めた。


普通の企業同様に、法に触れない範囲で節税し、その浮かした分を、貴金属や一部の高額な宝石に変えて、何かあった時のために自分達のリング内に保管し始めた。


そうして毎年、国家予算の1割に当たる莫大な額を貯め込む一方、見境のない造幣で市場に溢れた紙幣をもなるべく回収する。


以前、一部の国家、議員達から、最低賃金(時給)をもっと上げようという議論が起きた。


そうすれば、国民の生活が豊かになるはずだと。


だが、現場で人を使って働く彼女達の考えはそれと異なる。


ある程度の金額は払って当然だが、必要以上に高くしても、結局は、国民の暮らしにそう変化はないのだ。


労働者の賃金を上げるなら、それで作成した商品の値段も共に上げなければ、会社としての利益がその分減る。


会社の利益が減少すれば、営利企業である以上、その存続のため、設備投資や社員の採用を控える所が出始め、一人一人にかかる負担が増大し、勤務時間は増えても、その分は実質サービス残業と化して、結局トータルで見れば、心身の疲労だけが上乗せされて、生活自体は時給を上げる前と然程変わらなかったりするのだ。


製造業は特に、商品価格に敏感だ。


同業他社より1円でも高くなる事を嫌う。


生産コストが上がるのに、値段は変えられないのでは、必ず何処かに皺寄せがいく。


下請けいじめと称される値切りや中抜き、必要な作業工程を省くなどの不正は、その人間性を善と見る限り、皆そこからきている。


給料が上がった分だけ物価が高くなれば、貧しい者だけがより取り残される。


上昇を続ける賃金は、やがてインフレやデフォルトを呼び込む。


一般の賃金を上げるより、スポーツ選手や芸能人、企業のトップなど頭脳労働者達の桁外れの報酬を一定ラインまで引き下げる方が、社会全体としてはずっと良い作用を齎す(宝くじなどのギャンブルもそう)。


それは共産主義ではない。


己が貧しい、豊かでないと感じるのは、その比較対象が高過ぎるから。


派手な広告、過剰な情報が人を煽り、常にその物欲、劣等感を刺激してくる社会。


有紗達はそれと真っ向から闘う決意をし、給料はそう上げない代わりに、福利厚生を類を見ない程に高めて、そのライバル達に挑む(だからスポーツ関係のスポンサーにもならない)。


世界的総合企業である強みを存分に活かし、先ずはその社員達に向けて、住宅、医療、生活必需品の類にまで、現物で利益を分配する。


具体的には、他より2、3割安いが、品質は変わらない商品を作り、それをグループ社員だけに販売する。


他で買えば1万円はする物が、グループ内では7、8000円で買える。


4000万のマンションが、社員なら3000万弱で購入できる。


そういう物に限って、消費者からは粗悪品扱いされたり、不安視されるものだが、そこは御剣グループというブランド力(ロゴ)がものを言う。


そもそも、自分達が普段実際に製造、生産している物なのだから、その品質を疑う者などいない。


他業種の製品でも、グループ社員だけが入れるチャット等で、何時でも情報交換できるのだから当たり前だ。


ローンを組む銀行も、クレジットで使うカードも、全てグループ内の企業で事足り、そこでも社員だけに優遇制度がある。


使うお金が極端に減れば、それは給与が上がるのと同じ事。


しかも、毎年安定多数の顧客(社員)が見込める。


他より安価で、同レベル以上の製品を開発、生産するために、有紗達は株や投資で楽に手に入る利益を惜しみなく用いる。


それを貯め込むのではなく、足りない分野にどんどん流す事で、節税と利益を同時に確保しているのだ。


大きく稼ぐのは、法外な利益を得ているお金持ちからだけ(この億ションも、そういう目的の下に建てられた)。


その思想の下、彼女達は日々頑張っている。


尤も、これを全く同じ様に他がやるのは無理だろう。


和也というチートな存在がいるからこそできる芸当なのは、彼女達も十分理解している。


だからこそ、今、悩んでいるのだ。


「うーん、この額で外すと痛いわね。

・・仕方ないわ。

念のため、彼に頼ろうか」


「そうですね。

もう随分溜まっていますから、1つくらい減っても、どうって事ないですよ」


有紗の判断を得た皐月が、別の机に1台だけ置いてあるパソコンの電源を入れる。


瞬時に立ち上がるその画面に、暗証番号を入力し、リングを示して己の眷族情報を読み取らせる。


「○○会社の、今週の株価だけで良いですよね?」


「ええ」


続いて皐月が欲しい情報を打ち込むと、その画面に、○○会社のその週の株価の動きが表示される。


「・・やはり結構上がってますね。

2日後にストップ高になってます」


「今日中に100億買っておこうか。

それでどう変わる?」


「・・大丈夫です。

変化ありません。

ストップ高のままです」


「なら実行」


「はい」


画面を閉じ、電源を落とす前に、右上に表示された数字が1つ下がる。


『有紗、皐月、弥生の予約権・・現在○○○○○』


自分の机に戻り、今の情報を基に、買い注文を入れる皐月。


「弥生、そちらはどう?

大丈夫?」


「はい。

今日中には終わりそうです」


「じゃあ久し振りに飲みに行く?

社長もどうですか?」


「良いわね。

旦那様の顔を見に行ってから、後で合流するわ」


「分りました。

・・程々にして下さいね?」


「フフフッ。

それは保証できないわ」


本日の仕事を終え、皐月と弥生が連れだってお目当ての店に足を運ぶ中、有紗は和也の居城に転移して、夕闇が濃くなった謁見の間の、静かに眠る三人の下へと歩いて行く。


ぼんやりと闇を纏う紫桜の、その長い髪を一撫でし、和也の寝顔に向けて文句を言う。


「また1回分減らされたから、少し回収しに来たわ。

こんなに待たせてるのだから、あれくらい御負けしてくれても良いのに。

意地悪な旦那様にはお仕置き」


ゆっくりと、己の唇を近付けていく。


その感触を暫く堪能した彼女は、エリカに向けて、『いつも済みません』と小声で詫びを入れ、寂しげに帰って行った。


皐月が特別に用いたパソコンは、今後増え続ける『予約権』の存在に恐れ戦いた和也が、眠りに入るその前に、有紗のリングへと此れ見よがしに入れた物。


将来必要とするデータを1つ得る代わりに、彼女達三人の『予約権』が、1ずつ減っていく。


だからあまり使いたくはないのだが、世界中で大勢の社員を抱える企業のトップとしては、背に腹は代えられない時もある。


そうした後、不満以上の寂しさを僅かでも解消するため、有紗は一人でここに来る。


イブの夜は、皐月と弥生も連れて、一晩中彼の側でお酒を飲む。


懐かしい、大切な思い出を、その胸に秘めながら。



 「隅田君、次に行きたい所あるかな?

偶には御剣様にも、一緒にご挨拶しに行かない?」


「嫌だね。

何で俺が奴の所にわざわざ行かなきゃならないの?

言っておくけど、あの時俺が頭を下げたのは、決して奴の威厳に当てられたからじゃないぞ?

俺は空気が読める男だから、周りの皆に合わせただけ。

そう、仕方なくだからな?」


「まだ言ってる。

ちょっと格好悪いかも。

事実を素直に受け入れられないと、折角の男を下げるよ?」


「が~ん。

・・ちょっと待て。

偶には一緒にって、・・もしかして、江戸川さん一人で行った事あるの?」


「・・・」


「そんな・・。

分った、奴を笑いに行ったんだね?

良い歳をして、夢の中に引籠っているから」


「あのね隅田君、もうそろそろその感情をどうにかした方が良いよ?

幾ら私でも、あの方をそう貶されてばかりだと、流石に良い気はしないよ?

・・あの方は、私達の星を救ってくれたんだよ?

ご自分の課した戒めを破ってまで、私達の子孫を助けてくれたんだよ?

その方に、いつまでもそんな態度で良いの?」


「・・・」


「本当は分っているんだよね?

ただ、私があの方にも好意を持ってるから、気になるだけでしょ?

・・大丈夫。

今まで何度も言ってるけど、1番は貴方だよ?

貴方が私に尽くしてくれた事実は、どんな事があっても決して消えない。

だからお願い。

もういい加減、あの方への態度を改めて」


「・・善処します」


「もう、強情なんだから。

・・今のあの方のお側にはね、女神のような、美しいお二人がいらっしゃるの。

ご挨拶に行けば、目の保養にもなるよ?」


「べ、別に興味ないし。

俺には江戸川さんが1番だから」


「フフッ、有難う。

今度一緒にご挨拶に行こうね」



 「ここは何時来ても心が和むわ」


「そうね。

旦那様に感謝しないとね」


「あれからもう何年経つの?

そろそろ時間の感覚を忘れそうよ?」


「さあ、私は疾うにその感覚を失くしたから」


「引籠って絵ばかり描いているからよ。

偶には身体を動かさないと、その内カビが生えるわよ?」


エターナルラバーの地下迷宮にある秘密の花園。


それを眺めるアリアとオリビアの表情は、今一つ冴えない。


最近は二人で過ごしていても、知らず知らずの内に和也の話題が口をついて出る。


アリアは当然として、彼女と二人きりの時間が何より嬉しかったはずのオリビアでさえ、何処か物足りなさそうな顔をしている事がある。


自分の側から和也が消え、慕っていたエリカまでがいなくなった。


広い家に一人でいる事には慣れていたはずのアリアだが、それはせいぜい数か月、長くても1年くらいの話だった。


数百年、千年以上の期間を、自分から会いに行かなければ、偶に訪ねてくるオリビア以外に誰にも会わないなんて事は、今まで一度もなかったのだ。


和也が眠りに就いた後、如何に自分が彼から気に掛けていて貰えたのかを理解する。


和也という存在は、自分と他者とを結ぶ、懸け橋のようなものだった。


彼が居れば、そこに自然と人が集まって来る。


その傍に居れば、自分の周りも人(彼女の容姿目当ての者以外)で溢れた。


勿論、彼女もこれまでに幾度となく和也に会いに行った。


仮令彼が眠っていても、その身体に触れるだけで心が癒された。


その傍らで、幸せそうに眠るエリカ達二人に羨望の視線を送りつつ、こっそり和也にキスをして、掃除にやって来たジョアンナにそれを見つかり、微笑まれた事すらある。


4000年。


言われた当時はピンとこなかった。


そのあまりの長さを、現実としてきちんと認識できていなかった。


10年経ち、100年が過ぎ、1000年が流れゆく。


何時の間にか世間から取り残され、同じ眷族以外では、知り合いさえいなくなった。


こうしてオリビアが誘ってくれなければ、自分は本当に一人だった。


「私、今なら迷いなく、彼を受け入れられると思う」


花々に視線を遣りながら、オリビアがそんな事を言ってくる。


「それって、彼に抱かれても良いと言ってるの?」


「ええ」


これまでは、共に入浴し、隣り合わせで彼と直に肌を触れ合わせても、キスすらしなかったオリビア。


迷っているのは薄々気付いていたのだが、彼女自身の問題なので、敢えて知らない振りをしていた。


「どういう心境の変化?」


「喧嘩友達は貴重だという事かな。

それにもしそうなれば、アリアとだって、より仲良くなれるでしょ?」


「まだ諦めてなかったのね」


「それはそうよ。

私はずっと、貴女だけを見てきたんだから」


「・・正直、今はそんな事を考える余裕はないかな。

旦那様が目覚めて、私を思い切り可愛がってくれた後でないと、そこまで考えが及ばない」


「分ってる。

ただ、私にはもう、彼を受け入れる心の準備ができた。

それを言いたかっただけ」


「でも多分、旦那様は貴女をそういう目では見ていないと思うわよ?

あの人、胸の大きな女性が好みだし・・」


「失礼ね。

私だってもう子供じゃないの。

胸だってちゃんとあるわよ」


『どう見ても、C以下にしか見えないけどね』


「言っておくけど、ミルクを沢山飲んだところで、そんなに効果は出ないわよ?」


「喧嘩を売っているのなら、買うわよ?」


「フフフッ、旦那様、早く起きると良いわね」


随分久し振りに笑ったな。


花園を吹き抜ける風を全身で感じながら、そう思うアリアであった。



 「最近ちょっと凄くない?

そんなに酷い星なの?」


このところ、自分が管理するダンジョンに、エメラルドから送られてくる罪人や魔物、魔獣の数が異様に増えた。


それを疑問に感じていたルビーは、休暇を取りに戻って来た彼女に尋ねる。


「うーん、比較対象の差でもあるのかな?」


「どういう意味?」


「例えばね、マリーさんが管理なさってるスノーマリーは、星全体でもかなり治安が良いの。

辺境の村や国に何度か様子を見に行った事があるけど、1週間くらい探しても、せいぜい一人か二人くらいしか該当者が見つからない事もある。

法がしっかりと機能してて、監獄や牢屋に入れられてる人達にまで、手を出している訳ではないからね(実際は、青く映る者が入れられていれば、こっそり助けているのだが)。

でも、まだ未成熟な星では、陸な法やシステムが存在しないから、それこそ当人達の欲望のままに行動して、やりたいようにやってる。

生きるために不可欠ではなくても、簡単に人を殺し、犯し、他人の物を奪う。

実際、それが許されるからね」


「ああ、成程ね」


「ご主人様から授かったこの瞳は、その世界や国々の、法や規則に縛られない。

形式的に何が悪いかではなく、実質的に判定される。

どの世界でも悪い事は悪いし、仮令その世界で認められた事であっても、ご主人様が許せないとお考えなら悪とされる」


「それで良いのよ。

この世の全ては、本来ご主人様が自由にお決めになられる事だもの。

お優しいご主人様は、可能な限り、その地に生きるもの達の自由意思を尊重して下さるけれど、思考を放棄した獣や、心を失ったりそこに瑕疵があるような存在にまで、その情けをかけてやる必要はないもの」


「村1つ丸々ダンジョン送りにした事もあるわよ?」


「フフッ、助かるわ。

どれだけ送ってきても良いから」


「・・私も疑問があるのだけれど?」


「何?」


「あのダンジョン、中身はどうなってるの?

異空間に通じているとはお聴きしたけれど、あれだけ沢山送り込んで、ただ内部で殺し合わせているだけなの?」


「ああ、その事ね。

私も最初は、『蟲毒を試されてるのかな』とか、『地獄界でもお創りになるのかな』なんて考えていたのだけれど、大まかに言うと、魔物や魔獣の供給施設だったみたいね」


「供給施設?」


「ええ。

この世界に限らず、魔物や魔獣が存在する星には、大抵ダンジョンや迷宮の類が存在するわよね?

そしてそこで得られる物資は、かの地に住む人々の、暮らしの糧ともなっている」


「そうね」


「考えてみて?

もし仮に、その星に住む人達が皆異常に強くて、そこのダンジョンの魔物なんかにやられる事がないとしたなら、その星ではあっという間にダンジョンが攻略され、消滅する。

そうなると、ダンジョンで生計を立てている人は、その暮らしが立ち行かなくなるでしょう?」


「それは仕方ないんじゃないかな?

鉱山なんかと同じで、資源が取れなくなったのなら、別の仕事を探すしかない」


「ご主人様はね、あっ、これは内緒よ?

・・そのお心に、まだ子供のような夢がお有りなのよ。

ご自身が楽しまれているゲームみたいに、若い内には、冒険とロマンが必要だとお思いなの。

謎と危険に満ちたダンジョンを攻略し、仲間達と絆を深め、その戦利品に一喜一憂する。

そんな刺激に満ちた日々を、できるだけ引き延ばしてあげたい。

そうお考えなの。

ご自身も、やり込み要素満載のゲームがお好きみたいだしね。

・・だから、折角その機会に恵まれたのに、中途半端に終わる事のないよう、弱い魔物しか存在しない場所なら、その不足分を補ってやるか、幾分レベルが高めの魔物を混ぜ、難易度を高めて存続させる。

強力な魔物や魔獣が闊歩するダンジョンなら、その餌となる存在を、必要に応じて配給する。

活動が盛んなダンジョンには、宝箱だって足してるわ。

私が管理するダンジョンCとは、そういう目的のために造られた場所なの」


「・・・」


「更にやる気が出たでしょ?」


ルビーが妖艶に微笑む。


「ええ。

単なる処刑場だと考えていた時より、ずっとやる気が出たわ」


「私、ご主人様が好きでしょうがないの。

凛々しくて、優しくて、逞しいのに、そんな子供心を抱えたままなんですもの。

だから頂いた飴玉は全部取って置いて、お目覚めになったら、存分に可愛がっていただくわ」


「その気持ちなら、私だって負けない」


「性技でサキュバスに勝てるとでも?」


「魔人の体力を嘗めないでよね」


二人の視線が交差する。


「勝負ね」


「勝負よ」


「ご主人様がお目覚めになるのが楽しみだわ」



 「そろそろ替わって下さい」


「もう少し待って」


「人の事を言える立場ではありませんが、ヴィクトリアさんも結構お好きなんですね」


「だって深いキスができないじゃない。

こんな少女のような軽いキスじゃ、何度したって物足りないもの」


「ただ椅子に座っているだけなのに、まるで石像のように動かないですもんね。

本当なら、こう、ガシッと頭を両手で摑んで、思い切り唇を重ねたいのに」


「フフフッ、分っているじゃない。

やっぱり愛する人とのキスは、そうじゃないとね」


十数分後、ミザリーとヴィクトリアの二人が満足したところを見計らったかのように、ジョアンナがお茶を運んで来る。


元は絵画と眷族の像が並ぶだけの、がらんとした空間であった謁見の間に、ある時からお茶や読書を楽しむための、テーブルと椅子が設置された。


ファーストフラッシュで淹れた紅茶のとても良い香りが漂う中、向かい合わせで椅子に座った二人は、時折和也達三人に目を遣りながら、話を始める。


「屋敷の皆さんはお元気?」


「はい。

皆元気に其々の趣味に没頭してます」


「『ミカナ』の方は?」


「そちらも相変わらずですね。

有紗さんの星には創業1000年を超える老舗が珍しくないとお聞きしますが、国で最も由緒ある企業となった今でも、あの店はほぼ昔のままです。

時代に媚びず、奇を衒わず、和也さん(和也と二人きりの時は呼び捨て)が建てた当初の外観を頑なに守っています。

メニューすら変えていませんからね」


「以前、あのマリーさんが褒めてらしたものね。

彼女が肉まんをその場で頬張る姿は、ちょっと想像できないけれど」


カップを傾けるヴィクトリアから笑みが溢れる。


「フフッ、そうですね。

周囲の皆が驚いたでしょうね」


釣られて笑うミザリー。


「貴女は今何してるの?」


「ミサに付き合って、あちこちで依頼をこなしたり、レミーの手伝いで共に料理をしたり、時々戦争に参加したり、色々です。

地球では、文明の発達と共に、その生活スタイルがかなり変化したようですが、何故かあちらの世界では、そう変わりませんね。

やはり魔法のせいでしょうか?」


「そうだと思うわ。

魔法があると、人はそれに頼り、他の手段で解決しようとしなくなる。

便利だし、経済力や性別、物理的な力に関係なく行使できるし、その効果さえも、ヒールやレイズのように、科学を凌駕する事だってある。

ほとんど道具も必要ないし、場所も取らないから、わざわざ機械を作る意味を見出せないんでしょうね。

尤も、地球へ観光にでも行けば、話は違ってくるのでしょうけど」


「テレビやパソコンがあるだけで、暮らしがガラリと変わりますからね」


「あら、貴女も使ってるの?」


「屋敷には、彼が使っていたゲーム機やパソコンがあるんですよ。

コンセントを挿す必要がないので、時々遊んでます。

パソコンは、ミレーが図書館代わりにも使ってますね」


「彼女のお陰であの世界の医療も飛躍的に進歩したわよね。

国民病とも言えた胸の病が完治できるようになったのは、表彰ものだったわ。

断ったらしいけど」


「ほとんどが和也さんの御膳立てだったからと言ってましたね。

あの世界に抗生物質の概念を取り入れたのはそうでしょうけど、その後の頑張りは彼女自身のものなのに。

まあ、それからも次々に新薬を開発して、お金も名誉ももう要らないと言ってましたから・・。

ミーナが、『ミレーに払う利息だけで、毎年小さな家が買えるくらいよ』と笑ってましたし」


「お茶の御代わりは如何ですか?」


ティーポットを持ったジョアンナが、そう尋ねてくる。


「有難う、頂くわ」


「私もお願いします」


「随分お話が弾んでますね。

場が華やいで、きっとご主人様も喜んでおられます」


湯気の立つ蒸らし立ての紅茶を二人に注ぎながら、ジョアンナが微笑む。


「貴女も相変わらずなのね。

全くここから出ないの?」


「はい。

外の世界に買い物に行かなくても、有紗さん経由で欲しい食材(冷蔵庫に自動的に補充される品以外)は手に入りますし、お掃除(汚れない床のモップ掛けや曇らない窓の窓拭き)やお片付け(城に来る眷族に出した食事やお茶、宿泊した際の客室の整理)がありますから。

サボっていては、ご主人様がお目覚めになられた時、十分な働きができません。

ご主人様のお顔をいつも見ていられるという、役得もありますし」


ヴィクトリアの苦笑交じりの問いに、少しお道化た様子でそう答える彼女。


「私達もレミーに、和也さんが目覚めたら、屋敷から出て、こちらに奉公すると言われました。

食事は三食、『ミカナ』で取れば大丈夫でしょと・・。

皆渋い顔してましたが」


ミザリーがそう言って笑う。


「彼女に来ていただけるのは嬉しいですが、朝から中華やイタリアンなのは、少しきつい方もいらっしゃるでしょうね」


「眷族なら胸焼けの心配もないから、平気だろうと思ってるみたいです。

女の友情は、大切な人への愛情には勝てないようです」


「フフフッ。

・・ヴィクトリアさん、ビストーの様子に変化はございませんか?

ヘリ―家はまだ存続しているでしょうか?」


「大丈夫、まだあるわよ。

あそこは旦那様が目を掛けた土地ですもの。

それを管理するヘリ―家もオレア家との繋がりが強いし、今は伯爵よ?」


「まあ、・・随分出世したのね」


「旦那様が見つけ、エリカさんが教えていた子供達の子孫が、小さな村だったあそこを、大きな町へと発展させた。

彼が最初に世話した四人の内の、宿屋だったその家は、今では格式の高いホテルに様代わりしてるし、王国お抱えの貿易商となった子の実家は、大きな商店になってる。

偶には帰ってみたら?

きっと驚くわよ?」


「・・今更顔を見せに行っても、もう誰も、私を分らないでしょうし」


「もしかして知らないの?

貴女のご実家には、旦那様がアリアに頼んで描かせた、貴女の肖像画があるのよ?

貴女が何時、その子孫に会いに行っても先方が戸惑わないようにね」


「!!」


「風を浴びてきなさいな。

野に吹く風を、世界を吹き抜ける風を。

時にはそうしてリフレッシュして、旦那様により良い笑顔を見せてやりなさい」


穏やかにそう口にするヴィクトリアは、その視線を玉座に眠る和也に移して、微笑んでいた。



 (時が遡る)


コンコン。


「どうぞ」


御剣学園の理事長室、そのドアをノックした馨に、有紗の返事が返ってくる。


「失礼します」


馨を先頭に、美樹、沙織の三人が中に入って来たのを確認し、読んでいた書類から目を放した有紗が、重厚なソファーに目を遣りながら、『そこに座って』と言ってくる。


彼女は立ち上がり、備え付けの珈琲メーカーから三人分の珈琲をカップに注ぐと、其々の前に置いた。


「有難うございます」


三人の中で唯一、この学園の教師ではない沙織が、恐縮して頭を下げる。


いつものように和也の部屋に遊びに来た彼女を、『沙織さんが顔を見せたら、三人揃って理事長室まで来なさい』と予め申し付けられていた馨が、ここまで連れて来た。


初めは、良い歳になってまで相変わらず和也の部屋に泊まりに来る自分を𠮟りでもするのかと、内心でビクビクしていた沙織だが、有紗の雰囲気からして、どうやらそうではないらしいと一安心する。


彼女達は既に30代後半。


だが三人とも未婚だ。


その理由は、和也の態度がはっきりしない事にある。


沙織と美樹の二人は、これまでに何度も彼に対して誘惑を試みたが、その何れもが失敗に終わった。


デートの誘いも三人一緒でないと、高級ホテルのレストランやバーなど、あまり人目に付かない場所は受けて貰えない。


何時だったか、到頭痺れを切らした沙織が、深夜の用務員室で直接行動に出たが、別の世界でベニスがされた時のように、和也に人差し指一本を額に当てられて、そのままベッドへと沈んだ。


ただ、悪い事ばかりではなかった。


その行為は、これまで自身が己を慰めてきたどんな行為をも凌駕し、強烈な快楽が、その時抱えていた欲求不満やストレスを全て吹き飛ばした。


ぐっすり眠れ、序でに暫くは肌も艶々になり、身体が軽かった。


それ以来、沙織は用務員室に遊びに行くと、毎回寝る前に和也にその行為をおねだりしたのだが、彼は嫌な顔一つせずにやってくれた。


欠点らしいものがあるとすれば、朝起きた時、真っ先にシャワーを浴びる必要がある事くらいだ。


替えの下着は元々置いてあるし。


ライバルの美樹には暫く黙っていたのだが、彼女もその後、妙に肌艶が良い時があったから、恐らく同じ事をされているはずだ。


お互い、顔を見合わせて笑うだけで、何も言わないけれど。


馨は彼を、父親のような、家族のように感じているらしく、私達の熾烈な争いには参加してこない。


その分、まるでファザコンの娘のように、時にやり過ぎる私達を叱るのだが。


「お話というのはね、大体察しているでしょうけど、和也さんの事なの」


数週間前に起きた世界規模の大地震の後、彼の姿を一度も見ていない彼女達は、少し不安になって身を乗り出す。


「彼に何かあったんですか?」


馨が真剣な表情で有紗に尋ねる。


「そうね。

あったと言えばあったわね」


有紗が目を閉じる。


まるで、話すか話さないかをもう一度確認しているような、そんな表情をする。


「・・聞くまでもないとは思うけど、貴女達、今でも彼の事を好きよね?

異性として愛してる、家族のように慕ってる、そのどちらでも良いけど・・」


茶化している訳ではないので、こちらも真面目に答える。


「はい。

私は和也さんを愛しています。

でもそれは、恋人のような性愛を伴うものではありません。

もっと大きな、家族のような愛情です」


自分が答えるより前に、馨がそう口にする。


「彼は私の、父親の代わりであり、兄のような相談相手であり、外見が逆転した今では、頼りになる弟、頼もしい息子のような存在でもあります」


今まで、これ程までに熱くものを語る彼女を見たのは、親友と言える私でも数える程しかない。


「・・愛しています。

私は、その、異性として・・」


今度は馨の熱に中てられた美樹が、下を向きながら、若干申し訳なさそうに、やや小声でそう口に出した。


学園の教師としての立場上、あまりおおっぴらには言えない。


そう考えているのかもしれない。


「私も彼を愛しています。

心から、ずっと前から。

今後も彼以外の男性に目を向ける積りはありません」


やや出遅れた私は、胸を張って堂々とそう答える。


私はここの教師ではないから、別に彼とそうなったところで、何か問題がある訳ではない。


尤も、年齢的には既に20近く離れている(以前彼にそれとなく現在の年を尋ねたら、『自分は永遠の18歳だ』と言われた。何と学園に提出する書類上でもそれが通るらしい)から、もし結婚するような事があれば、彼に対して見当違いの誤解が向けられるかもしれない。


産業ロボットとAIを扱う母の会社は、時流に乗り、株価を何倍にも上げ急成長している。


彼が御剣グループの関係者だと知らなければ、中傷ややっかみも起きるだろう。


私は今、とあるアニメ制作会社で働いているが、母には、定年を機に会社を継ぐと言ってある。


国会議員となった父は、それを聴いて自分の選挙区から後継者を育て始めた。


実家に帰ると、お酒を飲んだ時などに、『まだ良い人見つからないの?』と母に尋ねられるが、『いるけど、まだ攻略の最中なの。彼、ラスボスだから手強いのよ』と言っていつも交わしている。


何度も同じ事を聴いてくるから、もしかしたら、私が恋多き女性だと勘違いしてるのかもしれない。


失礼しちゃうわ。


「ずっと和也さんを見てきて、その違和感に異を唱えないくらいに彼の事を慕う貴女達だから、やっぱり話す事にする。

・・彼ね、人間ではないの」


それは何となく分ってました。


だって20年近く、一切歳を取らないんですもの。


「俗にいう、神様なの」


「「!!!」」


流石にそれは考えませんでした。


納得してしまいますけど。


「神様って、・・本当に?」


美樹が呆然としている。


「ええ、本当よ。

そして私は、彼の妻の一人」


「「「!!!」」」


今度こそ、三人揃ってびっくりする。


有紗さんの夫というと、それは御剣グループの会長を意味するからだ。


ここに居る時、彼はそんな素振そぶりを全く見せなかったのに。


廊下で偶々彼女に会っても、用務員らしく、頭を下げていたし。


「じゃあ、私達の求愛に応えてくれなかったのは・・」


「それは違うわ。

妻の一人と言ったでしょ?

彼には複数の妻の他にも、大勢の眷族がいる。

誰か一人に縛られている訳ではないの」


「・・それで、彼に何があったのですか?」


私の諦めに近い言葉を遮った有紗さんに、馨がそんな事はどうでも良いと言いたげに、その先を急かす。


「簡単に言うと、今はお昼寝の最中よ。

尤も、4000年と言っていたから、貴女達はもう、このままでは彼に会えない」


「「「!!!」」」


「彼ね、ああ見えてちょっと後ろ向きなの。

神様としてはどうかと思うくらい、色んな事で悩むし、苦しむ。

私達にはそこがまた良いんだけど、今回のように、様々な方面に影響が出る事もあるわ」


4000年・・。


それをお昼寝と呼んで良いの?


西暦が2巡くらいしちゃいそうよ?


知らず知らずに涙が溢れる。


それは他の皆も同じだった。


「彼に会いたい?」


有紗さんが、私達三人に何かを確認するかのように尋ねてくる。


「「会いたいです」」


「私も是非・・」


「会ってどうするの?

寝ている彼に、そっとお別れを言うだけ?

言っておくけど、貴女達が会いに行っても、彼は決して起きたりしないわよ?」


「それは・・」


「私が尋ねているのはね、これからもずっと、彼の側に居たいかどうかなの。

人を止めて、私達の仲間に加わってまで、彼だけを見つめて、彼と一緒に歩いていけるかどうかだけなの。

・・どうなの?」


偽りを許さないという彼女の瞳が、私達三人に向けられる。


「1つ質問しても宜しいでしょうか?」


言われている事が今一つピンとこなくて、何と無く返事を躊躇っていた私と美樹。


そんな私達を尻目に、ここでも馨が真っ先に口を開く。


「なあに?」


「それには、彼と性行為をする事まで含まれているのですか?」


え、それを奥さんである彼女に聞いちゃうの?


「そこまでは入っていないわ。

彼はね、抱く相手は眷族化した(する)女性だけと決めているけど、仮令そうなっても、相手が求めてこない限り、(エリカを除いて)自分からは決して手を出さないの。

実際、まだそうされていない方もいるし、夫婦など、そのお連れの方と共になる方もいらっしゃるから」


「なら私は、彼が許してくれる限り、その側に居たいです。

・・私はこんな生まれですから、神様である彼の側には相応しくない。

そう思いますし、私は彼を肉親のようにも感じているので、彼が望むなら勿論応えますが、私から彼に身体を求める事はしません。

して貰うばかりで、何も返せない私ですが、それでも彼が良いと言ってくれるなら、側に居たい。

・・居たいです」


言い終えて、不安そうに下を向く馨。


「私も彼と居たい。

理事長のように、群を抜いて綺麗でもなければ、運動以外で、然して人に誇れる事もない。

でも、彼と居る時間は凄く楽しいんです。

他では得られない時間なんです。

理事長が仰るような条件で済むなら、是非こちらからお願いしたい。

彼と、・・一緒に居たいです」


普段はおちゃらけて、中々本音を出さない美樹も、この時ばかりは本気で話している。


「私も勿論、彼の眷族になりたいです。

それで抱いてさえ貰えるなら、喜んでなります。

・・ただ、今の私には、幾つかの柵があります。

勤めている会社での仕事も、できれば途中で投げ出したくはないし、継ぐと母に約束した会社の従業員達も、無責任に見捨てたくない。

眷族になれる時期を、こちらで決める事はできないのでしょうか?」


「フフッ、やはり彼に目を掛けられるだけあるのね。

この話をされて、そこまで冷静に周囲が見える人、中々いないはずよ。

大丈夫、眷族になる時期は、本人が好きに決められるわ。

それにね、そうなった時に当人の最も美しい時期に容姿が固定されるから、貴女達の場合、若返りもするわ」


「「「本当(マジ)ですか!?」」」


「ええ。

沙織さんが継ぐ予定の会社は、貴女が社長として頑張った後、眷族になる前に、うちのグループに吸収させれば良いと思う。

子会社化するけど、なるべく対等な条件でうちの株を割り当てるし、その社員も全員引き受けて、社名も残してあげる。

・・ただね、眷族化できるのは彼だけだから、本来なら貴女達は間に合わないのだけど、1つだけ手がありそうなの。

それには恐らく、彼女達の試験を受けて貰う事になると思うけど、それでも良いわよね?」


「「「はい」」」


「じゃあ早速今から行ってみましょうか?

三人共、時間は大丈夫?」


「私は、今日はもう授業がありませんから大丈夫です」


「私も部活の指導が残ってますが、別に顔を出さなくても良い日なので・・」


「私は元々泊まりに来たから・・」


それらを確認した有紗は、彼女達を連れて、和也の居城へと転移した。



 「うわ、何ここ?」


その広大で荘厳な空間へと姿を現した彼女達は、高度に文明の発達した地球人の目で見ても、有り得ない程洗練され、贅が尽くされた謁見の間に、思わず声が出る。


「・・世界中で見た、どんな宮殿や大聖堂より凄い。

いいえ、比べものにならない。

こんな場所が存在するなんて・・」


美樹と沙織が呆然と室内を見回す中、馨は逸早く玉座に眠る和也の姿を捉えたが、まだ一歩も動けないでいた。


「・・理事長、若返ってますよ?」


有紗の顔を見た馨が、その目を見開く。


「ここに来ると、私達眷族は本来の姿に戻るから」


「近寄ってよく彼の顔を見ても良いですか?」


「ええ、どうぞ」


馨がそろそろと歩み始め、残りの二人も、その後から恐る恐る付いて行く。


「・・和也さん」


瞳に涙を浮かべて、馨が彼を見つめる。


触れたいけれど、それはどうにか思い止まる。


本当に神様だったんですね。


私を護ってくれる、守護神だったんですね。


嬉しいです。


私を、私なんかに・・。


彼女らの様子を尻目に、有紗は少し離れた場所へと移動し、虚空に向けて話しかける。


「旦那様のご息女たる、偉大な精霊王の方々、どなたかいらっしゃいませんか?」


暫くして、それに応えるかのように、数m上の空間に、3つの魔法陣が浮かび上がる。


その紋章が輝き、中から姿を現す三名の女性。


メルメール、ヴェニトリア、ディムニーサ。


その彼女達の視線が、一様に有紗に集まる。


「何かご用ですか?」


「お父様以外の者から呼ばれるのは初めてかもしれない」


「下らない用事だったら、慰謝料として大量のお菓子を要求するから」


「お越しいただき有難うございます。

実は皆様に少しご相談があるのです。

あそこに居る三名は、旦那様の眷族になる事を望み、その資格も満たしていると私は判断致しましたが、如何せん旦那様がこの状態では、それも不可能です。

そこで、其々が望む時期から、旦那様がお目覚めになるまでの間、大変厚かましいお願いではありますが、皆様に異界で彼女達を保護していただき、そうなれる機会を与えてあげて欲しいのです」


「・・それは確かに、少々ランクの高い願い事ですね」


「これまで精霊界に人が入り込んだ事はない。

私の独断では決められないな。

お父様の判断が必要だ」


「何で人間にそんな事する必要があるの?」


思った通り、三人の表情はかなり否定的だ。


だからこそ有紗は、初めに難しいと思われる提案をした。


これから切り出す本命を、より受けて貰い易くするために。


「では、そのお力で、この場に疑似空間を作ってはいただけないでしょうか?

彼女達の身が包まれる程度の大きさで結構です。

時の流れが人界とは全く違う、外での1000年が、その中では1年にも満たないような(精霊)空間であれば、彼女達でも十分、また旦那様に会える機会が得られます。

ご協力いただければ、旦那様がお目覚めになられた後、貴女方の功績を報告し、何らかのお礼を得られるよう尽力致します。

彼女達は、旦那様が可愛がられていた、本来であれば眷族になった可能性の高い者達です。

どうかそのお力をお貸しいただけませんか?」


「・・その程度なら、まあ」


「答える前に、本当にお父様に相応しいかどうか、彼女達の心を覗く」


態度の軟化したメルメールを遮り、ディムニーサがそう口にすると、離れた場所で自分達を見つめる、三人の心と記憶を検証し始めた。


相変わらず表情を変えぬまま、淡々と見ていく彼女。


メルメール、ヴェニトリアも興味本位でそれに参加してくる。


学生時代、女子寮での暮らし、和也と過ごした日々。


愛情で以て包まれ、優しく、穏やかに見つめられ、その下で成長していく彼女達。


それは嘗て、自分達が父である和也から特別に自我を与えられ、少しずつ力を授けられながら、ゆっくりと成長してきた姿を思い起こさせる。


そしてとある場面で、それまで無表情だったディムニーサの顔に変化が生まれる。


『どんな時にも 必ず夢に見ている 頬を撫でる 大きな掌 温かい その温もり


夏に下向く 不安げな 向日葵のよう・・』


馨が作ったその歌を聴いた彼女の瞳から、細く流れる涙が止まらなくなる。


遥かな昔、父である和也の愛情をその身に感じながら、一体どんな人なのかをずっと考えていた頃。


成長し、ある程度の力を蓄えると、次第に離れゆくその視線を惜しみ、自分は父の役に立ててるか、まだ愛されているのかを気にし、不安という、新しい感情が付き纏っていた当時。


それらが次々に浮かんで来た他の二人にも、程度の差はあれ、やはり同様の変化が見られた。


「・・良いわ。

力を貸してあげる。

眠りたくなったら、また声をかけて」


以前和也からプレゼントされた、可愛らしいハンカチで涙を拭いたディムニーサが、有紗にそう答える。


「わたくしも良いですよ」


「私もだ」


メルメールとヴェニトリアからもそう確約され、肩の荷が下りたかのように、安堵する有紗。


「有難うございます!

お礼に、今度沢山のスイーツをここに積んでおきますから、ご自由にお持ち下さい」


「ハッピーエンドの少女漫画もお願い」


「わたくしは紅茶も欲しいな」


「私はお父様の持ち物が、何か1つ欲しい」


そう言い残し、姿を消してゆく彼女達を見送る。


「畏まりました。

其々のご希望の品も、ちゃんとご用意しておきますね」


「・・威厳というか、威圧感が半端じゃなかった」


「一言も声に出したら不味い雰囲気だったしね」


美樹と沙織がほっと溜息を吐く。


「ああ見えて、旦那様の前では凄く可愛らしい方々なのよ?

とても素直でいじらしいの」


有紗が和也を見つめる。


「これで良かったのよね?」



 実は、この件には後日談がある。


表に出る事のなかったその内容は・・。


数日後、馨がスマホのギャラリーを確認していると、自分の知らない写真がある事に気付く。


写真というより何かの画面を写したもののようで、真っ黒い背景に、小さな白文字が記載されているだけ。


タップして表示させると、そこにはこう書かれていた。


『眷族化を希望しますか?

イエス/ノー』


「・・・」


有紗に説明されていなければ、恐らく何の事だか分らなかっただろう。


慌ただしい中、和也はちゃんと、彼女達の事まで考えていたのである。


画面を見ながら湧いてくる涙を抑え、この事は他の皆には内緒にしようと決めた馨。


有紗にあれだけ手間をかけさせたのだから、今更言える訳がない。


そしてそれは他の二人、沙織と美樹も同じであった。


沙織には、和也と途中までやっていたゲームの、開始画面の中にその項目が加えられており、美樹の場合は、和也と二人で部屋で飲んでいたブランデーのボトルに、まるでキープ札のようにして、そう書かれた厚手の紙がぶら下がっていた。


有紗が三人を和也の居城へと案内した後、馨は彼女に頼み込んで、時々謁見の間に泊まり込んだ(時の流れが違うので、休日前や長期休暇のみ)。


昼間は普通に学園で仕事をし、夜になると理事長室に作成された転移紋から城に向かって、謁見の間の玉座から少し離れた場所に設けられた、周囲をカーテンで仕切られたベッド(偶に見知らぬ眷族がやって来る可能性があるから)で眠った。


そうする際、有紗と共にお伺いを立てに行ったエリカの計らいで、お茶を飲んだり作業をしたりするテーブルと椅子も用意され、風呂は城の設備を使い、トイレは城内にないので(眷族には必要ないから)、ミザリーが和也に借りていた携帯トイレを隅に置いた。


一人暮らしに慣れた馨が、再び和也の傍で眠りたいと考えたのは、自分が長い眠りに就き、彼が目覚めるその日まで、もうその声を聴けない、彼の温もりを感じられないと寂しがったからである。


彼女はそこで静かに本を読んだり、答案の採点やお茶を飲んだりしながら、時々和也の顔を見ては安心し、寝る時はそのカーテンをほんの少し開けて、ベッドから彼の顔が覗けるようにしていたという。


定年を過ぎ、精霊王達の力を借りて、他の二人と馨が眠りに入った後は、ベッドとトイレだけが回収され、テーブルと椅子は残された。


今ではそれを、和也の顔を見に来た他の眷族達が、時々使っている。



 黒い雨が降っている。


本来は赤く、地に落ちるまでに怒りや憎悪で黒く染まって、その想いをぶつけ、砕けるように弾け消える雨が。


その決して濡れる事のない雨の中で、和也は一人佇んでいる。


何度も何度も雨に打たれ、無言で打ち据えられている。


助けられるのに助けなかった者達。


生きていて欲しかったのに見殺しにした人達。


自分の頑なな思い込みのせいで、折角受けた生を、儚く散らした彼ら(彼女ら)の声に、黙って耐えている。


今なら分る。


仮令試練として与えたところで、皆がそれを乗り越えられる訳ではない。


本人だけの努力や誠実さを求めるものとは違い、他者や自然が関与してくる殺し合いや災害では、弱き者にはほとんどその選択肢がない。


力ある者でも、護るべき相手、愛する者の為に、不利と分った状況に身を置き、共に倒れてゆく。


この世は正しいものだけが生き残る世界ではない。


非常時に限らず、集団の中では、心ある者、慈悲に溢れた存在よりも、狡猾で、無慈悲、荒んだ心を隠し持つ者ほど、より幅を利かせる傾向にある。


自分が救わなかったせいで、これまで幾つもの正しき国々が滅び、大勢の、優しく穏やかな人々が天寿を全うできなかった。


勿論、そうした苦難の果てに、やがて芽生える理想があるのだが、犠牲にした数からすれば微々たるものだ。


逆に憎悪が憎悪を生み、怒りがその視界を覆い尽くして、最早救いようがなくなる事もあった。


散財してお金に困り、日々の食事にさえ事欠く。


怠け過ぎて試験に受からず、学校や会社に入れなかった結果、成人してから路頭に迷う。


不摂生が高じて不治の病になった。


今でも、そういった類には気が向かない。


それらはそうなる前に、その分の利益や優遇を、既に自分で得ているのだから。


相対的な試験などは、寧ろ手出しをしてはいけない。


自分は一体、何がしたかったのか?


宇宙に生命の種を蒔いた時には、間違いなく仲間が欲しかった。


己と同等の仲間を求めて、その進化を見守っていた。


何時の頃からか、その気持ちに諦めが生じ、せめて話し相手が欲しいと願った。


星々の観察を繰り返しては、自分にも、何時か己だけを愛してくれる存在が現れる事を夢見た。


その一方で、その世界のためにならないからと、十分な力を蓄える前の人々を見捨ててきたのだ。


初めて地に降りた時、周囲に満ちる生命の息吹を直に浴びて、その力の制御を忘れるくらいに感動した。


愛する者に出会い、触れ合い、自分を慕って見つめてくるその眼差しの優しさと柔らかさに、心癒された。


それから暫く、そのあまりの心地良さに、当初の戒めを思い出す事なく力を使ってきた。


それを後悔はしないが、本来は魔法が使えないという制約がある場所で、表立って力を用いた事で、それ以前に見殺しにしてきた者達の怒り、悲しみを、纏めて思い出してしまったのだ。


自分は間違っていたのか。


今が間違いなのか。


もうそれすらも、分らなくなりつつあった。



 ずっと瞳を閉じていた自分の袖を、そっと抓む者がいる。


「こんな場所で一人で居ると、良くない事ばかり考えてしまうわよ」


「・・何故来た。

向こうで楽しんでいろと言ったではないか」


「好きにして良いと言われたし、何時会いに来て良いとも言われたわ」


「それは向こう側での話だ」


「・・わたくしが、邪魔?」


「・・・」


「・・寂しかったの。

あなたが居ない世界にあのまま居ても、わたくしには最早、生きているという実感が湧いてこない。

他の誰と過ごしていても、話していても、まるでそれを外から眺めている時みたいに、他人事にしか感じないの。

・・そうなったのは、あなたのせいよ?

あなたが、わたくしをそうさせたの」


「自分はここに、己を鍛え直しに来たのだ。

反省と熟考を促しに来たのだ」


「別にそれを邪魔しはしないわ。

幾らでもやって。

わたくしはわたくしで、好きなように過ごすから。

・・夜の間だけね」


「エメワールか」


「それとも、構って欲しいの?」


「・・好きにしろ」


「フフフッ」


周囲の光景が一変する。


満月を霞めてゆく雲。


ぼんやりと明るい夜の各所で、周囲を囲む沢山の桜の樹が、ひらひらとその花びらを散らしている。


少し違和感を覚えるのは、その桜の花びらが、全て紫だからだろうか。


パープルというより、ヴァイオレットに近い花びら。


その色が少しずつ濃くなり、完全に染まった花びらから、1枚1枚、静かに散っていく。


「何時からこんな真似ができるようになったんだ?」


花を見ながら、和也が尋ねる。


「あなたに最後に抱かれた辺りかしらね。

もう随分、力の源を頂いてきたし・・。

尤も、この場所でこれができるのは、エメワールさんの加護があるからだけど」


「・・源やあやめ達は、悔いなく逝ったか?」


「ええ。

志野も、影鞆さんも、安らかな顔で旅立って行った。

何の未練もないと言い残してね。

『御剣様のお陰で、夢のような人生でした』、そう伝えてくれと、あやめに言われたわ。

雪月花に居た喜三郎さんも、子供や孫達に囲まれて、眠るように逝かれたそうだし、白雪も、『楽しい人生じゃった』と笑っていたそうよ。

看取った菊乃は、暫く泣いていたけどね」


「彼女にはかわいそうな事をした。

あの島で、共に過ごせる者がいなくなってしまった。

せめて白雪を、眷族として残すべきだったか・・」


「本人が望まなかったと思うわよ?

わたくしね、一度だけ尋ねた事があるの。

『貴女さえ良ければ、眷族化するよう旦那様に頼んであげようか?』って。

その時彼女は、笑って首を横に振ってたわ。

理由までは聴かなかったけど」


「・・・」


「菊乃ならきっと大丈夫よ。

あなたのファンクラブの面々が、その寂しさを埋めてくれるわ。

彼女達、あなたの話題なら時間を忘れて盛り上がれるらしいから」


以前、綾乃が『あの方々がお見えになると、養鶏所の世話以外、仕事そっちのけで部屋に籠っているんです』と笑っていたのを思い出す紫桜。


「それよりね、あの花々を見て、何か感じない?」


「ん?

桜の花びらか?」


「そう」


「・・成る程、お前は本当に力を付けたんだな」


「あなたから沢山の愛を貰ってね」


どの樹の花びらも、その根元はヴァイオレットで、先端にいくほどパープルである。


根元から少しずつ染まっていく花びらは、最後には完全なヴァイオレットとなって舞い落ち、ゆらゆらと地面に落ちる手前で、そっとその姿を消していく。


その花びらの1枚1枚が、嘗て和也が見殺しにしてきた、見て見ぬ振りをした者達の仮の姿であり、過去から未来へ、その気持ちが完全に向いた者から、新たな生を受けに、自ら舞い落ち、消えていく。


「ここでのわたくしは、エメワールさんの代わりに夜を司る存在。

神に見捨てられたと、転生の門へと続く道の途中でしゃがみ込んで、動かない者達が仮にいたとしても、何時かはきっと、其々がその気持ちに整理をつけ、また歩き出す。

そして門を潜った時には、あなたへの恨みや憎しみなど、最早奇麗に忘れているのよ」


「彼ら(彼女ら)が忘れたからといって、自分のした事がなくなる訳ではない」


「じゃあ罪を犯した者は、未来永劫苦しまなければいけないの!?

被害者が忘れ、許した後でさえ、ずっと心で謝罪を繰り返さなきゃならないの!?

仮令その人本人に贖罪ができなくても、あなたはこれまで、とても多くの人を救ってきたでしょう!?

それは全く罪滅ぼしにはならないの!?」


紫桜が叫んでいる。


いつも大和撫子然として、気品と淑やかさを保とうとする彼女が。


「大体言ってる事からして可笑しいわよ。

罪だ何だと言うけれど、あなたは何もしなかっただけでしょ?

彼ら(彼女ら)はあなたの子供でも何でもないのだから、保護義務なんてないし、不作為にも当たらない。

あなたは自分に酔っているだけよ。

創造神だか何だか知らないけれど、この世の全てに責任があるなんて考えは、他の者からしたら良い迷惑でしかないわ。

人には其々の足がある。

皆自分で行き先を見つけ、そこに歩いていけるのよ。

自由が保障される代わりに、その責任も自分で背負ってね」


「・・・」


「何よ?

文句あるの?

ベッドでなら幾らでもかかってきなさい」


「・・・」


「・・何か言ってよ」


その時和也は、ジャッジメントを用いて、その花びらの1枚1枚を見ていた。


紫桜の言うように、確かに自分には彼ら(彼女ら)に手を貸してやる義務はない。


だがこれは、今の幸せを甘受する自分へのけじめなのだ。


これからを思うように生きるために、済ませておきたい禊でもある。


厖大ぼうだいという言葉でさえ表現できない程の、故人の思考、行いの記憶が一斉に流れ込んでくる中、それらを青、無地、赤に振り分け、青く映る者達にのみ、来世に向けて僅かな援助をする。


愛する者と引き裂かれた者達には、来世でその魂に出会う因果律を高めてやり、病で苦しみ抜いた者達には、通常より少し強靭な肉体と、病気に罹る率を下げる。


無残に殺された者達には、復讐する力ではなく、人の上に立ち、世を変えていく可能性を授ける。


生まれる家柄は考慮しないが、文明の発達の度合いなど、その場所だけは生前の暮らしを参考にしてやる。


艱難辛苦に傾き過ぎた天秤を、神である和也の手でそっと平らに戻し、時には少し御負けする。


それで彼ら(彼女ら)の気持ちが癒える訳ではないだろうが、自分に降りかかる怨嗟の雨が止むとは限らないが、折角の紫桜の気持ちに応えるためにも、これで己を責めるのは終わりにしよう。


そう決めた和也であった。


自分が目を覚ますのは4000年後。


あちらに残してきた身体にそう設定してきた故、それまでここで、彼女と共に、其々の花びらを見送る事にする。


「お前の『予約権』だが、自分だけここに来た罰として、その間の支給はなしな」


「酷い!

その分をここでと思っても、精神体だがら満足できないのに・・」


「偶には清い交際というものを楽しもう。

夫婦と雖も、そういう時間は決して無意味じゃない」


「今までだって、決してそればかりじゃなかったでしょ。

何よ、月に一度しか寄越さないくせに・・」


脹れる紫桜が、その視線を花に移す。


「・・皆、来世では幸せになれると良いわね」


桜の樹々を、緩やかな風が吹き抜けていった。



 朝になれば幹に凭れて眠り、夜に紫桜がやって来ると、寄り添ってくる彼女と共にその舞い散る花びらを眺めて、彼ら(彼女ら)一人一人の来世を想像する。


そんな時を過ごしていたある朝、微睡む自分の頬を突く者がいた。


「もう反省とやらは済んだのですか?

お昼寝するだけなら、何もここでする必要はなかったでしょう?」


柔らかな日差しを浴びて、エリカが間近で微笑んでいる。


「お前までこちらに来るとは・・。

向こうはそんなに味気無いか?」


「あなたがいらっしゃらなければ、わたくし達『器』には、何処でも更地と似たようなものです」


「有紗やアリアはそこで頑張っているのだろう?」


「彼女達は強いのですよ。

寂しさに負けず、ご自分の使命やあなたのお言い付けを守れるくらいに。

・・わたくしは駄目でした」


和也を覗き込んでいた上体を起こし、今では腰くらいまである髪が、風に棚引くのを抑える。


「ベルニア達はどうした?」


「・・逝きました。

眷族をお選びにはなりませんでした」


「・・そうか」


「でも、わたくしに弟ができたのですよ?

女王制を廃止したので、セレーニア王家は大丈夫です」


「少し安心した。

彼女達の後継ぎを奪ったみたいで、ずっと気になっていたからな」


「因みに、あまりわたくしには似てないです」


それはそうだろう。


エリカが『器』である以上、当該世界が忖度して、その容姿には自分の好みが色濃く反映されるだろうから。


ベルニア達でさえ、そう似ていた訳ではない。


「それで、あなたはここで、紫桜さんと何をなさっているのです?」


「あいつは夜にしか来ないが、二人で桜を見ている事が多いな。

その花びらの1枚1枚が、自分がこれまで見捨ててきた者達の現し身でもあるのだ。

それが色付き、転生への旅路に就く様を見送っている」


『成る程。

旦那様の中で、その事に対するけじめは付いたという事ですね』


自分の顔をじっと見つめるエリカの視線に、思わず目を逸らす和也。


「照れているのですか?

随分久し振りですものね、フフフッ」


「ち・が・う」


自分を構ってくるエリカに反論して立ち上がる。


「ここの景色は紫桜さんが?」


周囲を見渡し、辺り一面の桜の樹に目を遣る彼女。


「そうだ。

エメワールの力を借りているらしいから、この場が本領を発揮するのは、夜になってからだがな」


「それなら、昼間はわたくしの時間という事で・・」


エリカの瞳に光が差すと、周りの光景が一変する。


丈の短い草原に、林立する広葉樹、小さな池や沼が存在し、四阿あずまやがある景色に変わる。


遠くには、山々が聳えていた。


「この景色は昼間の間だけです。

夜にはまた、彼女が作ったものに戻っていきますので、許して貰えるでしょう。

わたくしにも、ファリーフラさんとのお約束がありますから」


「真面目なあいつまで荷担してくるとは・・」


「『陰キャ』の旦那様は、無理にでも日向に連れ出さないと、いつまでも下を向いて、考え事をなさってますからね」


「そんなキーワードを何処で覚えた?」


「暇でしたから、旦那様の書斎を漁って、最新の書物を乱読してました。

あまり同意できるものがありませんでしたけど・・」


「それはそうだろう。

あの類の書物は大抵、充実した生を送ってきた者達の視点では書かれていない。

ああしたい。

こうしたい。

あれもこれも欲しい。

そういう願望を、既にそれを得ている者が読んでも、今更だからな」


「では何故、旦那様はお読みに?」


「・・昔を思い出すからだ。

お前達と出会う以前の、昔をな」


「・・・。

そんな陰キャの代表格である旦那様を、陽キャであるわたくしが、特別にご案内致しましょう。

光溢れる世界へ。

転生の喜びに沸く、生命の劇場へ」


エリカが恭しく手を差し出してくる。


苦笑しつつその手を摑んだ和也を、エリカが導く。


光の中で、生まれたばかりの我が子を愛し気に抱える親達。


母親に舐められ、未だ満足に開かない目を懸命に動かす小さな動物たち。


自身には大き過ぎる水中を、不安と警戒で以て泳ぎ出す小魚。


枯れた草木の下から、新たな芽を出そうとする植物。


卵から孵り、早速餌を強請る雛や、自らの力で地を這い、それを得ようとする虫たち。


そうした姿を、散策の途中で宙に現れては消えていく、光の玉の中で垣間見ながら、和也は思う。


『成る程。

紫桜が彼ら(彼女ら)の転生前を、そしてエリカがその転生後を見せているのだな。

自分がどうしようと、この世の存在である生物たちは、そのほとんどが新たに生まれ変わり、そこで逞しく生きていく。

こうしてやらねば。

こうしなければ。

確かにそれは自分の思い上がりだ。

この世界全ては、もう疾うに自分の手を離れたのだから』


エリカがまた自分をじっと見つめている。


「何だ?

自分に惚れ直したのか?」


苦し紛れに冗談を飛ばすが、相変わらず軽く交わされる。


「いいえ。

妻になってからずっと今のままですから、その表現は正確ではありません」


繋いでいた手を放し、今度は腕を組んでくる。


「目覚めたら、”ここでの分も含め”、沢山愛し合いましょうね」


そう言って笑顔を浮かべる彼女を見ながら、『紫桜には何と言おう』と悩む和也であった。



 コツコツコツ。


静かな空間に、規則正しい足音が響く。


まだ夜の明け切らない謁見の間に、いつも通りメイド姿のエレナがやって来て、玉座に向けて直立し、一礼する。


「ご主人様、エリカ様、おはようございます。

紫桜様、今日もお勤めご苦労さまでした」


そう口にすると、彼女は三人の姿を眺めたまま、暫くそこで待機する。


幸せそうに、じっと彼らを見つめたまま、全く動かない。


眠りに就いた当初より、幾分穏やかになった和也の寝顔。


楽しそうに微笑んでいるエリカの横顔。


少し拗ねているような、甘えているような紫桜の表情。


それらを眺めながら、彼らは今何をしているのか、どんな夢を見ているのかを想像するエレナ。


1000年の刑が終わり、その任を解かれた後、彼女は魔の森にある実家に結界を張り、直ぐにここへとやって来た。


恩人であるベルニア夫妻も亡くなり、王宮の知り合いはマリーだけになって(エリカの弟には会わなかった)、余計な柵がなくなったからだ。


1千年、思念の海で聞き続けた様々な声は、元々人嫌いであった彼女の性格をより複雑なものとしたが、それらに混じってほんの僅かに存在した宝石のような言葉に、時折癒されもした。


種族や性別、立場の違いなど、眷族化する前の彼女を散々悩ませていたものを、今は取るに足らぬと言える程、その心は強くなった。


名実共に和也の城のメイド長となった今では、未だ彼からその精を授かってはいなくても、眷族として、ルビーやエメラルドの次くらいの能力が解放されてもいる。


そんな彼女の日課は、起床後にこうして彼らを眺める事、日が昇ってから起き出してくるジョアンナと共に朝食を取り、城中しろじゅうの掃除(実質無意味)や片付けをする事、時にやって来る客人(眷族)の接待をする事、陽が落ちてから料理実習を兼ねた夕食を作り、それをジョアンナと二人で食べる事、それだけだ。


ジョアンナ自身は、休憩の合間に外を散歩したり、床磨きの間に(エレナが居ないのを確認して)ちょっと和也にキスしたり、寝る前には和也の書斎から数冊の本を借りて読んだり(彼から許可を得ている)しているが、エレナはそういった事すら希だ。


和也の書斎といえば、そこはもう大変な事になっている。


有紗が気を利かせ、彼が贔屓にしていた著者や出版社の本の中から、NGシーン(強姦や凌辱、寝取り、寝取られ等)が含まれていないものを全て1冊ずつ転送させてくるからだ。


4000年の間には、当然絶版や廃刊、消失などでその本自体がなくなるし、会社自体も存在しなくなる。


和也が目覚めた時、それらが読めないのは寂しかろうと、彼女は各出版社に条件付きの注文を出し、刊行ごとに検閲された本を自宅に宅配させ、それをそのまま城の書斎に転送してくる(小説の場合、和也は電子書籍の類を好まない)。


ゲーム会社(PC含む)にも同じ事をしているので、長い年月の間には、城内の其々の専用部屋が、まるで各国の大図書館のようになる。


エレナやジョアンナは、そこの片付けも担当していた。


もうそろそろ和也が目覚めるはず。


そう考えるエレナは、その日は他の日課を全てキャンセルし、ずっとその場に立っていた。



 「ル~ル~ルララ~ル~ル~ルルル~・・・」(実際は歌詞)


遠方まで見渡せる城の高台で、城壁に腰を下ろしたジョアンナが、己に統治魔法を掛けている。


もう直ぐ彼が目覚める。


そう考えると、とても平静ではいられない。


夜明け前からずっと彼らの前を動かないエレナさん。


少し前に訪ねてきて、祈りを捧げ始めたリセリーさん。


視線の先には、アンリさんの住む家の煙突から、パンを焼く煙が漏れている。


きっとこれからも、城に続々とお仲間の皆さんがやって来るだろう。


それを出迎えるためにも、そんなに長い時間は取れない。


彼女はその歌声に、彼への精一杯の愛情を乗せ、歌い切る。


「さあ、行かなくちゃ」



 「・・時間だわ」


マリーは走らせていたペンを止め、執務室の机に『外出中』の札を置き、転移する。


「時間ね。

後はお願い。

二人共、行くわよ」


有紗が仕事を切り上げ、皐月と弥生を連れて転移する。


「危ない危ない、遅れたらシャレにならない」


アリアが絵筆を放り投げ、慌てて転移する。


「やっとなのね。

最初に何て言ってやろうかしら」


ヴィクトリアが嬉しそうに微笑んで、自室から姿を消す。


ルビー、エメラルドの二人は、朝からずっとエレナの横に立ち、ミザリー達屋敷組も、その彼女らから少し離れた場所で、控え目に待っている。


菊乃やミューズ達も到着し、やがて全ての眷族が、謁見の間に集まった。



 「さあ、行きましょうか」


エリカがここでの生活を惜しむかのように、片方の扉に手を添える。


「行きましょう。

皆さん、きっとお待ちかねよ」


夜での役目を終えた紫桜が、もう片方の扉に手を添える。


「忘れられていないと良いが」


苦笑する和也に、二人は笑って同時に答える。


「「きっと大丈夫」」


そして開かれる、現実への扉。


「「「「おはようございます!」」」」


薄っすらと開かれた和也の瞳には、懐かしい眷族達の姿が。


そして己の両膝では、たった今まで共に居た、愛する二人の妻達が、徐にその頭を上げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

創造神の嫁探し(カクヨム版) 下手の横好き @Hetanoyokozuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ